風紀の狂犬   作:モノクロさん

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ヒナ包囲網 後編

ーま、待ってくれ!! 私の知ってる事は全て話した!! も、もうやめ……ー

 

 煩わしい音が消えた。

 

 急がないと……ヒナ委員長と先生が危ない……。

 

 

 

 

 

 

 ヒナは先生を抱き抱えながら、必死に逃げていた。しかし、その足取りは覚束ない。

 

 息も切れている。苦しい……けれど、ここで足を止めるわけにはいかない。アリウス分校の明確な目的、エデン条約の妨害以外にも何かある。

 

 その一つとして、先生の排除も含まれている事は、一切の躊躇なく銃口を先生に向けて発砲した事から明白だ。

 

 キヴォトスの外から来た先生にとって、銃弾の一発でも致命傷となりえる。愛銃を失ったヒナに出来る事は、先生を守りつつ、この式典から脱出し、安全な場所まで避難する事だけだった。

 

 他の皆の安否が気になる。周囲はいまだに混乱していて、瓦礫に埋まった生徒や負傷して身動きがとれない生徒達で溢れ返り、彼女達を助けようと必死に瓦礫をどかしたり、布で傷口を押さえて応急処置する生徒達の姿もある。

 

 しかし、そんな彼女達にすら、アリウス分校の生徒達は銃口を向けて発砲し、容赦なく生徒達を無力化させていた。

 

 抵抗しようにも、弾道ミサイルの余波による負傷で思うように力が発揮せず、次々と生徒達が倒れていく。

 

 そんな光景にヒナは唇を強く噛み締めた。自分達が守るべき生徒達が、一方的に撃たれる姿など見たくなかった。

 

 それでも、ヒナは先生を守る事を選んだ。先生さえ無事なら、この状況を打破する事が出来ると信じて。

 

「ヒナ委員長!!」

 

 遠くから声が聞こえた。立ち止まって声のした方がに振り向くと、負傷した風紀委員が息を切らせながら此方に向かって走ってきている。

 

 その光景に、一条の光をみいだすも、それが直ぐに、絶望へと変化した。

 

「逃げて下さいヒナ委員長!! あれはっ化け……っ!!」

 

 背後から、無数の弾丸が彼女を襲い、彼女はそのまま崩れるように倒れた。

 

 倒れた彼女の背後に、複数の人影が出現した。

 

 シスターフッドと同じく、ウィンプルを被ったガスマスク姿の集団。

 

 レオタードから覗く肌は青白く、まるで亡霊のような雰囲気を纏った不気味な存在に、ヒナは警戒を更に強めた。

 

 倒れた風紀委員の側に近寄り、手放した銃を破壊する。そして、意識を失っていないのか、未だに頭上にヘイローが浮かぶ彼女に向け、ガスマスク姿の集団が一斉に銃口を向け、発砲した。

 

 耳をつんざくような銃声が辺りに木霊する。容赦なく襲いかかる銃弾の嵐に、倒れた風紀委員はなす術なく銃弾を浴びていく。

 

 一頻り銃弾を浴びせた彼女達は、風紀委員からヘイローが消失したのを確認すると、次なる標的をヒナへと定め、武器を構えた。

 

「っ!!」

 

 相手が何者なのかは分からない。だが、少なくとも味方でない事は明白だ。ヒナは再び先生を連れて走り出した。

 

 そんな彼女に、ガスマスクの集団が銃を構えながら追いかける。

 

 瓦礫を器用に避け、時には遮蔽物に隠れて銃弾から逃れ続けるも、次々に湧いて出てくるガスマスクの集団に、ヒナは徐々に追い詰められていく。

 

 おかしい、気配もなく突然出現する彼女達に、人ではない不気味な違和感を感じる。

 

 そして、前触れもなく出現し、攻撃を仕掛けてくる彼女達によって誘導されている事を実感しながらも、どうする事も出来ず、焦りが芽生え始める。

 

「ヒナ、私の事はいいから、他のみんなを……」

 

 自分のせいでヒナが窮地に立たされている。先生はヒナを振り払おうと試みるも、それでもヒナは、先生を離そうとしない。

 

 此処で先生を離せば全てが終わる。ヒナは、先生を抱き抱えながら瓦礫の間を縫うように逃げ続けた。しかし、開けた空間に出た瞬間……。

 

「待っていたぞ。空崎 ヒナ」

 

