風紀の狂犬   作:モノクロさん

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最後の選択

 狂乱の不死鳥と対峙し、彼女からフェネクスの残滓を取り込んだ小鳥は、アビドスの駅近くのホテルで、その身を休ませていた。ベットには寝息を立てるレンの姿。幸いな事に、彼女を襲ったフェネクスの攻撃は、レンの神秘であるクロノスを撃ち、共存関係にある彼女にダメージを与えるに至ったものの、命に別状はなかった。

 

 しかし、ホテルまで避難し、現在に至ってなお、彼女が目を覚ます様子はない。

 

 恐らく、フェネクスの『死』の権限により、クロノスと共に、レンの精神にもダメージが蓄積された事が原因だろう。このまま目を覚まさない可能性も考慮し、小鳥は愛銃を取り出し、銃口をレンへと向けた。

 

 銃弾は入っていない。狂乱の不死鳥がレンを攻撃した時、銃弾を使用したかどうかは不明だが、少なくとも、共存関係にあったフェネクスの権限を用いたことは間違いない。使用した権限が『死』であるのなら、相反するもう一つの権限である『再生』の権限を行使すれば或いは……

 

 だが、小鳥自身、フェネクスの権限を行使した経験がない。アリウス分校との戦いでは、神秘の顕現によるものであり、自身の力によるものではない。

 

 それでも、このままレンを放置するわけにはいかない。元々は自分が選択肢を間違えた事で起きた事なのだ。責任は取らなくてはならない。

 

 意識を集中させる。自身の内に眠る神秘へと繋がる感覚。それは神秘の権限によるものではなく、神秘と共存するものではない。

 

 小鳥のそれは神秘を従え、そして神秘の権限を行使するもの。その本質は、神秘との共存とは大きく異なるものである。目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしながら心を落ち着かせていく。意識を集中させ、フェネクスの意識と自身の意識を繋げていく。

 

 頭上に浮かぶヘイローの一部が音を立てて砕け、小鳥の意識の中に、1発の銃弾が構築されていく。その銃弾は小鳥の愛銃へと吸い込まれ、装填されると同時に、レンの頭部に銃口を向けた。

 

 銃弾は入っていない。だが、これで準備は整った。後は引き金を引くだけだ。

 

 自身の意識とフェネクスの意識を同調させ、銃弾を撃ち出すようにイメージを膨らませる。そして……

 

「…………ん、おぉ……小鳥ぃ」

 

 ヘイローが出現し、意識を覚醒させたレンの瞼がゆっくりと開かれる。それと同時に、銃口から一発の銃弾が放たれた。

 

「あっ」

 

 気付いた時には遅かった。今の今まで目を覚まさなかったレンが、最悪のタイミングで目を覚ましたのだ。止めようにも、既に引き金を引いてしまった上に、放たれた銃弾はレンの額に被弾してしまった。

 

 撃たれた当人であるレンは、額に受けた衝撃と、銃口を自分に向ける小鳥に、目を白黒させながら、ただ困惑するだけだった。そして、漸く自分が小鳥に撃たれた事に気付き、大粒の涙を零した。

 

「ゔ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ん"!! 何"故"撃"っ"だぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 私"ば味"方"だぞぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"」

 

 ボロボロと涙を流しながら、泣き叫ぶレン。そんなレンの姿を見て、小鳥は自分が取り返しのつかない事をしてしまった事を理解し、顔を蒼褪めさせた。

 

「あ、ちょ……ごめんね!! わざとじゃないんですよ!! 本当に……ほら、レンちゃん……ごめんね!!」

 

 レンの頭部に被弾した銃弾による被害はない。しかし、今のレンの姿を見れば、錯乱した小鳥に撃たれたと勘違いしてしまうのは無理も無い。小鳥からすれば、『再生』の権限で、狂乱の不死鳥によるダメージを相殺しようと思っての行為だったのだが、それを確かめる前にレンが目を覚ましてしまっては意味がない。

 

 必死に謝罪を繰り返し、何とかレンを泣き止ませようと奮闘する小鳥。撃たれた事があまりにもショックだったのか、小鳥の鼻孔をアンモニア臭が刺激する。レンは布団を濡らしながら、只管に泣き続けていた。結局、レンの泣き声は、小鳥が謝り続ける間中、響き渡り続けたのだった。

 

 

 

 

「小鳥のバカ……アホ……マヌケ」

 

「ごめんてレンちゃん」

 

「許さない」

 

「悪かったってば」

 

 漸く泣き止んだものの、布団を被ったまま出てこようとしないレンに、小鳥は謝罪の言葉を繰り返しながら、彼女の機嫌を直そうと必死だった。何とか宥めようとするものの、レンは一向に布団から顔を出す事はなく。途方に暮れた小鳥は、室内にある椅子に腰を下ろした。椅子の軋む音が、室内に響き渡る。

 

 小鳥はどうしたものかと考えを巡らせるが、何を考えてもレンの機嫌を直す方法が思い浮かばない。布団にくるまったまま出て来ないレンに、どうしたものかと頭を悩ませる。

 

 すると、布団から顔だけを出したレンが、口を開いた。

 

「…………クロノスから……伝言」

 

「えっ……クロノスから? 私に?」

 

「……小鳥に、直接言えって」

 

