風紀の狂犬   作:モノクロさん

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狂犬vs暁のホルス

 レンを背負いながら、夜のアビドス自治区を疾走する。

 

 アビドス自治区の郊外にある、高層ビル。そこに黒服がいると言うレンの言葉を信じ、小鳥は走り続けた。

 

 レンの様子は、明らかに普段と異なる。それ程までに深刻な事態に陥っているのだろう。

 

 しがみつく力が自然と強くなり、背中に感じる体温は徐々に上がり、心臓の鼓動が早く、そして高く鳴り響いている。

 

 譫語のように『ごめん』『ミスった』『こんな筈じゃ』と呟き続けるレンに、小鳥は掛ける言葉が見つからない。しかし、せめて少しでも安心させようと、彼女の身体に負担がかからぬよう、慎重に走り続けた。暫くして、目的地が近くなるにつれて、レンの様子も落ち着きを取り戻していく。

 

 やがて、目的地である高層ビルの近くまで来ると、小鳥はレンを降ろした。

 

「着きましたよ」

 

「おぉ……わりぃ……」

 

 目的地まで走り続けた小鳥よりも、レンの方が汗を流している。その汗は、冷や汗か、それとも……

 

 ビルの中へと足を踏み入れると、エレベーターがひとりでに起動し、扉が開く。それに乗り込もうとした小鳥だったが、それをレンが制する。

 

「なぁ、小鳥」

 

「……えぇ、なんなりと」

 

「もうすぐ人が来るけどよぉ、絶対に此処で抑えてくれ。勝つ必要はねぇ、てか、多分勝てねぇ。何か聞かれても……いや、匙加減は任せる」

 

「そうですか……分かりました。レンちゃんも気を付けて」

 

「おぉ、私は大丈夫だ」

 

 レンはそう言うと、小鳥の側を離れ、エレベーターに乗り込むと、そのまま最上階のボタンを押した。

 

 扉が閉まり、レンを乗せたエレベーターが上昇を始める。それを見届けた小鳥は、エレベーターの前に立ち、入り口を塞いだ。

 

 今から来る人物が何者で、どんな目的で此処を訪れるのか、なんとなく理解した。

 

 『多分勝てねぇ』……あぁ、確かにその通りだ。

 

 彼女に勝てるビジョンが見えない。良くて時間を稼ぐのが精一杯だ。

 

 エレベーターが上昇し、最上階で止まる。今頃、レンは黒服と交渉している筈。

 

 そして、そのタイミングを見計らうかのように、ビルの入り口から、一人の少女が姿を現した。

 

「……あれ、こんな時間に、なんでこんな場所にいるのかな? 小鳥ちゃん」

 

「それは此方の台詞ですよ。黒服に会いに来たのですか? ホシノさん」

 

 ホシノは、小鳥の言葉に少し驚いたように目を見開いたが、直ぐにいつもの飄々とした雰囲気に戻る。

 

「……へぇ、黒服の事も知ってるのか。もしかして小鳥ちゃん、あいつの……」

 

「えぇ、私と彼は協力関係にあります。ですが、それが貴女と、何の関係があるのでしょうか?」

 

 小鳥の言葉に、ホシノは表情を一瞬消し、深い溜息をはいた。

 

「そっかぁ。そうなんだねぇ」

 

 そう呟き、ホシノは、笑顔を浮かべながら一歩ずつ小鳥に歩み寄る。

 

「まぁ、別に良いんだけどね」

 

「そうですか」

 

「そこ、どいてくれるかな? おじさん、黒服に用があるんだよね」

 

「申し訳ありませんが、此処を通すなと言われてまして」

 

「ふぅん、誰に? もしかしてレンちゃん? あの子も黒服の協力者だったりして」

 

「当たらずとも遠からず……ですかね」

 

 小鳥はそう言うと、ホシノとの距離を詰めるように一歩前に出た。その瞬間、ホシノが動いた。目にも止らぬ速さで小鳥の懐に飛び込むと、そのまま銃口を突き付ける。

 

「っ!!」

 

 腹部に狙いを定めた銃口が火を吹いた。その瞬間、小鳥は身体を捻って回避行動を取る。腹部を掠めるが、直撃は免れた。

 

「……へぇ、やるねぇ」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 冷静を保つよう努めるも、内心は動揺している。早すぎる。反応できなかった。殆ど反射的に動いた結果、事なきを得たが、次も上手く行くとは限らない。

 

 その上で、改めてホシノの実力を再確認する事が出来た。

 

