不倶戴天   作:雨傘なななな

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深海世界へ

「よし。今日こそ調査に行こう」

 

 結局あの後、亀ことワンダーシータートルの討伐には成功した。

 弱点をつけたことと、完全に近距離攻撃オンリーだったこと、いつもの型にハメられたことがあり、比較的楽に倒せたものの、レベル的にはそこそこ格上だったらしい。最近82になったばかりのレベルが83に上がった。

 ステータスの上昇はいつも通りintに多めに振って終わったのだが、使用可能魔法が増えたのは大きい。

 ……あまり詠唱が長くない魔法だったのも嬉しい部分だ。

 

「今までの経験を踏まえてスキルを得る……まぁそろそろ海中戦闘系の魔法が出るとは思ってたけども」

 

 特にヤバいのが新たに獲得したスキル【海響の神流操(ポセイディア・コントロール)】。

 水を介した魔法を水中で使用するときに大幅な補正がかかるらしい。

 

「ポセイディアねぇ……?」

 

 これから「海の化身」と戦うかもしれない以上、有用なスキルを得られたことは嬉しいが……ポセイディア、つまり……ギリシャ神話を踏襲したスキル名が存在するというのは、「海の化身」ただのモンスター説に少し近づいたような、そうでもないような、微妙な気分にさせられた。

 

「ま、いっか」

 

 切り替えは大事だ。

 小さいとは言えボートはインベントリに入らないので、船屋に預けている。

 1日1000マーニ。正直安い。

 これ、例えば僕が預けっぱなしでこのゲームを辞めてから十年後なんかにログインしたら、突然一文無しにされるんだろうか?

 

 ガラリ、と船屋の扉を開ければ、いつもの受け付けさんが何やら作業していた。

 

「あら、シュテルメアさん。今日もボートの使用ですか?」

 

「そうですね。いつもありがとうございます」

 

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「もちろんです」

 

 わざわざ作業の手を止めてまで挨拶してくれるの、めちゃくちゃ良い人だよな〜とか考えながら、僕のボートが設置されている場所へ。

 

「よっし行こうか」

 

 まだ見ぬユニークシナリオを求めて!!!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 時間は飛んで5日後。

 

『…………………』

 

 いつも通りレベル上げをした後に、毎日1時間ほど周辺の海中を探索しているものの、成果はなし。

 もうなんというかめんどくさい。

 

『なんっにもいないけど……アプローチの仕方が悪いのか……?』

 

 「海の化身」の縄張りとその付近を泳げど泳げど、奴の存在どころか痕跡すら発見できていない。

 ストレスは溜まりに溜まり、最初は独り言を呟いたり歌を歌ったりしながら探索していたのが、今では声を発することすらほとんどない。

 

 なぜゲームの中でひたすら泳がねばならないのか。

 なぜ普通のモンスターとの戦闘すらないのか。

 なぜゲームの中でまで仕事仕事したことをしなければならないのか。

 

『…………………………………。』

 

 ゴボリ、と自分が息を吐き出す音がする。

 雄大で偉大な海の世界への憧れや感動はとうの昔になくなり、薄暗い世界、不安定な足場に一人孤独なことへの寂寥感だけが心を支配している。

 今、心を支えているのは視界に映り込むゲーム的なシステムウィンドウと握り締めている杖、それと【マジックトーチ】だけだ。

 

 5日経って、歌を歌わなくても活動できるくらいにはその寂寥感に慣れてきたが、それも完全とはいかない。

 

 クターニッドに挑むときは一人で行くべきではないなんて当たり前の考えを、頭をふることで脳内から追い出した。

 まだ先のことを深く考える必要はない。

 マジックトーチの効果が消えるタイミングを見計らい、魔法を唱える。

 

『【マジックトーチ】』

 

 このゲームを始めてからずっと共に戦ってきた杖から、暖かい深海を照らす魔法の光を呼び出した。

 

『…………〜〜〜〜♪』

 

 気分を上げるために、鼻歌を歌う。

 毎日聞いている曲が耳に入ることで、精神の安定を少しだけ手に入れた僕は、【ウォーター・ジェット】を使うことで再びそこそこの速度で移動し始める。

 

