風紀の狂犬   作:モノクロさん

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狂犬vs狂乱

 混乱に陥ったアビドスの街並みから少し外れただけで、銃声は何処か遠くに感じ、辺りは静寂に包み込まれる。

 

 小鳥は目的の場所へと辿り着き、その中心で佇む人影を見据える。そこには1人の少女が佇んでいた。

 

 姿形も造形も、全てが瓜二つの自分自身。選択肢を違えたとはいえ、それだけは変わらなかったようだ。

 

 どうせなら、多少の変化があった方が、やりやすかったものを……。

 

 そう心の中で愚痴りながら、小鳥は銃を構える事なく、狂気に染まった笑みを浮かべるもう一人の自分へと歩み寄る。狂乱の不死鳥は、そんな小鳥を見据えながら、口を開いた。

 

「初めまして、私」

 

「えぇ、初めまして。私」

 

 狂気に染まった笑みが、より一層深まる。あぁ、成程。そういう事か。

 

「随分と、楽しそうでありますな。自分の思い通りに事が進んでいる事が、余程うれしいと見えますが……」

 

「えぇ、凄く楽しいですよ。貴女と違ってね。貴女が此処に来た理由はよく分かる。ヒナ先輩に、何かあったから此処に来た。そうでしょう?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と捉えますよ。貴女は選択を誤った。だからそれをやり直す為に此処に来た。いや、もう既に、この世界には先がないからこそ、此処で何かを得る為に、貴女は此処に来た。違いますか?」

 

 

「えぇ、まぁ……そんな所です」

 

 狂乱の不死鳥がニタリと笑みを浮かべる。小鳥はそんな狂乱の不死鳥に、淡々と言葉を返した。

 

 小鳥が此処に来た理由を見抜いた事に、狂乱の不死鳥は感心したように目を細める。観察眼は健在か。

 

 だが、その観察眼も、私からすれば児戯に等しい。見通す才能はあっても、それを活かす事が出来なければ意味をなさない。

 

 大体分かった。ネットで調べた情報も含めて、これなら簡単に事を進める事が出来る。

 

 そんな小鳥の心情を知る由もなく、狂乱の不死鳥は愉快げに笑う。

 

 自分が、自分の思い通りに事を進めている事が愉快で堪らないのだろう。その気持ちは分からなくもない。

 

 だからこそ、その態度があまりにも不愉快だった。選択肢を誤った事は認めよう。来る未来に備え、この世界を利用する罪も認めよう。だが、それでも尚、レンに手を出した事だけは、許容するわけにはいかない。

 

「……ですがまぁ」

 

「ん? なんですか?」

 

 小鳥の声に、狂乱の不死鳥が耳を傾ける。圧倒的な優位性に立っていると自負しているからこその傲慢な態度に、小鳥は内心、笑みを浮かべた。

 

「1人では何も出来ない貴女に、1人では何も選択できない貴女に言われる筋合いはないのですよ」

 

 小鳥の言葉に、狂乱の不死鳥はピクリと眉を上げた。その反応が、全てを物語っていた。

 

「そうでありましょう。狂乱の不死鳥……いや、それともこう言った方が良いでしょうか? 72柱が1柱……フェネクスと」

 

 小鳥の言葉に、狂乱の不死鳥は目を見開き、そして、思わず舌舐めずりした。

 

「へぇ……いつから気付いていた?」

 

 先程までの狂気に満ちた笑みは消え失せ、代わりに現れたのは、愉悦に歪んだ笑みを浮かべている。その姿を目にし、推測が正しかったのだと認識した。

 

 そもそも、1年前の小鳥は、自身の神秘に蝕まれていた。フェネクスが有する『死』と『再生』の権能による侵食。それが、ヒナとの出会いと縁によって侵食は緩和され、事無きを得た。

 

 しかし、この世界線の小鳥は、ヒナと対峙した後、矯正局に送られた。その間も神秘によって身体が蝕まれていたのは間違いない。

 

 だが、狂乱の不死鳥からは、フェネクスによる浸食は見られない。それでも、レンを攻撃した方法は、明らかにフェネクスの権限によるものだ。

 

 『死』の権限。それも、相手を死に至らしめるまではいかないものの、暫くの間は、相手を行動不能に陥らせる程の強力な力。

 

 侵食ではなく、別の形で、この世界線の小鳥は、フェネクスを受け入れたと考えるのが妥当である。

 

 ……つまり、

 

「貴女がレンを攻撃した時ですよ。あの攻撃は神秘によるもの。レンちゃん本人ではなく、レンちゃんの神秘を攻撃した。そうする事で、神秘と共存していたレンちゃん本人にもダメージがいくと分かっていた。それを知っているのは当然……」

 

「同じく、神秘と共存しているからこその芸当……成程、これは盲点でした。少なくとも、私であれば、それくらいは推察出来たというのを失念していましたよ」

 

