海の化身
海水と同化するスキルを所持することにより海洋のどこにでも出現することを可能とした存在であり、現代ではそれこそが海の化身を海たり得させていると思われているが……彼の本質はそこではない。
数百年前、海の化身がまだ「海の化身」として扱われていなかった時代。海洋中を駆ける存在でこそないものの、街を脅かすには充分に足りていた海の化身の前進となるモンスターは、狩るのが不可能な生物として現地の人々から扱われていた。
それ即ち天災のごとく。
空に君臨し、新大陸の亜人種に恐れられているアウロラカムイのように、ソレもまた旧大陸の沿岸部に住む人類に恐れられていた。
アウロラカムイと扱いを分けた違いは2つ。行動範囲と対人間感情だ。
気まぐれに近海に来ては人類に危害を加えるソレは、天災でありながら明確な悪意を持っていた。
その悪意を止めるべく奮走する街の領主に手を差し伸べたのは……とある冒険者一行。
彼等は冒険の際に得たアイテムである「海の盃」を取り出して一言、
「俺達が奴の理性になる」
と、そう言い切った。
既に疲弊しきっていた街の人々は彼に最後の望みをかけて支援を行い、実際に彼等はやり遂げたと伝えられている。
当時町の人々は、帰ってこない冒険者一行と定期的にあった海の化身とそれに追われるモンスターによる襲撃がめっきりなくなったという事実、そして浜辺に流れ着いた彼等の武具に、感謝と悲哀を感じたと言う。
大切なのは……「海の盃」がどこで見つかったものなのか、どういう効果を持つものなのか、代々儀式を執り行ってきたその冒険者の末裔達以外知らず……その末裔も途絶えてしまったということだ。
誰もそれから理性が失われるのを止められない、そのはずだった。
◆
────継承完了、という声がどこかから聞こえた。
叫び、暴れ出したくなるほどの万能感が身体を支配している。
僕が普段雷と水の属性を使っているからだろうか。
身体は帯電し、腕を動かせば世界中の水流を操れるような気すらする。
今ならば「海の化身」と正面衝突しても勝てるだろう!
『はっ、ハハハハハハッ!!!』
気づけば身体が勝手に笑い声を上げている。随分としぼんでしまった元「海の化身」に腕を軽く降ることで生じさせた海流の刃で攻撃する。
『行くぞッ……!!』
身体をぐっと縮め込み、心臓に雷を溜める。
攻撃の予備動作を感じたのか「海の化身」が襲いかかってくるが、もはや僕の速度についてこれすらしない。
力関係の逆転にもはや笑いがこみ上げてくる。
『ふふふふ、』
視界の端にミレィさんが「海の化身」から分離した人間らしき存在を救出しているのが移り、巻き込んでは何だと思い直した。バリバリとエネルギーが溢れ出る中、位置を調整……放出……!
『ガァ!!!!』
力を解放するような動作と共に思いっきり心臓に溜まった電撃を吐き出し、海を雷が埋めた。
思うように身体が動く、思うように魔法が出力される。指を鳴らすだけで雷が駆け、杖を振れば海が揺れる。先程までは詠唱の合間にMP回復をがぶ飲みしてなんとか管理していたMPは、どこからか無限に供給されている。雷を起こし、水流を起こし、世界を揺らせど限界は来ない。
神殿に【暴虐の雷獣】でも打ってみようか、僕の最大火力は今打てばどうなるのかな……?
