風紀の狂犬   作:モノクロさん

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これは、有り得たかもしれない物語
選択を違えた一人の生徒の捻れて歪んだ物語
この世界線の小鳥ちゃんは……だいぶ病んでいます。
それを踏まえた上で見て頂けると幸いです。


分岐点 前編

ーキキキ、話には聞いていたが、これ程とはなー

 

 路地裏に響き渡る不快な笑い声。

 

 私は視線だけを彼女へと向け、思案する。

 

 面倒だ。撃つか?

 

 そんな短絡的な思考の元、愛銃の引き金に指をかけるが、最悪のタイミングで弾切れ。仕方がないと、ポケットの弾を取り出そうと思ったその時、再び不快な笑い声が鼓膜を震わせる。

 

ーその暴力性、破滅願望、満たせず渇き続ける欲望。良い、実に良いー

 

 そう言って、不快な笑い声を漏らす彼女の視線の先には、重傷を負った不良生徒達の山が築かれていた。

 

 銃弾による傷だけではなく、打撲痕が身体全体に見られ、中には骨が折れているのか、不自然な方向に曲がった腕や足を持つ生徒もいる。

 

ーお前を、私の庇護下に加えよう。不死川 小鳥。その力は、誰かに使われてこそ真価を発揮する。貴様には、私が誂えた舞台の上で存分に暴れさせてやるー

 

「随分と傲慢な事を言いますね。貴女に私の手綱を握る事が出来るとでも?」

 

ーあぁ、出来るとも。簡単な事だー

 

 そう言って、彼女は私に手を差し伸べた。

 

ー空崎 ヒナ。貴様にあいつを狩らせてやる。その舞台を、整えてやるー

 

「…………」

 

 こいつは何を言っているんだ?

 

 私が、空崎 ヒナを狩るだと?

 

 つまらない冗談にも程がある。

 

「…………」

 

 しかし、舞台をセッティングしてくれると言う話は魅力的だ。

 

 誰にも邪魔されず、2人きりの舞台を用意するなら、その提案に乗るのも悪くないかもしれない。

 

 私は、その提案に乗る事にした。そしてその手を……羽沼 マコトの手を、私は握り返した。

 

 

 

 マコトの提案に乗って1年が過ぎた。思えば、あの時の提案に乗らずにいれば、もっと早くに空崎 ヒナと接触する事が出来たかもしれないというのに。

 

 失敗したなと、私は思った。

 

 生徒会に入ってからというもの、マコトは私に雑務を任せ続けた。

 

 不良生徒の鎮圧。自治区内で起きた犯罪や事件の解決。本来、風紀委員会がやるべき仕事を私に任せ、彼女たちよりも早くに仕事をこなしては、難癖をつけて風紀委員会の予算を削減し、力を落とす。

 

 私が生徒会に入りたての頃は、兵力としては十分な数を揃えていた風紀委員会だが、その数は当時の半数以下にまで縮小していた。

 

 碌な武器弾薬の補充も出来ず、かといって仕事の量は変わらず、負傷し、そのまま風紀委員会を去った者や、現状に耐え切れず、自主的に去った者もいる。

 

 私はと言うと、生徒会で募った優秀な人材を20人従える立場に出世していた。

 

 出世には興味もなければ、部下を持つことさえ煩わしいと言うのに。

 

 それでも、『必要な事だ』とマコトに言われ、私は渋々了承した。

 

「……不良生徒の鎮圧完了。撤収するぞ」

 

 今日もまた、問題を起こした生徒を暴力で鎮圧し、事後処理を部下に任せる。

 

 違法改造された銃器の密売。

 

 今回鎮圧した生徒たちも、皆が違法改造を施した銃器を装備しており、部下達も数名負傷した。

 

 だというのに……。

 

「…………」

 

 矢面に立ち、全身くまなく銃弾を浴び続けた私は、傷どころか、痛みすら感じなかった。

 

 最近、身体の調子がおかしい。

 

