貴方はなんのためにゲームをしますか?
そのゲームとの出会いは唐突だった。
幼少期から社会人になるまで、少し厳しい親に育てられた影響もあり、ほとんどゲームという文化に触れることなく生きてきた。
人生の夏休みと呼ばれることも多い大学生活を終え、新社会人としてデスクワークに追われる日々。
正直なところ、厳しい親元からやっと開放された僕は、一人暮らしを満喫していたのだが……それでも疲れるものは疲れる。仕事をやっとの思いで終えて帰宅し、グッタリと我が城の布団に寝転がりながらSNSに表示される文字列を無心で追っていく。
……その最中だった。
『クターニッドのところにいたクリオネちゃん可愛すぎてイラスト書いちゃった』
そんな言葉とともに2枚のイラスト……頭のように見える部分を大きく広げて武装した人間を捕食しようとする巨大なクリオネ?のイラストと、青い世界で仲間らしき何かに囲まれながらこちらに向かってあっかんべーしているそのクリオネ(上半身は女性もどきになってる)のイラストが投稿されているのが目についた。
「なん……」
言葉を失う。脳内は何故か真っ白で、けれど僕の手はその投稿を迷うことなく保存する。
目をこすって、イラストを拡大して、縮小した。
パチパチと瞬きをする。
巨大なモンスター、人間を捕食する、けれど、こちらにあっかんべーをしてくるような理性がある。ていうかなんだあっかんべーって可愛すぎでしょ。
自分でも想像すらしていなかった……癖の扉が開く音を幻聴したが、今考えればこのときには、もうとっくにその扉はフルオープンだったのだろうと思う。
受けた衝撃に高鳴り過ぎて痛いぐらいの鼓動を感じる。瞳孔が開ききってるのだろう。目も痛い。
けれど、吸い込まれるかのように目を離せない感動が……そのイラストにはあった。
「はっ……ふぅ……」
突然、眼の前が暗くなる。
あまりの衝撃に息を止めていたらしい。なんとか空気を吸い込んで、吐く。
やっと少し落ち着いてきた脳みそをフル回転させて考える。
クターニッド、クリオネ……『いた』ってことは……これが、この子が、どこかにいる……?
「直接ひと目みたい。」
そう考えると同時に、その投稿をしたアカウントのDM欄を……えぇ……受け付けてない……うっそでしょ……
すぐに思考を切り替えて、そのアカウントの投稿歴を軽く遡れば、そのクターニッドというのが恐らく『シャンフロ』という名のゲーム?内のモンスターだと言うことが分かった。
アカウント名は……ミレィね。
ライブラリっていうクラン……多分チームとかグループとかそういう感じの場所に所属しているらしい。
はえー、ライブラリってのはゲーム内の情報を取り扱ってるクランなんだ……ん?
ただ一つ、このモンスターにはあまり出会えないらしく、コメント欄が微妙に荒れていたのが気になるけれど……。
このゲームタイトル、シャンフロ……シャンフロ……聞き覚えがある気が……あっ、まだ名前あやふやな上司の一人が話してたゲームだっけ。グラフィックが凄かったりストーリーが奥深すぎたり、何でもできたり、神ゲーだって聞いた気がする。
元よりゲーム自体にも結構興味あったし……コレを機会に……このクリオネ、いや、このモンスターに会いに行くのも……ありだよ……な?
会いたい。ひと目見たい。捕食されたい。会いたい。
人間、いざというときは欲望に正直なもので、シャンフロとやらを始めるかどうかの葛藤を頭でしているときにはとっくに通販サイトを開けていた。
「シャンフロ……シャンフロ……」
そうブツブツと呟きながら、通販サイトで検索し、はいソフト発見。……あ、これ本体のVRゴーグル買わないとなんだ……そっかそういえばそんなこと言ってたな上司の……うーんたしか高嶋さん。フルダイブだから画面酔いしなくてどうのとかなんとか。
合計金額は……うん!あのクリオネちゃんに会うためなら必要経費だな!!プラマイプラスだ!!!
「届いてから……仕事のことも考えると実際にプレイできるのは明日の夜か……今晩の内にどんなゲームか調べとくか!!」
僕が、このゲームが僕の想像のはるか先を行く難しいゲームであり……このゲームが僕の想像のはるか先を行くグラフィックを持ったゲームであると気づくのはこの1時間後のことであった。
そもそも、MMORPGは……ゲーム初心者が始めやすいゲームでは……ないのでは……?という話である。
◆◆◆
興奮冷めぬままに、しばらくクッソ重いシャンフロ攻略ウィキとやらをなんとか見ていたんだけど、分かったことが一つある。
「人数制限、ユニークモンスター、7体しかいない、」
あとはそうだな、情報をわざわざ取り扱うクランができるほどの作り込みとかもそうだけれど。
……これ、クリオネちゃんと会うためにはわりと上から数えたぐらいの強さを持ったプレイヤーになる必要が……ありますね???
