風紀の狂犬   作:モノクロさん

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宴の終わり

 アビドス自治区に到着したヒナは、眼前に広がる光景に言葉を失った。

 

「これは……っ」

 

 ビルは倒壊し、瓦礫が辺り一面に広がっている。悲鳴や怒号が飛び交う中、カイザーPMCのオートマタが四方八方に銃を乱射し、市民は彼等から逃れる様に逃げ惑う。

 

 間髪入れず、建物が爆破され、黒煙が上がる度に悲鳴が木霊する。

 

 此処まで大規模な暴動を、まさか小鳥が扇動したとでも言うのだろうか?

 

 ヒナは咄嗟に、周囲の状況を正確に把握すべく、駅から1番近い所にある、高層ビルへと駆けた。

 

 中に入って、階段を利用する時間も勿体無い。ヒナは跳躍と共に羽を広げ、僅かな足場に着地すると同時に、そのまま駆け上がった。

 

 屋上に到着すると、より正確な情報が目の前に広がる。

 

 爆発は続いてはいるが、これは時限式の爆弾によるものだろう。そして、カイザーPMCのオートマタと、それと対峙するアビドスの生徒らしき姿。

 

 統制の取れた連携で、確実に鎮圧していく彼女達と比べ、オートマタは連携もまともに取れず、一方的に無力化されている。

 

 そして、彼女達とは別に、目まぐるしい勢いでオートマタを無力化させる生徒の姿。

 

 かつて要注意人物として名を挙げられた小鳥遊 ホシノ。彼女が1人で、多くのオートマタを処理している。

 

 ホシノに対して、思う所があったが、今はこの混乱の元凶を見つけ出す事が先決だ。

 

 もしもこれが、小鳥が扇動したものならば、必ず分かりやすい目印がある筈。

 

 アビドスの全域とまではいかないものの、広範囲に渡って暴れ回るオートマタと定期的な爆発音。

 

 それらが上手く組み合わさり、一箇所だけ、被害のない区画が視界に入った。

 

 恐らくそこに小鳥がいるだろう。

 

 何故、アビドスで騒動を起こしたのか、何故、カイザーPMCのオートマタを扇動したのか。その真意を知るべく、ヒナは被害のない区画へと向かうべく、再び羽を広げ、高層ビルから飛び立とうと身を屈めた。

 

 その時、ヒナの視界に1枚の紙が映った。態々置き石をしている事から、誰かに見てもらう為に用意したのだろう。

 

 まさか小鳥が?

 

 有り得ない話では無い。ヒナがアビドスに来る事を想定した上で、街中で起きている騒動を高所から把握すると予想し、点在する高層ビルにこれを仕掛けたならば、或いは……。

 

 ヒナはその紙を拾い上げ、文面に目を走らせる。違ったならば、それで構わない。しかし、書かれた内容は、ヒナが此処に来る事を想定して用意されたものだった。

 

『ヒナ委員長。後始末は貴女に任せます』

 

 文面に書かれていた一文を読み終えたヒナは、紙を折り畳み、懐にしまう。

 

 そして、改めて羽を広げ、目的の区画へと飛び立つのだった。

 

 

 

 

 1発の銃声が鳴り響き、小鳥の鼓膜を震わせた。小鳥が撃ったわけではない。狂乱ちゃんが、自らの額に銃口を向け、躊躇う事なく引き金を引いたのだ。

 

 放たれた銃弾は狂乱ちゃんの額へと被弾し、彼女の身体が大きく仰け反った。

 

 その瞬間、彼女の内側から感じたフェネクスの神秘が急速に弱まり、そして、それは霧散した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 狂乱ちゃんの身体から力が抜けると共に、フェネクスの残滓が、彼女の身体から離れていく。そして、その残滓は小鳥の身体を包み込み、そのまま、小鳥の体内へと吸収された。

 

 共存関係にあったフェネクスの権限を用いて自身を撃った。それにより、レンと同様に、神秘そのものにダメージを与え、その権能ごと、自身の身体から追い出したのだ。

 

 それにより、ダメージを受けたフェネクスの残滓が肉体を求め、同じ神秘を有する小鳥の体内へと取り込まれたという事だ。

 

 今の狂乱ちゃんの神秘は、ヘイローを維持する程度の力しか残されていない。フェネクスという神秘を失った彼女はもう、狂乱の不死鳥ではなく。

 

「あ……あぁ……」

 

 ただの、抜け殻だった。

 

「うぅっ……ひぐっ……うぁぁぁぁああ!!」

 

 ボロボロと、大粒の涙を流す。己の愚行が招いた結果に、狂乱ちゃんは涙を流し続けた。

 

「ごめん……なさい……ごめんなさい……」

 

 嗚咽混じりに、狂乱ちゃんは謝り続けた。

 

「ごめんなさい……ごめん……なさい……」

 

 彼女の泣き声は、小鳥の耳に届いていた。しかし、彼女はそれを気に留める事なく、ゆっくりと立ち上がると、そのまま踵を返し、広場から離れた。

 

 彼女の泣き声が、広場に響き渡る。謝罪の言葉が響き渡る。

 

 だが、それに答えるのは自分では無い。もうすぐ此処に、彼女が来る。後の事は、全て彼女に委ねよう。小鳥は、そう考えながら、広場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 此処に来るまでの間に、戦闘音が徐々に散漫的になっていくのを感じ、カイザーPMCのオートマタが殆ど無力化されたのだと実感したヒナは、後の事はアビドスの生徒達に任せても大丈夫だろうと判断した。

 

 無論、今回の一件が小鳥の扇動によるものならば、その賠償と復興支援はゲヘナが責任をとって然るべきである為、後日、彼女達に正式な謝罪をする必要があるだろう。

 

 それは構わない。これだけの騒ぎを起こしたのだ。その責任は、上に立つ人間が負うのが当然だからだ。

 

 今は彼女を、小鳥を見つける事が重要だ。

 

 目的の区画へと辿り着いたヒナは広場の中央で泣き崩れる小鳥を見つけた。

 

「小鳥」

 

 小鳥の名を呼ぶ。しかし、彼女はそれに答える事なく、泣き続けるだけだった。

 

 此処で何があった?