 どんどん身体の感覚がおかしくなってきた。

 

 逃走車の前に立ち、受け身も取らずに轢かれても、服が汚れた程度でそれ以外何も無かった。

 

 高所のビルから転落しても、ちょっとした衝撃を感じた程度でそれだけだった。

 

 これはいけない。益々悪化しているな。

 

 このまま空崎 ヒナと接触する前におかしくなってしまうかもしれない。

 

 そんな事を思いながら帰路につこうとした時、風紀委員会が遅れてやってきた。

 

 まともな装備もなく、生徒達からはお飾りと言われる無能組織。それが今の風紀委員会だ。

 

 何もわかっていない。

 

 そうなるように仕向けた人物がいて、なるべくしてそうなっただけだと言うのに。

 

 そんな彼女たちだが、唯一、空崎 ヒナだけは違った。

 

 ゲヘナの暴力装置。

 

 風紀委員会の唯一の戦力。

 

 彼女1人いるだけで、生徒会と対等に渡り合えると言わしめるその実力は、弱体化の一途を辿ろうと、変わり映えする事はなかった。

 

 貴女は変わらない。あの時のままだ。

 

 初めて彼女の姿を見た時、その時の光景は、未だ鮮明に覚えている。

 

 美しかった。そして輝いていた。

 

 圧倒的な暴力の化身。他の追随を許さないそれは、私にとっては希望の光だった。

 

 あぁ、早く会いたい。貴女に。2人だけの舞台で……

 

 

 

「エデン条約?」

 

「キキキ。あぁ、そうだ。ゲヘナとトリニティとの間で結ばれる筈だった条約。それがエデン条約だ」

 

 ゲヘナとトリニティ間による全面戦争を回避する為の不可侵条約。発案者であった連邦生徒会長の失踪により破綻するかと思われていたこの条約が、トリニティの生徒会長である桐藤 ナギサの手腕によって調印間近の段階まで進められているようだ。

 

「それで、そのエデン条約と私が呼ばれた理由はなんですか?」

 

「キキ、この条約には、空崎 ヒナも一枚噛んでいる」

 

「…………」

 

 空崎 ヒナ。彼女の名前に、小鳥の目が怪しく光る。

 

 漸くこの時が来た。良かった……『間に合った』んだ……

 

「キキキ。良い目だ。やる気になったようだな。そんな貴様に一つ良い事を教えよう」

 

 良い事。そのワードに、小鳥は耳を傾ける。

 

「この条約を破綻させたい奴がいる。私はそいつらと手を組み、トリニティを滅ぼし、そして空崎 ヒナを亡き者にする。どうだ、最高の舞台だとは思わないか?」

 

 マコトの言葉に、小鳥は目を細める。だが、直ぐにいつもの目に戻り、問い掛ける。

 

「誰と手を組むんですか?」

 

「アリウスだ。アリウス分校。かつて、トリニティに所属していたが、自治区から追放されたと聞いている」

 

 アリウス。聞いた事の無い名前だが、トリニティを追放された生徒達が集う学校なのだろう。

 

 その生徒達と手を組むのか……

 

「……本当に宜しいので?」

 

「キキキ。あぁ、先方とは快い返事を貰っている。同盟の暁には協力は惜しまないとの事だ」

 

「……そうですか」

 

 元々トリニティに所属していたのであれば、ゲヘナの事もよく思っていない筈だ。敵の敵は味方ではなく、全員もれなく敵なのに、アリウスと手を組んで、本当に良いのだろうか?

 

 それに、アリウスという学校も気になる。何故、自治区から追放される程の事になったのか、そんな事を考え、口を紡いだ。

 

 どうせ碌な事ではない。

 

 ならば裏切られる事を前提に協力すれば良い。それだけの事だ。

 

 とはいえ、あのヒナがエデン条約締結に向けて動いているとは、思いもしなかった。

 

 目的はなんだ?

