風紀の狂犬   作:モノクロさん

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狂犬は告げる

「退院おめでとう、小鳥」

 

「はい、ありがとうございます。ヒナ委員長。そして、長い間、ご迷惑をおかけしました」

 

 退院の日、病院まで迎えに来たヒナに頭を下げる。結局、入院期間は1週間に渡り、ヒナや風紀委員会のメンバーに色々と迷惑を掛けてしまった。その事に申し訳なく思いながらの事だ。

 

 しかし、ヒナはそんな小鳥に対して首を横に振る。ヒナの言うには、小鳥が入院している間、風紀委員会のメンバーは小鳥が抜けた穴を埋めるべく、いつも以上に頑張ってくれたらしい。

 

 結果、風紀委員会の活動は滞りなく進められたとの事だ。それを聞いた小鳥は安堵の息を零す。

 

「それより、私の方こそごめんなさい。面会に行きたかったのだけれど、色々と忙しくて」

 

 ヒナの言葉に、小鳥も首を横に振る。ヒナはヒナで、エデン条約の事後処理に追われていた上に、ゲヘナの自治区が一時的にとはいえ、荒れに荒れたと聞いていたので、気にしないで下さいと告げた。

 

「身体の方は大丈夫なの?」

 

「はい、何時迄もベットの上でジッとしているよりもこうして動いていた方が性に合ってますから」

 

 そう言って、小鳥は笑う。頭上に浮かぶヘイローは、未だに半分が消失し、残った半分も罅が入っており、痛々しい様相を呈している。

 

 病院の先生曰く、少しずつ、ヘイローも復元されてはいるとの事だが、これまで前例がない為、詳しい事は不明との事。

 

 少しずつでも治っているなら問題ない。そう言って、小鳥は前向きに考える事にした。

 

「それで、ヒナ委員長はこれからどうするのですか? やはり仕事に戻られるので?」

 

 仕事が忙しい中、無理をして退院の日に来てくれたのは間違いない。この後、ヒナは再び仕事に戻るのだろう。ヒナは、少しだけ考え込み……。

 

 そして、小鳥の手を取った。突如、手を握られた事で一瞬の動揺を示す小鳥だが、ヒナは構わず、小鳥の手を引いて歩き出す。

 

 その行動に、思わず困惑してしまうが、ヒナに手を引かれるまま、一緒に歩き出した。そのまま暫く歩くと、ヒナはバス停の前に立ち止まり、小鳥の方へ振り向いた。

 

「折角、小鳥が退院したのだから、今日1日くらい、休んでもバチは当たらないと思うの。だから、これから2人でお出かけしましょう」

 

 ヒナはそう言って微笑んだ。その笑顔に釣られるようにして、小鳥も思わず笑みを零す。

 

「……分かりました。それでは、不肖、不死川 小鳥。ヒナ委員長をエスコートするであります」

 

 そう言って敬礼をする小鳥に、ヒナはクスクスと笑いながら、バスが来るのを待った。

 

 

 

 

 ヒナと小鳥が向かった先は、ゲヘナ自治区内にある大型ショッピングモール。以前、2人で出掛けた時に利用した施設だ。

 

 あの時と変わらない。ヒナは普段の風紀委員として活動している時の服装のままで、小鳥はラフな私服姿だ。

 

 ヒナの私服姿を見れないのは残念だが、今回は急遽出掛けた事もあり、仕方がないと諦める事にした。

 

 しかし、そんな小鳥の予想を裏切るかのように、とある店で立ち止まる。

 

 そこは、ヒナに似合いそうな衣服が置いてある店だった。小鳥は、思わずその店の中を見渡し、感嘆の息を漏らす。

 

「おぉ〜いいですなぁ。ヒナ委員長。この服なんかお似合いだと思いますよ」

 

 そう言って、ヒナに似合いそうな服を手に取り、手渡す。ヒナはそれを受け取り、暫く眺めた後。

 

「……そう。こういうのが良いのね」

 