 狂乱の不死鳥は、感心したように笑みを浮かべた。

 

「ですが、貴女は少し勘違いしているようです。私はあくまでも私です。フェネクスとは共存関係にありますが、主導権は私にあります」

 

「そうですね。貴女の……いや、狂乱ちゃんの行動原理は私と酷似しています。主導権が狂乱ちゃんにある事くらい分かっていますよ」

 

 これが、フェネクス主導であれば、レンは今頃……そう思いながらも、小鳥は狂乱の不死鳥を見据える。

 

「私は別に、狂乱ちゃんに害を為すつもりはありませんでした。ですが、貴女から仕掛けてきたのであれば、此方としてもそれなりの対応をせざるを得ません」

 

「えぇ、私でもそうします。ですが、どうするつもりですか? 私はフェネクスと共存関係。フェネクスと繋がりが薄い貴女とでは、力の差は歴然ですよ?」

 

「残念ながら、腕っぷしだけが勝敗を決める要因ではありませんよ? まぁ、経験の差ってやつですけどね」

 

「経験?」

 

 狂乱の不死鳥は、小鳥の言葉に首を傾げる。しかし、その瞳は小鳥を捉えて離さない。一挙手一動足見逃さない。そう物語っていた。

 

「えぇ、少なくとも、私は狂乱ちゃんより先の未来を経験しています。その上で、今回の貴女と私の決定的な違いというのを教えてあげますよ」

 

「それは興味深い。是非、お聞かせ願いたいものですね」

 

 狂乱の不死鳥は楽しそうに笑う。しかし、その目は真剣そのもので、油断も隙もない。

 

「では……そうですね。例えば、私と狂乱ちゃんの違いを教えましょう。ネットで調べましたが、貴女は出所を控えていながら七囚人の脱走の混乱に乗じて脱走した。そうですね?」

 

「……それが何?」

 

「私は違います。私はそのまま残り続け、刑期を終えて出所した。それが私と狂乱ちゃんの違いです」

 

 無論、嘘だが狂乱の不死鳥はその事を知らない。観察眼を持ってしても、気付かれないように注意すれば、誤魔化しなんていくらでも効く。

 

 自分と同じように、ヒナの下で風紀委員会に所属し、様々な経験をしていれば、嘘だと気付いたかもしれない。

 

 だが、そんな事はない。狂乱の不死鳥は知る由もないのだから。

 

「成程……それが貴女と私の違いですか」

 

「えぇ、これは大きな違いです。大方、フェネクスに唆されて脱走したのでしょうが……」

 

「……っ」

 

 反応したな。甘いなぁ……この世界線の狂乱ちゃんは。

 

 最早、狂乱ちゃんは、私の掌の上だ。

 

「……はぁぁぁぁぁぁぁ……クソデカ溜息案件ですよ。全く、何が共存ですか」

 

「な、何を……」

 

「狂乱ちゃんはフェネクスに唆されて脱走した。そのせいで貴女は、これからの人生の9割5分以上を損するって話ですよ」

 

「…………え? え、どういう……え?」

 

 狂乱の不死鳥が戸惑ったように私を見る。良い顔だ。先程までの愉悦に歪んだ笑みは何処へやら。今は、ただ困惑している。

 

 視線が忙しなく動いている。恐らくは、フェネクス辺りに『話を聞くな!!』とでも言われたのだろう。

 

 だが、その命令は意味を成さない。フェネクスが何を言おうとも、私の言葉の方が強いのだから。

 

「仕方がないから教えて上げましょう。もしも狂乱ちゃんが刑期を終えての出所を果たしたならば、そこに誰が来たと思いますか?」

 

「……え、ま、まさか……そんな……そんなっ!!」

 

 狂乱の不死鳥の顔が青褪めていく。それはそうだろう。だって、この世界線の私は、私と同じく一途なのだから。

 

「えぇ、狂乱ちゃんが刑期を終えた後、ヒナ先輩が迎えに来てくれたというのに。あぁ、勿体無い勿体無い」

 

「う、嘘だ……そんな……そんなの……」

 

 狂乱の不死鳥が膝から崩れ落ちる。その瞳には絶望が宿っていた。

 

 そんな彼女に近付き、同じ様にしゃがみ込みながら、小鳥は彼女の耳元で囁く。

 

「おやおやぁ〜先程までの余裕の表情は何処にいったのですかなぁ〜。ですが、良いですよぉ、その顔が見たかった〜」

 

 経験の乏しい狂乱の不死鳥の弱点。それは、ヒナが絡むと、狂乱の不死鳥は途端に冷静さを失う事だった。

 

 そしてそれに対する、煽り耐性が皆無である事も相まって、その効果は、あまりにも絶大だったのだ。

 

 此処から先はずっと私のターンだ。




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