風紀の狂犬   作:モノクロさん

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切り離された理由

 小休止にと、人気の無い公園のベンチに腰掛け、小鳥はぼんやりと景色を眺めていた。レンはキャリーケース内で保冷剤を抱き枕代わりに寝ており、スヤスヤと寝息を立てている。

 

 コンビニで購入した飲料水を口に含む。乾いた喉を潤し、額から流れ落ちる汗をタオルで拭う。

 

 以前、アビドスを訪れた時の経験から、目的地まではまだ時間がかかる。小鳥は携帯を取り出すと、時刻を確認する。現在地を示す地図の表示を見ると、この調子で進めば夕方頃には到着するだろう。

 

(さて、もう一踏ん張り頑張りますか)

 

 小鳥は携帯をポケットに仕舞うと、再び水分補給の為に飲料水を口にした。

 

 ベンチから立ち上がり、軽く背伸びする。そして、小鳥は再び歩き始めた。

 

 砂に塗れた整備の行き届いていない道路。キャリーケースがガタガタと揺れる。寝心地は決して良いとは言えない。

 

(レンちゃんは大丈夫だろうか?)

 

 ふと、そんな考えが頭をよぎる。しかし、その考えはキャリーケース内から聞こえた声によって掻き消された。

 

「小鳥〜」

 

 キャリーケースからの声に、小鳥は足を止めた。そして、キャリーケースを開けると、レンが寝転がったまま口を開く。

 

「起きちまった〜アイス食ってもいいか〜」

 

「良いですよ。開けましょうか?」

 

「お〜頼む〜」

 

 クーラーボックスにしまっていたアイスの箱を取り出し、レンに差し出す。彼女は嬉しそうにアイスを受け取ると、蓋を開けて食べ始めた。

 

「あぁ〜美味いなぁ〜」

 

「それは良かった」

 

 小鳥が微笑むと、レンはアイスを食べながら口を開いた。

 

「なぁ〜小鳥〜」

 

「はい?」

 

「ジュースも飲みて〜」

 

「はいはい」

 

 レンの我儘に、小鳥は笑みを浮かべて応える。ジュースを取り出して蓋を開けた状態のものをレンに渡した。

 

「アイス持っててくれ〜」

 

「了解です」

 

 レンのアイスを受け取り、ジュースを飲む様子を眺める。喉を鳴らしながら飲み、ぷはぁと一息つくと、レンは笑みを浮かべた。

 

「やっぱ炭酸飲料は最高だな〜」

 

「それは良かったです」

 

 レンの視線がアイスへと向けられる。それを察し、アイスをレンの口元まで近付けると、レンは嬉しそうにアイスを頬張った。

 

「うめぇ〜」

 

「それは良かった」

 

 アイスを食べ、ジュースを飲み、それを交互に繰り返しながら、レンはアイスを完食して満足気な表情を浮かべた。そんなレンの口元をハンカチで拭きながら、小鳥は口を開く。

 

「レンちゃん」

 

「んぉ〜?」

 

「アビドス高等学校までは、もう少し時間がかかるかもしれません。それまで、しっかり休んでくださいね」

 

 小鳥がそう言うと、レンはキョトンとした表情を浮かべた後、満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「お〜任せろ〜」

 

 レンの言葉に、小鳥も笑みを浮かべる。そして、再びキャリーケースを引いて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 何度か休憩を挟みながら移動を続け、日が沈みかけた頃。小鳥達は漸くアビドス高等学校に到着した。

 

 シャーレの先生に会う為に一度訪れた事のあるアビドス。あの時は遠目にしか見えなかったが、こうして近くで見ると、その荒廃した様子がよく分かる。

 

 いや、寧ろあの時に見た時よりも、校舎の彼方此方に銃撃戦の痕が見受けられ、カタカタヘルメット団の襲撃に備えたバリケードは所々崩れており、校舎もボロボロだ。

 

 正面玄関近くのバリケードはなんとか無事だが、それも、次の襲撃に耐えられるかどうか。

 

 何か様子がおかしい。

 

 コレが、切り離された世界の歪みである事は、小鳥もなんとなく察したが、それにしてもこれは異常だ。

 

 小鳥は改めて携帯を取り出し、日時を確認する。シャーレの先生がアビドスを訪れた日付と照らし合わせると、1日のズレがある。

 

 情報部の話によると、先生がアビドスに来た後、カタカタヘルメット団の襲撃があり、先生の指揮の元、彼女達を撃退。そして、アビドスの借金問題を解決するべく奔走した。

 

 それが、小鳥の知る情報だ。しかし、これはどういう事だろう?