「っ!!」

 

 瓦礫の陰から聞こえる冷めた声色に、ヒナは咄嗟に身体を捻って先生を庇うように声主に背中を向けた。

 

 刹那、無数の銃声と共に背中に衝撃が走った。激しい激痛と共に身体が崩れそうになるも、先生を抱き締めるように支え、なんとか踏みとどまりながら前へと飛び出す。前のめりに滑り込む形で倒れ込み、それでも先生は手放さない。

 

 再び響く銃声。翼を広げて先生を包んで守るヒナは苦悶の表情を浮かべた。背中や翼に無数の銃弾を浴び激痛が走る。

 

 巡航ミサイルによる負担がなければ、銃弾によるダメージは殆どなかっただろう。

 

 だが、今のヒナは疲弊している。翼は傷付き、背中や腕からは血が滲み出る。痛みに耐えながらも立ち上がり、先生を庇いつつ、件の敵を睨み付けた。

 

「驚いた。あの状況でシャーレの先生を守り切るとはな」

 

 そこにいたのは、顔の半分をマスクで覆った、白いコート姿の女性。

 

 コートの内側から覗く体躯は引き締まっており、ノースリーブにインナーと身体のボディラインが強調されている。

 

 そんな彼女の……錠前 サオリの背後に控えるはガスマスクを装着したアリウス分校の生徒達と、他の生徒達とは異なるマスクを装着した秤 アツコの姿。

 

 更に遠くから複数の足音が近付いてくる。1つはヒヨリ率いるチームⅢ。そしてもう1つは別行動を取っていたチームⅡのミサキ。

 

 この場に、サオリが率いるアリウスの特殊部隊、アリウススクワッドが集結した形となった。

 

 誘い込まれる形で、ヒナは彼女達のテリトリーに足を踏み入れてしまった。

 

 一刻も早く、此処から逃げなければ……。

 

 しかし、ヒナの思考を読んだのか、サオリがアツコに指示を送った。

 

「空崎 ヒナとシャーレの先生は此処で仕留める。包囲してくれ」

 

 その指示に、アツコは頷くと、先程のガスマスクを装着したレオタード姿の集団が先生とヒナを遠巻きにぐるりと囲むように出現した。

 

 その光景を見て、その集団が人ではない何かだと実感する。

 

「これで逃げ場はない。空崎 ヒナ。貴様ならこの包囲網程度であれば逃げる事は可能だろう。どうする? 先生を捨てて、そのまま逃げてもいいんだぞ」

 

 挑発だ。ヒナが先生を置いて逃げる筈がないと分かっての挑発だ。

 

 周囲に警戒しつつ、先生を抱き締める手に力が籠る。

 

 その様子を見たサオリは、ガスマスクの集団に銃口を向けさせ、先生へと狙いを定めた。

 

「この状況に至れば、結果は同じだと分からない筈がないだろう? 空崎 ヒナ、悪いがシャーレの先生は始末させてもらう。彼こそが計画の一番の支障になりそうだと、彼女が言っていたからな」

 

 そう言って、サオリもまた、再び銃口を先生へと向ける。

 

 数百を超える敵意の中、ヒナは先生に、小声で呟いた。

 

「大丈夫よ、先生。貴方は私が守るわ」

 

 先生を抱き締める腕に、再び力が籠った。その言葉に、先生が何かを言いかけたが、その声は、数百を超える銃声によって、掻き消された。

 

 先生の身体を包むように、広げた羽で覆い、頭部の被弾を避ける為に、先生の頭を胸に押し付ける。体躯に合わず、ヒナの大きな翼は、先生をすっぽりと覆い隠し、弾丸の嵐から守り続ける。

 

「無駄な事を……ならば、何処まで耐えられるか、試させてもらう」

 

 サオリの号令と共に、攻撃の手が更に強まっていく。

 

 四方八方からの銃弾の嵐に、ヒナは必死で耐えた。幾百もの弾丸を浴び続けた羽は徐々にボロボロになり、ヒナの身体にも数え切れない程の銃創が刻まれていく。

 

 それでも、ヒナは先生を離そうとしない。絶対守り通すと強い意志を示すかのように。

 

 先生が必死に何かを訴えかけている。だがヒナは、先生を安心させるように声を漏らす。

 

「大丈夫……大丈夫だから……」

 

