『そろそろ……キツいですよぉ……』
『本当にそう』
「海の化身」との戦闘開始から1時間と少しが経過した。敵の攻撃を喰らえば一撃で消し飛ぶという状況での1時間は本当に長く、既に集中力は風前の灯火となりつつある。
だが、眼の前にいる巨大生物は未だ健在だ。僕等がつけた数多の傷も、1時間戦い続けた疲労も、関係ないとばかりにその威容を示している。……苛立ってくれてはいるようだが。
『あー、アレが来ますよー、【爆水】起動』
『……魔法待機解除、【ウォーター・ジェット】』
今はもうアレが来る、で済んでいるが、特に僕等の集中力を削るのが三十分程戦ったところで「海の化身」が解禁したブレスだ。
咆哮とほぼ同じモーションから繰り出されるその魔法は、範囲内の海を文字通り消し飛ばす。ただ……海を消し飛ばすにも関わらずその攻撃に直接的なダメージはない。
問題は一瞬とは言え、その空間を海が埋めるまでの時間、僕達は空に投げ出されたのと同じ状態になることである。水中での活動にリソースを割り振った僕達や水生モンスターにできることはない。一度偶然迷い込んできた小型の魚モンスターはその一瞬の間に食い千切られた。
いやまじで、あの空洞よりも「海の化身」がデカいせいで奴自身の行動阻害にはほとんどならないのが達が悪い! アレを考えたやつは確実に性格が悪い。普通に食らったら即死でいいだろワンテンポ挟むな。
『悪辣ですよねぇ。実際、リソースの問題でこうなっているのでしょう……がッ!』
長くはないとは言え溜めがあるブレスを避けられたことへか、長引いた戦闘時間へか、苛立った「海の化身」が雑な突進を繰り出す。
『おいよいよい、それは甘えじゃないかぁ?【加算詠唱】ッ!』
煽りでもしなければやってられない。リキャストの明けた【加算詠唱】で【雷轟の矢】をぶち当てる!
行動は既に精錬され、【魔法待機】のウォーター・ジェットがなければ避けられない攻撃はそのブレスぐらい、つまりまだ攻撃をする余裕がある。
なにがウザいって奴が咆哮をする度に身構えてしまうところだが……いやもう、本当に腹立たしい。
『私も行きますよぉ、使い捨て魔術媒体【ライトニング】!』
『グ、グ、グ、ゴ、ォ……ッ!』
余りの苛立ちに「海の化身」が漏れ出たような唸り声を上げる。今ココにいる生物は全員が苛立っている。そうつまり殺す相手がしぶといから……ッ!!!
『そろそろ死ねッ!【雷轟の矢】ッ!!!』
杖を弓に見立てて引き絞り、放つ。最適化された口は淀みなく詠唱を行い、口は動かしたままに脳が次の魔法を選んでいる!
『まぁ体力が削れている様子はありませんがぁ……!』
なんらかのスキルを使用したミレィさんが「海の化身」の前頭部に槍を突きたて……頭に降り立つ。
『!!!!!』
『ここですねぇ!』
ライブラリからの支援品その4!!
というかこれで最後だ。使い捨て魔術媒体!
『一枚しかないとっておきですよぉ、【水神の破突】ッ!』
ミレィさんの突き刺した短槍を伝うように巨大な水の槍が「海の化身」の肉を食い貫く。
「海の化身」が明らかに苦しむような咆哮を上げ、暴れることで周囲の水流を荒らした。お陰でミレィさんと短槍は引き剥がされたが、充分な距離を取れたとも言う。奴が苦しんでいる間にコチラは体勢を整えて、よりアドバンテージを拾う!
『畳み掛けよう!』
『もちろんですよぉ……!』
【爆水】を使用してまで再度近づき直すミレィさんを横目に、飲んでいた魔力回復薬を投げ捨て、ここまで使っていなかったより高威力を引き出すスキルを使用する!
