「結果論や、たらればの話になりますが、先程の戦闘で弾を消費しなかったのは、ある意味運が良かったでありますなぁ」
緊急用の携帯から便利屋68の追跡任務を請け負った小鳥は、護送車を運転していた風紀員に任せ、少数の手勢で現場へと向かっていた。
「それにしても、便利屋68は何をしたんでしょうね」
「さぁ? 私には分かりかねますね。でもまぁ、大方仲間の暴走だったり巻き込まれたりでこんな事態になったのでしょうけど」
恐らく今頃、風紀委員会に追われる事となった便利屋68のリーダー格である陸八魔 アルは内心穏やかではないだろう。
「それにしても、便利屋って数は4人しかいないんですよね。少数相手に態々小鳥ちゃんが出向く必要があるんですか?」
と、風紀委員に所属して間もない新入りが尋ねる。
確かに、便利屋68は4人しかいない少人数のグループだ。
小鳥が率いる風紀員も少数だが、此処にいるメンバーの他にも追跡の任を受けた風紀員も複数いる。
態々、小鳥が出向く必要性はない様にも思えたのだろう。
「あ〜そう言えば、〇〇ちゃんは便利屋との戦闘経験はない感じでしたっけ? でしたらその考えは仕方のない事ですね」
「と、言いますと?」
「少なくとも、便利屋を相手にするには数でゴリ押すか、私やイオリちゃんが出向く必要があるという事です。理想はヒナ委員長が出向くのが一番なのですが……それでも、捕まえられるかどうかはわかりませんがね」
「それはまた、随分と大袈裟な」
「まぁ、大袈裟でもなんでもなく事実なのですがね」
小鳥はそう言うと、小さく肩を竦める。
「実際に立ち会えば嫌でも分かる案件です。百聞は一見にしかずって言葉、身に沁みて感じる事間違いなしですよ」
と、談笑に花を咲かせる中、小鳥の足がピタリと止まる。
それに合わせ、他の風紀委員も、足を止めて周囲を警戒する中、少し離れた所で銃声と爆発音が鳴り響いた。
「どうやら、おっぱじまったみたいですね」
小鳥がそう言って、銃を構えて走り出す。他の風紀委員達もそれに倣い、銃を構えて走り出した。
そして、少し開けた路地裏へと出ると、そこには4人の人物が立っており、一目でそれが便利屋である事を認識した。
周囲には接敵したであろう別働隊が倒れ伏しており、苦しそうに呻き声を漏らす者もいた。
「うへぇ……随分と派手にやってますねぇ」
「……別働隊が全滅」
「そういう事でありますな。これが彼女達の実力。油断は禁物。ダメダメでありますよ」
小鳥はそう告げると、銃を構え、引き金に指を掛ける。そして、ゆっくりと口を開いた。
「ハロハロー、お久しぶりでありますな。アルちゃんにカヨコ先輩にムツキちゃんにハルカちゃん」
油断するなと言いつつも、口調は何処か巫山戯ていて、そのちぐはぐ差が不気味さを際立たせる。
小鳥の何時ものやり方だ。
便利屋もそれを理解しているのか、小鳥を警戒した様子で身構えている。
(社長、拙いよ。小鳥ちゃんだ)
アルにしか聞こえない小声で、カヨコが耳打ちする。
(わ、分かっているわよ!! あんな巫山戯た喋り方の風紀委員なんて小鳥ちゃんくらいしかいないじゃない!!)