 

 小鳥は周囲を見渡しながらレンに声をかけようとしたその時、背後から気配を感じた。小鳥が振り返ると、そこには見覚えのある学生が立っていた。アビドス制服を着ており、その手には銃器が握られている。

 

「誰よあんた。ヘルメット団の仲間?」

 

 獣耳をした少女が、鋭い眼差しを向けてくる。小鳥は手を挙げて無害である事を主張しつつ、口を開いた。

 

「いいえ、私は見ての通り、アビドスの自治区を観光に来ただけの一般人です。貴女達はアビドスの生徒でしょうか?」

 

 小鳥の問いに、獣耳の少女は、隣にいたメガネの少女と顔を見合わせる。いかにも怪しいが、本当に観光客の可能性もある。

 

「そうだけど、それが何?」

 

 獣耳の少女が答えると、小鳥は笑みを浮かべた。

 

「良かった。実は、此処まで来たのは良いですが、帰り道が心配だったのです。もし宜しければ、案内を頼めますか?」

 

「え? あぁ、うん。それは良いけど……でも、今はダメ。またヘルメット団の襲撃があるかもしれないし、今から帰るにしても、夜になっちゃう。明日の朝なら……」

 

「そうですか。分かりました」

 

 小鳥がそう言うと、持っていた銃を獣耳の少女に渡した。

 

「え?」

 

 驚く少女に、小鳥は言葉を続けた。

 

「親切にして頂いたお礼です。何より、そちらにも何やら事情がある様子。差し支えないのでしたら、お話を聞いても良いでしょうか? それに、銃を取り上げていれば、幾分か安心もするでしょう?」

 

 小鳥の言葉に、2人は再び顔を見合わせた。そして、意を決した様に頷くと、少女に目配せをする。すると、獣耳の少女は頷いて口を開いた。

 

「分かったわ」

 

 少女がそう言うと、メガネをかけた少女も頷き、小鳥を校舎の中へと案内する。小鳥はそれに続きながら、キャリーケースをガラガラと押して生徒達の後を追った。

 

 校舎の中は、外と比べると比較的綺麗だが、やはり所々で銃撃戦の痕が見られた。案内されるがままに辿り着いたのは、今は使われていない教室だった。

 

「さぁ、入って」

 

 獣耳の少女に促されるまま、小鳥はキャリーケースを端に置きながら教室に入る。すると、2人の生徒が小鳥に視線を向けた。

 

「すみません。今、先輩達は席を外しているんです。少ししたら戻ってくると思うので、座って待っていて下さい」

 

 メガネをかけた少女がそう言うと、小鳥は頷いて教室の中を見渡した。

 

 使われてない事もあり、机や椅子はまばらで……恐らくはバリケード用に外に運ばれているのだろう。

 

 小鳥は適当な椅子に座ると、2人の少女に視線を向ける。すると、彼女達は警戒したように身構えた。その様子を見て、小鳥は苦笑する。

 

「警戒しているのは分かりますが、どうかご安心下さい……なんて、知らない人にそんな事を言われても信用ならないですよね」

 

「まぁ……そうね」

 

 獣耳の少女が警戒した様子で答えると、メガネの少女は慌てたように口を開いた。

 

「す、すみません!! そういう意味ではなく……えっと、その……」

 

「あはは、いえ。当然の反応ですよ」

 

 慌てる少女に、小鳥は笑いかける。すると、獣耳の少女はため息を吐いた。

 

「あのね……警戒してるのは貴女に対してだけじゃないから」

 

「あぁ、先程のヘルメット団とやらもですか。見た所、随分と被害にあっている様子でしたが、いったい何があったのでしょうか?」

 

 小鳥の言葉に、2人は少し考えた後、獣耳の少女が再び口を開いた。

 

「あんた……本当にアビドスに観光に来ただけなの?」

 

「えぇ、勿論です。と、言いたい所ですが、少し違います」

 

「……どういう事?」

 

 獣耳の少女は怪訝そうな表情を浮かべ、小鳥は微笑んだまま言葉を続ける。

 

「知人から頼まれたんです。昔、世話になったアビドスの様子を見てきて欲しい……と」

 

「知人?」

 

 獣耳の少女が首を傾げると、小鳥は頷いて言葉を続けた。

 

「えぇ……ですが、いざアビドスまで来てみれば、半壊したバリケードにお2人が話していたヘルメット団。これは、何かあったのではないか……と」

 

 小鳥の言葉に、獣耳の少女は言葉に詰まる。彼女達からすれば、何処まで話していいのもかと、悩んでいるのだろう。暫しの沈黙の後、獣耳の少女は口を開いた。

 

「私……いや、私達も詳しくは知らないわ。ある日突然、ヘルメット団が現れて、此処を占拠しようとしてきたの」

 

「それで、バリケードを築いて抵抗してきたと」

 

「えぇ。でも、まともに補給も出来ない状態だから、どんどん追い詰められて……」

 

 獣耳の少女がそう言うと、メガネの少女は俯いたまま言葉を続ける。

 

「それで、連邦捜査部の先生に救援の書面を送ったのですが……」

 

「……まさか、来なかったのですか?」

 

 小鳥の言葉に、メガネの少女はこくりと頷く。獣耳の少女も小さくため息を吐いて言葉を続けた。

 

「あんたの言う通り、連邦捜査部の先生は来なかった。私達の救助要請を、無視したのよ」

 

「それは……何故?」

 

「知らないわよ!! でも、助けが来ないなら、私達で頑張るしかないじゃない。此処は私達の学校なのよ。私達が守らないで、誰が守るっていうのよ!!」

 

