ーうん、そうね。此処の所、忙しかったけど、万魔殿が頑張ってくれたから、エデン条約の準備に集中する事が出来たのー
ーエデン条約が締結されれば、それこそ、風紀委員会は不要になるでしょうね。うん、思う所はあるけど、それでも、私が卒業した後のゲヘナの事を考えたら、それで良かったのかもしれないわー
ーえぇ、以前話していたのを覚えているでしょ? マコトの推薦で万魔殿の一員になった子。あの子のお陰で、ゲヘナの犯罪率も下がったし、何より、次の世代の子達の為に、組織だった部隊の育成も出来たそうよー
ー私では出来なかった事を、あの子はやり遂げたの。周りからは陰口を言われてるけど、それは彼女の事を知らないだけ。出動時は誰よりも先陣を切って、部下を守りながら戦ってる。自分1人が犠牲になってねー
ー私達だと初動が遅れて、少なくない被害を出してきたけど、万魔殿に所属しているからこそ迅速な対応を取る事が出来る。彼女に助けられた市民だって、たくさんいるのー
ー昔の事になるけど、あの子はずっと辛い思いをしてきた。入学したての頃だって荒れてたし、入学以前から危険人物として扱われてきた。でも、本当の彼女は違うの。だから、エデン条約が締結された後でも良い。あの子にあって話がしたいわー
ー私なんかと話した所で、彼女からすれば『何のことだ?』って思われるかもしれないけど、それでも、私は彼女と会って話したいー
ー貴女のお陰でたくさんの人が救われたって……ー
アレはダレだ?
何故、空崎 ヒナと一緒に歩いている?
何故、彼女はあんなに嬉しそうに……
あぁ、成程。アレも彼女を惑わすのか。
アレは…邪魔な存在だ。
トリニティの正義実現委員会委員長、剣先 ツルギと副委員長の羽川 ハスミ。シスターフッドの若葉 ヒナタ。そして、ゲヘナの風紀委員会委員長、空崎 ヒナ。
負傷した先生を庇いながらの逃走。
4人が先生の盾となり、迫りくるアリウスの生徒達と対峙していた。
アリウスの生徒達による先生を狙った銃弾を自ら盾となって防ぎ、ボロボロとなった愛銃で薙ぎ払う。怒涛の勢いで攻め立てるアリウスの猛攻を凌ぎながら、4人は必死に抗い続けた。
皆が皆、満身創痍。普段の彼女達なら……特に、委員長であるツルギやヒナであれば、1人で彼女達の猛攻を防ぎつつ、先生を安全な所まで逃がす事が出来たかもしれない。
しかし、委員長の2人は既にボロボロだ。アリウスが使用した巡航ミサイルによる奇襲で受けたダメージが身体を蝕んでいる。
それでも、彼女達は抗い続けた。その身体で銃弾を受け、銃弾尽きて尚、銃の本体を用いた打撃で、アリウスの生徒達を薙ぎ払う。
いつ倒れてもおかしくない状況化の中で、彼女達は最後まで抗い続けた。
しかし、その奮闘も空しく、状況が変わる事はなかった。新たな敵の増援を前に、ついに5人の足が止まったのだ。
ジリジリと距離を縮めるアリウスの生徒達。ツルギは自身の身体が何処まで持つかを計算し、そして即座に結論を出した。このまま『5人』で逃げる事は不可能。誰かがこの場に残り、時間を稼ぐ必要があると。
そして、先生を護衛するにあたって、誰が最適解かを考えた時、ツルギは自身ではなくヒナが適任だと結論付けた。
「此処は私とハスミが時間を稼ぐ。その間に少しでも遠くに逃げろ」
ツルギの言葉に、ヒナとヒナタが静かに頷いた。
2人の反応に、ツルギは満足しつつ、ハスミと共に、アリウスの生徒達へと突貫しようとした次の瞬間……。
「……撃て」
冷めきった声色の命令と共に、アリウスの生徒達の背後を、無数の銃弾が襲い掛かった。突然の銃撃に、アリウスの生徒達が混乱し、銃弾から逃れようと散り散りになって遮蔽物に身を隠す。
そんな彼女達に向けて、一つの影が、瞬く間に距離を詰めた。
影は一陣の風の如く疾駆し、その勢いのまま銃を振り下ろす。直撃を受けたアリウスの生徒達は、呻き声すら上げる事もできず、1人、また1人と地に倒れ伏した。
