「なんと、トリニティにお出かけですか?」
「えぇ、エデン条約の件でティーパーティーの桐藤 ナギサと打ち合わせがあるの」
ある日の放課後、ヒナからトリニティにお出かけすると告げられた小鳥は、暫し思考する。
条約を結ぶ相手の事は把握しておきたい。『パテル』『フィリウス』『サンクトゥス』の三大派閥からなる3人の生徒会長。エデン条約を推し進める桐藤 ナギサの事は知っておくべきだろう。
「ヒナ委員長、私、そのティーパーティーとやらが凄く気になるのですが」
「気になるって……そう、気になるのね」
「はい、是非とも一度お会いしたいのですが、やはり厳しいでありましょうか?」
「そう……ね。多少強引かもしれないけど、私の護衛としてなら筋が通るかしら」
「では、それで」
「全く、アコが聞いたら色々と言われるわよ。それでも良いの?」
「はいな。作法やらテーブルマナーは分かりませんが、ティーパーティーと言われているくらいです。きっと美味しいお茶会も開かれるのでしょう。楽しみであります」
何か思う所があるのだろう。ヒナは苦笑しながら、護衛の件を了承してくれた。
「それと、現在のホスト代行のナギサと他のメンバーの情報は情報部で管理しているから、目を通しておくのよ」
「了解であります。代行……と言う事は、まぁ、色々とあったのでしょう。同じ権力を持つものが複数いるのは、恐ろしいでありますなぁ」
「小鳥、冗談でもそんな事を言ったらダメよ」
冗談めかしていう小鳥に、ヒナは注意を促すと、現ホストである『サンクトゥス』の百合園 セイアの情報を伝える。
「桐藤 ナギサが代行を勤めている理由は、現ホストの百合園 セイアが入院しているからみたいよ」
「成程ですねぇ、入院……ですか」
「……えぇ、その通りよ」
「了解しました。ではでは、打ち合わせの日までに、色々と確かめておきますね」
何事も起きなければ良いと、小鳥はヒナに頭を下げながらそう思った。
情報部に問い合わせ、現在のティーパーティーの情報に目を通す小鳥だったが、セイアの情報だけがある日を境に途絶えている事に気付いたのだ。
何かしらの理由で入院したのなら、理由まで分からずとも、何かしらの痕跡くらいは残る筈。しかし、その痕跡すらないと言うのは妙な話だ。
(これって、もしかして結構ヤバいのでは?)
その事はヒナも分かっている筈。もしかしたら今回の打ち合わせにしても、その真意を探る目的があったのかもしれない。
それならと、小鳥は笑みを浮かべる。
そう言う事なら得意分野だ。少しばかり迷惑をかけるかもしれないが、得られる情報の事を思えば、それだけの価値がある。
早速小鳥は、ナギサを含む3人の情報を精査するのであった。
「ははぁ〜此処がトリニティでありますかぁ〜ゲヘナと違って、お上品そうな学校でありますなぁ〜」
ヒナと共にトリニティにやって来た小鳥は、感嘆の溜息を漏らした。
ゲヘナ学園とトリニティ学園の校風はかなり違う。同じ学園とは思えない程に。
ゲヘナが自由奔放であるのなら、トリニティは格式のあるお嬢様学校と言った所か。
「あまりはしゃがないで。立場上、今の小鳥は私の護衛。その一挙手一投足が、学園の評価に繋がるのだから」
「了解であります。しかしまぁ……トリニティの生徒は可愛らしい子が多いですね」
「……小鳥」
「はい、分かっています。冗談も此処まで……ですね。折角お土産を持参したのです。楽しいお茶会になると良いですね」
そう言いながら、視線だけは周囲を探るように見渡す。
ヒナと小鳥を見る目に、様々な感情が入り混じっている。
総じて、その感情は快く思われてないものだ。
「……ヒ〜ナ委員長」
「……どうしたの?」
「私のおすすめは黄色い黄色いチーズケーキです」
「……そう、分かったわ」
その言葉の意味は、2人にしか分からない。音程の外れた鼻歌混じりに、小鳥は周囲の視線を観察するのであった。
「お待ちしておりました。ヒナ委員長。あら、そちらの方は?」