 初めて直接話したあの時、小鳥は不思議に思ったものだ。何故、これ程の実力者が、カタカタヘルメット団に遅れをとっていたのかと。

 

 彼女がほんの少しでも本気を出せば、1人で壊滅させる事だって不可能では無かった筈だ。それこそ、襲撃した拠点のヘルメット団が、ホシノ1人に壊滅させられるくらいには。

 

 これが彼女の本気か……或いはその一端か。実力ならば、ヒナと同等と見た。しかし、小鳥は確信する。彼女はまだ本気を出していないと。ヒナならば、本気を出せば、もう終わっていたのだから。

 

「おじさんさぁ、今、ちょっと苛立ってるんだよね」

 

「奇遇ですね。私もですよ」

 

 片や、信頼しかけた相手が黒服の協力者だった事に。片や、それ程の実力を有していながら、自身の後輩達に負担をかけさせていたホシノに対して。

 

「だからさ、怪我しない内に此処を退いてくれないかな?」

 

「お断りします」

 

 一歩も引かない。引く訳にはいかない。小鳥はホシノを睨み付ける。

 

「はぁ……仕方ないなぁ」

 

 再び深い溜息を吐き出した後、ホシノの眼光が鋭くなる。あぁ、これが彼女の、本来の姿か。

 

「じゃあ、少し強引になるけど、許してね」

 

「えぇ、構いませんよ。そう言えば、まだ私は、貴女に正式な挨拶をしていませんでしたね」

 

 懐からマスクを取り出し、気持ちを切り替える。普段の嘴を模したマスクと違うものの、やはり、マスクを被っている方がしっくりくる。

 

「ゲヘナ学園所属、そして現在、黒服の協力者である小鳥です。以後、お見知り置きを」

 

 その挨拶を皮切りに、互いの銃口から弾丸が放たれた。当たらない。両者共に、引き金を引く瞬間から、既に回避行動を取っている。

 

 小鳥が引き金を引く頃には、ホシノはそこにおらず、代わりにその射線上の壁に弾痕が残される。

 

 至近距離からの銃撃戦。銃本体を用いた格闘術や体術による目まぐるしい攻防に、小鳥は翻弄される。

 

 ホシノが銃の持ち方を変え、引き金を引く。その瞬間、銃口から放たれた弾を躱す為に、小鳥は思い切り床を蹴りあげ、後方に飛びずさる。

 

 危なかった。あとコンマ数秒でも回避が遅れれば、直撃していた。

 

 被弾する事には慣れている。仮に被弾したからとて、ダメージになるかと問われれば、そこまでは問題ない。

 

 しかし、それはあくまでも被弾した際のダメージに限る。撃たれた事による一瞬の硬直。その一瞬が命取りになり得るのだ。

 

 ホシノもそれを理解しているから、一切の隙を見せない。射撃の反動を利用して体を捻り、続けざまに蹴りが放たれる。小鳥はそれを防ぐが、続けて放たれた前蹴りを躱し切れず、胸部に直撃する。

 

「ぐぅっ!!」

 

 衝撃で吹き飛ばされる中、小鳥は空中で体勢を立て直す。

 

 胸部を押さえながら、呼吸を整える。今ので肋骨にヒビが入ったか?

 

 頑丈さがうりのこの身体に、明確なダメージが刻まれる。やはり、強い。これがホシノの実力か……。

 

 ヒビ自体は直ぐに治る。頭蓋骨を陥没させられた時も、そう時間を置かずに治ったのだから、肋骨のヒビなど気にするまでもない。

 

 しかし、回復するまでの間、動きが鈍る事は避けられない。

 

 ホシノの射撃を避けながら、小鳥は徐々に後退して行く。そして、ビルの壁にまで後ずさった所で、遂に弾幕に捕らえられた。

 

 咄嗟に腕を上げて頭部を庇うが、その腕に弾幕が直撃する。痛みは殆ど無い。しかし、衝撃までは殺せず、小鳥は壁へと叩きつけられる。

 

 肺の空気が押し出され、思わず咳き込む。そして、その隙にホシノは小鳥の懐へと一瞬で移動し、銃口を小鳥に向けた。

 

「チェックメイトだよ」

 

「……えぇ、そうですね」

 

 何も出来なかった。何もさせてもらえなかった。やはり、ホシノは強い。

 

 ……だが。

 

「時間は十分に稼ぎましたよ」

 

 エレベーターの扉が開く音に、小鳥は笑みを浮かべた。




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