何時もの様に依頼を受けていたら犯罪まがいの行為に手を貸す羽目になり、そのツケとして風紀委員会に追われていたアルが動揺を抑えきれずに小鳥を睨み付ける。
だが、小鳥はそんなアルの様子に気付かないのか、それとも気付いていて無視しているのか、笑みを崩さぬまま話を続けた。
「もしかしてですけど、依頼か何かで風紀委員を襲えとか、そんな感じで追われてましたか? それなら仕方がない。貴女方と一戦交える理由が出来たというものです」
「そ、そんなわけないじゃない!! これにはちゃんと理由が……っ!!」
言いかけて口籠る。依頼主と依頼内容。それさえ提示すれば情状酌量の余地があるのだが、それは彼女のアウトローとしての矜持に関わるのだろう。
生真面目で律儀なアルに、小鳥は思わず笑みを浮かべ、仕方なしと割り切る事にした。
「理由が言えないなら仕方がありませんなぁ。既に此方にも少なくない被害が出ている。アルちゃん達には申し訳ないですが、どうぞ必死の抵抗を。私はそれを心から歓迎します」
そう言って、小鳥は笑みを浮かべながら、銃口を便利屋へと向けようとしたその時。
「……ですか?」
オドオドした声色で、小鳥の様子を伺う様に見つめていたハルカが、ポツリと呟いた。
その言葉に、便利屋だけでなく小鳥達もハルカへと視線を向ける。
「あ、貴女は、アル様に危害を加えるつもりですか?」
怯えているわけではない。寧ろ、小鳥に対して殺気が高まり、今にも爆発しそうな雰囲気がある。
「えぇ、まぁ、そうなりますかねぇ」
小鳥が平然とそう返すと、ハルカは更に殺気を膨らませ、その豹変ぶりにアルは拙いと感じたのか、ハルカを止めようと口を開いた。
だが、それよりも早くに、ハルカは行動に移していた。
「だったら……だったら、貴女はアル様の敵です!! 消えて下さい!! 消えて下さい!! 消えて下さい!! 消えて下さい!! 消えて下さい!! 消えて下さい!! 消えて下さい!!」
そう連呼しながら、武器を構え、小鳥に向かって引き金を引きながら走り出す。
「ははっ、来たでありますな。ではでは、皆さんは援護をよろよろであります」
だが、小鳥は慌てる事なく、放たれた弾丸が後ろに控える風紀委員に被弾するのを防ぐ為、敢えてその攻撃を一身に受けながら、銃口をハルカに向け、引き金を引いた。
奇しくも同じSG使い。近付くに連れて火力が上がる武器を所持する者同士として、小鳥とハルカの銃撃戦を以って便利屋68と小鳥率いる風紀委員との戦闘が勃発した。
小鳥の銃から放たれる弾丸を、ハルカは避けるでもなく受け続けながら、距離を詰めて行く。
小鳥も同様に、ある程度距離が狭まった事で、後ろを気にする必要がなくなったのを機に、SGを持ち直して走り出した。
互いに助走をつけた状態から得物を振り上げ、相手に振り落とす。そして、二人の得物が身体にめり込む感触に、ハルカは意に介さず、小鳥は笑ってそれを受け入れた。
銃器や体術を用いた肉弾戦。
銃床を顔面に叩きつけられながらもハルカの鳩尾に拳を深々と打ち込む。くの字に曲がった状態から、顎目掛けて拳で打ち抜けば、ハルカは身体を仰け反らせながら後方に数歩退いた。
その間に空になったSGに手早く弾を装填しながら、銃口をハルカではなく別の人物に向けた。
「警戒しないと思ってましたか? ムツキちゃん」
「げっ!! やばっ!!」
爆発物を手に、ハルカを援護しようとしたのだろう。だが、それを許す程小鳥は甘くない。
ムツキが手にしている爆発物を銃口で指し示すと、それを合図に引き金を引いた。
放たれた散弾は、ムツキに被弾する事はなかった。
小鳥が引き金を引こうとしたその瞬間、ハルカが自身の得物で小鳥のSGを打ち上げ、その弾道を逸らしたからだ。
「ナイスカバーでありますなぁ。ハルカちゃん」
小鳥がそう言うと、ハルカはギロリと睨み付ける。追撃しようとするも、ハルカが体制を立て直す前にその場から離れ、ムツキの方へと走り出した。
「ハルカちゃん!!」
「……っ、はい!」
ムツキの呼び声に答える様に、ハルカは小鳥へ銃口を向け引き金を引く。
しかし、放たれた散弾は、小鳥の頬を掠める程度に空を切った。
「惜しかったでありますな。先ずは1人……っ!!」
ゼロ距離まで肉薄し、ムツキを仕留めようとした瞬間、真横に跳躍しながら右手を何もない空間へと伸ばした。
刹那、小鳥の掌に衝撃が走る。
「……良いね。アルちゃん。そのタイミング、凄く良かったよ」
前後にハルカとムツキに挟まれながら、離れた所からSRを構えて照準を合わせて狙撃したアルに賞賛の言葉を送る。
今のは危なかった。撃つ瞬間まで殺気を隠していたアルの狙撃は、小鳥の後ろで援護射撃をしていた風紀委員の1人を捉えていた。
油断したつもりはなかったが、流石にハルカとムツキの両名を相手にしながらでは、注意が散漫になってしまう。
(いや……待て……)
もう1人忘れていた。
冷静に淡々と仕事をこなすカヨコの存在を。
足元に何かが転がる音が聞こえた。視線をおろすと、そこには無骨な形をした爆発物らしきもの。
「っ!!」
すぐさま後方に跳躍し、爆発物から離れようとするも、それよりも早く、爆発物らしきものから黒い煙幕が吹き出し、小鳥の周囲が煙で覆われた。
(スモークグレネード。視界を奪われましたか)
