「クソッ、物理無効と魔法無効は反則だろ……クソゲー!!!」
触手を迎撃され、その8本の巨大な触手を機械のように畳んだクターニッドがコロッセオへと降り立った。
黄、黄緑、緑の3色の聖杯が光り、クターニッドの第1形態を戦い抜いた臥竜点睛の元パーティーメンバーが悲鳴を上げながら触手から逃げ回る。
黄色の聖杯により物理攻撃が、黄緑色の聖杯により魔法攻撃が無効化され、そこに加えて聖杯の破壊を妨げる緑色の聖杯による色調反転が世界をひっくり返している。
「ゴミ!!! あの雑魚のせいだろ!!」
「死ねよ!!! くっそつまんねぇ!!」
また何色かの聖杯が光った。未だ聖杯は一つも破壊できていないが、一瞬の隙を縫ってパーティーの剣士が黄色、つまり物理無効の聖杯にダメージを与えている。
物理か魔法、どちらかを破壊せねば始まらない、悪態をつきながらも頂点と呼ばれるプレイヤー……ユニークモンスターに打ち勝てる者達への嫉妬を捨てきれない彼等は、なんとかクターニッドを討伐しようと足掻き進む。
「ぶっっっこわれろ! クソ蛸が!!」
剣士が近くにあった今は藍色に輝く物理攻撃無効……つまり実際は黄色の聖杯に連撃を叩き込み、傷ついていたはずの聖杯が勢いよく元の輝きを取り戻していく姿に瞠目した。
「なぁッ……嘘だろ!! 糞すぎる!!」
先程輝いたのは、色調反転された上での黄色。
黄緑色が輝いたことで黄色が輝いたと勘違いして、物理攻撃が解禁されたと考えたのだろうが……色調を戻した実際は紫色の聖杯だ。
「ダメージ反転だ! 攻撃すんなよ回復しやがるこのクソ蛸!」
「はぁ!? 物理無効に魔法無効にダメージ反転、頭を混乱させる色調反転!? 頭おかしいでしょ!! 何考えてんのよ運営!!!」
「クソッ、やっぱ上の奴らはチート使ってんじゃねぇかよ!!」
こんなもん誰が勝てるんだよ、と剣士が叫ぶ。
その間にも迫りくる巨大な触手はパーティーメンバー達の命を削り、アイテムや魔力、武器の耐久力をも削っていく。
似た色の聖杯の効果、色調反転も合わせれば気の遠くなるほどの聖杯の組み合わせを覚え、今がどの聖杯が効いているのか、それにあわせた最適な行動はなにか、さらに休みなく迫るクターニッドの攻撃をどう対処するのか。
もちろん彼等の独断専行によって黄色と黄緑色の聖杯が破壊されていないことが原因の一角ではあるのだが、誰もが倒せる気がしないと思ってしまう、諦めてしまうほどの力がそこにはある。
「あっ、やらかしッ……!!」
世界が照らされ、色調反転が解除された。同時に突然の視界の変化に対応しそこねた魔術師の女が触手による攻撃を喰らう。
「えっ……!」
その声に反応する暇もなく、今まで効果を発揮していなかった青色の聖杯が輝く。すなわち……性別反転。
「がっ……!?」
剣士が性別が変更されたことにより自身の歩幅とリーチを見誤った。
魔術師の女は辛うじて生きているものの、聖職者の男が自分の変化と攻撃への対応に気を取られて回復行動に出れず、
「あっ、ごめ……!!」
盗賊が焦ったことにより紫色の聖杯によるダメージ反転が効いているを忘れて攻撃、ここまで必死に与えてきたダメージがほとんどなかったことになる。
『…………』
集中することでなんとか生き延びていた。なんとかダメージを与えていた。決定的なミスにより頼みの綱である集中力が切れ、彼等のHPはコレまでとは比べ物にならない速度で削られていく。
そこに……彼等もよく知る者達の彼等よりも明らかに焦っている声が届いた。
「────待て待て待て待て待て!!! 死ぬ!!! この勢いは死ぬ!!!!!!!」
「私はここまでか……お母様、今まいります」
「諦めんな!!!!」
◆
一瞬勘違いした! そうだったそうだった! 【ウォーター・ジェット】って僕が移動手段に使ってるだけで実は攻撃魔法なんだった!!!
「おい死ぬぞこれなんとかしろ!!!」
「安全運転っつったろ雑魚!!!」
「それ言ったのアンタじゃないだろッ!!!」
ジェットコースターの百倍みたいな速度でクターニッド……らしき折りたたまれた触手へと潜水艦が特攻する。
いや死ぬ……違う、ナナさんと船長を!!!!
