風紀の狂犬   作:モノクロさん

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狂犬と来訪者

 深夜。

 

 皆が寝静まり、静寂が支配する病室にて、小鳥は静かに意識を覚醒させた。

 

「……こんばんは。一応聞いておきますが、此処、病院の個室で、年若い乙女が入院しているのですが、それについてどう思われますか? 黒服さん」

 

「これは失礼しました。不死川 小鳥さん。私と貴女の間柄なので、多少は大目に見て貰えると思ったのですが、どうやら私の思い違いだったようです」

 

 小鳥の問い掛けに対して、黒服は恭しく頭を下げながら答える。それに対して、小鳥もまた苦笑混じりに口を開いた。

 

「正直な所、私は貴方が苦手なんですよ。観察されているようで、落ち着かないんですよね」

 

 そう答える小鳥に対して、黒服は『ふむ』と呟き、顔を上げた。

 

 黒服にとって、小鳥は神秘の研究対象であり実験体であり観察対象みたいなものだ。

 

「そうですか。では、少しでも苦手意識を克服して頂ければよいのですね。此方としても、今後の付き合いの為にも……そうですね」

 

 黒服は、そう呟きつつ、小鳥のベッドの横に置かれた椅子に腰掛けた。そして……。

 

「では、こうしましょう。古今東西、入院患者に会いに行った際に用いられる恒例の台詞でも言いましょう」

 

 そう言って、黒服は椅子から立ち上がり、ベッドの側まで移動すると、小鳥の目の前で跪き口を開いた。

 

「来ちゃった」

 

「帰れ」

 

 小鳥は真顔で即答した。その返答に、黒服も『おや、間違えましたかな?』とわざとらしく首を傾げる。

 

 小鳥は、そんな黒服を見て大きく嘆息すると、諦めたように口を開いた。

 

「今日は随分と楽しそうですが、何か面白い事でも……」

 

 言いかけて、思い当たる節が浮かび上がる。エデン条約時の自分だ。いや、この態度はそれ以上の……。

 

「黒服さん、貴方は私の神秘以外に、何か見たのですか?」

 

 小鳥は目を細めながらそう問いかける。黒服もまた、その問いかけに対して笑みで返したように思えた。

 

 その笑みが、肯定なのか否定なのか……恐らくは肯定なのだろうが、詳しくは分からない。だが、この反応からして、碌な事ではないのは確かだ。

 

 小鳥は大きく嘆息する。

 

「私の神秘を観察出来たのであれば、もうそれで十分でありましょう。少なくとも、もう此処に来る理由はないのではないですか?」

 

「クックック、貴女の事ですから、先程の遣り取りで何となく事情は察せたのではないですか? 私が此処に来た理由を。貴女の神秘を観察した際に何を見たのかも」

 

「…………」

 

 本当に、気味が悪い男だ。

 

「……ヒナ委員長には関わるな。あの人に変な事をするのなら、私が何をするか、分からないわけではないだろう」

 

 小鳥は、低い声でそう呟いた。黒服は、そんな小鳥に対して笑みを浮かべたまま口を開く。

 

「では、その件を含めて、取引をしませんか?」

 

 黒服が、小鳥にそう提案する。取引ときたものだ。小鳥は、黒服に対して訝しげな視線を向けた。

 

 黒服が何を企んでいるのか……いや、この男の狙いなど、考えるまでもない。彼にとって都合の良い取引に違いない。

 

 自分の神秘とヒナの神秘。特に後者の情報は、黒服や黒服の仲間達にとっては有益な観察対象と成り得るだろう。

 

 そしてその事を、小鳥が許容する筈がない事も。

 

「……話を聞かせて下さい」

 

「簡単な事です。先ず一つ目は貴女の神秘をより詳しく知る為に、貴女自身が神秘に適応する事です」

 

「適応?」

 

「はい。あの時の貴女は神秘に飲まれていました」

 

 曰く、生徒達の内側に眠る神秘にも意思がある。そしてその意思は時に生徒の精神にも影響を与えるとの事だ。

 

 小鳥の場合、幼少期からの身体の異常は、自身の内に眠るフェネクスの権限が影響していたらしい。

 

 『死』と『再生』のうち、『再生』の権能を以って傷を瞬時に再生させ、肉体を全盛期にまで戻していった。しかし、それは同時に、彼女の肉体へ過剰に神秘を侵食させたのだ。

 

「結果として、貴女は空崎 ヒナに挑み、敗北した事によって、フェネクスの呪縛から一時的に解放されました。ですがそれも、完璧ではなかったのですがね」

 

 そう言って、小鳥のヘイローを指差し、続ける。

 

 メビウスの輪に酷似した8の字の輪っかに羽を想起させる形状のヘイロー。

 

 フェネクスの権能によって与えられた権能によるエネルギーが、このメビウスの輪を模したヘイローによって、永遠に循環していたのだという。

 

