エデン条約締結の日からどれだけ時間が経っただろう。最早感覚は麻痺し、時間の感覚が曖昧になっていた。
静かだ。人の気配も、ましてや、その他の生き物の気配すらも感じない。
あの時、ヒナ委員長を失ってから振り撒き続けた『死の概念』は、この辺り一帯を死の街へと変貌させた。
空を見上げる。もう何日も太陽を見ていなかった。しかし、そんな事は関係ないと言わんばかりに、空は蒼く澄み渡っていた。
身体を見つめる。異形の姿と成り果てたこの身は、最早、人間と呼ぶ事すらおこがましい。
自分の身体なのに、自分じゃない。そんな矛盾した感覚を覚えながらも、小鳥は……その腕は抱き締め続けた亡骸を、ゆっくりと地面に横たえる。
……ヒナ委員長。
選択肢を間違え、彼女を死に追いやった自責の念が小鳥を襲う。しかし、それを悔やんだ所で何になるのだろう。
最早、何もかもが手遅れだった。涙がボロボロと零れ落ち、地面を濡らしていく。
ごめんなさい。私のような化物が生き残って……貴女を死に追いやった私だけが生き延びて……。
嗚咽を漏らしながら泣き続ける小鳥。死にたくとも死なない身体。誰かを死に至らしめる事しか出来ない身体へと成り果てた。
こんな身体で、生きていても良いのだろうか?
答えの出ない疑問が、頭の中を駆け巡る。不意に、声が聞こえたような気がした。思わず顔を上げ、辺りを見渡す。しかし、声の主は見当たらない。気のせいかと思い、再び俯きかけたその時……。
「お〜お前が不死川 小鳥だなぁ〜」
突然の声に、反射的に顔を上げる。そこには、何処の学校の制服か定かではないが、学生服を着た少女が目の前に立っていた。
小鳥は少女を凝視する。何時からそこに居た?
声がした後、周りを見渡した筈なのに。その時は誰もいなかった筈なのに。
「あ〜もしかしてあれか? おめぇ〜の『死の概念』っての? それが何で私に効いてないってよぉ」
何とも間の抜けた声色で、少女は語る。その口調からは敵意や殺意といったものは感じ取れない。
「まぁあれだ。所謂、神秘の応用ってやつだ。おめぇ〜の神秘が元々『死』と『再生』なら、『境界を渡る』ってのが私の神秘ってなぁ〜」
まぁ、それ以外はクソ雑魚なんだけどなぁ〜と、笑う少女。その姿を見て、小鳥は直感した。この少女は只者ではない。得体の知れない雰囲気を纏う目の前の少女に警戒する。
そんな小鳥を他所に、少女はゆっくりと口を開いた。
「そ〜警戒するな。私はなぁ、その力……そうだなぁ〜キヴォトス全域に振り撒いた『死の概念』……名付けるなら『都堕ち』って所か。これなぁ、解除して欲しいわけだ。その為の交渉っつ〜のをしに来たんだわ」
そう言って、少女は辺りを見渡して溜息を漏らす。対する小鳥は、未だ警戒を解こうとはしなかった。
そんな小鳥に対して、少女は肩を竦めながら話を続ける。
「今だったらなぁ〜まだ間に合うんだ。私としてはよぉ〜キヴォトスは気に入ってるし、このまま何もしないでいるよりは、何かしなきゃって思って交渉したわけだ」
その交渉相手こそが黒服。
少女は黒服との取引にて、小鳥の『都堕ち』の解除を条件として彼等と手を組んだのだ。
「とは言えなぁ〜解除っつっても、結局の所、これしか方法が無かったわけなのよ」
そう言って少女は自嘲気味に笑う。小鳥は表情を変えずに少女を見据えるだけだ。そんな小鳥を見て、少女は困ったように頭を掻くと、言葉を続けた。
「おめぇ〜がなぁ、アリウスからパクった爆弾……ヘイローを破壊する爆弾ってのがあるんだけど、それだと効果が出ないってな。だから代わりにこれを貰ったんだ」
そう言って、少女はポケットから小さな箱を取り出す。
「『神秘を破壊する爆弾』……簡単に言えば、今のおめぇ〜に対して有効的な攻撃手段だ」
少女はそう告げると、小鳥に視線を向ける。対して、小鳥は何も言わず黙っていた。
「死ねるぞ。これで、望んでいた死を迎える事が出来る。それを届けに来た」
その言葉に、小鳥は目を見開いた。死ぬ事が出来る。この爆弾で……そう思い、思わず手を伸ばした小鳥だったが、少女は一歩離れて、再び溜息を漏らした。