 意識が飛びそうになるのを必死に堪え、ヒナは耐え続けた。

 

 孤立無援の状態。それでも、ヒナは先生を守る事を止めない。数百を超える銃弾の嵐。それはきっと、ヒナが力尽き、先生が撃ち抜かれるまで続くだろう。

 

 サオリの事だ。きっとその瞬間まで、この包囲網を解く事はないだろう。

 

 彼女達の意識は、全て自分へと向けられている。

 

 それなら……耐えるだけだ。

 

 彼女達は失念していた。

 

 これだけの銃声を鳴り響かせ、注意はヒナだけに向けられている。

 

 この状況下において尚、ヒナが誰よりも信頼を寄せる存在の事を、彼女達が失念していたならば……。

 

「っ!!」

 

 包囲網の外から、微かな音が聞こえた。それは車両の走行音。瓦礫を踏み越え、真っ直ぐに此方に向かってくる。

 

 その音に、アリウスの生徒達も気付いたのだろう。しかし、その時には既に、彼女の射程距離まで肉薄されていた。

 

「ブッ!!」

 

 鈍い音と共にガスマスクを破壊されたアリウス分校の生徒が宙を舞う。

 

 その光景に呆気に取られた他のアリウス分校の生徒達は、迫る車両に気付けず、そのまま撥ね飛ばされてしまった。

 

「っ!! どうしたっ!!」

 

 サオリの怒号が響く。

 

 包囲網を敷いていたアリウス分校の生徒とガスマスクを装着したレオタード姿の集団が跳ね飛ばされた先には、ゲヘナのロゴマークがついた緊急車両がヒナと先生の元へと猛スピードで突っ込んできた。

 

 緊急車両に、皆の意識が向けられる。

 

 その背後からは嘴を模したマスクを装着した小鳥が、愛銃を持ち直していた。

 

「ヒナ委員長っ!!」

 

「っ!!」

 

 小鳥の声に、ヒナは小鳥へと目を向ける。

 

ー敵の指揮官は!!ー

 

ー9時の方向!!ー

 

ー分かりました!!ー

 

 言葉を交わさず、アイコンタクトのみでやり取りをする。

 

 緊急車両ばかりに気を取られていたアリウス分校の生徒達の中から、小鳥は1人の人物を見分けなければいけなかった。

 

 統一の取れた服装と装備をした生徒を除外。そこから、アリウススクワッドと称される4人を選別。

 

 狙撃銃を持つヒヨリ……違う!!

 

 ロケットランチャーを持つミサキ……違う!!

 

 白いコートを羽織ったサオリ……違う!!

 

 他の生徒と異なるガスマスクを装着したアツコ……。

 

 ……見つけた。

 

 小鳥の銃口がアツコへと向けられる。放たれた弾丸は寸分の狂いもなくアツコのガスマスクに被弾し、砕け散ると同時にアツコもまた後方へと吹き飛ばされた。

 

「姫っ!!」

 

 突然の出来事に、サオリがそう叫ぶ。だがもう遅い。緊急車両が先生とヒナの側まで近付くと、自動でドアが開かれた。

 

「ヒナ委員長!! 乗ってください!!」

 

 中からは小鳥が助けた風紀委員の声。

 

 その声に導かれるように、ヒナは先生を抱き上げると、緊急車両へと乗り込んだ。

 

「小鳥!! 貴女も早く……っ!!」

 

 乗り込む寸前、ヒナは小鳥に手を伸ばした。だが、その手は小鳥に届く事はなかった。

 

 小鳥は、一瞬だけヒナへと目を向け、安堵の表情を浮かべると同時に、サオリの元へと駆けていたのだ。

 

「小鳥っ!! ダメっ!! 戻って!!」

 

 ヒナの声は、小鳥には届かなかった。扉は閉まり、風紀委員の『車を出して!! 早く!!』という言葉に、緊急車両が走り始める。

 

「待って!! 小鳥はまだ外に……」

 

「その小鳥ちゃんからの指示です!! すみません、まだ状況は終わってませんから……っ!!」

 

 呆然とするヒナを他所に、風紀委員は帽子と服を脱ぎ始めると、車両の中に置いていた別の服に着替え始めた。

 

「ヒナ委員長はそのまま先生を守っていて下さい。私も、出来るだけの事はします」

 

 そう言って、着替えを終えた風紀委員は震える身体を必死に抑えながら、包囲するガスマスクを装着したレオタード姿の集団が密集する場所に向かって、扉を開いて大声を発した。

 

「撃たないでー!! 私はアリウス分校の生徒だよー!!」

 

 緊急車両に置いていた……少し前に、小鳥が尋問したアリウス分校の生徒から奪った服とガスマスクを装着した風紀委員の言葉に、件の集団からの攻撃の手が止まる。

 

 どう言う事だ?