「肯定:なんとかしてみせますの……ッ!」
バッと確認するようにナナさんの方を見れば、既にその手には船長の服が掴まれている。脱出の算段はあるらしい。
「いーや、自分にまかせろ! ナナさん、進路だけなんとか変えてくれ! 本体には突っ込みたくない!」
「了承:」
シロミ魚が取り出したのは恐らく使い捨て魔術媒体、なんだか分からんがなんとかなるらしい。
彼等を信じることにし、僕は移動に使ってしまった【魔法待機】を再設定することでクターニッドとの戦いに備えようと詠唱を始める。
「おいおいおい。いいね、仲間を信じるってのは大事だ」
いつのまにか僕の横に立っていたキリキリ舞いさんが本気装備だと言う刀状の儀礼剣を構える。
めちゃくちゃ浪漫だなそれ。僕の深海の短杖と共鳴の雷短杖も良い勝負をしているが。
「同意するぜキリキリ舞い、まぁアンタと違って俺は隠し玉が一つあるかないかって程度だが」
フルアーマーの臥竜点睛も並び立ち、勢いそのままに進む潜水艦がついにクターニッドとの決戦場へと到達した。
「よっし、ココだろ……ッ! 【エア・クッション】!」
使い捨て魔術媒体により、進路をクターニッドの側へと変えた潜水艦の前方に大きな物体が出現、
「ウッ、がっ、ギャンッ」
潜水艦から放り出された僕達は、ゴロゴロと地に投げ出されて転がる。いやだいぶ痛い、死ぬとこだ!
「ヘタれたクソリーダーがよ……ッ! テメェ、何しに来やがった!!」
「あ?」
剣士らしき青年……なぜか今は女性だが多分青年だったはず。あんまり覚えてないけど……の問いかけに不機嫌そうに臥竜点睛さんがそのメイスを構え直した。
「なにって……」
口籠る。彼もまだ心の整理がついていないのだろうか?
「決まってんだろ、そこのクターニッドを倒しにだよ」
「肯定:
「だな」
刀が抜かれ、メイスと盾が担がれ、細剣が振られ、銃口が向けられ、使い捨て魔術媒体が役目を終えて焼き切れて消えた。僕は、それぞれの手に持った2本の杖を振るう。
「よっしゃやったろうぜ」
「……気合入れるの何回目ですかこれ」
「解答:ルルイアスに来てから6回目です」
心の折れかけている臥竜点睛のパーティーメンバーがその背を見る中、全ての聖杯が光ってその効果がリセットされ、彼等のクターニッド攻略が始まる。
『届かぬ高みはなく、されば至りて後に其方は何処へ征く……』
錆びたレコードのようなクターニッドの言葉が当たりに響いた。
魔法陣にしか見えない八芒星に沈んだ目が合う。この戦いが終わったあと、僕がどうするのか……?
『信ずる己を見出せ、世界が変わり果てようと根幹は揺るがず』
…………。
「来るぞ……!!!」
青と緑の聖杯が世界を染めて、世界が反転する。
「く……」
「壊さずとも偶数回光った聖杯は効果を発揮しない! ちゃんとポーションは温存してるか!?」
「心配しすぎだ、問題ない」
色調反転、性別反転、周囲に目を配れば、ナナさんを除いた全員の識別が難しいレベルだ。
一応シロミ魚さんから事前に攻略に関する話は聞いていたが……ここまでとは。紫色のダメージ反転が効いているときにポーションを投げるのは主にシロミ魚さんと船長の役目だ。僕は魔法無効が効いていないときの攻撃と前衛の補助。
物理無効と魔法無効の聖杯を壊せていない以上、作戦の肝は物理魔法両方の攻撃手段を持つキリキリ舞いさんだ。彼をしっかりと守ることも意識にいれねば。……必要かは微妙だが。この人クッソ強いし。
「前にも話したが、この形態の攻略の鍵は色調反転時に何の効果が出ているかを把握することだ! 攻撃は意識しなくていい、状況への適応を優先しろ!」
「散開だな、俺と臥竜点睛は本体を叩いて攻撃を引く!」
改めてシロミ魚さんとキリキリ舞いさんによる指示が的確に飛ばされ、全員が行動を開始した。
サッカーやバスケのプロ選手が分かりやすいでしょうか。
彼等彼女等は簡単そうにこなしますが、盤面の上にたったプロ達は目まぐるしく変化する状況をリアルタイムで理解し、先を読んで、その上緻密なボールコントロールまで行っているわけで。
ゲームという分野の頂点に立つ者達もきっとそれを当然こなした上で、さらにそれプラスなにか自分の得意を持っているのでしょう。
一般人では傍から見てすら理解しきれないモノがそこにはあるという話です。VRならなおさらチートに見えるのかもしれません。