「初めまして。私は風紀委員会に所属する不死川 小鳥と申します。今日は風紀委員長、空崎 ヒナの護衛として同席させて頂いております。言葉遣いや礼節に疎い身ですので、ご不快な思いをさせてしまったら、申し訳ありません」
「ご丁寧にありがとうございます。私はトリニティのティーパーティーを勤めさせて頂いております。桐藤 ナギサです。今日はあくまでもエデン条約に向けた打ち合わせですが、そう畏まる必要はありません。普段通りの貴女でいてください」
「本当ですか。お心遣い、痛み入ります。ではでは、普段通りの私でお願いします」
屈託のない笑みを浮かべる小鳥。対してヒナは、そんな態度の小鳥を諌めるべく、小さく咳払いして小鳥の名を呼んだ。
「……小鳥」
「ふふっ、構いませんよ。私の方から提案したのですから」
打ち合わせをする場所として、指定されたトリニティのテラスに案内された小鳥は、にこやかな笑みと共に、ナギサの瞳をじっと見つめ、そしてテーブルに並べられた様々なスイーツや紅茶に目を通し、口を開いた。
「ありがとうございます。それにしても素敵な香りですね。銘柄に疎い身ですが、紅茶の良い香りがします」
「あら、もし宜しければ、紅茶をお淹れしましょうか?」
「本当ですか。ありがとうございます。ヒナ委員長もどうですか?」
「小鳥。全く、ごめんなさい。小鳥は普段、紅茶を飲んだ事がないから興味があるみたい」
「そうなのですか。それでしたら、よき思い出になるよう、お淹れ致しますね」
ナギサが手際良く紅茶を淹れ始める。普段から紅茶を嗜んでいる事もあり、その動きには一切の迷いはない。
紅茶に関しては無知だ。しかし、この手のものは美味しく淹れる為に時間をかけると言われている。SNSで見た。
そして、来客用のカップに紅茶を注いだナギサは、小鳥の前にカップを置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます。では早速……」
香りを楽しみながら、ゆっくりと紅茶を口に含む。そして……。
「風味も香りも、素人の私にはそれ以上の事を言う事は難しいですが、美味しいですね」
小鳥がそう感想を漏らすと、ナギサは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言って頂けると、淹れた甲斐があります」
「はい。素敵な思い出となりました。ではでは、此方もお礼をせねば無作法というもの」
そう言って、トリニティに着く前に購入した商品が入った紙袋をテーブルの上に置く。
「どうぞ、此処に着く前に立ち寄ったお店で買ったものです。お菓子が好きと噂で聞いていたので、打ち合わせの合間にでもといくつか選んでみました」
「まぁ、ありがとうございます。では、本日は小鳥さんの用意したお茶菓子を頂きながら、打ち合わせに入りましょうか」
「はい。それでは袋から出しますね」
袋からケーキや瓶入りのプリンが入った箱を取り出し、大きめの更にそれらを並べていく。
ちょうどヒナと小鳥の前にはチーズケーキ、苺のムース、ロールケーキ。そしてナギサの前には瓶入りのプリンとその他2つのケーキが並んだ。
「ではでは、ナギサさんからどうぞ」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて……」
手前に並ぶスイーツを見つめ、そして瓶入りのプリンを選択する。
それに対して、小鳥は笑みを浮かべながら今度はヒナに選ぶように促した。
「ヒナ委員長は何にしますか?」
「……そうね」
そう言って、ヒナは少し悩んだ後、手前に並ぶチーズケーキを選んだ。
「では、最後は私が……」
残された4つのケーキを見た目ながら、どれにしようかと悩むそぶり。
「チーズケーキは中々の推しでしたが、苺のムースもロールケーキも捨て難い。悩ましいものです。ですが……」
そう言って選んだのはロールケーキだった。
「やはりこれですね。苺のムースも捨て難かったですが、此処は狙い目のロールケーキ一択でしょう」
