風紀の狂犬   作:モノクロさん

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蹂躙

 一度恐怖に飲み込まれたが最後、収拾はつかなくなるは必然だった。

 

 少しでも身軽になる為に銃を投げ捨て、視界を確保する為にガスマスクを外すアリウスの生徒達。

 

 皆が皆、理性を放棄し、本能に基づいて逃走を選択する。なりふりなんて構ってられない。ただただ、己の命を守る為に。

 

 そんな彼女達を嘲笑う悪魔達。その内の1体が、神秘を纏った銃弾となり、装填された。

 

(不味い!! 制空権を取られている以上、逃げ場が無い!!)

 

 上空を舞うフェネクスからすれば、地上を這う自分達は格好の的でしかない。

 

 被弾すれば死に繋がる。サオリは咄嗟に、先程と同じようにユスティナ聖徒会の複製を召喚すればと、安易な考えを持った。しかし、それもまた軽率な選択であった事をサオリは思い知る事になる。

 

 アツコが胸を抑え、膝をつく。割れたマスクから覗く顔は青褪め、苦痛の表情を浮かべていた。

 

「姫……どうしたっ!! 何が起こって……」

 

 アツコの身に、何かしらの変化が起きた事を察したサオリが声をかける。しかし、その声は既に彼女の耳には届いていなかった。苦痛に顔を歪め、呼吸を乱し、それでも必死に苦痛に耐えながら、ユスティナ聖徒会の複製を再召喚しようとした。

 

 フェネクスによって生を与えられ、そして2度目の死を迎えたユスティナ聖徒会の複製達。彼女達と契約し、繋がっていたアツコは、契約越しに彼女達の死を体感したのだ。

 

 それは、言葉に出来ない程の苦痛と恐怖。死は怖い。死ぬ事は恐ろしい。しかし、その死が齎す苦痛や恐怖は、アツコの想像を遥かに超えるものだった。

 

 それを、数十人単位の規模で一気に押し寄せてきたのだ。常人ならば発狂してもおかしくない。しかし、アツコは何とか自我を保てていた。それを人は奇跡と言うだろう。だが、アツコからすれば、それは奇跡なんてものではなく、他者の死を受け入れる呪いでしかなかった。

 

 そんなアツコを他所に、アリウス分校の生徒が、アツコとサオリの前を駆け抜ける。

 

「っ!! 待ってくれ!! 姫を連れて一緒に……っ!!」

 

 咄嗟に、サオリが手を伸ばすも届かず、アツコと共に取り残される。人はその様子を見れば薄情と思うかもしれない。しかし、逃げ惑う彼女を見たサオリは別の感情が渦巻いていた。

 

 サオリは見たのだ。彼女の足を。

 

 小鳥によって膝を折られ、再起不能となった彼女の足を。

 

 走れる筈が無いのだ。その足で。それでもアリウスの生徒達は走っていたのだ。

 

 両の足で大地を踏み締め、少しでも前へ。少しでも遠くへと、ただその場から逃げる為に……痛みを感じさせる様子もなく、ひたすら走っていたのだ。

 

 他の者もそうだ。瓦礫に躓き、足を挫こうとも、瓦礫で腕や足を傷付けようと、それでも彼女達は一心不乱に走り続けた。

 

 死の恐怖から逃れる為に。

 

 恐怖が痛覚を凌駕している……。

 

 その事実が、サオリを再び恐怖させた。

 

 そんな彼女達をフェネクスは嗤いながら、ゆっくりと照準を定め、死と再生を齎す銃弾を放つ。

 

 標的はサオリ達ではなく、逃げ惑うアリウス分校の生徒達。無数の弾の雨が無慈悲に彼女達の頭上へと降り注いだ。

 

 地上に、彼女達の断末魔が木霊する。サオリは、ただその光景を呆然と見つめる事しか出来なかった。

 

 フェネクスの神秘が齎す権限。アリウス分校の生徒に放たれた死と再生の弾丸は、彼女達を死へと導くには十分な代物だった……。

 

 しかし、土煙が晴れた先には、呻き声を上げながら踠き苦しむアリウス分校のの生徒達の姿があった。

 

 彼女達は生きていた。だが、様子がおかしい。身体には傷一つ無い。しかし、彼女達は苦しみ悶えている。まるで、身体の中を駆け巡る激痛に必死に耐えるように。

 