 クロノスから伝言とは、一体どういう事だろうか。小鳥はレンの言葉に首を傾げながらも、続きを促すように言葉の続きを促した。レンは、何度か口をもごもごとさせた後、布団で口元を隠しながら口を開いた。小鳥は、その言葉を聞いた瞬間、顔を蒼褪めさせる。

 

 何故なら、レンの口から飛び出したのは……

 

「……寝起きの失禁レンちゃん、眼福であった」

 

「…………おぉ」

 

 レンの言葉が終わるや否や、反応に困る小鳥に、レンは再び布団に顔を埋めてしまった。

 

 クロノスから伝えられたのは、小鳥が撃ち込んだ銃弾による被害ではなく、寝起きの失禁によってズボンと下着を濡らしたレンの姿への感想だったのだ。クロノスから伝えられた伝言に、小鳥は言葉を失ったまま、呆然とするしかなかった。

 

「…………レンちゃん」

 

「…………」

 

 返事はない。だが、もぞもぞと動いている様子から、無視しているわけではないようだ。

 

「下着とズボン、洗いますので脱いでください。そこだったら、クロノスから見られる事もないでしょう?」

 

 布団越しに、レンの身体がピクリと反応する。そしてゆっくりと起き上がり、小鳥の方を向いた。ジトっとした目つきで、レンは小鳥を見つめる。

 暫くの間、2人は見つめ合う。そして……

 

 レンは無言のまま再び布団の中に潜り込み、そのままゴソゴソと下着とズボンを脱ぐと、布団の中から腕だけを突き出した状態で小鳥にそれを手渡した。受け取った後、小鳥はレンが脱いだ下着とズボンを手に浴室へと向かい、洗濯籠に放り込む。布団はどうしようと考えながら、今度は替えの下着とズボンを荷物の中から取り出し、それをレンに渡した。

 

 受け取った下着とズボンを身につけ、再び布団から顔を出したレンは、そのままベッドの端に腰掛けた。漸く機嫌を直してくれたようだ。小鳥は安堵し、レンの隣へ腰を下ろした。

 

 暫くの間、小鳥とレンの間に会話はなかった。しかし、その沈黙を先に破ったのはレンの方だった。

 

「……あのな、小鳥」

 

 クロノスとの共有時の間延びした感じの口調ではない。どうやら便宜を図ってくれたようだ。その内容が内容なので何とも言えないが、今はありがたい。

 

「この世界線な、もって後、数日って所なんだ」

 

「数日……ですか」

 

 それはあまりにも短い。もしかすると、自分たちが関与した事により、その期限を早めてしまったのではないか。そんな考えが小鳥の頭を過るが、レンは首を横に振り、問題ないと告げた。

 

 元々そうなる運命だった。それが少し早まったからとて、此処に住まう者達に選択肢はない。それが切り捨てられた世界の運命なのだ。

 

 期限が少し短くなった。その程度の事でしかない。

 

 レンの言葉に、小鳥は絶句した。この世界の住人に選択肢はない。それがどれ程過酷なのかを、改めて認識する事になった。

 

 だが、小鳥達が関わった事により、変化したものは沢山あった。

 

 先ずはアビドス。本来ならば初日でのカタカタヘルメット団の襲撃により、アビドス高等学校を占拠され、その後になんとか取り返すも、まともな支援もなく、幾度の襲撃に疲弊した彼女達だが、ホシノがその身を黒服に捧げる事を条件に、借金の問題は一部とはいえ解決するも、その後のカイザーPMCの侵攻により、自治区と学校を両方失い、皆がバラバラになる運命だった。

 

 それが、黒服の取引と狂乱の不死鳥の扇動によるカイザーPMCの暴走により、状況は改善され、彼女達は今後、残り少ない借金の返済と自治区の復興に尽力を尽くすという、未来へと変化を遂げた。

 

 そして、ゲヘナに関しては、小鳥達の介入により、狂乱の不死鳥はアビドスでヒナによって拘束され、風紀委員会本部の特別牢に一時収監され、余罪を含む罪状が判明次第、改めて矯正局に送られる事となった。

 

 本来ならば、シャーレの先生と共に、風紀委員会の総出で狂乱の不死鳥と対峙し、多くの損害を出しながら、最終的にはヒナとの一騎打ちをもって、漸く鎮圧され、そのまま矯正局送りとなった。

 

『楽しかった……また遊ぼう』

 

 その言葉を最後に、狂乱の不死鳥は一切の反省の色もなく、再び脱走する旨を告げ、そして……そのまま二度と、戻ってくる事はなかった。

 

 誰からも理解されず、ついにはヒナにすら、その心を理解される事なく、狂乱の不死鳥は、この歴史から姿を消し、その後の詳細は明らかとなる事はなかったのだ。

 

 それが例え、己の神秘であるフェネクスの甘言によって唆された者の末路であろうと、その末路はあまりにも悲惨で、救いがない。

 

「……なぁ、一応言っておくが」

 

「……はい」

 

「もって数日だ。その運命から逃れる事は出来ねぇ」

 

「……はい」

 

「逆に言えばだ。多少の事なら、手を加えても問題はねぇんだ」

 

 未来を大きく変える事となる1発の銃弾とは異なり、1人の人間のちょっとした行動の変化程度なら、それは許容の範囲内と言えよう。

 

 本来なら、それはレンが最も忌避するものだ。しかし、それでも、レンは小鳥に問いかけた。

 

「なぁ、小鳥は何をしたい?」




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