『あっ、はっはっはっ!!』
「海の化身」の巨大な身空に宿っていた力は、モンスターとしては異常の域に辿り着いているものの、その程度でしかない。レイドモンスターやユニークモンスターに劣らずとも、優に勝るということはない。
だが現在の猛威を振るうシュテルメアは、誰がどう見てもそれらを凌駕している。
それは一重に彼の水中への適応具合によるものだ。まさしく海の化身。海だからこそこれほどの力を持ち、海だからこそ神であれる。
ドン、と腹の底にまで響くような音が世界を割り、雷獣が「海の化身」の体内を荒らす。
その鱗は焦げ付き、威容は地に落ちた。
『シュテルメア君!!!』
焦ったようなミレィさんの声に、つい動きを止めた。
まだ僕を敵と見ている「海の化身」に噛みつかれる。腕を振るうだけで簡単に吹き飛んだ。あ、かわりに腕がもげた。
『……どうしたのミレィさん』
『おぉう……それで平然としてるのもどうかと思いますよぉ……?』
『僕もそう思う』
まぁあれだ。ハイになってるってやつである。腕ちぎられても僕のほうが強い。杖を振って放った雷は「海の化身」の鼻先に直撃、スタンさせた上でかなりのダメージを与えた。
『シュテルメア君、今のご自分の外見見れますかー?』
言われて見下ろす。手には水掻きがつき、身体には雷のようなタトゥーがめちゃくちゃに入っている。
『顔以外は……』
『ちなみに頭部は完全に魚人ですねぇ』
『まじかよ』
まじかよ。
『まじです。それ、戻ったほうが良いと思いますよぉー』
『? 今ならプレイヤー最強だし、こんなになれるユニークシナリオならキョージュさんも納得するでしょ。クターニッドもなんとかなりそうで万々歳って思ってたんだけど……?』
『…………まぁそうですねー、今、シュテルメア君がこのゲー厶でトップレベルに強いのは否定しません。けどそれ……』
『ふむ』
頷く。僕は今やはり傍から見てもめちゃくちゃ強いらしい。トップレベルというのが気になる所ではあるけれど。
ただ、とミレィさんが今の状況に概ね満足している僕に強く否定の言葉を重ねる。その目は普段と違い見開かれ、しっかりと僕の目を見つめている。
『さっきより人間から見た目が離れてます。少しずつ見た目が変わって最終的に怪物になるパターンですねぇ。どういう問題があるか分かりますー?』
………………………まさか、
『クリオネちゃんに……会えない……!?!?』
『ですです。…………それで、どうしますぅ?』
『戻ります!!! どうすれば?』
力などクリオネちゃんに会えることに比べれば塵芥である!!!!(大声)
そもそも僕はクリオネちゃんに食べられたいのであって傷つけたいわけではない。食べる過程でひれがクリオネちゃんの喉に引っかかったらどうするというのだ!!! それこそ大惨事である!!!!
先程までは余りの万能感に酔っていたが、すっかり冷めてしまった。どうやらこの力は僕には必要ないらしい。
そもそもよく考えればこんなにも都合の良いユニークシナリオなどあるわけもないのだ。
『このミレィ先生にお任せあれ〜』
ちょっと頼もしすぎる。
シナリオの内容を見る前にライブラリに話を持ちかけたのはやはり正解だったらしい。
『とりあえず……【ライトニング】』
バチバチと溜まりすぎた電荷を空へと放出する。
『さっき助けた少女は既に亡くなっていました。おそらくこのシナリオの目的は絶えてしまった「海の化身」の理性となり得る存在を取り戻すことではなく、「海の化身」の解放です』
ミレィさんが早口で言う。そこには完全に同意だ。
『問題はじゃあその残った力をどうするか、ってことだよね?』
『正解です〜、ちなみにそのどうするかについても今のミレィさんには答えが分かっていますよぉ』
よっ、天才、さすがだぜー。
適当に煽てていると、満足したらしいミレィさんは舌を弾きながら講義をする教授のようにビシッと僕を指名した。
『はい』
『ではシュテルメア君、今回のユニークシナリオのタイトルは〜?』
『偽りの神へ、ただ純粋な敬意を……えっ、海の化身に祈ろうってこと?』
『外れですねぇ。問題は純粋な敬意を持つ相手が誰かと言う話です』
『あぁ……、そういう』
「海の化身」は曲がりなりにも街の人々を守っていた。
これだけの力を手に入れて、これだけの力にさらされて、それでも僕達がここに来るまでの期間耐え続けて来た。
どれだけの精神力だったのだろうか? どれだけ孤独だったのだろうか?
『さぁ〜、そろそろ丑三つ時ですよぉ……!』
指差されて深海から空を見上げた先、街の人々が流したであろう無数の灯籠が煌々とここまで光を届けていた。
『…………皆で背負おうってことか』
『ですです』
美しい光、機械音と共に目の前に表れたコンソールには「継承された力を手放しますか?」と言う一文が記されていた。
このタイトルがやりたかった。