 

 話の上っ面だけを聞けば、エデン条約が締結されればトリニティとゲヘナの争いは無くなる。

 

 和平が結ばれると捉えて良いのかもしれない。

 

 ゲヘナとトリニティからそれぞれ人員を提供し、エデン条約機構(通称ETO)を設立し、両学園で問題が起きたらETOが解決する。

 

 新たな武力組織を設立されると捉える者もいるだろうが、それをゲヘナか、或いはトリニティの個人が統制する事は不可能な筈。

 

 やはり、和平の為の条約なのだろう。

 

 それに対して積極的なヒナに、小鳥は首を傾げる。

 

 何故、和平を望むのか?

 

 何故、平穏を求めるのか?

 

 ゲヘナにおいて最強の称号を持つ彼女が、何故、そんなくだらないものを望むのか、小鳥は理解できなかった。

 

(くだらない。貴女は他の人とは違うんだ。そんなくだらない条約に心血を注ぐ意味がわからない)

 

 何かが、空崎 ヒナを変えてしまったとでもいうのだろうか。それなら、彼女を変えてしまったものも排除しよう。

 

 風紀委員会、トリニティ……後はなんだ?

 

 調べよう。徹底的に調べて、彼女を変えた元凶を全て排除しよう。

 

 それで漸く、私の願いが叶うのだから。

 

 

 

 身体の感覚が、どんどんおかしくなってくる。自分の身体ではないようだ。

 

 薬を飲んでも、病院に通っても、問題は悪化の一途を辿るばかり。

 

 後少し、後少しだけもってくれ……

 

 もうすぐ願いが叶うんだ……

 

 私は、空崎 ヒナに……っ

 

 何気なく向けた視線の先に彼女がいた。見覚えのない男性と共に。

 

 アレはダレだ?

 

 何故、空崎 ヒナと一緒に歩いている?

 

 何故、彼女はあんなに嬉しそうに……

 

 あぁ、成程。アレも彼女を惑わすのか。

 

 アレは…〇〇な存在だ。

 

 

 

 時は流れ、エデン条約調印式にて……

 

 トリニティの第一回公会議が開催された会場は、アリウスが使用した巡航ミサイルによって阿鼻叫喚の地獄絵図へと成り果てた。

 

 建物は崩れ、瓦礫の山に潰された生徒や負傷して身動きが取れない生徒で溢れ返っていた。

 

 バラバラになった戦力を追撃する形でアリウス分校の生徒達が襲撃し、なんとか無事だった生徒達も、彼女達の凶弾によって倒れてゆく。

 

 地上が地獄と化した中、古聖堂地下のカタコンベでは、アリウス分校の生徒、秤 アツコとタキシードを身に纏った双頭のマネキン人形が行動を共にしていた。

 

 2人の周囲には護衛として、数名のアリウス生徒が目を光らせている。

 

 混乱の最中に乗じて、アリウスの目的を達成すべく、行動していたアツコだが、マネキン人形がピタリと動きを止め、明後日の方角へと向き直った。

 

「……?」

 

 マネキン人形の不審な行動に、アツコは首を傾げた。しかし、次の瞬間、銃声と共に、マネキン人形の身体が吹き飛び、地面へと倒れ伏した。

 

「っ!!」

 

 敵の襲撃に身構えるアツコと護衛の生徒たち。

 

 更に銃声が鳴り響き、倒れたマネキン人形の身体が跳ね上がり、再び地面へと叩き付けられた。

 

「敵襲!!」

 

「くそっ!! 何処だ!!」

 

 周囲を見渡し、索敵するも身を隠す所が多いこの場所で、遮蔽物もない広間にいた彼女たちは、格好の的だった。

 

 再び鳴り響く銃声。四方から放たれるそれは、護衛の生徒を蜂の巣にし、無力化する事に成功した。

 

「騒ぎに乗じて、本命は此処でしたか」

 

 弾を再装填する音を奏でながら姿を現したのはゲヘナの生徒会に所属する小鳥だった。

 

