「止まって下さい!!」
「っ!!」
ヒナと先生を乗せた緊急車両。その車両を運転する救急医学部のセナは、正義実現委員会と風紀委員会の両名の制止により、その足を止めていた。
「すみません、救急医学部の氷室 セナさんですね。車両の中を確認しても良いですか?」
そう言って、風紀委員が車両を覗く。
「ヒナ委員長……それに、先生。よかった。無事だったのですね」
車両の中にヒナと先生の姿を確認すると、風紀委員はほっと胸を撫で下ろす。同時に、正義実現委員会の生徒も車両に近付き、周囲を警戒する。
「これは一体。状況を教えて」
風紀委員会と正義実現委員会が協力して行動している。少し前までは、いがみ合っていた筈の両名がだ。
「そうですね。この先に防衛ラインを敷いていますので、そこでお話を」
そう言って指さす方角に目を向ければ、遠目にだが、風紀委員会と正義実現委員会の生徒達が連携を取りながら負傷者の救護をしているのが見て取れた。
「負傷者を発見!! 手が足りない!!誰か手を貸して!!」
負傷者を見つけた風紀委員の生徒が叫ぶ。医療箱を抱えた正義実現委員会がそれを聞くと、近くにいた風紀委員に声をかけ、一緒に負傷者の元へと向かい始めた。
「ポイントAにアリウスと交戦中の生徒を発見!! 助けに行くぞ!!」
「ポイントE、ポイントFにも敵が現れた。誰か手を貸してくれ!!」
「そっちは大丈夫!! ツルギ先輩が向かったわ!!」
「あの人、重症だった筈じゃ……」
「もう治ったって!! だから大丈夫!!」
行き交う遣り取りは、負傷者の確認と救助要請。それに対する答えが返される。
「もうここまで立て直すなんて。誰が指揮しているの?」
「それが……恥ずかしながら、私達風紀委員会でも、正義実現委員会でもありません」
ヒナの質問に、風紀委員は申し訳なさそうな表情を浮かべながら答える。
「実は、敵の攻撃を受けた直後、バラバラに散らばっていた私達を、便利屋68のメンバーが纏めてくれたんです。その後、彼女達の指揮の下、防衛ラインの構築を行い、こうして負傷者の治療も行えています」
「便利屋68が……一体どういう事?」
「彼女達が言うには、小鳥ちゃんから依頼があったようです。有事の際は助けてくれ……と」
エデン条約を控えたある日、小鳥はアルと連絡を取っていた。内容は有事の際に協力する事。
「彼女達は、式典から離れた場所で、ずっと待機してくれていたんです。そして、私達を襲ってきたアリウスの生徒達と交戦して……今も、沢山の負傷者を此処まで護衛しながら連れてきてくれて……本当に、感謝してもしきれません」
便利屋68の行動に、風紀委員会も、正義実現委員会も、感謝の思いで一杯だった。
少し前までいがみ合っていた両委員会が手を取り合い、共に戦っている。
彼女達の協力により、被害を最小限に抑える事が出来たのだ。
「ヒナ委員長と先生の無事を確認する事が出来ました。後は、首謀者を拘束する事が出来たら、私達の勝利です」
「そう……それなら」
先生を此処に連れて来れただけでも、ヒナにとっては僥倖だった。
これなら、今直ぐにでも、小鳥の元に……。
「お、おい……あれは……あれはなんだ……?」
突然、現場の空気が凍り付く。風紀委員が空を指差して震えている。その指が指し示す先には……。
「……小鳥……なの?」
それを見たヒナが、震える声で呟く。
空に浮かぶ巨大な存在。それが何であるかは一目で分かってしまった。
「……ヒナ」
声が聞こえた。先生の声だ。
「行って、ヒナ……私はもう大丈夫だから。ヒナは早く、小鳥の元へ」
「先生……分かった」
先生の言葉に、ヒナは頷くと、空に浮かぶ巨大な存在の元へ……小鳥と別れた場所へと向かおうとした。
「ヒナ委員長!! 待って下さい!!」
それを、風紀委員が引き止める。振り返ったヒナの目に、ヒナの愛銃を抱えた風紀委員の姿があった。
「貴女……これを何処で?」
「私ではありません。これを見つけて、此処まで運んできた子は……」
言いかけ、唇を強く噛み締める。この銃を此処まで運んできた生徒は身体中がボロボロだった。幾度となく襲われ、それでもこの銃だけは手放さず、此処まで運んでくれたのだ。
「そう……その子には私が伝えるわ。ありがとうって」
ヒナは風紀委員から銃を受け取ると、そのまま走り出した。その後ろ姿を見届け、風紀委員は空を見上げる。そこには巨大な存在。それはまるで、世界の終わりを告げるかのような光景に映った。
(……何を…された……?)
