不思議な感覚だった。初めて見た時、ヒナは不安な気持ちで押し潰されそうになっていた。しかし、今は違う。
頭上に君臨する怪鳥を……フェネクスへと視線を向ける。初めて会った筈なのに、何処か懐かしいような、そんな気がしてならない。
しかし、懐かしさと同時に、ヒナは頭上のフェネクスから視線をおろし、目的の人物へと目を向け、身体の内から感じる衝動のままに、愛銃を強く握り締めた。
「あなた……小鳥に何をしたの?」
視線も合わせず、フェネクスに問い掛ける。フェネクスは答えない。悪魔達も同様だ。
ヒナが近付く分だけ距離を取り、間合いを見計らっているようだ。その様子はまるで、自身より遥か強者を相手にする小動物の如く。
翼を大きく広げ、少しでも自身を大きく見せようと虚勢をはる姿は、先程までの余裕のある姿からは想像もつかない程に滑稽だった。
「答えなさい。それとも、答える事が出来ない理由があるの?」
怒気をはらんだ声色に、戦慄が走る。
有り得ない……何故あの御方が此処にいる?
何故、あの様な小娘から、あの御方の気配を感じるというのだ?
フェネクスは混乱していた。しかし、すぐに平静を取り戻す。いくら気配を感じようが、所詮は人間だと。
吹けば飛ぶような矮小なる人間が、あの御方の気配を漂わせるなど、万死に値する。
フェネクスは咆哮をあげた。死と再生を司る不死鳥の悪魔より齎されるそれは、生者に死の恐怖を刻み込む。
だが……ヒナは足を止める事も、恐怖に震える事もなかった。
「そう……それがあなたの答えなのね。いいわ。なら、力ずくで聞くから」
「っ!!」
ヒナは更に歩を進める。フェネクスは己の権限が通じない事に驚愕し、大きく翼を広げ、ヒナの眼前に小鳥の愛銃を出現させた。
もう出し惜しみはしない。『死』の権限を行使する。己の神秘を銃に纏わせ、1体の悪魔を消費して、その銃弾を放った。
散弾のように、面での制圧ではなく、点での制圧を目的とした一点集中型のその銃弾は、寸分の狂いなく、ヒナの身体へと被弾した。
ヒナの身体がぐらりと揺れる。
フェネクスは嗤う。やはり所詮は人間だったと。あの御方の気配も、何かの間違いだったに違いない。
『死』の権限が、偽りの愚者の命を狩り取った。そう確信したフェネクスは、自身の勝利に酔いしれる。
しかし……。
「不思議な感覚ね。ただの銃弾じゃないみたい」
「っ!!!!」
ヒナは死んでいなかった。何故だ。『死』の権限は確かに行使された筈だ。遊びではなく、本気で、その命を狩り取った筈だった。
私の神秘は、確かに届いた筈だ!!
「これが神秘……本当に不思議ね」
狼狽するフェネクスを他所に、ヒナは被弾した箇所を撫で、そして不敵に笑った。
「初めて感じたわ。『死』の権限。これがあなたの力なのね」
ヒナは『死』の権限を行使したフェネクスの神秘の詳細を理解した。
「っ!!?!!」
フェネクスは理解出来なかった。
何故だ?
何故私の神秘を受けて尚、平然と立ち、そして理解したのだ?
何故、私の権限が通じないのだ!!