 そう言って試着室に入り、暫くして現れたヒナは、小鳥が選んだ服を着ていた。その姿に、思わず見惚れてしまう。普段とは違う雰囲気を纏ったヒナの姿に、興奮気味の小鳥に苦笑を浮かべると、店員を呼んだ。そして……。

 

「この服、凄く気に入ったわ。このまま着ていたいから、脱いだ服を袋に入れてくれるかしら?」

 

 そう言って、店員に脱いだ服を渡す。小鳥はヒナの言葉に思わずドキッとしてしまったが、それが顔に出ないように努めた。そんな小鳥の様子を見たヒナは、クスッと笑い。

 

「私服を着て出掛けるなんて初めて。普段と違って、少し緊張するわね」

 

 ヒナは店員から服の入った袋を受け取り、そのままお店の出口へと足を進める。小鳥も慌てて後を追いかけた。

 

 白のワンピースにストローハット。そして肩には身の丈ほどの大きさのある『終幕:デストロイヤー』を担いで……ちょっと銃の主張が激しいと思いつつ、小鳥はヒナの私服姿を堪能する。

 

 その後も、2人で様々な店を回った。靴屋に雑貨屋、アクセサリーショップ等。お店を回っては気に入った物を購入し、それを身に付ける。

 

 小鳥はそんなヒナの姿を見て、思わず頬を赤らめる。ヒナに似合いそうな服を見繕っていた筈が、気が付けば小鳥の方が夢中になっていた。

 

 やがて時刻は夕方となり、2人はベンチに座り一息つく事にした。ヒナは自販機で飲み物を購入し、それを小鳥へと手渡した。

 

 小鳥はお礼を言いながらそれを受け取り、口に含む。冷たい感触が喉を潤し、疲れた身体に染み渡るのを感じた。

 

 ヒナもそれを飲みながら、夕日に染まった街並みを眺める。小鳥もまた、そんなヒナの姿を横目で見ながら飲み物を口に含む。

 

 暫くの間、無言の時間が続いたが、不意にヒナが口を開いた。

 

「小鳥、今日はありがとう。貴女がいてくれたお陰で、私はこうして楽しい時間を過ごせたわ」

 

 その言葉に、小鳥は照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「それは、私の台詞です。ヒナ委員長。今日という日は、私にとって最高の1日となりました。本当にありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げる小鳥に、ヒナは微笑を浮かべながら首を横に振る。そして、小鳥に向き直ると、真剣な眼差しで告げた。

 

「……本当は、今聞くべきではないと思っていた。でも、やっぱり聞いておかないと。後悔はしたくないから」

 

 ヒナの真っ直ぐな瞳に見つめられ、思わず息を呑む。まるで吸い込まれそうな錯覚に陥りそうになる程、綺麗な瞳。小鳥は目を逸らす事が出来なかった。

 

 この目は……あまりにも眩しすぎる。そしてきっと、彼女は気付いているのだろう。

 

 やがてヒナは小さく深呼吸をすると、意を決した様子で口を開いた。

 

「小鳥、貴女が病院で入院していた間に、何かあったでしょ?」

 

 その言葉を聞き、小鳥は目を閉じる。ヒナの真剣な表情を見れば分かる。分かった上で、彼女は問いかけているのだ。

 ここで誤魔化しても仕方がないだろう。

 

 観念したように小さく嘆息し、ゆっくりと瞼を上げる。そして、ヒナの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「私がやるべき事、そしてやらなくてはいけない事が見つかりました」

 

 それは、小鳥の本音であった。しかし、核心の部分を知られるわけにはいかない。黒服との取引に応じた。詳細は知らされていないが、必要とあらば、ゲヘナの自治区を離れる事もあるだろう。

 

 そうなれば、風紀委員としての活動にも制限をかけざるを得なくなる。最悪の場合、風紀委員会を辞する事も視野にいれていた。

 

 小鳥の心情を知ってか知らずか、ヒナは黙ったまま何も答えない。沈黙が続く中、小鳥はゆっくりと口を開く。

 