「ゲーム初心者にはキッツい気がするなァ……」
出遅れていることも相俟って、うん。
正直なところ、難しい。
とはいえもちろん諦めるとかいう選択肢はない。そもそももうゲーム買ったし。
クリオネちゃんに会うためなら、というか捕食してもらうためなら、あのあんま好きじゃない上司を頼るのも全然苦ではない。高梨さんだっけか。
あの人、仕事が遅れるとゲームできないからって露骨に機嫌悪くなるんだよな……お金もらってるんだからそこまで私情持ち込むのは違うじゃん……?
さて。上司のことは一旦横においておくとして、ゲームとはいえ本気でやってる人はやはり意味がわからないぐらい強いのだろう。何事も極めた人というのはいるもので、その極めた人に凡人の身で追いつく手段は少ない。
ただ闇雲にやって追いつけるものではないだろう。最適な目標と完璧なプランを立てて挑まねば。
「とは言ってもねぇ……?」
こうなるんだったら、親に隠れてでもゲームに触れておくんだったな……。
あとこのウィキやっぱ重すぎ。
「戦闘方法は……色々試して自分に合う武器を選ぶしかないか……?」
しばらく待って、やっと開いたJOB一覧をスクロールしていく。剣、盾、槍、斧、杖、弓、魔法、回復……細かい分岐はめちゃくちゃあるけれど、ある程度大まかにこれぐらい。
あぁ、へー……ユニークJOBとかも……。
なんでも出来るけれど、奥も深いから、ちゃんとやりたいことを絞って育成するべき……と。なるほどね。
……そういえば、このシャンフロ攻略ウィキもあのイラスト書いてた人がいるクラン、ライブラリが作成・更新しているらしい。
「……ふむ」
僕がどう戦うかはともかく、ライブラリってクランとどうにか繋がりを作る必要はありそうだ。
先ほどまで見ていたクリオネちゃんと、あとついでにユニークモンスターであるらしいクターニッドの概要は、人数制限をかけるために、挑み方も含めてある程度の情報しか公開されていない。それらの情報を全て持っているだろうライブラリとコンタクトを取るのは大前提になるだろう。
ウィキにはこのユニークモンスターは戦い方が分かると少しつまらない云々書いてあるけれど、そもそも攻略方法や戦闘の面白さに僕は一切興味がないのだ。
何度もいうが、ただクリオネちゃんに食べられたいだけである。ん? 一目会いたいだっけ。どっちでもいいか。
「情報……ライブラリが持っていないユニークシナリオとやらを発見できれば交換できるか……?」
幸い、人数制限があるとはいえトップのクランなんかではそこそこの人数が挑戦しているらしいし、それほど重要度の高い情報ではないと見た。
「クターニッド関連の情報の重要性がめちゃくちゃ高いわけじゃないってのは僕的にはありがたいけど、クリオネちゃんの素晴らしさがスルーされるのはそれはそれで腹立たしいね。」
それと、パーティーを組むのはあまり気乗りしないな……今の最前線は新大陸とか言う所らしいし……そっちを目指したい初心者のほうが多いハズ。クターニッドのために水中で戦えるようにしたいなんて話を聞き入れてもらえる人を探す時間があれば、少しでもレベル上げをしたほうが建設的だろうな……。
あ、一応野良パーティーみたいな方法もあるんだっけ。でも野良パーティーでは回復できる人が求められやすいみたいな……うーん、直接戦闘はさすがに必須だろうし……。
「今のトッププレイヤーと繋がりができれば……無理か」
『新』大陸が最前線ってことは、そっちにトッププレイヤーはいるんだろう。
僕の最初の攻略場所は強制的に新しくない方の大陸だろうから……クターニッドも新しくない方から挑むらしいし。
改めて、ひとまずの目標はライブラリとコンタクトを取ること、未発見のユニークシナリオを一つ以上発見すること、だな。
未発見って言うと厳しそうだけれど、さっきユニークシナリオリストを確認したら結構な数のユニークシナリオが出てきた。世に出てる分でこれなら、隠しているユニークシナリオはもっとあるだろう。
最終目標はクリオネちゃんに捕食されることとして、中間目標は……レベル99。ちなみに理由はユニークモンスターに挑むための最低条件がレベル99らしいからだ。
最近レベルキャップが開放されたらしいけれど、今までのクターニッドを倒したプレイヤーはレベル99だったらしいし、そこを一旦の中間目標にする。
「なんのJOBで進めるかは明日の夜までに決めるとして……あとは…………」
興奮によるエネルギーが切れて、自分にできることを少しでも考えながら、ゆっくりと眠りに落ちていく『彼』の夢と希望を乗せて、夜が耽ける。
シャングリラ・フロンティアというゲームの本筋に一切関わることのないとあるプレイヤーの物語が、始まる。