 小鳥の背後からは、20人からなる親衛隊が控えており、皆の銃口がアツコへと向けられていた。

 

「初めから分かっていました。貴女達と取り引きをする為に何度か重ねた密会の時からずっと……ずっとです」

 

 主にサオリと名乗る人物との密会が大半だったが、彼女の表情や仕草を観察していた小鳥は、アリウスが裏切る事を確信していたのだった。

 

「彼女……確かサオリさんでしたか。彼女にお伝え下さい。せめて同盟中は仲良しごっこを演じておけと。腹芸一つ出来ないせいで、貴女は大事な仲間を失うのだと」

 

 裏切ると分かっていたからこそ、彼女達が用意した飛行船には乗船しなかったし、地上でアリウス生徒が暴れる中、鎮圧に向かうのではなく、地下の施設を監視し、アツコとマネキン人形の動向を掴む事が出来た。

 

「この式典を選んだのも、表向きはマコト先輩でしたが、実際は貴女達の助言があった事も知っています。此処に何かあると怪しむのは当然だ」

 

 装填し終え、銃口をアツコへ向け、静かに笑った。

 

「それでは、ご同行願いましょうか」

 

 引き金を引いた瞬間、それを合図に親衛隊の銃口からも無数の弾丸がアツコを穿ち、彼女の意識を奪いとる。

 

 倒れてヘイローが消失して尚、銃声が鳴り止まなかったのは、地上で同胞が受けた仕打ちを思っての事なのか、それともただの私怨だったのか、それを知る術は何処にもない。

 

「腕と足は壊して良い。喉もです。ですが、ちゃんと生かしておくんですよ」

 

 アツコに駆け寄る親衛隊に注意を促すも、果たして何処まで従うやら。

 

 彼女を囲む様に立ち、銃床を何度も振り下ろす。鈍い音が響くこと数分、青痣だらけの腕や足がありえない方角に曲がり、被っていた仮面は割れ、生気が宿らぬ虚ろな目が覗いていた。

 

「では、行きましょうか」

 

 親衛隊を引き上げさせた小鳥は、アツコの襟首を掴むと引き摺りながら歩き出す。

 

 向かう先は地上で我が物顔で暴れ回っているサオリ達の元だ。

 

 何が目的で此処にアツコがいたのか。そして、出来の悪いマネキン人形と共に行動していた理由は定かではないが、そんな事はどうでも良い。

 

 彼女達の前で今のアツコを見せればどんな反応を示すか、それを確認するのが楽しみだった。

 

 

 

 地上では、サオリ達アリウス達の襲撃で、バラバラに動いていた風紀委員会や正義実現委員会の生徒達が抵抗する事も出来ずに撃ち倒されていた。

 

 負傷し、まともな連携も取れない状態で体制を立て直すのは難しい。混乱に乗じて襲撃されたなら尚更だ。

 

 しかし、その優劣はこの式典の中に限る事。実際、ゲヘナには自治区内に待機している風紀委員会や生徒会が控えているし、トリニティも同様だ。

 

 アリウスの目的がゲヘナとトリニティに対する復讐ならば、今の手駒では戦力としては不十分。

 

 その為の切り札として、アツコが古聖堂地下のカタコンベにいたとなると、最早アリウスに勝機はない。

 

 地上に上がった小鳥と親衛隊は、手始めに小隊規模で行動していたアリウスと遭遇した。

 

 見覚えのある顔だ。サオリと共に何度か密会の際に会った事がある。一瞬だけ動きが止まったが、銃口を向けてきた彼女達を、親衛隊の一斉射撃によって鎮圧した。

 

 そうして、遭遇戦を重ねる事数回、本命のサオリ率いるアリウススクワッド(1人足りない、別行動をとっているか、もしくは隠れ潜んでいるのだろう)と相対した。

 

「随分と、気前よくやっているな。サオリさん」

 

「小鳥……貴様なぜ……」

 

