「……なにをお求めかな?」
新大陸。魔法薬や毒、爆発物などを売り買いする者達が集う場所を、覚醒の導師アーカヌムとよく似た外見をした老爺がシュテルメアを抱えて訪れた。
「叡智だけで良い。」
「ほぉ……貴方はコチラには来ないかと思っていたけど?」
「事情が変わったのだ。この者は錬金術師ではないが……異形の力に侵されている。禁忌案件だ」
自分についての話なのは確実だが、ほとんど理解できないことに困惑が顔に出てしまう。
……いや、確か叡智云々は錬金術師に転職するための場所に入る合言葉だったか。思い出せる思い出せる。
「鍋と屑鉄、それと叡智、だったっけな」
「!」
その言葉に、アーカヌムもどきと店主の女が驚いたような表情をした。まぁ……錬金術師以外が合言葉を知っていたら驚くぐらいはするか。
「よろしい、では……」
「いや、このまま通してくれ、彼は錬金術師への転職希望ではない」
それは本人に聞かないと分からないでしょう、と女店主は呆れたように言うが……その手は既に地下へと繋がっているらしい店の奥の扉を開けている。
……僕の意思はどうしたんだよ。
「分かってるよ。異形ね……この魔力は青の色竜の魔菌だろう? アレは……取り込む力の強さが段違いだ。彼に制御できるのかい?」
「信じるしかない。開拓者とは言え尊い命をあのクソ共のせいで失うわけには……」
「クソて」
さすがに言い過ぎというか……いや青竜なんて会ったこともないけれど。そんな暢気なことを考えていたのだが、聞かされた話は辛く悲しいものだった。
「私の娘は海の化身とやらを止めた冒険者の一団だ、娘の夫は捜索中に襲った津波で帰ってこなかった。先代の青竜とやらは波を操れる。どいつもこいつも海を支配し、自分こそが最強だと思い上がっていやがった」
そう話す彼のフードで隠れて見てない目元が光っているように見える。
「……」
慰めの言葉も出ない。
冒険者の一団といえば、確か海の盃を使って「海の化身」の理性になった人達だ。誰か一人が理性になったんだとして他のメンバーは……帰ってこないということはそういうことだろう。
「海は孤独で、雄大で、美しい。そこに棲む者達の行き着く先は慰めを求めるか驕るかの二通りだろう」
海の化身や青竜とやらは後者だと。
そして……まぁ間違いなくクターニッドは前者なのだろう。彼に至っては雄大な海を自由に泳ぐ権利すらないのだから。
あと何故かさっきまで僕が無理やり連行されてキレてたナナさんが満足気にうんうん頷いている。まぁ海中調査が仕事の彼女にも思い当たるフシがあるのだろうけど……にしても頷き過ぎでは?
「お前の気持ちは知ってるよ。けど今は彼のことを優先すべきじゃあないのかい?」
「……! そうだな、そうだった。君、青竜の魔菌に触れたということは水中での行動経験が豊富だと思っていいな?」
「もちろんです。後僕はシュテルメア」
「分かったシュテルメア。君が今から見るのは錬金術師の……禁忌とされる部分だ。錬金術師は追い求める職業。故に数多の禁忌があるが……その中でも肉体に魔を降ろすモノは降霊術に発展した分野と比べてもなお危険すぎた」
「それを僕が?」
「ああ。君が制御できたらの話だが。禁忌エリアに立ち入ることに異論はあるか? ギルドマスター」
「アンタが言うんだ。なにもないよ」
勝手に決まっていく。いや、転職クエストにYESを押したんだから勝手じゃないか。
異形……今日戦った生物達のようにはなりたくないが……覚悟ならばある。
ルルイアスでの決戦で僕がもう少し強く、もう少し聡ければ結果は変わっていたのかもしれないのだ。今こういうことを言うとあれだけれど、クリオネちゃんにダサい所をこれ以上見せないためだ。
……そんなの喰われる過程で死ぬほど見せたか。
「それで、僕はどうすれば?」
早足で地下室内にあった青空の下の草原を抜けて、透明の壁の前まで来た。ここ以降も草原が広がって見えるのは……拡張魔法か鏡的なアイテムだろうか。
「我が人生をかけた秘奥を見せてやる」
導師もどきが荒い動きで地下室の中でも最奥にある壁を軽く数度叩き、その後なにかブツブツも呟いた。
「それと私をもどきと呼ぶのは辞めろ。私には立派な名がある」
ガタガタと地響きをたてながら見渡す限りの草原の、空間が歪む。
「いや……」
ポッカリと空いた扉型の穴。正直怪しい部分しかないが、クエストがでている以上ある程度は信用して良いはずだ。ナナさんに大丈夫だと手で合図した後、とっくの昔に扉の先へと入っていった導師もどきを追いかけようと覚悟を決める
あとその名前を教えてくれよ。じゃないともどきとしか呼べないんだから。
「あぁそうだ。礼を言わねばと思っていたんだ。……娘を、弔ってくれてありがとう」
一瞬だけ歪んだ空間の先から戻ってきた導師もどきがそう言ってまた空間の先へと消える。
……いつかミレィさんもココに連れてこれたら良いな、だなんて事を考えて、さっきまでよりは明るい気持ちで空間の歪へと一歩足を踏み入れた。
◆
『隠しエリア「禁忌の終着点」を発見しました』