瞬く間にアリウスの生徒を制圧した影は、最後の1人からヘイローが消失するのを確認した後、先生へと向き直る。
「お怪我はないですか? シャーレの先生」
影の正体は小鳥だった。彼女に続いて、部下達が周囲の安全を確保したのを確認した後、小鳥は一安心といった表情で銃を下ろした。
「お初にお目にかかります。私はゲヘナ学園万魔殿所属、不死川 小鳥と申します。シャーレの先生。よくぞ御無事で」
先生の無事を確認した小鳥は、ニコリと笑みを浮かべる。
「……小鳥?」
「あぁ、ヒナ委員長。貴女も御無事……とは言い難い状況ですね。正義実現員会にシスターフッドの皆様も」
ヒナの姿を見て、小鳥の瞳が揺らぐ。
そしてすぐに平常に戻り、正義実現委員会とシスターフッドの3人の立ち位置を確認しながら、周囲を見渡した。
「此処は危険です。私達が先導しますので……シャーレの先生。さぁ、此方に」
先生を迎え入れる様に手を差し伸べる。先生はその手を見つめ、次いでヒナへと視線を向ける。
少し前まで息を荒げていたヒナも、万魔殿の生徒達が周囲を索敵していた為、少しではあるが落ち着きを取り戻していた。
そして、小鳥がこの場に来てくれた事に安堵感を覚えつつ、先生に向けて頷いて見せた。
彼女がいれば大丈夫。先生も無事に、この場から脱出できる。
周りの皆も、連戦に次ぐ連戦から、漸く味方が来てくれたのだと安心し、注意が散漫となっていた。
気付くべきだったのだ。同じ式典に参加していたにも関わらず、彼女達が殆ど無傷だった事を。
先生の身体で、正義実現委員会の視界から小鳥の姿が隠れた瞬間、差し出した手を自身の腰に回し、隠していた拳銃を握ると、躊躇なく、先生の腹部に向けて発砲した。突然の出来事に、ヒナはおろか正義実現委員会の生徒達すら反応する事が出来なかった。
その銃声は高らかに鳴り響き、そして……
鮮血が舞った。
先生の身体が、力なく崩れ落ちる。万魔殿の生徒以外の皆が唖然とする中、小鳥は、先生を撃った拳銃の銃口にフッと息を吹きかけた。
そして……
「キィィィィィィィィィィサァァァァァァァァァァァァァマァァァァァァァァァァァ!!!!」
状況を察したツルギが奇声を上げながら銃器を振り上げ、小鳥に向かって振り下ろした。
対して、小鳥はそれを片手で受け止めると、銃口を向ける万魔殿の生徒達をもう片方の手で制した。
「騒ぐな。バーサーカーか?」
腕が折れた感触。顔にかかる荒い息遣い。当然だ。目の前で守るべき先生が撃たれたのだ。この反応もまた当然の事だ。
チラリと、ヒナに目を向けると、先生の名前を連呼しながら、必死に止血を試みている。それを確認した小鳥は、ツルギに視線を戻すと、先程と同じく、冷めた声色で言い放った。
「トリニティは余計な事はするな。お前達には共謀罪の疑いがあるのだからな。無論、シャーレの先生も例外ではない」
「っ!!」
「どういう事ですか!!」
小鳥の発言に、ツルギやハスミが息をのむ。
「どういう事……だと? 周りを見てみろ。この惨状はなんだ? 誰の犯行だ? アリウスだ。アリウス分校。調べてみれば、元々はトリニティに所属していた生徒ではないか」
トリニティに所属していた数ある分派の一つ。激しい弾圧を受けて追放された学園の生徒達の残党。
「エデン条約が結ばれれば、ゲヘナとトリニティは長きに渡る因縁から解放される筈だった。だが、この様はなんだ? 式典は爆破され、参列した生徒達はアリウス分校の凶弾によって倒れた」
「しかしそれは、トリニティも……」
「トリニティも同様……だと。ふざけるのも大概にする事だな。此方が知らぬと、本気で思っているのか? エデン条約を前に、『パテル』『フィリウス』『サンクトゥス』の派閥間で争いがあった事を、此方が把握していないと、本気で思っているのか?」
「っ!!」
