レンと名乗った少女は、再び欠伸を漏らしながら、ベッドの上で四つん這いになり、猫のポーズで背伸びをする。
ペキペキと関節の鳴る音を心地良さげに感じながら喉を鳴らした後、レンは朗らかな笑みを浮かべた。
どうやら、すっきりしたらしい。何処かマイペースな雰囲気のレンは、小鳥に向き直ると、口を開いた。
「んで〜私は自己紹介したけどよぉ〜小鳥からの自己紹介はまだかぁ〜?」
首を傾げるレンに、小鳥も調子を狂わせながら、自身の名を名乗る。
黒服はレンの事を協力者と言った。恐らくはゲマトリアに所属する者ではないのだろうが、どうにも様子がおかしい。そんな事を考えながら、小鳥はレンと向かい合う。
レンはにへらっと笑みを浮かべながら小鳥を見ているが、何やら不思議な雰囲気を漂わせている。
(いや、違うな。これはどちらかというと、ぼーっとしている……のか?)
小鳥がそんな事を考え込んでいると、レンは再び首を傾げながら覗き込むように小鳥に顔を近付けてきた。
そしてそのまま、小鳥の頰に手を当てるとペタペタと触り始めた。
「どした〜緊張してんのかぁ〜? 安心しろ〜私は味方だかんなぁ〜」
どうやらレンは、緊張していると勘違いしたらしい。確かに、協力者とはいえ得体の知れない相手と相対する事になるのだから、多少なりとも緊張してしまうだろう。
どうやらレンは小鳥を気遣ってくれているらしく、その目には優しさが感じられた。
そのまま暫くの間、小鳥の顔をペタペタと触っていたレンだったが、不意にその手を引っ込めると、頰を赤く染めながら苦笑いを浮かべた。どうやら流石に恥ずかしくなったらしい。
「お〜すまねぇ〜あんまりよぉ〜他人と接してきた事なかったかんなぁ〜。ちょっと、距離感とか分かんねぇんだ」
そう言って苦笑いを浮かべるレンに、小鳥は首を横に振る。
「いえいえ、お気になさらず。私も、色々と思う所があったので、どう接したものかと迷ってました」
小鳥がそう言うと、レンは安心したようにホッと息を吐いた。
「そっか〜だよなぁ〜。迷うよなぁ〜」
レンは笑みを浮かべている。どうやら、小鳥の返答がお気に召したようだ。
そのままベットから立ち上がると、小鳥の手を引き、リビングへと向かう。
「先ずはよぉ〜親睦会といこうぜぇ〜私はよぉ、ちゃ〜んとした形で、小鳥の事が知りてぇんだぁ」
そう言って笑うレンに、小鳥も釣られて笑みを浮かべた。
「分かりました。では先ずはお互いを知る所から始めましょうか」
リビングに案内された小鳥は、レンから座って待っているように言われたので大人しく待つ事にした。
暫くすると、キッチンの方から何やら物音が聞こえる。それも、調理特有の音ではなく、金属製の物を袋に詰め込むような音だ。
一体、何をしようとしているのか?
そんな疑問を抱いていると、レンが大きめの袋を持って戻ってきた。
「すまねぇ〜待たせたなぁ〜」
そう言ってレンは、小鳥の前のテーブルに袋を置き、中から何かを取り出す。それは、大量の缶詰と、申し訳程度の調理も何もしていない野菜のトマトだった。
「美味そうだろぉ〜いっぱい食べようぜぇ〜」
大量の缶詰をテーブルに並べる。種類も様々で、シーチキンから魚、肉類とまさにより取り見取りだ。
レンはその中から缶詰ではなく、唯一の野菜であるトマトを手に取り、それを自身の前に置く。どうやらトマトは彼女の分らしい。
美味しそうに齧り付くレンを見ながら、小鳥は苦笑いを浮かべる。
「あの……それで足りるのですか?」
小鳥の言葉に、レンは首を傾げながら口を開いた。
「んやぁ〜足りねぇけどよぉ〜缶詰、開けられねぇんだ〜」
どうやらレンは、缶詰が開けられないらしい。
「その……料理を作った事は?」
「ねぇなぁ〜」
レンは即答する。どうやら、料理もした事がないらしい。
「では、普段何を食べているのですか?」