宇宙に放り出された、という表現が一番近いだろうか。
全ての壁は手を伸ばせば届きそうな位置にあり、しかし手を伸ばそうとも決して届かない位置にある。
大量に浮かべられた本棚には明らかに禁忌であることが分かるような禍々しい見た目の書籍や実験機材が所狭しと並んでいる。
「……すごいな、コレが人の手で……?」
方向感覚も狂ってしまいそうな世界で、その中心には真黒の鍋が置かれている。
「これから君がすることは単純で、だからこそ難しいことだ」
そそくさと棚々から必要素材らしきなにかを集めていた導師もどきが語り始めた。
ぐるりと世界は周り、それに揺られた本の一冊が導師の手元に収まる。既に必要なページは開かれているらしい。見せられた本には魔術師らしき格好の人間が蛇と鮫と亀を混ぜたような見た目のなにかに変わる挿絵が描かれている。
「これは魔力の性質変化。錬金術師の基礎を突き詰めた先にあるものの一つ」
パチンと指が鳴らされる。本から挿絵が飛び出し、動き始めた。魔法使いは大鍋になにかの素材を入れ……出来たものを飲み込む。変化は大きく……起きた爆発はその研究室を消し去り……残ったのは頭部が蛇に変わった魔法使いだ。
「彼はここで満足せず……次々に魔物の魂を取り込み、自身の魔力性質を変化させていった」
でも僕は錬金術師じゃない、という言葉は本が勢い良く閉じられたことで止められる。
「最終的には……異形そのものに成ってしまったが……その道の先には確かに有用な力があった」
ふむ。だがそもそも彼は青竜の魔菌と「海の化身」のエネルギーを取り込んでいないのではないだろうか? そう、つまり……もっと時間をかけてゆっくりとその真髄へと近づいてくのが正解のような……。
だがその疑問の答えはすぐに示された。
「青竜と海の化身を追う生活の中で、私はこの力に目をつけた。そう、海の化身も青竜も他を取り込んだ魔物。なにかここに奴らを殺すヒントがあるのではないかと」
だがそうではなかった、と彼は続ける。僕の考えた通り、そもそもこの職業と奴らでは取り込むプロセスが違うのだと。
「ただ、制御に至る手段は同じだ。つまり奴らの能力を割くために……いや。正直に言おう、海の化身から娘を分離手段にこそなり得なかったが、他を奴らにしようとする力の方は制御できるのだ」
理論、理論、理論。
世界が周る度に見せられる参考文献はほとんど理解できないが、僕が青竜や海の化身のような存在にされかけていたというのは理解した。
「けれど、今僕の身体にはなんの変調もない。その……有り余るようなエネルギーは存在しない」
「いいや、するのだ。だが今は封臓とやらがそれを抑え込んでいる。その限界が来る前に、君はこの鍋に魔力を送り込み……取り込む魔物の魂を喰らわねばならない」
「魔物の魂とは?」
「やれば分かる! 今から君の魔力は暴走する。リミットは1時間だ。それを超えると……開拓者の場合私にもどうなるかわからない!」
導師もどきが真黒の鍋へと魔力を送り込み、投入されていた謎の木の枝や鱗が溶けて混ざり始める。
魔力の暴走を示すように風が吹き飛ばされそうなほどに強く吹き荒れ始めた。
「魔力を制御したことなんてない! 感覚が……分からない!」
世界が周る、揺れる、光る。
雷鳴が聞こえた。
雨が降り始めた。
宇宙のような部屋を雲が多い、鍋の中身が魔力で青黒く輝いた。
「身を委ねるのだ! 世界は……君の想像よりも自由なのだから!!」
キャハハハッ!!、と悪趣味な笑い声が響き、鍋の中の魔力から悪魔か死霊のような見た目をした存在が飛び出てコチラへと手を伸ばしている。
頭部が蛇と蛸とエイの合成したような姿になった魔道士が現れた。
『飛び込め』
眼の前がチカチカと点滅し、影が海の化身の姿を模して荒ぶっている。
既に風は全てを吹き飛ばさんとばかりに荒れ、幻想的だったはずの部屋は恐怖の象徴のような有り様になっている。なんとか鍋にしがみつくことで吹き飛ばされていない。だが、だが、
──不思議なことに、思い出すのはクリオネちゃんの顔だけではなかった。ミレィさんやキリキリ舞いさん達、それとナナさんがいる。
……………………。
「やっっっっっっってやるよッ!!!」
異形の魔法使いの言葉通り、荒れ狂う魔力の渦の中へと飛び込んだ。
無と全が同時に成っているような、地獄と天国をミキサーしたような、朝と夜と夏と冬と深海と宇宙のような、そんな空間で僕は世界を見た。
『プレイヤー、シュテルメアが異形術師への転職条件を満たしました』
異形術師への転職条件
・魚人族への改宗以外の手段で水中適正を高めている。
・魔術師系統のジョブをメインジョブにしている。
・最大魔力が一定以上
・錬金術師の禁忌エリアへの立ち入り許可
最後を除けばそこそこ簡単()な条件で、シュテルメアに関しては化身やらなんやらで最後をスキップしました。
恐らく導師もどきには禁忌云々よりも娘を弔ってくれた人の命が大事だったのでしょう。
また、条件が簡単ということはつまりそういうことです。