風紀の狂犬   作:モノクロさん

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ゲマトリア会議

「……それでは、次の議題を」

 

 そう言って、黒服は会議の進行役を勤める。『時』を司る神秘を保有するレンと、『死』と『再生』を司る神秘を保有する小鳥。この2名を手中に収めた黒服は、悠々と進行を続けていた。

 

 思えば、彼が拠点としていたビルにレンが訪れて以降、全ては順調過ぎる程だった。

 

『よぉ〜おめぇ〜が黒服だなぁ〜神秘の研究をしてんだろぉ〜協力すっからちょっと手ぇ貸せやぁ〜』

 

 そう言って、レンは黒服に取り引きを持ちかけた。初めは、何の冗談かと思ったが、彼女の神秘を目の当たりにし、取り引きを飲む事とした。

 

 衣食住を提供し、必要なものは全て取り揃えた。時折、指定された農園の野菜が食べたいと、お使いに出される事もあったが、それも許容の範囲内だ。

 

 レンの神秘は未発達ではあったが、少しの助言と、彼女の成長を見守った事で、黒服が想定していた以上の力を行使するに至った。

 

 その上で、過去に起きた出来事を改竄する事は禁忌とし、切り離された世界が、『如何なる理由で消滅したのか』という、その過程を調整する事で、世界への影響を抑えつつ、必要な情報を入手した。

 

 アビドスにて、小鳥を目撃した時も、レンから齎される情報から過去の記録を精査し、取り引きを持ちかけるに十分な手札を得た。

 

 初めての接触でエデン条約という手札を切り、彼女の神秘を顕現させるきっかけを与えた。その唯一の誤算が、小鳥の神秘とヒナの神秘が共鳴し、新たな脅威が発生した事だが、それすらも、レンの神秘を用いれば、問題は解決する。

 

 近い内、それこそ、あの2人を接触させた今、この瞬間にも、もしかしたら切り離された世界へと繋がり、己の神秘と向き合っている事だろう。

 

 そして、その経験を糧とし、小鳥の神秘は更に成長を遂げ、それが黒服にとっての利益となる。

 

 とはいえ、小鳥を迎え入れるに辺り、切った手札は吉と出るか凶と出るか。直感の鋭い彼女の思考を鈍らせるためとはいえ、レンが犯した過ちである、過去の改竄をちらつかせた事は、いずれレンの耳に入り、取り引きそのものが破綻する可能性がある。

 

『在るべき時、在るべき場所へ』

 

 事前に入手した銃弾を小鳥に見せつけ、レンという協力者がいる事を示唆し、現在という歴史を継続させるなどという、黒服にとっては、一歩間違えれば自身の命すら危ぶまれる綱渡りだった。

 

 だが、その賭けに黒服は勝利した。揺さぶりが効いていた事もあり、視野が狭くなり、小鳥は取り引きに応じた。

 

 レンの神秘と、それに影響を受けるであろう小鳥の神秘。その力は未知数だが、少なくとも、彼女の力の一端を黒服も目にする事が出来た。後は、その情報を元に研究を進めれば良い。

 

 議題が進み、小鳥とレンの話が上がる。神秘を顕現させた生徒達。情報を提供、もしくは共有という形で、他のメンバーとの軋轢を生まないよう、上手く取り纏める予定だったが、その議題に待ったをかける者がいた。

 

「その件に関して、私からもご提案があります」

 

 長身で長い黒髪に赤い肌の女性。その頭部は、目の付いた翼で埋め尽くされた毛玉のような奇怪な姿。白いドレスを身に纏いし彼女の名はベアトリーチェ。

 

 貴婦人めいた身なりから、ゲマトリアの構成員やアリウス分校の生徒からは『マダム』と呼ばれる存在だ。

 

 ベアトリーチェが手を挙げると、黒服が鋭い視線を彼女に向け、口を開く。

 

「何か問題でも?」

 

 黒服の問いに、ベアトリーチェは首を横に振り、笑みを浮かべる。

 

「問題などではございません。ただ、不死川 小鳥の件ですが……」

 

