魔術師(上位職業)なんだと思っておいていただければ……。
くっそ太いビームで身体を貫かれたんだろうなというのが見ただけで分かるような異形の青竜の骸が、海の底にて横たわっている。
既に身体の大半は魚型モンスターの棲家となり……なんだったか、現実でも鯨の死骸の周囲には特殊な生物群が構成されるという話を聞いたことがあるが、それと似たような現象が起きている。
その巨大な肉体は、かなりの部位が喰われてなお揺らぐ様すらない。コイツがどういう存在だったのか、コイツがどういう最後を迎えたのか、どちらも知る由もないが……死してなお誇る威容には敬意を表したい。
『で、どうするんだ?』
『応答:コロニーとなった骸を回収するつもりはありませんが……魔菌をなんとかしなくてはなりません』
道中聞いた話によると、恐らく青竜の魔菌に感染したモンスターは竜化を始めるらしい。そのタイミングで「海の化身」のエネルギーを受け取ったことで竜化は急激に進み……しかしその肉体の変質の異常さと速度故にあのような状態の生物へと成ってしまったと。
『ふむ……』
ゆっくりと海底に降り立ち、なにかに焼かれたらしき肉に触れる。
ここらの魚型モンスターはあまり戦闘に意欲的ではないらしい。……まぁ全海棲モンスターが格上だろうが殺してやるぜメンタルだと巨大捕食者は大変だろうしな。
『青竜の魔菌を入手しました』
へ?
『は?』
『え?』
『青竜の魔菌の接種により肉体の最適化が始まります』
『最適化……失敗』
『最適化不可能な臓器を発見』
鳴り響いたアナウンスが終わり……身体に不調や変調はない。なんだったのか……?
『で、ナナさん。どうする?』
『…………応答:これは……どうしようもない可能性が高いと考えていますの』
『おぉう……回収してもいいと思うけれど?』
『否定:生態系を破壊することは当機の使命からは外れていますわ。残念ですが……あの異形の存在の在り方もまた、自然なものなのです。人類がかつて噴火や津波に抗えなかったのと同じように』
『……この辺りに結界を張るとか』
『不可ですわね。魔菌を通すか水すら通さないかの二択になってしまいます。少々調査に時間を使ってもよろしいですか?』
『もちろん』
彼女が僕のことを相棒だと言った以上、ナナさんのやりたいことは僕のやりたいことだ。正しい対処法が見つかることを祈りつつ、アクセサリーを取り替えて水中呼吸時間を伸ばす。ライブラリ謹製ポーションの効果時間は絶大だが、もしもこの時間のせいで僕がリスポーンしてしまっては、ナナさんに後悔をさせることになってしまう。
……暇を持て余したのでアナウンスにあった青竜の魔菌とやらをイベントリ内にないか確認するが……ないな。どうなってんだ。入手したんじゃないのか。
『────報告:シュテルメア様』
『?』
しばらく装備を確認したりしつつ待っていると、なにやら肉を切り取ったり周囲の海水を最終したりしていたナナさん式調査が終わったらしい。
『調査の結果、この事態の要因である魔菌の散乱はある程度終わっているようですの』
『おぉ、それは朗報』
『肯定:数週ほどはこの海域に異形のモンスターが出現すると思われますが……それ以降は通常時に戻ります。ですので、その』
やけに歯切れが悪い。なにを……いや。なるほど。
『おっけー、じゃあとりあえずクターニッドに挑むまでの期間はこの海域を中心に活動しようか』
『!』
『今日はもう帰るつもりだけど……そこは問題あるか?』
『否定:肯定:ございませんわ』
『あいあいさー』
手を引かれて……ではなく、せっかく装備しておきながら出番のなかった海中移動促進筒の効果で移動、ナナさんと並泳する。
『……危険回避のためにもそのアクセサリーは使用を控えるべきではございませんか?』
『んー、でもナナさんと隣で動ける機会って意外と少ないらしくてさ。今回ぐらいは、な?』
『………………………………………了承:』
海中の世界をそこそこの速度で移動して、空を飛ぶように街へと帰る。
……正直まだあの異形のモンスター達に何もできないことは心残りだが、そもそもそうでなくても海で遭遇していたら生存闘争の相手だった。彼等にも誇りがあり、彼等にも生がある。僕があれこれ言うのはむしろ失礼だろうと思うことにした。
『海は怖くて美しい、いつも通りだな』
『肯定:孤独の辛さと安堵を同時に感じる空間です』
そんな海に出る前の僕達のやりとりに、もしかするとルルイアスから帰って以降調子のあまり良くない僕をナナさんが気づかって海に連れ出してくれたのかもしれないと思った。
まぁ今回はあんな異形の生物と遭遇したんだけど。
◆
海から上がって地上、プレイヤーによって作られた港にて僕達は水平線を眺めつつ歩いている。
まだログアウトには速いのだが、なにかをするには微妙に時間が足りなかった。
ナナさんと二人、港町らしいノンビリとした時間が流れる。遠くでファンタジー生物が海から飛び上がっていることや時折樹海から悲鳴が聞こえてくることを除けば、あまりにも平和な景色だった。そう。平和だったはずなのだ。
「お主……いかん! 竜の魔菌と海のエネルギーに蝕まれておる! 異形に堕ちるつもりか!?」
「……?」
突然眼の前に表れたフードを深く被った誰かの言葉に身体が固まる。異形……?
というか物理的に身体をガッチリと掴まれている。その握力で貧弱魔道士は死にかねないのだと知ってほしい。
「推測:覚醒の導師アーカヌムかと思われますわ。ですがこの存在は既に過去の人物、役目以外で出てくる訳が……」
ああ、確かレベル99にたどり着いたときに現れる「神秘」を与えてくれる人だったか。だが既にその「神秘」はもらっている。だから既視感があるわけだろうし。
それにこの人、前に現れたときはもっと落ち着いて謎めいていたはず。それがこんなにも焦っているのは……。
「そうだ!いや違うが!……君!私と来なさい!」
否定も肯定もする暇もなく、腕を掴まれて担ぎ上げられた。いやいやいやいや、人目、人目!
「私なら君を助けられる! そうでなくては……死ぬ!」
僕を担ぎ上げたままアーカヌムがどこかへと走り出した。そして、眼の前にウィンドウが表示される。
『隠し職業クエスト「異形に身を堕とす覚悟」を開始しますか?はい いいえ』
「まじで!?」
つい声に出た。このタイミングで!? ていうかクエスト名的に僕は今からゾンビかワイバーンとでも合成されるのか!?!? 大変勘弁願いたいんですけどッ!!!