 その姿に、なんとか踏みとどまっていたアリウス分校の生徒が、恐怖と怒りの入り混じった叫びを上げた。

 

「ち、ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 銃口から放たれる弾丸と吐き出される空薬莢。錯乱したアリウスの生徒が、引き金を引き続けながら叫び続ける。

 

 銃弾がフェネクスを捉え、悪魔達を捉え……それが既に、無意味と知りながらも、彼女は撃ち続けた。

 

 そして……。

 

「…………ぁ」

 

 何も考えずに撃ち続けていれば、当然弾切れを起こす。焦燥した面持ちで引き金を引いても弾丸を吐き出さない銃を何度も見つめ、弾切れを起こしたのだと漸く気付いた。

 

 息が荒くなる。眼前では悪魔が弾丸へと変化する。

 

 アリウス分校の生徒は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、足元に転がる空薬莢を無我夢中に掻き集める。

 

「ヂグジョヴ…ヂグジョヴ……ッ!!」

 

 顔を上げた彼女の眼前に、フェネクスの銃口が突き付けられた。

 

「ぁ……ぁ……い、いやだ……いやだっ……いやだっ!! いやだっ!!!!」

 

 フェネクスの口角が吊り上がる。その顔が見たかったと言わんばかりに、そしてその顔に満足し、フェネクスは彼女1人の為だけに弾丸を放った。

 

 ドサリ……と、彼女の身体が崩れ落ちる。彼女もまた、フェネクスの神秘で死ぬ事は無かった。しかし、フェネクスの攻撃は彼女のヘイローに侵食し、内側から蝕んでいたのだ。

 

 蝕まれ、その形を歪に変形させていく彼女のヘイロー。それはまるで、彼女の命が燃え尽きる瞬間まで苦しめるかのようだった。

 

 実際に、フェネクスがその気になれば、彼女のヘイローを完全に破壊し、命を奪う事は容易だっただろう。しかしフェネクスはそれをしなかった。

 

 彼女達に恐怖を植え付ける為だけに……否、それ以上の醜悪な思惑の為だけに、彼女達は生かされたのだ。

 

 喉を掻き毟り、血の混ざった泡を吐きながら悲鳴とも断末魔とも区別がつかない声を上げ、ただただ死の時を待ち続ける事しか出来ない。

 

「ぢがう……ごんな……ごどでじに"だぐない……っ!!」

 

「ごろじで……だえが……ごろじでよぉ……」

 

 彼女達が感じる死の狭間の恐怖。それを十分に堪能したフェネクスは、悪魔を1体消費して、苦しむ彼女達に向け、引き金を引いた。

 

 それは、彼女達を苦しみから解放する為の介錯に非ず。

 

 より絶望を、より苦しみを与える為だけの戯れに過ぎなかったのだ。

 

 歪に変形していたヘイローが正常に戻り、身体を蝕んでいた神秘から解放される。

 

 脳が酸素を求め、必死に呼吸を繰り返す彼女達を、フェネクスは嗤った。悪魔達も、腹を抱えて笑い続けた。

 

 頭上を支配する神秘。神……否、悪魔と人間とでは、これ程までに次元が違うのだと、彼女達に刻み付ける。

 

 それを身体が、心が理解した彼女達は、完全に心が折れ、震えながらに跪き、頭を垂れた。

 

 それは服従ではなく懇願。どうか命だけは奪わないでくれと、これ以上の苦しみは与えないでくれと彼女達は懇願したのだ。

 

 その行為に意味はない。悪魔は気紛れの生き物だ。それは神秘となろうと変わらない。ちょっとした心変わりで、フェネクスの銃口は彼女達へと向けられるだろう。それでも、彼女達は懇願し続ける事しか出来なかった。

 

「おでがいじまず……おでがいじまず……っ!!」

 

「わだじ……をごろざないで……ごろざない"で……っ」

 

 心の底からの懇願。涙を流しながら命乞いをする彼女達に、フェネクスは嗤った。

 

 そして……。

 

 フェネクスの銃口はサオリ達へと向けられた。

 

「っ!!」

 

 放たれる弾丸。

 

 それらからサオリ達を守る為に、ユスティナ聖徒会の複製達が、肉壁となって立ち塞がる。

 

 そして響き渡る断末魔。

 