「始まりはサンクトゥス派閥の百合園 セイアがパテル派閥の聖園 ミカの手引きでアリウス分校に襲われた事に起因する。そしてフィリウス派閥の桐藤 ナギサも同様だ。これは未然に防ぐ事が出来たが、問題は此処からだ。ナギサを襲ったアリウス分校とミカを捕らえたという報告を受け、私達は安堵した。しかし、その結果がこれだ。トリニティの言葉を信じ、油断した我々を、和平が結ばれると安堵した我々を、お前たちは騙したのだ」
セイアの事はさておき、事なきを得たナギサが出席したこの式典には、彼女の派閥も多く参加していた事だろう。そして、捕らえられたミカとその派閥は、殆どが不参加。一見すると、当たり前の構図だが、そこにアリウス分校の残党による襲撃が加われば、別の意味合いも含まれる事となる。
ミカの一派が、アリウス分校の残党と共に、邪魔になったフィリウス派閥のナギサとゲヘナを諸共消し去るという解釈である。
元々トリニティも一枚岩ではない。エデン条約に賛成派の者もいれば反対派の者もいただろう。そして、ミカは反対派の人間だ。そんな彼女にとって、今回のエデン条約がどのように映ったのかは想像に難くない。
「ですが……それでも、先生は……」
「関係ないとは言わせませんよ。シャーレの先生がエデン条約を取り行う以前に何処にいたのか。それは貴女達が一番よく分かっている筈です」
そして、シャーレの先生を疑う理由も、小鳥は用意していた。
「彼はエデン条約の前まで、トリニティにいた事は把握しています。確か、補習授業部なる部活を創設したナギサの依頼でしたね」
表向きは部員全員を落第から救ってほしいという内容だったが、それと同時に、部員に紛れている、エデン条約締結を妨害しようとしているスパイ探しという裏向きの依頼を受け持っていた。
当然、先生は表向きの依頼のみを受けていた。しかし、それを証明する事は誰も出来ない。
「部員は4名。阿慈谷 ヒフミ。白洲 アズサ。浦和 ハナコ。下江 コハル。表向きは部員全員を落第から救う事。しかし、その裏では条約締結を妨害しようとしていたスパイを見つけ出す依頼を先生は受けていた。そして実際にいたではないか。白洲 アズサ。彼女こそがアリウスのスパイだったとな」
小鳥の言葉を、ヒナ以外の皆が聞き入る。
言葉とは恐ろしいものだ。多少の矛盾も、言葉に真実を混ぜれば誤魔化しが効く。話の本質を別のものにすり替えれば、それだけで人の心はどうとでもなるのだ。
「それだけではない。下江 コハル。彼女は正義実現委員会に所属している。浦和 ハナコはシスターフッドにスカウトされた経緯を持つ。ナギサが疑った4名の内、3名がこのエデン条約に関わっているではないか。そしてその3名と共に行動していた先生もまた、疑いの目を向けられてもおかしくない」
「そんな。それは横暴です」
「平時であればな。しかし、既に事は起こり、トリニティもゲヘナも、双方に被害が出た状況だ。疑わしきは罰せよとまでは言わないが、それでも、私は私の責務を果たす。疑わしきお前達には身を潔白を証明する機会を与える。しかし、これ以上、面倒を起こすのであれば、我々は暴力も辞さない覚悟だと知るのだな」
小鳥の言葉と同時に、万魔殿の生徒達の銃口が一斉に向けられる。狙いはツルギでもハスミでもヒナタでもない。先生だ。未だ出血が止まらず、か細い呼吸を繰り返す先生に、皆が銃口を向けていた。
此処で暴れれば、凶弾が再び先生を襲う事になるだろう。
ツルギも、怒りが収まらないながらも、このまま時間をかければ先生の命が危ういと判断したのか、銃を捨て、無抵抗の意を示す。同じく、ハスミも、ヒナタも同様に武器を捨てる中、ヒナだけは先生の傷跡にハンカチを押し当て、先生の名を叫んでいる。
その痛ましい姿に、小鳥は静かに目を閉じると、部下に応急処置をするよう命じ、他の部下にもツルギ達を連行するように命じた。
「ヒナ委員長。シャーレの先生は我々が預かります。そして貴女にもお話したい事がありますので、此処で私とお待ちください」
皆が連行される中、1人残されるヒナ。先生の応急処置も終わり、部下達が引き上げていく中、1人の部下が小鳥に耳打ちをした。
(本当に宜しいので?)