……まさか、まさか本当に……。
ーそこにおられるのですか……◯◯◯様ー
フェネクスは悟った。目の前に現れた人間こそ、あの御方の神秘を宿していると。あの御方の加護を持つ者ならば、私の『死』の権限さえも通用しないと。
ーふ、ふざけるなぁぁぁぁぁあっ!!ー
フェネクスは咆哮をあげる。ヒナに怒りをぶつけるように、翼をはためかせて飛び立った。
困惑する悪魔達を全て取り込み、己自身を弾丸として、ヒナへと突貫する。
ー我こそは72柱が1柱!! 『死』と『再生』を司る大いなる侯爵なり!! あの御方をっ!! ◯◯◯様をっ!! 私は解放する!!ー
急降下による加速がついた巨大な怪鳥。捨て身の特攻とも取れるフェネクスの攻撃に対してヒナは動かなかった。動く必要がないのだ。
銃を構え、迫るフェネクスに対して向ける。それだけで充分だった。神秘によって顕現したフェネクスに、現世の理は通用しない。
しかし、ヒナがその身に宿した神秘が、王の位を持つ御方が、ほんの少しだけ彼女に協力したならば、話は変わる。
ヒナの愛銃……『終幕:デストロイヤー』に神秘が宿る。
「力を貸してくれるのね……ありがとう」
ヒナは内なる神秘の主に微笑を浮かべながら、『終幕:デストロイヤー』のトリガーを引いた。
かつて、自分達を封じた偉大なる王の父と覇権を争ったとされる王の名を冠した広範囲殲滅型の神秘。
『終幕:イシュ・ボシェテ』
放たれた銃弾の雨は、迫り来るフェネクスの巨体をいとも容易く飲み込んだ。
フェネクスの肉体が、消滅していく。信じられないといった表情で、半ば崩壊した肉体が、ヒナの真横を素通りした。
その瞬間、フェネクスとヒナは王の位を持つ御方の声を聞いた。
ー久しいな、フェネクスー
ー◯◯◯……様……ー
ー貴様は変わらぬな。獲物を前に舌舐めずりをするなと、あれ程いったであろうにー
ー……申し訳ございませんー
ー構わぬさ。それが我ら故……なー
その言葉を最後に、フェネクスの肉体は消滅し、体内に取り込んだ弾丸が……小鳥のヘイローによって生み出された悪魔の弾丸が解き放たれた。
そして、頭の中に響いていた声もしなくなり、愛銃を纏っていた神秘が消失した。
「ありがとう。協力してくれて」
ヒナはそう呟き、そして弾丸を拾い上げる。それを、内側から燃えて炭化しかけた小鳥の元へと歩み寄る。
フェネクスの神秘が宿った弾丸。『死』と『再生』の権限を宿した弾丸を、ヒナは小鳥の胸へと押し当てた。
死者を生者に。弾丸に込められた神秘が小鳥のヘイローを形作り、しかし、それは、半ば壊れかけのヘイローとして、小鳥の中に定着した。
小鳥の身体が、徐々に癒えていく。炭化した肉体が元の肉体へと戻り、再生していく。
「…………」
小鳥が身動ぎをする。ヒナはその様子に安堵の息を吐き、倒れないように抱き締めた。
「小鳥……大丈夫?」
「…………」
「そう……良かったわ」
小鳥は答えない。いや、まだ完全には回復しきれてないのだから仕方がない。
「無茶をして……小鳥が1人で残った時も、本当に心配したのよ」
「…………っ」
「謝ってもダメ。許さないわ」
「…………」
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっと意地悪な言い方だったわ」
小鳥は答えない。だが、その瞳が僅かに揺れたのをヒナは見逃さなかった。
「ありがとう。小鳥。貴女がいたから先生を助ける事が出来たわ。私もこうして、無事でいられたの。貴女が頑張ったからよ。小鳥、貴女は私達を救ったの」
「…………」
「だから、ありがとう。小鳥」
ヒナは微笑みかける。その微笑みに、小鳥は静かに、瞳を閉じた。
負けたんだな。私達は。
アリウススクワッドのメンバーとアリウス分校の生徒達を率いて撤退したサオリは、改めて自分達が負けた事を実感した。
入念に組み立てた計画が、たった1人の少女に崩された。
皆の足取りは重い。心が折れ、再起する事は不可能だろう。
このまま戻れば、粛清される事は目に見えている。
ならば、いっそこのまま……。
そう思いながら、自分の背中で寝息を立てるアツコに目を向け、サオリは目を閉じる。
とりあえず、何処かで休もう。そして、今後の事はそれから考えよう。
あの地獄を、生きて帰る事が出来たのだ。
『Vanitas vanitatum et omnia vanitas』
全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。
ーしかし、それでも……ー
かつてそう唱えた人物が頭に浮かび、サオリは思わず苦笑した。
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凄く励みになっています。
そして、今回でエデン条約編は一応の形ですが、終了となります。
この後の後日談もありますので、そのまま見て頂けたらと思っています。
それでは、失礼します。