風紀の狂犬   作:モノクロさん

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誤字報告ありがとうございます。
訂正させて頂きました。


また明日

 狂乱の不死鳥を拘束した後も、ヒナの生活に変わりはない。何時ものように自治区内を巡回し、大量の書類にペンを走らせる。執務室にはヒナ以外に誰もいない。静寂に包まれた室内で、ペンの走る音だけが響く。

 

 書類にサインをし、判子を押し、そしてまた次の書類へ。その繰り返しだ。

 

「……ヒナ委員長」

 

 ふと、ヒナの手が止まる。そして、ペンを机の上に置き、ゆっくりと顔を上げるも、そこには誰もいない。気のせいかと、ヒナは書類に再びペンを手に取ろうとしたその時だった。視界の端に、見覚えのない箱がテーブルの上に置かれていた。

 

 それは、スイーツ店やカフェのケーキを持ち帰る際に用意されるケーキボックス。先程まではそんな物は置かれていなかった筈なのだがと不思議に思いながらも、ヒナは席を立ち、その箱に近づいた。

 

 そして、箱に手を伸ばして蓋を開けると、そこにはショートケーキが2つ入っていた。

 

「…………そう」

 

 ヒナは、ショートケーキを見て全てを悟った。この箱を置いたのが誰なのかも。そして、その人物が何を望んでいるのかも。ヒナはその箱を手に、執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 風紀委員会本部に設けられた校則違反者達を一時的に収容する特別牢。そこに、狂乱の不死鳥こと、小鳥が収容されている。

 

 ゲヘナで起こした多数の爆破事件や、アビドスで行った自治区への襲撃の扇動。それらを行った罪以外にも余罪の有無を確認する為に、彼女は一時的ではあるが風紀委員会本部の特別牢に収容される事となったのだ。

 

 脱走を視野に入れ、全身を拘束具で拘束された小鳥は、牢の中に唯一設けられたベッドに横たわる。

 

 その瞳には、一切の光がない。まるで、生気を失ったかのように動かないその姿に、狂乱の不死鳥と恐れられた面影はない。

 

 もぬけの殻となった彼女は、ただ虚空を見つめていた。

 

 そんな彼女の元に、1人の生徒が歩み寄る。ヒナだ。彼女は牢の扉を開け、小鳥が収容されているベッドへと近づくと、ベッドの端に腰掛ける。

 

「小鳥」

 

「…………」

 

 返事はない。しかし、ヒナの声に、虚空を見つめていた瞳に光が宿る。ヒナは、小鳥の瞳に宿る光を見て安堵する。

 

 その後も、ヒナは小鳥に話し続ける。他愛のない話だ。しかし、小鳥は話に耳を傾ける。小鳥は、ヒナの瞳を見た。その瞳には、敵意も、憎悪もない。ただ、優しく暖かな眼差しが向けられている事に気付くと、自身が犯した過ちの罪の大きさに、小鳥は改めて気付かされる。

 

 ヒナの優しさに甘え、自分の心の隙間を埋めようとした。その結果がこれだ。自分はなんて愚かな事をしてしまったのだろうか。そして、小鳥の頬を一筋の涙が伝う。その涙に気付き、ヒナはポケットから取り出したハンカチをそっと目元に押し当て、涙を拭う。

 

 ヒナは、泣き続ける小鳥の頭を優しく撫で続けた。時折聞こえる嗚咽に、ヒナは何も言わずに小鳥の傍に寄り添い続ける。

 

 どれだけの時間が経っただろうか。嗚咽が収まり、泣き腫らした顔をヒナに向ける小鳥。そんな小鳥に、ヒナは優しく微笑みかける。

 

 そして、小鳥が落ち着いた事を確認すると、ヒナは再び口を開いた。

 

 ヒナは、小鳥に告げる。これからの未来についてを。そして、その未来を変える為に、何をすべきなのかを。

 

 過去は変えられない。しかし、未来を変える事は出来る。犯した罪は消えずとも、それを償う事は出来るのだと。

 

 ヒナの話を聞いた小鳥は、静かに頷き、そして涙を流した。

 

 未来なんてない。消えゆく世界だ。それを知っている小鳥にとって、ヒナの言葉は、とても残酷なものだった。しかし、それでも……

 

 一通り話し終えたヒナは、小鳥に見えるようにケーキボックスを見せ、蓋を開ける。そこにはショートケーキが2つ。匿名の知人が置いていった物だ。ヒナは小鳥に、一緒に食べるかと問いかけ、小鳥はコクリと頷く。

 

 小鳥は拘束具で身動きがまともに取れない為、ヒナが小鳥の身体を優しく抱き上げて座らせ、ケーキボックスからショートケーキを取り出し、1口サイズに切り分ける。

 

 そして、それをフォークに刺し、小鳥の口元へ。小鳥は口を開けてそれを頬張り、咀嚼する。

 

 クリームとふわふわしたスポンジケーキの食感を味わいながら、小鳥は再びボロボロと涙を零した。

 

「美味しい?」

 

「はい……美味しいです」

 

 甘い……甘いのにしょっぱい。

 

 それは、小鳥が今まで味わったどの食事よりも美味しく、そして悲しい味だった。

 

 本来、体験する事のなかったヒナとの思い出。その思い出を忘れまいと、小鳥は心に深く刻み込む。

 

 ヒナと共に過ごすこの時間。これが永遠に続いてくれたらと、叶わぬ願いに想いを馳せながら、小鳥は涙を零した。

 

 この願いが叶う事はない。しかし、今だけはこの瞬間を、ヒナとの幸せな時間を噛み締めたかったのだ。

 

 …… そして、幸福の時は終わりを告げる。空になったケーキボックスを折りたたみ、ヒナは自身の職務に戻っていく。

 

 牢の扉を閉め、鍵をかけたヒナは、ゆっくりとした足取りで廊下を歩く。

 

 小鳥のいる牢から離れながら、ヒナは思う。これでよかったのだろうかと。

 

 足を止め、小鳥のいる牢へと振り返ったヒナは、小鳥に告げた。

 

「……小鳥」

 

『また明日』

 

 そう言い残し、ヒナは再び歩き出す。小鳥は牢の中で、彼女の言葉を聞き、静かに答えた。

 

「はい……また明日」

 

 小鳥の返答に、ヒナは笑みを浮かべ、再び廊下を歩き始める。

 

 そして、小鳥の返答と同時に、その時は来た。

 

 それを認識出来たのは、恐らく小鳥だけだろう。

 

 終わりが来たのだ。この世界は、間もなく消滅する。

 

 何故、自分がそれを認識できるのか不明だったが、すぐに理解することができた。

 

 自分が、この世界が切り離される事となった元凶だったのだ。故に、終わりを見届ける義務がある。

 

 いや、これは自分の罪なのだ。自分が犯した過ちの結末を、この目で見なければならないのだと、小鳥は悟った。

 

 光の粒子のように、世界を構成していたあらゆる物が、闇に溶けるように消えていく。

 

 絶望もなければ、恐怖もない。ただ、全てを受け入れて静かに目を閉じる。

 

 廊下の先を歩いてゆくヒナの姿すらも、光の粒子となって消えてゆく。

 

 ヒナは気付いていない。自分が消えてゆく事など、知る由もなかっただろう。

 

 光の粒子は徐々に視界を埋め尽くしていく。小鳥は、消えゆく世界の中で呟いた。

 

『さようなら。またいつか。いつか何処かで』

 

 その言葉を最後に、小鳥もまた光の粒子となって消失した。

 

 その間際まで、小鳥はヒナが消えていった方角を見つめていた。




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