ゲヘナ自治区
楽しかったなぁ、面白かったなぁ……
鼻歌まじりにパソコンを起動し、ディスプレイに映る監視カメラの映像を、まるで映画を観るかのように眺める。
画面に映るは風紀委員会のメンバーが、ダミーで用意した拠点を襲撃する光景。そこに目的の人物がいないと分かり、憤る者や、内心安堵の息を漏らす者など、反応は様々だ。その様子を、狂乱の不死鳥こと、この世界線の不死川 小鳥は、愉快げに笑いながら眺めていた。
「あはは、凄いなぁ。これでもう5つ目だ。シャーレの先生。貴方が来てから流れが変わったなぁ」
そう言って、思わず舌なめずりをする。新しい玩具を見つけた時のような高揚感が胸の内を熱くさせ、彼との遊戯を心から楽しみたいと、そう思っていた。実際、彼がゲヘナに来てからというもの、風紀委員会の動きは凄まじく、ダミー拠点に身を寄せていた際にイオリ率いる部隊と交戦となったが、撤退を選択する事になるとは夢にも思わなかった。
これも先生の指揮の賜物か?
「ふふっ、良いねぇ、良いねぇ、良いですねぇ。楽しいがいっぱいなのは、凄く良い事なのですよ……でも」
マウスを操作し、ゲヘナ自治区の監視カメラを切り替えながら首を傾げる。
「なんでヒナ先輩、ゲヘナから離れるんだろう? 場所は? 目的地は? アビドス? なんで?」
ヒナの行動を不審に思うが、その疑問は直ぐに氷解した。
「あぁ、そういう事かぁ」
パソコンを駆使し、アビドスにまつわる情報をまとめ上げていく中で、とあるコンビニの監視カメラが目に留まる。
「へぇぇぇぇ、へぇぇぇぇ、へぇぇぇぇ……あっはっはっは!! あぁ、成程ですねぇ!! そうか、そういう事なのか!! まさかまさかまさかっ!! そんな事が有り得ようとは、人生とは何があるのか分かりませんねぇ!!」
小鳥は、ゲラゲラと笑い声を上げながら、映像に映った人物2人に焦点を合わせ、そして……
「巫山戯るなよ」
その一言で、小鳥の雰囲気は一変した。先程まで愉快に笑っていた人物とは思えないほど、その表情には怒りが満ち溢れている。
「巫山戯るな、巫山戯るなよ」
ギリッと歯軋りをし、小鳥はパソコンのキーボードを叩き始める。
「巫山戯るなよ、巫山戯るなよ、巫山戯るなよ、巫山戯るなよ」
まるで呪詛のようにその言葉を繰り返し、一心不乱にキーボードを叩き続ける。既に壊れて使い物にならなくなったキーボードを更に叩き続け、ヒビが入り、キーが飛び出し、それでも尚、小鳥は止めない。
「巫山戯るな、巫山戯るなよ……私を差し置いて、何処の私か知らないが……この世界の!! この世界線のヒナ先輩は!! 私のだ!!」
小鳥はそう叫ぶと、キーボードを床に叩き付け、そのまま画面を凝視する。
「巫山戯るなよ、巫山戯るなよ、巫山戯るなよ!! 私のヒナ先輩に手を出すな!! 私だか何だか知らないが、勝手な事をするなっ!!」
怒りを顕にしながら、小鳥は画面に映る自分自身を睨み付け、自身の頭を握り潰す勢いで、頭部をガシガシと搔き毟る。
「目的はなんだ、違う世界線、此処にきた理由は、理由? そんなの決まっている!! 私だ!! 私だからこそ理由なんて簡単だ!! ヒナ先輩なんだろう? 何があった何をした!! 違う違う違う!! ヒナ先輩は私のだ!! 私だけのものなんだ!! 誰にも渡さない、絶対に奪わせない!!」
小鳥はそう叫ぶと、椅子から立ち上がり壁に向かって走り出す。そのまま勢いよく頭を何度もぶつけ、額から血を流しながらも、その手を止めようとしない。暫くして、粘着性の音が鳴り響く中、荒い息を吐いた後、小鳥はまた椅子に座る。
「大丈夫だよぉ……落ち着いたからさぁ、自分だからこそ分かるよ。お前の世界線では、ヒナ先輩が大変な事になるんだろ? だから、それを防ぐ為に此処に来た。具体的な方法は分からないけど、私を此処に連れてきたのはお前か?」
小鳥はそう呟くと、深い溜息を漏らす。
「でもさぁ、ダメだよ。そんな事したら。お前なんだろ? 私の銃に銃弾を詰め込んだのも。それと同じ要領で私を此処に飛ばしてさぁ、うま〜く、調整したのかもしれないけどさぁ」
静止した画面に映る、小鳥と行動するレンをジッと見つめ、小鳥は呟く。
「お前だけは許さない。私の邪魔をするなら、誰であろうと容赦しない。そしてさぁ……」
そう言って、小鳥は舌舐めずりをした後、不意に天井を見上げた。
「今も私を見てるんだろ?」
アビドス高等学校
「っ!!」
見られた。気付かれた。この世界線の小鳥は、こちらの存在に気付いてしまった。その事実が、レンに冷や汗を流させる。
未来の歴史が更新される。変化のない歴史が大幅に変わり、このアビドスを巻き込む大きな変化が起きる。
有り得ない。此処までの変化は、予想の範疇を超えている。
予定を変更せざるを得ない。
時計を見る。深夜の時間帯。小鳥は隣で寝息をたてている。ヘルメット団の拠点を壊滅させた疲労が残っているかもしれないが、時間がない。
「小鳥……小鳥っ!!」
身体を揺り、無理矢理意識を覚醒させる。小鳥は寝ぼけ眼でレンを見るが、すぐに何かを察し、真剣な表情に変わる。
「どうかしましたか?」
「わりぃ、ミスった。今すぐ行くぞ」
「行くって……何処にですか?」
「黒服の所だ」
レンのその一言に、小鳥は目を見開いた。そして、同時に理解した。緊急を要する事態であると。
「分かりました。行きましょう」
小鳥は立ち上がると、レンと共に学校を出て、黒服のもとへと急いだ。
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