 永遠に貯蓄され続けるエネルギー。しかし、人の身であれば、エネルギーを貯蓄する量には限界がある。その限界を迎えた時、身体には異常が発生し、最悪の場合、神秘が肉体へと侵食する。

 

「空崎 ヒナと出会う前の貴女は、既に神秘に侵食されていました。ですが、彼女と対峙し、敗れた貴女は、その侵食に変化が生じたのです」

 

 ヒナに敗北し、彼女の下で風紀委員会のメンバーとして活動する事になり、そこから神秘の侵食が治りつつあった。

 

「貴女が風紀委員として活動する時、マスクをしていました。オンオフの切り替えとしての機能を果たしたそれは、永遠に循環する筈だったメビウスの輪に変化を齎したのです。まぁ、言い換えればガス抜きとでも言うのでしょう」

 

 表も裏も存在しないメビウスの輪に無理矢理穴を開け、そこからフェネクスの神秘が少しずつ漏れ、結果的に侵食していた神秘が弱まった。

 

「もしも、それが無かったならば、貴女の身体は、1年もったかどうか……いいえ、保たなかったでしょうね」

 

「その言い方……まるで答えを見てきたみたいな物言いですね。いや、貴方はまさか……」

 

「クックック。そこから先は想像にお任せします。まぁ、此処で取引を結ぶ上で、此方が有利となる重要な事をお伝えしましょう」

 

「重要な事?」

 

 その言葉に、小鳥は訝しげな視線を向ける。そんな小鳥に対して、黒服はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「貴女が守りたいと思っている空崎 ヒナは、神秘に侵された貴女が原因で死を迎えます。これは確定された未来の……っ!!」

 

 言葉は途中で遮られ、気が付けば小鳥に押し倒されていた。その目からは殺気が迸る。

 

「冗談では済まされない事を言いますね、貴方は」

 

 小鳥は怒りを込めた視線を黒服へと向けながらそう呟く。対する黒服は、余裕の態度を崩さないまま口を開く。

 

「冗談ではありませんよ。これは確定された未来の話です。とはいえ、この話も、人伝いに聞いた話なのですが」

 

「人伝い?」

 

「はい。ですが、この話を信じるかどうかは貴女次第です」

 

「…………」

 

 黒服の言葉に、小鳥は押し黙る。そんな小鳥に対して、黒服は静かに笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「私はこれから貴女に情報を提供しましょう。空崎 ヒナを守りたければ、貴女が取るべき選択を」

 

 そう言って、黒服は小鳥の耳元で囁くように告げた。

 

「空崎ヒナを死なせたくなければ、フェネクスの神秘を受け入れなさい。神秘の侵食でもなければ神秘の顕現でもない……そうですね、この際、貴女が取るべき選択肢に名を付けましょう。神秘を調伏し使役する。さしずめ神秘調伏といった所でしょうか」

 

 黒服は小鳥から離れ、立ち上がる。そして、手に握られた物を小鳥に見せ、提案した。

 

「私の取引に応じれば、これをあるべき日、あるべき場所にお届けします。さぁ、どうしますか?」

 

 その手に握られていたものは、小鳥のヘイローより生まれた悪魔達によって生み出された弾丸。フェネクスの神秘は消え、ただの弾丸と変わらぬそれは、小鳥が保管していた物だった。

 

「…………」

 

 小鳥は、黒服から視線を逸らすと、そのまま沈黙する。

 

 そして、全てを察した。

 

「黒服さん、貴方の……いや、貴方個人に協力者がいますね。それも、私と同じ……いや、私とは違うベクトルの神秘の持ち主が」

 

 黒服は答えない。だが、それこそが答えなのだろう。

 

「成程、そうですか。だからあの時、私の銃に……弾切れだと思っていたのに……そういう事なんですね。それなら、私に選択肢はないじゃないですか」

 

 1年前、マコトに勧誘された時、銃に弾が残っていたから躊躇なく発砲した。確かあの時、弾は入っていなかった筈なのに。

 

「私はあの時、選択を誤ったのですね。その結果がヒナ委員長の……それなら、私の取るべき選択は決まっています」

 

 小鳥は黒服に対して視線を向ける。そして……。

 

「取引に応じますよ、黒服さん。ですが、立場は対等である事が条件です。流石に、全て貴方の匙加減は困りますからね。だって貴方は、悪い大人だ。少なくとも、私基準で、ヒナ委員長とゲヘナの……いや、私と関わった皆にとって不利益な事は望みませんので」

 

「クックック、良いでしょう。取引成立ですね。では、これから宜しくお願いしますよ」

 

 黒服はそう言って手を差し出した。小鳥はその手を見て……いや、その手の先にある弾丸を見て、小さく嘆息した。

 

「私は、ヒナ委員長の味方です。それ以上も以下もありません。その事を忘れないで下さい」

 

 そう呟き、黒服の手を取る。2人は握手を交わし、取引が成立した。




沢山の感想、ありがとうございます。
凄く励みになっています。
そして、誤字報告ありがとうございます。訂正させて頂きました。
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