「小鳥ちゃん!!」
煙幕の外から、風紀委員の1人が叫ぶ。
視界が奪われたのは小鳥だけではない。援護射撃を行っていた風紀委員もまた、小鳥の姿を視認する事ができず、迂闊に射撃を行えなかった。
「あらら……これは困ったでありますな」
しかし、視界が奪われても尚、小鳥は余裕の態度を崩さなかった。
「はいみんな傾聴〜!! 撃ってよ〜し!! 私諸共、撃ってよ〜し!!」
煙幕の中に響く小鳥の声。それを合図に、風紀委員は躊躇なく引き金を引いた。無数の銃弾が煙幕の中に吸い込まれる様に撃ち込まれハルカやムツキは無論、小鳥すらも蜂の巣にせん勢いで銃撃を行う。
そしてもう1人。スモークグレネードを使用し、煙幕を張った人物すらも風紀委員の銃弾に被弾し、小さく呻き声を漏らした。
「……見つけた」
声の発生源を、銃声響き渡る煙幕の中から聞き取り、煙幕の揺らぎを視界に捉え、その一点に向けて手を伸ばした。
何かを捉える感覚。柔い感触を鷲掴みにし、それを近くの壁に叩き付ける。
確かな手応え。そして、壁に叩き付けられた時に漏れ出た声。間違いない。ムツキでもハルカでもない。無論、後方で狙撃支援を行っていたアルでもない。
「ハロハロ~カヨコ先輩。よくも煙幕で視界を塞ぎやがったでありますなぁ」
派手に立ち回る二人を他所に、静かに忍び寄り、スモークグレネードで視界を塞ぎ、その隙に仕留めようとしたのだろう。
作戦としては悪くない。少なくとも、相手が小鳥でなければこれで決まっていただろう。
視界不良の中、下手に同士討ちを恐れて引き金を引く指に抵抗が生まれるのは仕方のない事だ。だが、小鳥の事を理解している風紀委員からすれば、諸共と命令を受ければ躊躇いなく引き金を引く。その程度の信頼を得ていると小鳥は自負していた。
そして、結果的に無防備に接近したカヨコは風紀委員の銃弾に被弾し、小鳥に位置を特定されたのだ。
「……くっ、この!!」
苦し紛れに銃口を向け、発砲するも、小鳥は意に介さない。それどころか、弾倉が空になるまで撃ち切るのをカヨコの苦しむ表情を観察しながら待った後、マスク越しに分かるくらいに笑みを浮かべて首根っこを掴んだ腕を固定台変わりにSGを乗せ、銃口をカヨコの顔面へと向けた。
「はは、良いでありますなぁ」
味方の銃弾に被弾しながらも、それすら意に介さない。頑丈すぎる。そして、自身の身の安全など二の次で、敵を仕留める事を最優先とする姿勢。はっきり言って異常だ。
カヨコは拘束から抜け出そうともがくが、小鳥の腕が離れる事はない。身長差のせいでカヨコの身体が若干浮いている事が力が上手く入らない事もあるが、それを差し引いても小鳥の腕力は常軌を逸していた。
カヨコは抵抗を止め、静かに口を開く。そして、その口から紡がれた言葉は、小鳥にとっても予想だにしていなかった言葉だった。
「ムツキ!! 私ごとやって!!」
「っ!! ははっ!!」
抵抗は無意味。ならば此方も多少の被害は覚悟しなければならない。カヨコもまた、ムツキを信頼した上で諸共の作戦を決行したのだろう。
思わぬ判断力に対する歓喜。その僅かなラグが、カヨコを仕留めるタイミングを逸した。
背中に感じる衝撃と熱感。更に左右に振られるように爆発音が鳴り響き、流石の小鳥も体勢を崩した。そこに更なる追撃が襲い掛かる。
頭部、脇腹、首……至る所に鈍い衝撃と鋭い痛みが走る。ムツキの爆弾に加え、ハルカが得物を鈍器として使用し、小鳥の身体を滅多打ちにしたのだ。
二人の流れるような攻撃。完全に体勢を崩した小鳥に、カヨコは自身の首を鷲掴みにしていた腕を両手で掴むと、そのまま跳躍と共に足を屈曲させ、小鳥の腹部を思い切り蹴り飛ばした。
丁度鳩尾と臍の間に踵がめり込み、堪らず蹴り飛ばされる。喉元に胃液が逆流する感覚。鼻にツンとくる臭い。それらを感じ、小鳥は吹き飛びながらマスクの下で笑みを浮かべ、壁に激突する寸前に足と腹筋に力を入れ、何とか踏みとどまった。
爆発によって煙幕が晴れていく。そこには服の所々が焦げてボロボロのカヨコと、カヨコを庇う様に立ち塞がるムツキとハルカ。皆が皆、それぞれダメージを受けてはいるが、未だに健在だ。
三人からすれば、この煙幕が晴れる前に小鳥を再起不能にしたかっただろう。詰めが甘かったとは言わないが、心の何処かで過小評価していたのかもしれない。
ヒナがいない風紀委員は……という認識が小鳥という異端の存在を薄めたのは間違いないだろう。
仕切り直しだ。そう思いながら、三人の動向を視界に捉えながら弾薬を再装填する中、銃声と共に視界がブレた。
側頭部に一撃。『あっ』と間の抜けた声が漏れ、身体が宙を浮く。
(ははは、しまったなぁ。忘れてたなぁ。ついつい楽しくて、嬉しくて、忘れていたなぁ。なんで忘れてたかなぁ)
そのまま倒れる……事はなかったが、フラついた姿勢から体勢を立て直し、自分を撃った相手へと視線を向ける。
煙幕が晴れたのだ。当然、アルの狙撃にも意識を割かなければいけなかったのに、失念していた。
だが、問題ない。多少ダメージは入ったがそれだけ……
「……えっ」
狙撃された箇所に更なる衝撃と爆発音。視界が遮断され、思考が追いつかない。
「え……なにゆえ?」
アルが放った弾丸が爆発し、視界が遮られた。
何故?