 崩れ落ちる彼女達と、彼女達の死が、再びアツコに死の恐怖を流し込む。

 

 頭を抑え、ガスマスクを外して吐瀉物を吐き出しながら、アツコは再びユスティナ聖徒会の複製達を再召喚する。

 

「よせ……姫……アツコ……やめろっ!!」

 

 サオリの言葉はフェネクスには届かない。否、届いているからこそ、狙いをサオリに定めて引き金を引く。

 

 消費される悪魔の元は小鳥のヘイロー。つまり、弾が消費される度に小鳥の命を削っている。

 

 だが、フェネクスには関係ない。一度顕現したならば、己の自由を謳歌する。それだけの力を、それだけの権力を、フェネクスは持ち合わせている。

 

 フェネクスは嗤う。再び弾丸を放ち、崩れ落ちるユスティナ聖徒会の複製達の断末魔を楽しみながら。

 

 フェネクスは嗤う……。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 無意味と理解しながら、無様に対抗するサオリ達の抵抗を……。

 

 フェネクスは嗤う。くだらぬ思い出とやらの為に、守りたい者を守る為にと、自ら望んで、己の神秘を……フェネクスを顕現させた小鳥の愚かさを……。

 

 

 

 

 サオリが放つ弾丸に意味はなかった。

 

 全て、全て、無意味な抵抗だと理解しながら、それでもやらねばと、引き金を引き続けた。

 

『Vanitas vanitatum et omnia vanitas』

 

 全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。

 

ー……やめろー

 

『Vanitas vanitatum et omnia vanitas』

 

 最後まで残ったヒヨリやミサキも、アツコを守るように陣取り、抵抗を試みる。ヒヨリは……自身の愛銃を壊された為、倒れた仲間達の武器を拾って応戦している。それが無意味と知りながら。

 

『Vanitas vanitatum et omnia vanitas』

 

 フェネクスが放つ弾丸が、ユスティナ聖徒会の複製達を死に至らしめる。

 

「アツコ!! もういいっ!! やめてくれ!!」

 

 彼女達の死が、アツコを蝕む……。

 

『Vanitas vanitatum et omnia vanitas』

 

 フェネクスの羽が3本、地上に降り注ぐ。ゆっくりと、1本……2本……3本と、3本目で照準を定め、弾丸が放たれる。

 

 遊んでいる……無駄な抵抗をする自分達を嘲笑いながら、ユスティナ聖徒会の複製が、その弾丸によって死を迎える。

 

『Vanitas vanitatum et omnia vanitas』

 

ーやめろ……やめろ……やめて……くれ……ー

 

「………………ぁ」

 

 気が付けば、膝をついていた。手からは銃が滑り落ち、サオリは呆然と眼前の光景を見つめている。

 

 その視線の先には、ユスティナ聖徒会の複製を召喚する事が出来なくなってなお、サオリ達を守ろうと、フラフラの身体でフェネクスに立ち塞がるアツコの姿があった。

 

「やめろ……やめてくれ……アツコ……やめ……っ」

 

 サオリの懇願も虚しく、フェネクスは無慈悲に照準をアツコへと定める。

 

「…………っ」

 

 声が出なかった。眼前の光景を否定したかった。しかし、サオリは見てしまった。アツコの頭上に顕現したフェネクスの銃口を。

 

 フェネクスは嗤う。サオリが絶望する顔を眺めて愉しんでいた。

 

 そして、その仕上げと言わんばかりに、神秘を纏った弾丸を放とうとした刹那。

 

「小鳥、やめなさい」

 

 サオリ達の背後から声が聞こえた。

 

「小鳥……いいえ、これは……そう、あなたは小鳥じゃないのね。良かった。あの子じゃなくて、本当に良かった」

 

 サオリが振り返る、ヒヨリが、ミサキが、声の主を見て、目を見開いた。

 

「退きなさい。貴女達にも思う所は沢山あるわ。でも、今は貴女達に構っている暇はないの」

 

「お前は…空崎……ヒナ……」

 

「行きなさい。どこへなりとも。それとも、こう言った方がいいのかしら?」

 

 ヒナの足音が響き渡る。フェネクスは……嗤わなかった。目の前の敵を視認したフェネクスは、その身を震わせながら、ヒナを見据えていた。

 

「邪魔よ。消えなさい。私の前から。今すぐに」




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