 ベアトリーチェの言葉に、黒服は目を細める。大凡の検討はついているが、その件に関しては、彼女にも、そして他のメンバーにも発言する権利はある。故に、黒服はベアトリーチェの発言を容認する事にした。

 

「エデン条約において、私は自身の手駒である生徒を数多く失いました。その理由は、勿論ご存知ですね?」

 

 ベアトリーチェの問いに、黒服は頷く。

 

「えぇ。貴女はアリウスの生徒を多く失いました。その中にアリウスの生徒会長の血筋である秤 アツコも含まれています」

 

 ベアトリーチェの問いに、黒服は淡々と答える。エデン条約に関わったアリウスの生徒は、その大半がゲヘナとトリニティの両陣営によって拘束され、逃げ延びた者も、自治区には戻らず、そのまま行方知らずとなった。

 

 それを踏まえた上で、ベアトリーチェは黒服に告げる。

 

「この度の損失は計り知れない。手駒として育ててきた生徒を多く失い、得たものが神秘を顕現させた生徒の情報のみの共有では、あまりにも割に合いません」

 

 ベアトリーチェの口調は穏やかだが、その胸の内の魂胆はみえみえである。黒服は、ベアトリーチェが何を言いたいのか、その魂胆を見抜きながら、敢えて彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「私は彼女を……不死川 小鳥を所有する権利を主張します」

 

 ベアトリーチェの物言いに、会議室内にどよめきが走る。しかし、黒服は至って冷静に口を開いた。

 

 黒服はベアトリーチェの狙いを理解していた。彼女は、自身の手駒となる生徒を失った事で、その穴埋めに小鳥を利用しようとしているのだ。

 

 正確には小鳥の神秘。『死』と『再生』を司る悪魔の神秘をだ。

 

 彼女を手中に収めれば、失った損失以上の利益を、得る事が出来る。

 

 それこそ、アリウスの生徒会長の血筋であるアツコを失って尚、得られる利益を考えれば、充分釣り合うものだ。

 

「クックック。マダム、確かに貴女は、此度のエデン条約で多くの手駒を失いました。補充も容易ではないでしょう。それを補う上で、不死川 小鳥の所有する権利を主張する事も、分からなくはありません」

 

「では……」

 

「しかし、私は彼女と契約を結んでいます。そして彼女は、私にこう言いました」

 

『私達『ゲマトリア』と、対等な関係である事が条件』と。

 

 黒服の言葉に、ベアトリーチェは押し黙る。

 

「クックック。彼女の直感は鋭い。目的の為なら私達と組む事も厭わない上に、信用も出来ないからと、対等な立場である事で、己の身を守っている。その前提を、貴女は崩せますか?」

 

 黒服の言葉に、ベアトリーチェは俯く。小鳥と交わした契約は、あくまでも『対等な立場』であり、『ゲマトリア』とは言っていない。しかし、解釈のしようによっては、そうとも取れる言い回しだったと主張する事も出来る。

 

 曖昧であるが故に、様々な解釈の出来る言葉。そして、契約を重んじる黒服と、個人的に契約を交わした小鳥を要求するには、それ相応の対価が必要だ。

 

「それと、龍巳 レンの身柄も同様です。彼女もまた、私と個人的に契約を交わした関係。そして、不死川 小鳥の神秘の解明に必要不可欠。彼女を不死川 小鳥から引き離す訳にはいきません」

 

 黒服はそう告げると、ベアトリーチェに対して鋭い視線を向ける。

 

「情報ならばいくらでも共有しましょう。少なくとも、マダム以外にも、今回の一件で思う所がある者も多い状況です。どうか此処は穏便に」

 

 そう言って、黒服はベアトリーチェに視線を向ける。すると、ベアトリーチェは暫し黙り込んだ後、口を開いた。

 

「随分と口が回りますのね」

 

 ベアトリーチェはそう言うと、静かに視線を黒服に向ける。その目には怒りの色が滲んでいた。ベアトリーチェの反応に、黒服は内心で笑みを浮かべながら答えた。

 

「えぇ、此処に来る前に、彼女から言伝がありましてね。『貴女の事が嫌いだから関わりたくない』と。その為の根回しですよ」




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