今、私は何をされた?
答えの出ない疑問に思考を割いている中、アルが叫ぶ。
「戦略的撤退よ!! みんな下がりなさい!!」
その叫びに、ムツキとハルカは即座に反応し、カヨコをつれてアルのいる場所まで後退した。そして、煙幕が晴れた後に、小鳥以外の誰もいなかった。
それが意味する事は……。
(あぁ、なるほど。そういう事ですか)
路地裏を出ると、アル達が路上に止められていた車―彼女達のものかは定かではないが―に乗り込み、エンジンをかけていた。
車から此方を一瞥すると、猛スピードで走り出す。
小鳥はボロボロになって被り物としての機能を失ったマスクが地面に落ちるのを気にも留めず。近くにあった道路標識の支柱に銃口を向けて発砲した。
支えを失った標識、それを支柱ごと持ち上げた小鳥は、それを逃走する車に向かって……
「カヨコ!! もっと飛ばせないの!!」
「無茶言わないで!! これでも限界なの!!」
撤退を決め込んだ便利屋68は、運よく路上に止められていた車を拝借し、逃走を図っていた。
運転はカヨコに任せ、アルは助手席に、ムツキとハルカは後部座席で風紀委員の追跡を警戒していた。
運が悪かった。風紀委員会に小鳥が加入した事は知っていたが、彼女自身、サボリ癖が酷く、今回の様な本格的な戦闘は初めてだった。
無論、それを想定して対策は練っていたのだが、いざ相対してみると彼女は予想を遥かに上回る強さだった。
ハルカと同等かそれ以上の膂力。臨機応変の対応力。四人を相手にほぼ一人で立ち回る実力は、ヒナに劣るものの、それに次ぐ実力者と言えた。
何より、あの状況を心の底から楽しむ姿勢。それは戦闘狂という言葉で収めるにはあまりにも異質だった。
「不死川 小鳥。ゲヘナの不良達でいろんなあだ名で恐れられていたけど……まさか、あんなに強いとはね」
「狂犬に狩人に死神……後はイカれた戦闘マシーンだっけ? 仰々しいなって思ってたけど、納得って感じだね」
「私も聞いたことがあるわ。後は……レッド・クリフだったかしら?」
「社長、多分それは悪口だよ」
「そ、そうなの」
「そうやってそれっぽいあだ名で悪口を言うくらいしか意趣返しが出来ないくらいに手が付けられないって事じゃないかな? 実際、私達も四人で立ち回って何とか逃げるのが手一杯だったし」
カヨコの言葉に、アルは納得して頷く。小鳥も風紀委員の援護を受けていたとはいえ、ほとんど1人で立ち回っていた。運よく誰も脱落する事はなかったが、少しでも判断を誤ったら、誰かやられていただろう。
「兎に角、今は少しでも此処から離れる事を優先しよう。流石に車に追いつく筈は……っ!! みんな!! 伏せて!!」
突然、カヨコが大声を上げながらハンドルを切る。次の瞬間、ガラスが割れる音と共に道路標識の支柱がリアガラスを突き破り、そのままフロントガラスをも突き破った。
「な、なに!! なに!! なんなの!!」
動揺するアルにカヨコは苦々しい表情を浮かべながらサイドミラー越しに背後から迫る影に舌打ちを漏らした。
「社長、悪い話がある。どうやら、あだ名通りにヤバイ風紀委員は、諦めていないらしいよ」