風紀の狂犬   作:モノクロさん

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狂犬は委員長との青春を夢見る

 温泉開発部の部長、鬼怒川 カスミの護送を終えた小鳥は、そのまま風紀委員本部へと足を運んでいた。

 

「ヒナ先輩、お疲れ様で〜す。不肖、不死川 小鳥。無事にカスミちゃんの護送任務を完了しました」

 

「お疲れ様、小鳥。それと、私の事は……」

 

「失礼しました。ヒナ委員長と呼ぶのでした」

 

 そう言って敬礼し直し、書類の山が積み上がったヒナのデスクに歩み寄る。

 

 相変わらず、万魔殿の無理難題に振り回され、余計な仕事を増やされている様だ。

 

 その仕事を期日通りにこなすヒナも大概ではあるのだが……。

 

 日も沈み、辺りは薄暗い。学園に残っていた生徒達も帰路につき始め、風紀委員本部も数名が残るだけとなっていた。

 

 万年筆が書類を滑る音が耳心地良い。ヒナが走らせるペンの音だけが響き渡る室内で、小鳥は口を開いた。

 

「カスミちゃんの護送の件で聞きました。別件で対応出来なかったと」

 

 一瞬だけ、万年筆の動きが止まる。しかし、直ぐにまた動き出し、ヒナは口を開いた。

 

「そうね」

 

「……エデン条約、私はてっきり、有耶無耶になったと思ってました」

 

 エデン条約。小鳥やヒナが所属するゲヘナ学園とトリニティ総合学園との間で結ばれる筈だった不可侵条約。

 

 発案者であった連邦生徒会長が失踪した事により、その条約は白紙にされたと思われていたが、どうやら水面下でトリニティとゲヘナとの間で何らかの接触があった様だ。

 

 ヒナが書類を捌く手を止め、万年筆を置く。そして、椅子を回転させると、小鳥と向き合った。

 

「何か気になる事でもあるのかしら?」

 

「そうですね。特に気になる事と言えば……まぁ、そうですねぇ」

 

 対立関係にあった両学園から構成員を供出し、エデン条約機構を設立する事で、両自治区の紛争を解決する事を目的とした条約。

 

 この条約さえ締結する事が出来ればきっと……。

 

 暫しの思案。そして口から出た答えは単純なものだった。

 

「少し、寂しくなりますね」

 

「……そう」

 

 ヒナはそう言って、一瞬だけくすりと笑うと、デスクに向き直り、万年筆を手に取る。

 

「小鳥がいつも言っていた、青春というのを謳歌出来るかもしれないわね」

 

「ヒナ委員長の場合、肩の荷が降りるって意味合いの方が強いんじゃないですか」

 

「それもそうね」

 

 エデン条約機構が設立されれば、ゲヘナの秩序は今よりも安定するだろう。

 

 これを機に、風紀委員を引退して、ゆっくりと過ごすヒナの姿は容易に想像がついた。

 

 無論、ヒナが引退する事で一悶着は起きるだろうが、時間が経てばいずれは落ち着く。そういうものだ。

 

「ヒナ委員長はエデン条約が結ばれれば何がしたいですか?」

 

「そうね……特に考えてないわ」

 

「それじゃあ、各学園の自治区の観光スポット巡りはどうでしょうか?」

 

「そうね。それも良いかもしれないわね」

 

「えぇ、きっと楽しいですよ」

 

 今まで働いて来た分、沢山遊び、だらけ、青春を謳歌する。ヒナにはその権利があるだろう。

 

 小鳥はそう考え、ヒナに笑いかける。すると、ヒナは万年筆を再度置き直し、口を開いた。

 

「その時は小鳥、貴女も付いて来てくれる?」

 

「……え? あ、あぁ!! 良いですね!! それ!! とても良い提案です!! まっかせて下さい。こう見えて、彼方此方の自治区を巡り巡って来ましたからお勧めスポットは沢山知ってるんですよ」

 

「それは頼もしいわね。それじゃあ、その時はお願いしようかしら」

 

「はい、任せて下さい」

 

 ヒナの言葉に、小鳥は力強く頷く。それを見たヒナはくすりと小さく笑った。

 

「えぇ、お願いね」

 

 そして、話は終わりとばかりに、ヒナは小鳥から視線を外し、書類へと向き直る。

 

 小鳥もこれ以上の邪魔はするまいと、踵を返した。

 

「それではヒナ委員長、お疲れ様でした」

 

 そう言って、小鳥は一礼し、部屋を後にする。そんな小鳥の背中を見送りながら、ヒナは万年筆のペン先を書類に走らせるのだった。




おまけ
小鳥の口調はその時に応じて変化する。真面目な時だってあるのだ。
エデン条約が締結されれば、ヒナは風紀委員を引退する事は分かっていた。その為、彼女の側にいたかった小鳥からすれば、彼女のいない風紀委員会に未練はない……が、縁とは恐ろしいもので、それなりに愛着が芽生えていたので、辞めるとなると寂しいし心苦しくなる。

小鳥にとってヒナは特別な存在。何故なら、ヒナは小鳥を初めて完膚なきまでに、指一本動かす事すら出来なくなるまでに、徹底的に無力化した存在だから。









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