「何故、この場にいる? 何故、無傷の兵を連れている? 何故、我々を襲っている? といった所ですか?」

 

「……答えろ」

 

「簡単な事です。元々信用していなかったからですよ。裏切ると分かっている貴女達と、いつまでも仲良く同盟を結ぶ筈がないじゃないですか」

 

 裏切ると分かっていたから兵を忍ばせていた。分かっていたからこそ、本来乗船予定だった飛行船に乗らなかった。

 

 それだけの話なのだ。

 

「それにしても、暴れてはいるが規模は思ったより小さいですね。これでは、負傷した正義実現委員会や風紀委員会のトップ層を相手にするには数も質も足りないんじゃないですか?」

 

 それとも……と、言葉を繋げ、サオリからは見えない位置に隠していたアツコの首筋を掴んで持ち上げると、それを彼女達に見えるように掲げた。

 

「それとも、何かとっておきの秘策があって、この子を古聖堂地下のカタコンベに向かわせていたのでしょうか?」

 

 アツコの姿に、サオリと戒野 ミサキが表情を強張らせる。

 

「ですが、不用心でしたね。碌な護衛も付けずに行動させるなんて、少し見積もりが甘かったのではないでしょうか?」

 

 二人の反応を確かめ、やはりこの子が要かと確信し、無遠慮に投げ捨てる。

 

 地面に叩き付けられたアツコが、僅かに身動ぐも、腕と足がまともに動かせない以上、それ以外の事は何も出来ない。

 

 そんな姿を目にし、サオリの表情に怒りが宿った。しかし、次の瞬間、その表情は絶望へと変わり果てた。

 

 倒れたアツコの背中に向け、小鳥がアリウスの生徒が所持していた銃を乱射したからだ。

 

 小気味良い銃声と共に、アツコの身体が跳ね上がる。弾倉の弾を使い切った小鳥は、更にマガジンを装填して、同じ様にアツコの背中を撃ち続ける。その様は、まるで扱い慣れていない銃の試射でもしているかのように淡々としていた。

 

「姫っ!!」

 

 サオリが叫ぶも、小鳥は我関せずといった姿勢で、マガジンが空になるまで撃ち続けた。

 

 弾倉の弾を使い切り、漸くアツコへの銃撃を止めた小鳥は、サオリに、歌うような素振りで彼女の口癖を真似て言った。

 

「Vanitas vanitatum omnia vanitas……確か、全ては虚しいでしたか。えぇ、虚しいですね。全てが虚しい。貴女達のこれまでの人生が、全て虚しいですね」

 

 アリウスの歴史を調べた上で、小鳥は彼女達の境遇を知った。その上で彼女達は……いや、彼女達が起こした今回の騒動は、『中身のない復讐劇』と結論付けたのだ。

 

 彼女達が与えられた知識は過去のもの。迫害された先達者の記録。彼女達の持っていたであろう様々な感情が、何も知らない世代に引き継がれ、それが当たり前の事だと認識させられた。

 

 故に、トリニティの事も、ゲヘナの事も知らない閉鎖的な環境で育ったにも関わらず、恨むべき敵だ、報復するべき敵だと解釈し、その思想や目的を刷り込まれた。

 

 そう仕向けた人物がいる。アリウスの過去を知り、その上で彼女達を利用した人物がいる。

 

 だからこそ、空っぽの中身である彼女達の行い全てが空虚で虚しいと小鳥は嘲笑うのだ。

 

「Vanitas vanitatum et omnia vanitas……Vanitas vanitatum et omnia vanitas……Vanitas vanitatum et omnia vanitas……ははっ、どうしましたか? 貴女の口癖ですよ。サオリさん。Vanitas vanitatum et omnia vanitas……違いましたか?」

 

「小鳥っ!!」

 

 嘲笑うかのような小鳥の姿に、サオリの怒号が飛ぶ。だが、そんな彼女の声など、小鳥には届かない。ただ嗤うだけだ。

 