(えぇ、構いません。後の事は任せましたよ)
(分かりました)
部下はそう言うと小鳥に一礼し、先生を連れてこの場から撤退する。
誰もいない、2人だけの空間。
この時を、小鳥はどれだけ待ち望んだだろうか。
気付かれぬようにヒナへと視線を向けると、目を赤く腫らし、弱り切ったヒナの姿。
そんな彼女に、小鳥は『フゥ…』と息を吐いた。そして……。
「漸く、全ての問題が解決しました。ヒナ委員長」
ヒナに向かって、満面の笑みを浮かべる小鳥の姿があった。
「……えっ?」
小鳥の変貌に、ヒナは理解が追い付かない。
「あぁ、ごめんなさい。突然でしたね。申し訳ありません。ですが聞いてください。これで全てが解決したのです。ヒナ委員長。貴女を束縛するもの全てが取り除かれる。私はこの時をずっと待っていました」
「小鳥……貴女……何を言って……」
「あはは、重ね重ね申し訳ありません。そうでした。1から順に説明する必要がありますね。ではまず……そうですね。先ずは此処からですね。エデン条約。これを破綻させたいと思っていたのは他でもない私です。私が、マコトさんと共にアリウス分校と手を組み、式典を破壊しました」
「え……え……?」
「あ、ですがご安心を。式典を妨害したアリウス分校の主犯格は既に取り押さえています。他の残党も同様です。大方、捕らえていますのでご安心ください」
「待って……小鳥……」
「マコトさんも今頃、飛行船に積まれた爆薬で負傷しているでしょう。暫くは表舞台に立つ事も出来ません。トリニティも同様です。正義実現委員会の委員長と副委員長を捕らえる事が出来ました。シスターフッドに対する人質も手に入れる事が出来ました。全て万事解決です」
「お願い……少し待って」
「あぁ、そうそう。ヒナ委員長を束縛していた風紀委員会は今回の式典でほぼ壊滅しました。式典の外にいたメンバーも僅かしか残っていないので、事実上風紀委員会は解散です」
「……っ」
「トリニティに関しては……はい。戦争です。許せません。我々は手を取り合う事が出来たというのに、その手を振り払い、あまつさえ引き金を引いたのです。我々ゲヘナは、己の正義の為に、トリニティを滅ぼします。その為の準備も整っています」
そしてと、小鳥はギザギザの歯が見えるくらいに、より一層深い笑みをこぼして言い放った。
「そしてゲヘナも滅ぼします。トリニティを悪と断じておきながら、その実、アリウスと組み、式典を妨害したのです。許せません。彼女達と関わった情報を記録した端末を、トリニティと戦争を始めてから1ヶ月後にトリニティに渡るよう手配しています。これで私もマコトさんもおしまいです。そしてゲヘナはトリニティとの泥沼の戦争によって、双方滅びる運命となります」
最後にと、それを口にする前に、携帯が鳴り響く。丁度良いタイミングだと呟きながら、小鳥は携帯を開き、メッセージを確認した。
「最後に朗報です。貴女を惑わせたシャーレの先生は、先程息を引き取りました」
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