 

 あれだけ無差別に攻撃してきた集団が攻撃の手を止めるなんて……いや、あれは攻撃を止めたというよりも、困惑しているといった所だろう。

 

「お願い撃たないで!! ゲヘナの生徒に捕まってるの!! 貴女達が撃ったら私怪我するよ!!」

 

 戒律違反だよ!!

 

 その言葉に、更に狼狽する集団目掛けて、緊急車両が突っ込み、レオタード姿の集団を撥ね飛ばした。

 

 そのまま車両は包囲網の外まで脱出し、先生とヒナは事なきを得た。

 

 ただ1人、先生とヒナを流すために、1人残った小鳥を除いて。

 

 

 

 

 

「……こんにちは。初めまして……ですね。私は不死川 小鳥と申します」

 

 サオリに肉薄した小鳥が、攻撃を防ぐ彼女に向かってそう言う。

 

「……そうか、貴様が小鳥か」

 

「えぇ、恐らくその小鳥です。アリウススクワッドのサオリさん。貴女の事はお仲間から聞きました。そこかしこにいる亡霊の話と一緒に」

 

 ガスマスクを装着したレオタード姿の集団。かつて式典の会場となった通功の古聖堂を守護していたシスターフッドの前身にあたる集団、ユスティナ聖徒会。

 

 戒律の守護者と呼ばれた武力集団が、何故この場にいるのかは分からない。

 

 しかし、尋問した生徒からの話によると、不気味な人形と手を組んだ事により、彼女達を復活させたと話していた。

 

 エデン条約を自分達の都合の良いように書き換え、エデン条約機構を手中に収める事で……。

 

 そして、ユスティナ聖徒会の復活には、アリウスの生徒会長だった人物の血筋となる秤 アツコの力が必要だった。

 

 その事から、ユスティナ聖徒会を操るには彼女の存在が必要不可欠。彼女達に指示するにしても、アツコの命令を優先する可能性があると踏んだ小鳥は、接敵と同時にアツコを狙った。

 

 無論、エデン条約を乗っ取ったアリウスの生徒達にもある程度の権限が与えられているのだろう。

 

 しかし、場が混乱し、指揮系統であるサオリを抑えれば、伝達は遅れる。

 

 その僅かな隙を、小鳥は奇策を用いて突いたのだ。

 

 ユスティナ聖徒会の攻撃対象はゲヘナとトリニティ。そして守るべき対象はアリウス分校。ならば、アリウス分校の生徒に変装すれば、攻撃の手が止まると考えたのだ。

 

 彼女達に意思があるかは分からない。だが、アリウス分校の服装をした生徒が、『自分はアリウス分校の生徒です!!』と提示すれば、守るべき生徒と誤認する可能性がある。

 

 サオリが、変装した風紀委員が偽物だと言えば、状況は変わったかもしれないが、それを許すほど、小鳥は甘くない。

 

「見事だな。不死川 小鳥。あの状況でよくシャーレの先生と空崎 ヒナを逃した。だが、それだけだ。それだけでこの戦局を……」

 

「黙れ。何も喋るな」

 

 小鳥の冷たい言葉に、サオリは口を閉ざす。マスク越しで、表情までは読み取れなかったが、その目は怒りに満ちており、今にも爆発しそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「楽しかったか? 一方的にヒナ委員長を痛めつけて。エデン条約をメチャクチャにして」

 

 サオリは答えない。

 

「戦局なんて関係ない。此処に残った理由も、結局は私の自己満足だ」

 

 マスクを外し、姿を晒す。

 

 これで、風紀委員会の小鳥ではなく、ただの小鳥になった。

 

「この戦力で、私がお前達に敵わないのは百も承知だ」

 

 だが……それなら……と。

 

 そう言って、小鳥は憎しみの籠もった眼光を妖しく光らせながら、サオリに向けて言い放った。

 

「それなら私は、1人でも多く、お前達を道連れにしてやる」




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