「Vanitas vanitatum et omnia vanitas……ふふっ、あははっ!!」

 

 堪えきれぬとばかりに、腹を抱えて笑い声を上げる小鳥。その笑い声がサオリの怒りを煽り立てる。

 

「貴様ぁっ!!」

 

 サオリの銃口が小鳥へ向けられる。だが、そんな事で動じる小鳥ではない。寧ろ、その程度の銃弾でどうにか出来るなら、是非ともやってもらいたいものだ。

 

「良いですよ。撃ちなさい。撃ってみせてください」

 

 両手を広げ、撃たれても構わない事を示しながら『ただし……』と付け加えた。

 

「撃てるものなら……ですが」

 

 何もしない小鳥の代わりに、親衛隊の皆が銃口をアツコへと向ける。

 

 ボソリと『スナイパーに気を付けて下さい』と、この場にいないアリウススクワッドのメンバーを言及し、周囲に気を張り巡らせる。

 

「っ!!」

 

 銃口を向けられるのが自分であれば躊躇はなかった。しかし、向けられた相手が重傷を負ったアツコであれば話は別だ。あれだけの傷を負い、更に身体に負担をかければ命が危うい事を、サオリは知っている。

 

 そしてそれは、小鳥も知っているからこそ、サオリ達が何も出来ない状況に、追い込んだのだ。

 

「貴様……」

 

「さぁ、どうしますか? 私はどちらでも構いませんよ。貴女に、仲間を見捨てる覚悟があればですが」

 

「…………」

 

 サオリは動けない。アツコを見捨てる事など、出来るはずもない。

 

 忌々しげに小鳥を睨みつけ、そして銃を捨て両手を上げた。

 

 サオリに続いて、ミサキも武器を捨て、手を上げる。

 

 そんな二人の様子を見て、小鳥は笑みを浮かべた。そして……

 

「あっはっは、いやはや、仲間思いの良いテロリスト達で助かりましたよ……撃て」

 

 降伏の意を示す二人に向けて、親衛隊の一部が照準を合わせ、引き金を引いた。

 

 二人の身体に無数の弾丸が突き刺さり、衣服を朱に染め上げた。

 

「なっ!! くぅ……貴様ぁっ!!」

 

 サオリの怒号が飛び、しかしその声も、再び鳴り響いた銃声によって掻き消された。

 

「撃ち続けろ。捕獲用麻酔銃も使え。相手はテロリストだ。銃を捨てた所で信用する筈もないだろ。常識だ。指一本、動けなくなるまで撃ち続けるのだ」

 

 麻酔銃より放たれた注射筒がサオリとミサキの身体に打ち込まれ、意識が呆気なく落ちていく。

 

 最後の最後まで、憎しみの籠った目で睨み付けていたサオリは、やがて意識を失い、倒れ伏した。

 

「さて……これでアリウススクワッドは一人を除いて全滅ですね」

 

 親衛隊に、慎重に二人に近付くよう命じ、身ぐるみを全て剥ぎ取らせる。

 

「念入りに調べてください。その後は舌を噛み切らないように猿轡をして拘束を。あぁ、服は着せなくて構いません。手も足も、使えなくしても構いません。テロリストに人権はありませんので」

 

 手荒く拘束する部下たちを眺めながら、押収した武器弾薬を確認する。その中に、見慣れない爆弾を発見した小鳥は、直感的に、これが危険な物だと感じ取った。

 

 何を思ったのか、小鳥はその爆弾だけを回収し、スッと立ち上がる。

 

 そして、ひと段落ついたと満足気に笑みを浮かべると、数名の部下を事後処理の為に残し、他を連れて目的の場所へと向かう。

 

 遠くからでも聞き慣れた銃声に胸を弾ませながら、小鳥は己の最後の舞台へと歩き始めた。




沢山の評価・感想ありがとうございます。
今回の話はあくまでも、有り得たかもしれないifの話です。
何卒、ご了承ください。
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