 獣耳の少女が叫ぶと、メガネの少女はビクリと身体を震わせる。その様子を見て、小鳥は口を開いた。

 

「成程……事情はよく分かりました」

 

 この世界が切り離された理由が分かった。アビドスに先生が来なかった世界。孤立無援のまま、学校を守り切る事が出来なくなった世界。

 

 2人の遣り取りで、自身の知る記憶との擦り合わせにより、頭の中に構図が描かれていく。

 

 ヘルメット団による襲撃と支援もなく補給もままならず弾薬が尽きかけた状況の中、アビドスの生徒達は必死に抵抗を続けたが、やがて限界を迎え……そして。

 

(黒服との取り引きに応じてホシノさんが犠牲となった世界線か……)

 

 小鳥は目の前の2人を見ながら、そんな事を考える。そして、小さく息を吐いた。

 

 本来なら、先生の指揮の元、ヘルメット団を返り討ちにしたアビドス。しかし、今回は先生の指揮がなく、ギリギリの所で守り切った所だろう。

 

 ホシノ達がいないのは、消費した弾薬や医療道具を補充する為に、買い出しに出ている所か。

 

 ならば、今のこの状況は……

 

「小鳥〜」

 

 キャリーケースの中からレンの声が聞こえる。驚いて視線を向ける2人を他所に、小鳥はキャリーケースに近付いた。

 

「レンちゃん。どうしましたか?」

 

「お〜気を付けな〜」

 

「……来るのですか?」

 

「お〜」

 

 直後、メガネをかけた少女が持つ端末から警報音が鳴り響く。2人は驚くと、すぐさま端末に目を向けた。

 

「て……敵襲!!」

 

「ウソ……先輩達がいないのに」

 

「ど、どうしよう……」

 

 補給もなく、先輩達がいない中での襲撃に狼狽する2人を見て、小鳥はレンに声をかけた。

 

「レンちゃん」

 

「お〜」

 

「マスクを取って下さい」

 

「お〜あれだな〜パーティーグッズ用の」

 

「えぇ、非常時用に買っていて良かった」

 

「お〜そだな〜」

 

 レンはそう言うと、キャリーケースの中でごそごそと何かを取り出し、それを小鳥に手渡した。小鳥はそれを受け取ると、2人に向かって口を開く。

 

「すみません。お2人に提案なのですが宜しいですか?」

 

「な、何よ? 今、それどころじゃ……って、何そのマスク」

 

 獣耳の少女が訝しげな視線を向けてくる。小鳥は笑みを浮かべると言葉を続けた。

 

「いえいえ、何やら緊急の案件のようですからね。この状況は、私としても想定外でして」

 

「はぁ? 何を言って……」

 

「2人に提案があります。私を雇いませんか? 私なら、ヘルメット団を追い払う事が出来ますよ」

 

「「……え?」」

 

 2人は思わずぽかんとした表情を浮かべた。その反応を見て、小鳥は言葉を続ける。

 

「報酬は……このキャリーケースで引き篭もっているレンちゃんにお菓子やジュースを恵んで上げてください。後は……多少の我儘にも付き合って頂ければ幸いです」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!! 話が急すぎて……」

 

「可愛い猫耳のお嬢さん。宜しければ預けた銃を返して下さい」

 

「だから、話を」

 

「お願いします」

 

 小鳥が頭を下げると、2人は戸惑う様子を見せる。そして、メガネの少女が口を開いた。

 

「……わ、分かりました。ですが、素性も知らない貴女を信用するのは難しいので、雇うといった話は、先輩が帰って来てからで良いですか?」

 

「勿論です。無茶を言っているのは私ですからね」

 

 小鳥がそう言うと、獣耳の少女は躊躇いながら銃を返す。対して、銃を受け取った小鳥は、銃の中の弾を抜くと、それを改めて獣耳の少女に手渡した。

 

「な、何よこれ?」

 

「弾です」

 

「見れば分かるわよ!!」

 

 獣耳の少女がそう言うと、小鳥は再度口を開く。

 

「私に必要なのはコレだけですので。それで、敵は何処から?」

 

「えっと……正面玄関です」

 

「了解しました。では、お2人は此処で先輩方に直ぐに戻るよう連絡を取って下さい。まぁ、戻る前には終わらせますよ」

 

「えっ? あ、ちょっと!!」

 

 獣耳の少女の静止を無視し、小鳥は玄関の方に向かって走り出す。

 

 そう言えば、退院してからまともに運動していなかった。ちゃんと動けるだろうか?

 

 そんな事を考えながら、小鳥は走る。そして、正面玄関を出ると、バリケードを無理矢理突破しようと試みるヘルメット団の姿が目に入った。

 

 数は20人程度。リハビリにはちょうど良い。敵を見定め、小鳥はニヤリと笑みを浮かべた。その手に握られたパーティー用のマスク。金曜日に出没し、パリピを襲う恐怖の象徴。

 

「さぁ、パーティーを始めましょう」

 

 小鳥がそう言うと同時に、バリケードを強引に突破したヘルメット団が、小鳥に向かって銃を構えた。




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