空を見上げながら、小鳥は自分の身体が動かない事に違和感を感じた。
攻撃を受けた。それは覚えている。だが、何をされた?
何をされたのかすら分からない。全身の力が抜ける感覚と、激しい眠気が襲ってくる。
まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。此処で眠るわけにはいかない。
ヒナ委員長は無事か?
シャーレの先生は無事か?
あの包囲を抜けてからどれだけ経った?
まだ、アリウスの脅威が残っている。此処で終わるわけにはいかない。起きろ。起きてくれ。力を振り絞れ……。
ダメだ。身体が動かない。
指一本……動かない……。
指……一本……っ!!
…………ふざけるな。
(巫山戯るな!! 巫山戯るな!!巫山戯るな!! 巫山戯るな!! これは……この思い出は、私とヒナ委員長だけのものだ!!)
ヒナに挑み、敗北し、そして初めて得た喜び。身体が動かなくなるまで、指一本動けなくなるまでの痛みを実感し、そして……。
(これは、私を化物ではなく、人として接してくれた、ヒナ委員長との思い出の感覚だ!! それを……その思い出を……土足で踏み躙るな!!)
このまま、こんな所で終わるわけにはいかない。
(動け。動いてくれ!! 頼むから動いてくれよ!! 私の身体だろ!! 私なんだろ!!頼むから……お願いだから、動いてくれよ……っ!! 私の……思い出が…)
しかし、彼女の願いは聞き入れられる事はなかった。
全身の力が抜ける感覚に、小鳥のヘイローがノイズに包まれ、その瞳から、光が徐々に失われていく……。
(そっか……それなら、もう……仕方がない……)
薄れゆく意識の中、小鳥は黒服の言葉を思い出す。
『神秘の浸食は貴女が思うよりも早い。しかし、その神秘こそが、貴女と空崎 ヒナを守る剣……いいえ、弾丸と成り得るでしょう』
(私の身体が、もう動かないなら……)
『貴女の神秘は貴女が望んだように顕現するでしょう』
(私の神秘が、私の望む通りになるというなら……っ!!)
その口車に、のってやる……。
「わた…し……は……のぞむ……っ」
「っ!! リーダー!!」
その声に、サオリは目を見開き、振り返った。
「……何故……だ。何故、立っている?」
サオリの視線の先には、両腕をだらしなく垂らしながらも立ち上がった小鳥の姿があった。それは、明らかに正常な状態ではない。
ヘイローは半ば崩壊寸前。
虚な瞳は何も映さず、しかしサオリ達を見据えている。
「何をした……不死川 小鳥!! 貴様、一体何をした!!」
その胸に宿るは恐怖心。それを振り払うかのように、サオリは叫び、銃口を向け、引き金を引いた。
弾丸は寸分の狂いもなく小鳥の額へと引き寄せられ、そのまま小鳥の頭を撃ち抜いた。
刹那、小鳥のヘイローは砕けた。
そして神秘が、世界に顕現した。
崩壊した通攻の古聖堂。そこに佇む一つの影。黒のスーツを纏った無機質な影のような人物。
黒服と名乗る観察者であり、探求者であり、研究者。
小鳥に己の神秘の有り様を仄めかした黒服は、小鳥が神秘を顕現させる様を見届けると、両手を広げて空を仰ぎ見た。
「素晴らしい。これが貴女の神秘。貴女の内に秘められた神秘の顕現。クックック。ハハハハハッ!!」
空を仰ぎ見ながら、黒服は嗤う。嗤い続ける。その視線の先には、小鳥の神秘によって顕現された巨大な影が浮かんでいた。
「彼のものを、その有り様を知るものはこの世界にはいないのでしょう。ならばこそ、私はそれに、名を授けよう」
黒服は嗤う。嗤いながら、その名を口にする。
ー其は72柱の1柱なりー
ー其は死と再生を司るものなりー
ー20の悪魔を率いる大いなる侯爵よ。彼のものの名を、今此処に示さんー
ー其の名は……ー
『フェネクス』
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