ヒナ委員長の夏休み-前日譚 前編-
「バカンスに行きます!!」
ヒナが見回りで不在の風紀委員会本部にて、イオリとチナツを呼び出したアコは、開口一番にそう宣言した。
突然の事に唖然とする2人に対して、アコは言葉を続ける。
曰く、最近のヒナ委員長は働きすぎ……これに関しては最近どころかいつもの事なのだが、ここ最近、徹夜での書類整理が続いているらしい。
ゲヘナでは問題児達による事件や事故が多発しており、もしもヒナ委員長が過労で倒れでもしたら、それこそゲヘナは混沌に陥るだろう。
そこで、息抜きも兼ねてヒナ委員長の心身を休めるべく、バカンスを計画しているそうだ。アコの語りに、2人は顔を見合わせる。
確かに、最近のヒナ委員長はいつにも増して多忙を極めていた。それこそ寝る間も惜しんで職務を全うする姿は、正に社畜の鑑である。
エデン条約も控えている今、無理をさせるわけにはいかない。そう思い、アコはヒナ委員長にバカンスをプレゼントしようと考えついたのだ。
「話は聞かせて貰いました!! バカンスですね!! いつ出発しますか? 私も同行しましょう!!」
「「
アコの説明が終わるや否や、何処からともなく現れた小鳥が話に割り込む。目をキラキラ輝かせて鼻息を荒くしながら迫る小鳥に対して、チナツとイオリは思わず後退った。
「あら、小鳥ちゃんじゃないですか。ヘルメット団とスケバン連合の全面戦争の鎮圧に行っていたのでは?」
アコが尋ねると、小鳥は胸を張って答える。
「頭を潰して来たので構成員は散り散りになって逃げました。何十人かは拘束しましたが、後の事は他の子達に任せてます」
「そ、そうですか。頭というのは各組織のリーダーという事ですよね?」
「はい。リーダー格の生徒達の頭を叩き潰して制圧してきたであります」
アコの問いに、小鳥は満面の笑みで答えた。よく見ると、制服は返り血で汚れている。どうやら、本当に叩き潰してきたようだ。また救急医学部のセナから怒られるだろう。
しかし、今はそんな些細な事は気にしてられない。ゲヘナではこれが日常茶飯事なのだから。
「それでそれで、バカンスは何処で行う予定でありますか? やはり海ですか? 海ですよね? ヒナ委員長も水着を新調しているのですから海が良いですよ」
「落ち着いて下さい。今回のバカンスはあくまでもヒナ委員長の休暇が目的です。小鳥ちゃんがヒナ委員長と遊びたいという気持ちは分からなくはないですが、自重するように」
小鳥の勢いに押されるも、目的はあくまでヒナ委員長の休息。アコはなんとか宥めるように言うと、小鳥は残念そうにしながらも頷いた。
「それで、仮に休暇を取らせるにしても、委員長が素直に休むとは思えないんだけど」
イオリの言葉に、アコも同意するように頷く。なんだかんだ言いながら、ヒナ委員長は責任感の強い人だ。彼女が休暇を取る事じたいがそう多くない。
無理に休ませようとも、数時間後には学校にいる事もざらにある為、休暇に誘うのも一苦労だ。
筋金入りのワーカーホリック。それが空崎 ヒナである。
「流石に、私が休暇を勧めたところで、素直に休むとは思えないでありますなぁ。でも、忙しすぎてお疲れ気味なのは事実ですし……」
「ですので、私は考えました」
そう言うと、アコは懐から1枚の紙を取り出した。
「それは……夏季訓練の計画書ですか?」
「えぇ、仕事が忙しくて休めないなら、仕事を理由にして休ませれば良いのです。委員長が納得する特別な理由。それがこの、夏季訓練というわけです」
普段、万魔殿の嫌がらせとして機能する夏季訓練の計画書。内容通りに、本当に訓練をしたいと思っているわけではなく、計画書の内容の粗探しをして難癖をつける為だけの物だ。
しかし、今回はこの計画書を利用してヒナ委員長に休暇を取らせる。訓練の為にといえば彼女は従うし、これも仕事の一環だからと納得するだろう。
「訓練を口実にヒナ委員長をバカンスへ連れ出す……中々、良い案ですね」
去年はヒノム火山での訓練で酷い目にあった。しかし、今回の夏合宿は海にすればいい。海沿いのホテルにヒナ委員長を泊め、訓練は自分達だけで行う。そうすれば、必然的に彼女だけが、ホテルでゆっくりする事が可能だろう。
「でも、ホテルに泊めるにしても、委員長は自主的に訓練に参加するんじゃないか? 誰かが見張るにしても、委員長を止められる奴なんていないぞ?」
単純なフィジカルならば、小鳥も選択肢に入るが、彼女の場合、身内を相手にすれば、普段の力を発揮する事が出来ない。アコにすら遅れをとるほどだ。
「大丈夫です。その為の人材も用意しています。今回の件は、全面的にシャーレの先生からサポートを頂ける手筈となっています」
「え、はぁ? なんで先生が……」
「シャーレには風紀委員会の訓練計画に助言・進言するだけの権利が十分にあります。先生が協力してくだされば、多少の無茶を通すことが可能との事です」
「マジかよ……まぁ、あの先生なら確かに……」
イオリは納得した。あの先生の立場ならば、このくらいの権限を持っているのも頷ける。
「では、先生もサポートに加わってくれる事ですし、早速準備に取り掛かりましょう」
アコの言葉に3人は頷き、早速準備に取り掛かる事にした。
「アコちゃん輩先、私は何をしたら良いでしょうか? ヒナ委員長の水着選びから夏用の私服まで、何でもお任せ下さい。委員長にぴったりな水着を選んでみせます!!」
「では、小鳥ちゃんは風紀委員会の到着までに、今回の夏合宿の目的地であるアラバ海岸で目撃されたサメの駆除と海岸近くを拠点にしているヘルメット団とスケバン達の拘束をお願いします」
「分かりました!! ヒナ委員長にぴったりな水着を……え、ヘルメット団やスケバンは分かりますが、サメ……ですか?」
「えぇ、ヘルメット団とスケバンの拘束が済めば、サメを駆除する為の物資を送りますので、願いします」
「え、あ……はい。分かったであります……」
困惑しながらも頷く小鳥。
「アコちゃん輩先。サメの駆除は業者に頼んだ方が……」
「大丈夫です。不良生徒達とやる事は変わりません。ただ、少しだけ、生徒達より大きくて、凶暴なだけです」
「いや、でも……」
「大丈夫です。委員長の為なら、サメの1匹や2匹、駆除してみせますという気概を見せて下さい。それに……」
それにと、言葉を付け足し、アコは微笑む。
「私はまだ食べた事はありませんが、キャビアって、凄く美味しいみたいですね」
「やります。やらせて下さい」
小鳥は即答した。アコの言葉に、何か黒いものを感じたが、キャビアの誘惑には勝てなかった。
「不肖、不死川 小鳥。ヒナ委員長と皆さんの為にサメを駆除してキャビアを確保するであります!!」
「その意気です。流石は小鳥ちゃんですね。サポート役として何名か派遣しますので、現地で合流して下さい。では、お願いします」
「了解であります!!」
敬礼をし、小鳥はサメの駆除にむかった。その後ろ姿を見送るイオリは、アコに尋ねる。
「なぁ、確かキャビアって……」
「イオリ。私はただ、キャビアが美味しいみたいとしか、言ってませんよ」
その返答に、確信犯かと察し、イオリは溜息を漏らした。
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