「流石に、私個人の問題に、風紀委員会に迷惑をかけるわけにはいきません。ですので、私は風紀委員会を……」

 

 そこまで言いかけて、小鳥は口を噤む。本当は辞めたくない。風紀委員会は小鳥にとってかけがえのない居場所だ。

 

 例え、エデン条約が無事に締結し、ヒナが辞めたとしても、1年間も過ごしてきたあの空間を、そう簡単に手放す事など出来ない。それでも……。小鳥は、意を決したように顔を上げた。

 

「私は、風紀委員会を去ります。それが、私の決めた道です」

 

 ヒナの目を見ながら、ハッキリと告げる。その言葉に、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、やがて小さく微笑んだ。

 

「小鳥、それが貴女が選んだ道なのね」

 

 ヒナの言葉に、小鳥は頷く。先生の前では、ヒナと共に風紀委員会に残り、ゲヘナの風紀を正すと心に決めていた。

 

 しかし、黒服から告げられた未来の出来事が事実ならば、自身の神秘が原因で、ヒナの身に危険が及ぶならば……。

 

「はい、ヒナ委員長。私はもう、迷いません」

 

 決意に満ちた表情を浮かべながら、力強く言葉を告げる。そんな小鳥を見たヒナは、暫くの間、考え込むような仕草を見せていたが、やがて、小さく息を吐き出した。

 

「……分かったわ。貴女の覚悟を尊重しましょう」

 

 ヒナはそう告げた。その表情には、小鳥の意志を尊重するという慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいた。

 

「でもね、小鳥。これだけは忘れないで。貴女には、何時でも帰ってこれる場所がある事を。そして、私は何時でも待っているわ。だから、必ず帰ってきなさい」

 

 そう言って、ヒナは小鳥の手を握る。その手はとても温かくて、とても優しかった。

 

「はい……必ず」

 

 小鳥はそう答え、ヒナの手を強く握り返した。2人は互いに見つめ合うと、そのまま暫くの間、無言で見つめ合った。そして、どちらからともなく笑い出す。そのまま暫くの間、2人で笑い続けた。

 

「……さて」

 

 ひとしきり笑った後、ヒナはベンチから立ち上がり、小鳥を見つめる。

 

「私は此処で、貴女を見送るわ」

 

 そう言って微笑むヒナに対し、小鳥もまた、笑顔で返して立ち上がった。

 

「ありがとうございます。ヒナ委員長」

 

 小鳥は、ヒナにお礼を告げ、そして、ヒナの目を真っ直ぐに見つめて、別れの言葉を口にした。

 

「どうか、お元気で。ヒナ委員長」

 

 小鳥はそう言うと、名残惜しさを感じながらもヒナに背中を向け、歩き出した。ヒナはそんな小鳥の背中に向かって、声を掛ける。

 

「また会いましょう。貴女の帰る場所は、私が守るから」

 

 その一言に、思わず泣きそうになるがグッと堪えて歩を進める。ヒナはそんな小鳥の背中を見送り続けていた。

 

 やがて、その姿は見えなくなるまで……ずっと……。




感想ありがとうございます。
凄く励みになっています。

・補足
黒服は確定された未来の…と話していますが、その未来とはifストーリーの話です。有り得たかもしれない未来の分岐点の話であり、分岐点として切り離されている為、既にその世界線に繋がる事はありません。

取引に応じた小鳥ちゃんですが、退院した際に、ヒナから『あれ、入院中何かあった?』と、気付かれています。付き合いが長い為、何となく察せてしまいました。

因みに、ヒナが小鳥ちゃんが入院中に顔を出せなかったのは、退院祝いとして、何処かに出掛ける事が出来ないかと頑張った為で、何かあったと察した為、その日の業務を中断しています。

小鳥ちゃんは、風紀委員会を辞めるか否か悩んでました。先生の前では続けていくぞという気概がありましたが、黒服との取引で、皆に迷惑をかけるかもと悩みに悩んでいた所をヒナに指摘され、そして決心がついた次第です。
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