 うーん確実に全プレイヤーの中で水中戦闘がうま……いわけないか。海にいるクターニッドに挑めるってことは海中戦闘もできるんだもんな。すごいなトッププレイヤー。

 

『だれだっけ、えーーーと、あ、サイガ−100!』

 

 魔法職の僕には関係ないけれど、今判明しているJOBの中でも特に取得条件が厳しいらしい「剣聖」のプレイヤーだ。

 偶然、トップクランの長たるサイガ−100とか言うプレイヤーが戦闘をしているフィールドに居合わせたことがある。

 なんでも、リュカオーンを今度こそ倒しに来たとかなんとか。

 

『あのレベルでもユニークモンスターには確実に勝てるわけじゃない……どころか負ける可能性のほうが高いと』

 

 この一ヶ月でかなりゲームという概念に慣れた僕には、このゲーム……というか、大抵のゲームがプレイ時間に比例して強くなれるということが、ちゃんと分かっている。

 だから、こそ感じるのは、追いつける気のしないトッププレイヤーとの差と、

 

『遠い遠い、ユニークモンスターの壁……と。【マジックトーチ】』

 

 遠い目をしながらも耐えつつある光をまた付け直し、さらに深くへと潜る。

 かなり沖に来た分、既に海の中の世界は潜れど潜れど海底につかないほど雄大な姿を見せている。

 目を細め、【ウォーター・ジェット】での反動がなくなったのを誤魔化すように手のひらで水を後方へと押しやる。

 

『……?』

 

 暗く、広い世界に、なにか、建物のような、なにかが見えた気がした。

 

 ゴボリ、と、期待に心が膨らむのに合わせて息を吐き出す音が耳に届く。

 

『【ウォーター・ジェット】ッ』

 

 このまま流れに身を任せていて見失っては叶わない。

 少しでも近づくために、身体を一本の棒のようにすることでできるだけ抵抗をなくし、後ろへと魔法を放つ。

 

『ん~~〜、一応魔法待機もしとこう。……【加算詠唱】、【魔法待機】』

 

 足止めの魔法、攻撃の魔法、逃げるための魔法、一撃で敵を捻じ伏せるための切り札。どれを待機させておくか数秒迷って……よし。

 

『【ライトニング】』

 

 手の平から雷の一撃を放つシンプルな魔法。

 選択理由はまぁ……火力だ。

 この魔法選びが凶と出るか吉と出るか……まぁ虚無が出るかもしれないけれど……。

 

 【ウォーター・ジェット】のお陰もあり、少しすれば本当に小さな点のようにしか見えなかったソレの全貌が明らかになり始めた。

 

『………………まじか』

 

 そこにあったのは、巨大な神殿。

 それこそ、あの巨体を誇る「海の化身」すらも小さく思えるほどの巨大な。

 

『元は陸の建物だったのか……?』

 

 荒廃してなおその威容を維持している、“街”なのではないかとすら思えるようなその神殿は、当然自然にできるようなものではない。

 

『ふむ』

 

 海底にゆっくりと足をつける。

 海中戦闘用の魔法薬の効果はあと15分。死に戻りで帰るならともかく、普通に帰ろうとすると探索に使える時間は……6分ぐらいか……?

 

『魔法薬、水中でも飲めたらいいんだけどなぁ』

 

 もう一度ここに来れる保証もない以上、死に戻りという手はなしだ。

 少し探索して、一旦真上に戻るしかない。

 

 海フィールドの悪い部分だ。目印になりそうなものが本当になにもないって。

 

『おぉ……』

 

 人の力では動かすことすらできないような大きさの扉の前へ、リキャストの終わった【ウォーター・ジェット】を使用することで辿り着いた僕は、その威容にあらためて感嘆の声を漏らした。

 

『ただ、人が使うために作られた感じはしないんだよな……』

 

 誰が、なんのために、というか、何に祈るために作った神殿なのか?

 

『……………進むか』

 

 

 

 

 

 荒廃した神殿の内部へ、彼はゆっくりと周囲を警戒しながら歩み始める。

 ……獲物を狙うかのような目で彼を見るその存在に気づくことなく。









「海」が見ている。
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