 

 ヒナはそう自身に問い掛けながら、ゆっくりと彼女へと歩み寄る。その間も、彼女は泣き続け、ヒナの呼び掛けに答える事は無かった。

 

 額からは血が流れている。

 

 撃たれたのか?

 

 いや、小鳥は撃たれた程度で、此処まで取り乱す事はない。

 

 あの手紙の主が、彼女に何かしたのか、それとも……思考を巡らせながら、ヒナは小鳥との距離を徐々に縮めていく。

 

 それでも、彼女はヒナに気付く事なく、ボロボロと涙を流し続け、謝罪の言葉を繰り返していた。

 

「ごめんなさい……ごめん……なさい……」

 

「……小鳥」

 

 出来るだけ視線が合うようにしゃがみ込み、彼女の名を呼ぶ。すると、漸くヒナの存在に気付いたのか、泣き腫らした顔をゆっくりと上げた。

 

 涙で潤んだその瞳は、ヒナを捉えて離さない。

 

「小鳥」

 

 もう一度、彼女の名を呼ぶ。すると、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「……ごめんなさい……私……」

 

 しかし、それ以上言葉が発される事はなかった。彼女は口を噤み、そして……

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 再び謝罪の言葉を繰り返した。

 

 そこから先の言葉は、彼女の本能が声に出して形作るのを拒んでいるのだろう。

 

 その言葉は、責任を押し付ける言葉だ。構って欲しかったからと、遊びたかったからと、私を見て欲しかった等と、そんな事を口に出した瞬間、これまで自身が犯した罪を、他人に押し付ける事になってしまう。

 

 だから、彼女は口を閉ざす。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 それでも、ヒナは彼女の口から聞きたかった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 そんな謝罪の言葉ではなく、彼女が本当に伝えたかった言葉を。

 

「小鳥」 

 

 再び彼女の名を呼ぶと同時に、その頬を両手で包み込んだ。

 

「大丈夫。貴女が、自分が悪い事をした事を後悔しているって、十分に伝わったわ。でもね、私は貴女の行った事を許す事は出来ない。それは、私1人で判断出来るものではないから」

 

 彼女の顔を、真っ直ぐに見つめる。

 

「ごめんなさい……ごめ、んなさい」

 

 涙で歪んだ視界の中でも、ヒナの優しい眼差しだけはしっかりと感じ取る事が出来た。

 

「うん、大丈夫。大丈夫だから。小鳥、貴女をこれから、ゲヘナに連れて帰るわ。それまでの間、私が側にいるから安心して」

 

 ヒナは小鳥を優しく抱き寄せた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 嗚咽混じりに、小鳥が謝罪の言葉を繰り返す。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

 ヒナは小鳥を優しく抱き締め続ける。彼女の体温と、鼓動を感じながら、少しでも彼女が安心出来るように、優しく、そして強く。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 小鳥の涙は止まらない。それでもヒナは、彼女を安心させる為に抱き締め続けた。

 

 その後、アコに連絡を入れたヒナは、アコの手配した車両に小鳥を乗せ、そのままゲヘナ自治区へと帰還した。

 

 そして、今回の一件が、小鳥の扇動であると発覚し、他にも余罪がある可能性を視野に入れ、暫くの間、彼女には矯正局ではなく、風紀委員会の本部にある特別牢にて預かる事が決定されたのだ。

 

 小鳥は抵抗せず、自らの罪を認めた。その姿を見て、彼女を知る者はこぞって首を傾げた。

 

 本当に彼女が、あの狂乱の不死鳥と恐れられた人物なのかと。

 

 ヒナは小鳥が矯正局に改めて送られるまでの間、彼女の監視を自ら志願した。

 

 もしも再び、特別牢から脱走し、自治区に被害を齎す事を鑑みれば、彼女を抑える事が出来るヒナが適任だろう。

 

 それにより、ヒナは通常の業務に加え、小鳥の監視という、多忙を極める事となるのだが、本人はそれを了承した。

 

 あの時、ヒナの前に現れ、街に被害を齎す程の騒動を引き起こした小鳥。

 

 何故、それに至ったか調べたヒナは、小鳥の過去を知り、そして、理解した。

 

 彼女は、孤独だった。

 

 誰からも理解されず、孤立し、そして周囲の罵倒をその身に受け続け、それがいつしか、被害者から加害者へと成り果てた。

 

 無論、それで許される筈もない。それでも、彼女には理解してもらえる人物が必要だった。

 

 あの時は、彼女を救う手立てはなかった。街を破壊し、過去にも多くの事件を起こした。彼女の沙汰をヒナ個人で処理する事が出来なかったのだ。

 

 しかし、今は違う。

 

 矯正局に送るまでの間、短い期間とはいえ、彼女と接する機会が増えた。1年越しとなったこの機会を、無駄にする事は出来ない。

 

 小鳥と向き合う事を決めたヒナは、失った時間を取り戻すべく、事件後も特別牢へと足を運ぶ。

 

 アビドス自治区の高層ビルに、ヒナへ向けた手紙に目を通しながら、そして核心へと至る。

 

 この筆跡が、小鳥本人のものであると。そしてそれが、小鳥であって小鳥ではない人物が書いたものだと。




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