風紀の狂犬   作:モノクロさん

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誤字報告ありがとうございます。
訂正させて頂きました。


1杯のスープ

 翌朝。小鳥は、重傷を負っていたアリウス分校の生徒を起こすと、身体に違和感がないか念入りに調べる事にした。

 

 神秘による怪我の治療が何処までの効果を齎すのか、それを確認しなければならない。

 

 幸いにも、後遺症や違和感といった症状はみられない。寧ろ、応急処置を施した他の生徒と比べると、傷の治りが早く、完治も時間の問題だろう。

 

 他の生徒達も顔色が良くなったのを見ると、小鳥は安堵し、ほっと息を吐く。

 

 恐らくはまだ、疲労が完全には抜けきれていないが、活動する分においては、支障はないといった感じか。

 

「朝食の準備をしますが、炊事は苦手ですので、インスタントや昨日食べた缶詰が主体となります。テーブルに並べますので、食べたい物を選んで下さい」

 

 小鳥は、そう言うと、缶詰やインスタント食品を並べていく。

 

 そしてそれを端から順に取っていくヒヨリ。

 

 ……いや、なんでさ?

 

 というか、それを食べるのはヒヨリだけではないのだが、皆、誰も口を出さない。

 

 ……そういうものなのか?

 

 小鳥は突っ込む事を早々に諦め、缶詰やインスタント食品を追加でテーブルに並べ終えると、他のアリウスの生徒達は、各々好きな缶詰やインスタント食品を物色している。

 

 そんな中、ヒヨリは小鳥に近付き……、

 

「あの、昨日食べたカニの缶詰はありますか?」

 

 そう尋ねてきた。

 

「カニの缶詰ですか? 少しお待ち下さい」

 

 そういえば、ヒヨリは積極的にカニの缶詰に手を伸ばしていたな。

 

 好きだからなのか、それとも高級品扱いだからなのか、定かではないが、好きな物を食べたいという欲求は、今の彼女達にとって、大事なものだろう。

 

 缶詰の在庫を確認すると、一缶だけ残っていた。小鳥はそれをヒヨリに手渡し、彼女は嬉しそうにそれを受け取った。

 

「あ、ありがとうございます。えへへっ、昨日食べたこれの味が忘れられなくて……辛い人生にも救いはあるんだなって、これを食べてたらそう思えてきたんです」

 

 ヒヨリはそう言いながら、カニの缶詰を大事そうに抱えながら皆の元に戻っていく。

 

「……」

 

 小鳥は、そんなヒヨリの背中を静かに見送ると、視界の端に重症を負っていた子を捉える。

 

 沢山並ぶ食糧を前に、何を食べようかと悩んでいる様子。

 

 そういえば、昨日は彼女だけ、何も食べていなかったな。

 

 小鳥はインスタントスープの袋をいくつか取り出し、それを彼女に渡した。

 

「先に此方を飲んでからの方が、身体に優しいですよ」

 

 突然、食べ物を渡された彼女は驚きの表情を浮かべるも、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「あ……あの……」

 

「遠慮せずに好きなものを選んで下さい」

 

 小鳥がそう言うと、彼女は少し躊躇った後、静かに頷き、野菜スープの袋を指差した。

 

「分かりました。では、少しだけお待ち下さい」

 

 小鳥はそう言うと、インスタントスープを入れたカップにお湯を注ぎ、彼女の前に置いた。

 

「熱いのでお気をつけ下さい」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 彼女は静かに頷くと、野菜スープを一口啜る。

 

「……美味しい」

 

 彼女は小鳥にそう言うと、カップの中身を啜り始める。

 

 一口、二口……スープを啜るごとに、鼻を啜る音が聞こえ始め、彼女は肩を震わせて泣き始める。

 

「おい……しぃ……です」

 

 彼女は、泣きながらスープを啜り続けた。

 

 他の生徒達も、そんな彼女の様子に気付き、彼女の周りへと集まり始める。

 

「お前……まだ何も食べてなかったな」

 

「食べなよ、これも美味しいよ!」

 

 他の生徒達が、開封された缶詰を彼女に見せると、彼女はそれを受け取り、ゆっくりと口にする。

 

「美味しい……です」

 

「でしょ!! これも食べなよ!!」

 

 彼女の周りには、いつの間にか人だかりが出来ており、皆が彼女の為に食べ物を勧めている。

 

 その中には、カニの缶詰を開封したヒヨリも混ざっており、彼女にカニを勧めている。

 

 小鳥は、その光景を見た後、静かにその場から離れた。小鳥の耳には明るい笑い声と談笑する声が聞こえてくる。

 

 その声を背中で感じながら、小鳥はレンに近付き、話しかけた。

 

「レンちゃん……実は……」

 

 彼女達の今後について、黒服と取引を持ちかけようと、小鳥がレンに話そうとすると……。

 

「おぉ、小鳥がそうしたいなら、それでいいんじゃねぇか?」

 

 そう言って、レンは小鳥の話を遮る。

 

「助けてぇんだろ。自分に出来る範囲で。なら、それで良いじゃねぇか?」

 

「……レンちゃん」

 

「気にすんな。私に迷惑がかかるかもとか考えるな。今は、あいつらの事、考えてやれな」

 

 レンの言葉に、小鳥は何か言うのを止め、代わりに静かに頷き返す。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「良いって事よ。それじゃ、この話は後にしようぜ。小鳥も腹減ってるだろ。一緒に食おうぜ」

 

「そうですね」

 

 小鳥は、レンと一緒に皆の所へと向かう。彼女達の様子を見ながら、小鳥は思った。今はこれでいいのかもしれないと。

 

 今はまだ、何も解決していない。彼女達の今後についても、それに対し、どう太刀振る舞うかも。それでも、今はこれでいいのかもしれないと。

 

 それが正しい事なのかは、正直分からない。彼女達は元々敵で、ヒナの願ったエデン条約を破綻させた元凶でもある。

 

 それでも、今だけはそう思わせて欲しい。あの笑顔は本物だ。彼女が見せた涙も本物だ。今は、それだけで良い。今だけは。

 

 小鳥は、そう心の中で呟きながら、レン達と共に朝食をとるのであった。




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