「ん〜となぁ〜出された料理を食べてたなぁ〜でもよぉ、昨日まで1人だったから、ど〜しようもなかったんだぁ」
レンの言葉に、小鳥は納得した。つまり彼女は、今まで1人で生活した事が無いという事だ。そして、今まで、誰かに頼って生きてきた。しかし、今は1人だから、何も出来ずに困っているのだ。
「だからよぉ〜小鳥も協力してくれよ〜」
そう言って、レンは小鳥に缶詰を手渡す。どうやら開けろという意味らしい。
「分かりました」
小鳥がそう言うと、レンは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お〜さっすがぁ〜頼りになるぜぇ〜」
レンの期待に答え、缶詰を開けると、レンは表情を明るくさせ、口を開けた。どうやら、食べさせて欲しいようだ。
小鳥が缶詰の中身をフォークで刺し、それをレンの口に近づけると、そのままパクリと食いつく。そして満足そうに笑みを浮かべると、再び口を開いた。
どうやら、まだ足りないらしい。小鳥は苦笑いを浮かべると、今度は肉類をフォークで刺してレンの口に入れた。
「んめぇ〜。これ、なんの肉だぁ?」
「それは豚肉です」
「んめぇなぁ〜この味はよぉ〜。小鳥も食べてみぃ〜ほれぇ〜」
そう言ってレンは、フォークで肉を刺して小鳥の口に近づける。
「いえ、私は自分で食べられますので」
「遠慮すんなってぇ〜ほれ、あ〜ん」
レンはニコニコしながら小鳥の口に近づけてくる。どうやら引かないつもりらしい。小鳥は観念して口を開けた。
レンはそのまま、小鳥の口に肉を放り込む。そしてそれを咀噛していると、レンは満足したように頷きながら缶詰に手をつける。
「次はこれが食べてぇなぁ〜」
そう言って、レンは缶詰を小鳥に手渡す。そして開いた缶詰にフォークを刺しこみ、そのまま小鳥の口に近づけた。
「あの……自分で食べられますので……」
「遠慮すんなよぉ〜ほれぇ〜」
レンはそう言って、再び小鳥の口に肉を放り込む。
「んめぇだろぉ〜?」
そう言って笑うレンに、小鳥は苦笑いを浮かべながら頷いた。
そうして、奇妙な缶詰パーティーは、小鳥が食べ切れるまで続き、終わった頃にはすっかりお腹いっぱいになっていた。
「ん〜食った食ったぁ〜」
そう言って、満足気にお腹を叩くレンを見て、小鳥は苦笑を浮かべる。
「えぇ、そうですね」
しかし、満腹になったお陰で緊張が解れたのか、小鳥の表情は晴れやかだ。
「お〜良い顔付きになったなぁ〜」
そう言って笑うレンに、小鳥も釣られて笑みを浮かべる。
「えぇ、レンさんのお陰です」
小鳥の言葉に、レンはにへらっと笑みを浮かべた。
「いやいや〜私も良いもん食わせて貰ったしよぉ〜お互い様って奴だなぁ〜」
その後、空いた缶詰を片付け終え、冷蔵庫にあったジュースをコップに注ぐ。
小鳥は麦茶を、レンは炭酸飲料水を堪能しながら一息ついた。
「さてとぉ〜腹ごしらえも済んだ事だしぃ〜そろそろ本題に入るとしますかぁ〜」
そう言って、レンはコップをテーブルに置くと、満腹なのか、少し眠たげな表情のまま口を開いた。
「その前によぉ〜ちょっとだけ、時間をもらうぜぇ〜」
レンの言葉に、小鳥は無言で頷く。
「え〜っとぉ……う〜ん、なんだっけぇ? あ〜そうそうなぁ〜そだなぁ〜」
まるで誰かと話しているような口調で、レンは話を続ける。
「あ〜そぉだそぉ〜。頼むなぁ〜お〜じゃ〜お〜んなな〜」
そう言って、レンは目を閉じた。すると突然、レンから発せられる気配が1つ増え、その気配がレンと重なり合うように感じられる。
「ん〜っとぉ……これで良いかぁ?」
そう言って、レンは目を開ける。どうやら、終わったらしい。
「さてさて、待たせたなぁ。小鳥ぃ。これが本来の私の口調なんだぁ」
そう言って、レンは笑みを浮かべる。どうやら先程の気配の主がレンと重なった事で、間延びした口調から本来の喋り方に戻ったようだ。
しかし、それはどういう事だろうか?