「あのなぁ〜これを渡しちまったら、私は実質、人殺しになっちまうんだよ。それってな、凄い罪悪感なんだわ」
そう言いながら、少女は真っ直ぐに小鳥を見つめる。その瞳からは強い意志を感じさせる光が見えた。
しかし、小鳥は少女の言葉に対して何も答えない。そんな小鳥を見て、少女は呆れたように頭を搔いた。
「だからまぁ〜あれだぁ。その罪滅ぼしって程じゃねぇけどよぉ。これを渡す変わりに、何か一つだけ、願いを叶えてやんよぉ。勿論、私の出来る範囲でなぁ」
その言葉に、小鳥は顔を上げる。少女の真意を探るように見つめ続けたが、やがて諦めたかのように目を伏せた。
願いなど無い。叶う筈のない夢だ。今更、何を望もうと言うのか。
しかし、それでも小鳥は願った。叶う筈の無い願いを。少女はそんな小鳥を見て、呆れたように溜息を吐いた後、何かを考えるように顎に手を当てた。
暫くの間、沈黙が流れる。小鳥はただ黙って少女の言葉を待っていた。やがて少女は口を開いた。
「おめぇ〜が選択肢を誤ったのは1発の弾丸だ。その弾丸を在るべき場所、在るべき時間に届けるってのはどうだぁ? その1発さえあれば、もう歴史は繰り返さねぇ。どうよ?」
少女が提示した選択肢に、小鳥は驚きを隠せなかった。在るべき場所に、在るべき時間に届ける。そんな事が出来るのだろうか?
仮に出来たとしても、在るべき場所、在るべき時間とは……。
ふと浮かんだのは路地裏での出来事。マコトの提案を受け入れた時の事だ。
あの時、残弾が残っていれば、その提案を受け入れる事は無かっただろう。その日、その時間に弾丸を届けてくれるなら……。
「お〜交渉成立だなぁ」
少女はニヤリと笑って答える。そして、小鳥に向かって箱を渡すと、そのまま背を向けて歩き出した。
「じゃ、またなぁ〜」
暫くして、小鳥は少女の後ろ姿を見送り続ける。やがて少女は見えなくなるまで歩き続け、やがて、その姿が完全に見えなくなってから、小鳥はポツリと呟いた。
ありがとう。名も知らぬ少女よ。この恩は一生忘れないだろう。
小鳥は空を見上げる。空は相変わらず蒼く澄み渡っていた。
それと同時に、箱が爆発し、小鳥の身体が……異形と化した身体がボロボロになって崩れ始めた。
これが死……これが化物の最後……。
痛みはない。ただ、身体が崩れ落ちる感覚に、小鳥は最後に、亡骸となったヒナを見つめ続け、手を伸ばした。
神秘と肉体がドロドロに混ざり合い、神秘が侵食した肉体で。
後少しで触れる事が出来る。しかしその手は、ヒナに触れる事は無かった。
そんな資格は自分にはない。人を死に至らしめ、今もなお、死の概念を振り撒き続けた自分に、そんな資格は……。
肉体の崩れ落ちるスピードが上がり、ついに立っていられなくなる。
グシャリと胴体が崩れ落ち、その場には血の一滴も残らない。やがて、血の跡すらも消え失せた時……。
小鳥だった者は、ボロボロと涙を零しながら、過去の自分に願いをこめながら、呟いた。
ヒナ委員長……ごめんなさい……。
もう2度と届かない謝罪の言葉を呟き……。
そして、小鳥は死を迎えたのだった。
感想ありがとうございます。
凄く励みになっています。
補足
『都堕ち』
小鳥の神秘であるフェネクスの『死』の概念。
その領域にいる生き物は徐々に衰弱して動けなくなります。
それがキヴォトス全域に広がって、とんでもない状況になってます。
交渉に来た少女
彼女もまた、小鳥と同じく神秘による権限を扱う事が出来ます。
所謂、オリキャラです。何処の所属かは明らかにしてませんが、今後、登場予定の子です。温かく見守って頂けると幸いです。
神秘破壊爆弾
ヘイロー破壊爆弾と同じく、神秘を破壊する事に特化した爆弾です。
此方もオリジナルです。神秘に侵食された小鳥にとって、致命的といえるレベルの兵器です。
以上、次の回で最終回となりますが、続編も書いていこうと思っています。エデン条約までが、第一部。次からが第二部構成として書いていこうと思っていますが、このまま風紀の狂犬として続けていくか、新しく違うタイトルで書いていくか悩んでいます。なので、アンケートをとってみたいと思いますので、どうかご協力の程、宜しくお願い致します。