選んだケーキを来客用のお皿に乗せ、フォークで一突きする。切り分けて食べるのではなく、そのまま齧り付くのはマナーとしては如何なものかと思われるが、それを咎める者は誰もいない。
そのままつつがなく打ち合わせを終え、帰路に着く中、ヒナは溜息混じりに問いかけた。
「それで、何か収穫はあったの?」
「そうですねぇ……まぁ、悪い意味で予想通りといった感じですなぁ」
「……そうなの?」
少し考え込んだ後、ナギサの事を見ていた小鳥がありのまま答える。
「ナギサさん。大分追い詰められてる感じでした。何に追い詰められているかはわかりませんが。あれは相当切羽詰まっている感じですよ」
人を観察するという事に関して、幼き頃から繰り返してきた小鳥だからこそ分かる仕草や瞳の揺らぎ。
そこから様々な事に仮説を立てながら、小鳥は話した。
「ナギサさんは、本当に紅茶が好きみたいですね。ですが、少し飲み過ぎだ。まるで精神の安定をはかるために……いや、自分の好きなものですらそういう風にしか見れなくなってきたか、ですね」
お茶会がてらの打ち合わせ。その間に紅茶を飲む頻度が多く、何度おかわりしたのかも把握している。
紅茶飲みに関して詳しいわけではないが、あれは単純に飲み過ぎだ。
心を落ち着かせるために、自分の好きな飲み物を何度も飲み干している。
「それに加えての瓶入りのプリン」
「……外部からの干渉を受けにくいものという事ね」
「はい、ナギサさんの好みは把握しています。自分の好みであるケーキを差し置いて、そこまで好きでもないお店のプリンを選択した。まるで自分が何者かに狙われているかもしれないと怖がってましたね」
「その根拠は?」
「プリンを選ぶまでの時間です。他の2つに目がいきながら、最終的にはプリンを選んだ。本当はこっちが食べたい。でも怖いから仕方がないってね」
そして、自分達が選んだケーキに関してもそうだ。
「ヒナ委員長に、あらかじめチーズケーキをお勧めした理由もそれです。チーズケーキは黄色、百合園 セイアの髪の色、ほのかにピンク色の苺のムースはミカさんで、ロールケーキはナギサさん。あぁ、残念。セイアはいない。それならナギサを食べてしまえ」
古来より、敵国の相手の好物を食べる事で〇〇を喰らうという意味合いをもつとされている。
他にも、その人物を連想させる食べ物を用意して、意味合いを持たせる事もあるらしい。
今回のケーキの選択は、その応用だ。
「ロールケーキを齧った時、ナギサさんからは恐怖の色が見えました。ナギサさんは、自分が誰かに狙われていると思っているのかもしれませんね。セイアさんの次は私だと」
「……それは」
「はい、あくまでも仮説です。ですが、入院しているとされながら、その後の情報が入ってこないセイアさんと、ゲヘナを快く思っていない一部の生徒達。エデン条約を推し進めるナギサさんは危うい立場にあるのでしょうね」
それでも条約を結ぼうとするのは何かしらの理由があるのだろう。そこまでを把握する事は出来なかったが、条約を結ぶ相手の立ち位置が分かっただけでも収穫はあった。
今、狙われているのはトリニティである事。正確には、トリニティのティーパーティーの一角である桐藤 ナギサだ。
エデン条約を妨害したい者の手引きか、或いはセイアの件と関係があるのか、それとも両方か。
無論、此処まで特に追求されることのなかったパテル派閥の聖園 ミカの件も忘れてはいけない。
苺のムースを選ぼうとした時、ナギサの瞳に揺らぎを感じた。それが何を意味したものなのか分からないが、あれからは、誰かを守りたいという意思を感じた。
が、これ以上、内情を知る事は難しい。次の手を打つ必要がある。
そう考えながら、小鳥はヒナの後に続くように帰路に着いた。
後日、小鳥は情報部から入手した情報に目を輝かせた。
シャーレの先生が、トリニティの依頼を受け、件の学校に暫くとどまる事になったからだ。
沢山の感想ありがとうございます。
凄く励みになっています。
昨日、ハーメルンが落ちて驚きましたが、なんとか復帰して本当によかったです。これからも頑張って更新していくので、最後まで見守って頂けると幸いです。