『【ハイレートスペル】ッ!』
さらに詠唱時間が長くなるが、今回に限っては構わない。普段使わない分暗記まではしていないため、前線を先程の使い捨て魔術媒体と持ち前のスキルでヘイトを稼ぎきったミレィさんに任せきることで魔術書を取り出し読み上げる猶予を得た。
ミレィさんの次のレベルアップではさぞ対巨大生物スキルが充実するのだろうと他人のビルドを歪ませてしまったことへの悔恨を抱きつつも、それを上回る戦闘の高揚を得て、より詠唱速度を加速させる。
息をつく暇もない、ハイレートスペルの詠唱完了、次は……、
『【加算詠唱】!』
さらに追加。しかし、ミレィさんが弾き飛ばされた。
詠唱の長期化に伴い次の魔法の威力がバレているのだろうか。
溜め、口を開けた、これはッ!
『ゴ、ァァァァァァァァァア!!!』
咆哮とブレスの二択に負けた。咆哮に対し【爆水】を切った、先程使ってから2分も経っていないため、残りストック1、【魔法待機】もなし、これは……!
「海の化身」がもう一度溜める、口を開けた、回避手段の数はさすがに向こうも気づいているらしい。もちろん2つ目の水中移動促進筒を使えばストックを残して回避は可能だが……ッ
『────────ッ!!!!!』
ブレス。おそらく溜めの時間を削ることで威力を下げる代わりに発動速度、つまりキャストタイムに重きをおいたブレス。
凝縮された反射的思考が巡り、口では詠唱を保っていながら体が勝手にストックが残り一つの水中移動促進筒を起動、【爆水】があらぬ方向へ身体をはじき飛ばす。ブレスは避けたものの、突進がくる。回転しながら弾き飛ばされる最中、溜めの動作に入っている「海の化身」が既に目に入っている。
叫びたい、叫べない、詠唱は止めない。代わりに心で叫ぶ。
(ミレィさん!!!!)
『お任せあれ〜、使い捨て魔術媒体【ウォーター・ジェット】!』
やけにノンビリした声、既にストックを使い切った方の水中移動促進筒をコンソールを直接取り外し、ミレィさんへと飛ばす。多分こっちで合ってるだろいやあってろ合ってるに違いないいけるいけるいけるッ
『グ、ゴォア!!!!!』
少し離れた所で「海の化身」が苛立ったような声を上げている。【爆水】の効果は切れているが、おそらくミレィさんが俺に向けて放った【ウォーター・ジェット】が俺の身体を動かした。
尋常でないダメージを受けているが、水系の魔法には耐性がある、まだ死んでいない! 詠唱は……続……く!!
『打ち上げは焼き肉ですねぇ、【過剰強化:深海姫】ッ!』
いやもうホント、何万シルバー使ったんだって感じである。
「水律踏破」により身体の回転を無理やり止め、「海の化身」とミレィさんの方を見れば、ちょうどミレィさんがなんらかの使い捨て魔術媒体での強化と僕から受け取った3本目の水中移動促進筒を装備する所だ。
僕の筒が一本、ミレィさんが三本。知性が高い「海の化身」もさすがにその魅力に抗えなかったようで、数撃とは言え攻撃がミレィさんの方へ向かった。
口はとっくに加算詠唱を終え、【魔法強化】【雷撃の道筋】などの追加の強化も終えている。さて本命、最後の一文だッ!!
『───撃ち砕け雷霆! 其は喰らい付く飢えた狂犬! 其は我が意に従い敵を滅ぼす忠実なる猟犬ッ!』
『【偽りの求心】ッ!』
ミレィさんを指させば、取り決め通り使い捨て魔術媒体により溜まっていたヘイトを全て取り渡される! 「海の化身」お目があった。時間がないことは向こうも承知の上だろう。突進は確定。さぁ決めきるぜ!!
【ウォーター・ジェット】の勢いで身体はまだ後ろへと飛ばされている。
詠唱は終わった。あとは狙いをつけるだけ、ここまでの戦いで「海の化身」の突進速度ぐらいは熟知している。
この一撃は! 外れない!!
飛ばされながらも手を上げ、人差し指で遥か深海から遠い空真っ直ぐと指し示す。お前は食らったことがないだろう、このレベルの雷撃は!!! さぁ喰らえ!!!
咆哮も、突進の余波による水流も、僕に何の意味ももたらさない!
『さぁ行くぞ!! まだまだまだまだフルスロットルだ!! 詠唱がッ!!! 【暴虐の雷獣】ッ!!!』
手を振り下ろす。事前に定められた雷の道筋を辿り、過去最高の威力を誇る雷の獣が「海の化身」を貫いた。