小鳥は疑問に思いつつも、レンに尋ねた。
「あの……今のは何だったのですか? まるで、誰かと会話しているような……」
「あぁ、さっきのはなぁ、私の神秘が影響してるんだぁ」
「神秘が……影響している?」
小鳥の言葉に、レンは頷く。そしてそのまま言葉を続けた。
「私の神秘はな、所謂共存型なんだ。力を貸し与える代わりに要求を飲む。私が神秘の力を借りる代わりに、神秘の主は、私に間延びした口調を強制する。それが、この力と神秘の共存なんだぁ」
レンはそう説明しながら、自身の胸に手を当てる。そしてそのまま続けた。
「私の神秘はな、『気怠げ間延び口調少女萌え』ってやつなんだ」
「え? あぁ……うん。ほぉ……おん?」
言ってる意味がちょっと理解出来なかった。
「んでな、その力を使うと、こうして本来の喋り方から間延びした口調に強制変換されるんだぁ」
そう言って、レンは苦笑いを浮かべる。
「まぁ、最初は戸惑ったんだけどよぉ、慣れりゃあ、結構便利だぜ」
そう言って笑うレンだったが、小鳥は苦笑を浮かべたまま、ゆっくりと首を横縦にふった。
「うん、まぁ、レンさんがそれで良いなら……」
「はははっ、まぁ、私の話は此処までだ。小鳥からすれば自分の神秘も気になるだろうけどよぉ先ずはこっちの話から始めねぇとなぁ」
そう言ってレンは、真剣な表情に切り替えると、ゆっくりと口を開いた。
「先ずはよぉ。小鳥が黒服と手を組んだ経緯について、話していこうぜぇ」
レンの言葉に、小鳥は頷く。そしてそのまま話を続けた。
エデン条約で重傷を負った小鳥が入院中に黒服と話した内容。
レンは相槌を打ちながら、時折質問を交え、小鳥の話に耳を傾けていた。
そして話が終わると、レンは腕を組みながら唸る。どうやら納得がいかないようだ。
「成程なぁ。小鳥ぃ、お前は黒服に騙されたぞ」
「え? どういう事ですか?」
「まずなぁ、黒服はこう言ったんだろ?」
『私の取引に応じれば、これをあるべき日、あるべき場所にお届けします』
そう言われ、その手に握られた弾丸を見て、小鳥は過去に、マコトとの取り引きの際に空だった銃に、誰かが干渉して弾丸が込められたと判断した。
あれがあったからこそ、過ちを犯した未来を辿る事がなかった。
しかし、それが騙されたと言うレンの言葉に、小鳥はハッとなる。
「おぉ、そういうこった。あれをしたのは確かに私だ。でもな、それは最初に失敗した小鳥との取り引きで、既に終わった事なんだよ」
確かにそうだ。レンの神秘が干渉した事で、小鳥はマコトとの取り引きを破綻させる事となった。
つまり、今後、レンのように過去に干渉する力を持つ者が現れない限り、変わる事のない不変のものとなる。
「多分小鳥は、ヒナさんとやらの死に対して過敏に反応して、冷静な判断を奪われてちまったんだろうな。ゲマトリアらしいやり口だ」
「それじゃあ、ヒナ委員長の死が確定しているという話は……」
「それは半分嘘で、半分真実だ」
「半分嘘で、半分真実?」
「いいかぁ? コレに関しては、小鳥が原因といっても過言じゃねぇんだぜ。本来、万魔殿に加わった小鳥の行動によるヒナの死という確約された未来が、私の行動で破綻した。でもな、今度は別の形で、ヒナさんの身に危険が迫ってるんだ」
レンの言葉に、小鳥は息を呑む。
「それって……いったい……」
「小鳥が顕現させたフェネクスだ。黒服が言うには、あれは偉大なる王が封印した72の悪魔の1人だ。そして、ヒナさんの秘めたる神秘もまた、その72の悪魔の1人だったって事だ」
「悪魔同士の……共鳴?」
「そうだ。神秘ってのはな、惹かれ合うんだ。アビドスの『暁のホルス』と同様にな」
「それじゃあ、私の神秘とヒナ委員長の神秘が惹かれ合ったから、ヒナ委員長の神秘が暴走したって事ですか?」
「そういうこった。ヒナさんは小鳥の神秘を止めるべく立ち塞がり、そして自身の内なる神秘から力を借り受けた。それが問題なんだ」
「……っ」
言葉にならなかった。レンの言う事が確かなら、それは自分が原因だと言っているようなものだ。
小鳥は知っている。自身の身体が、別のものに変わり果てる感覚を。それがもし、ヒナの身体を蝕むのだとすれば……。
「勘違いすんなってぇ。別に小鳥を責めてるわけじゃねぇんだ。それにまだ、止める手段があるんだ。まずはその話を聞いてからでも問題ねぇだろ?」
レンの言葉に、小鳥は冷静さを取り戻す。確かにその通りだ。まだ止める手段があるのなら、それを実行するべきだ。
「はい詳しくお聞かせ下さい」
「おぅ、任せろぉ。先ずはな、小鳥は自分の神秘を、しっかりと理解する必要があるんだぁ」
レンはそう言って、自身の胸に手を当てる。そしてゆっくりと口を開いた。
「小鳥の神秘は『死』と『再生』を司るフェネクス。死者を生者に、生者を死者に、その性質を反転させる事のできる神秘だ。まずはそこから、理解する事だな」
レンの言葉に、小鳥は頷く。確かにその通りだ。自身の神秘について理解せずして、ヒナを救う事などできないだろう。
「なぁに、こう言うのは、実戦あるのみだ。机上の空論であれこれするよりも、バンバン実戦を繰り返して慣らして行った方が早い」
そう言って、レンは笑みを浮かべる。そしてそのまま続けた。
「その為に私がいる。その為に私は、ゲマトリアと……黒服と手を組んだんだ」
レンはそう言って立ち上がると、静かに口を開いた。
「私の神秘は『時』を司るクロノス。過去から未来へと続く時の流れを支配する者。私の神秘を以って貴女は……切り離された世界に干渉し、己の神秘と向き合うのです」
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