サブタイ考えるのが一番大変まである。
神殿に入るときに起動したUIのタイマー機能が、残り時間が半分になったことを伝えてくれる。
『ぐ……』
残り3分。
時間は変わらず進み続けているが、大きな収穫はなにもない。
人間が住んでいるとは到底思えないような大きさを持つ海底の神殿だ。
生活感的なものは一切見つからず、石でできた壁には海藻のようななにかがびっしりと這っている。
『【ウォーター・ジェット】』
その広さの唯一の利点だ。【ウォーター・ジェット】による移動方法を使っても壁に激突せずに探索することができる。
裏を返せば一部屋一部屋が学校の体育館よりも広いということになるんだけども……。
『……まぁなにかあるとしたらここだよな』
魔法の力で階段をスキップし、最上階らしき部屋へと辿り着く。
残り……1分半
待機させている魔法をいつでも放てるように手のひらを進行方向へと向けながら、ゆっくりと前へ。
張り詰めた空気。鼻歌を口ずさむような余裕もなく、荒れる呼吸を鎮めようと深呼吸をした。
突然「海の化身」に襲われるのではないかという不安と、偽りとは言え自分の命をかけている高揚感。
『ゲームって、最高だ……!』
性癖のためではない。レベリングのような単純作業ではない。
未知のなにかを既知にするための冒険。現代ではとっくに失われたソレに気分が上がって……
『────グォオオオオオオオオオッッ』
『ッッッ!!!!!!』
そして「海の化身」が襲来する。
『ッ、来たな……!』
その雄叫びに海が震え、神殿が揺れる。
遙か遠く、ほんの数秒前までは小さな影が見えるだけだった「海の化身」は、もう既に目の前にいる。
神殿の巨大な柱を挟んで、直前までの荒々しさとは打って変わって悠々と泳ぐソレは、コチラをいつでも殺せる存在として認識しているのだろう。
ゆっくりと、ゆっくりと、見せつけるようにその身体を捩らせる。
『フー…………』
息を吐き出す。
待機してある魔法はいつでも解除できる状態で、「海の化身」へと手のひらを向ける。
『グォオオオオ……』
残り時間は30秒ほど。もちろん死に戻りで帰るならばあと10分になるのだが……まぁなら10分かな。コイツに狙われた時点でどっちにしろ死ぬだろうし。
『ガァゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙……ッ』
「海の化身」が唸る。
どこがほとんど人を襲わない、だ! コレはただの危険なモンスターだろう!
『魔法待機解除! 【ライ……ッ!!』
明らかな臨戦態勢。
ただ、駆け巡る嫌な予感に言葉が詰まった。
反射で、「海の化身」へと向けていた手を上に振り上げ、
『トニング】……ッ!!』
────放った。
バリッ……っと、生物を容易く殺しかねない雷が放たれ、しかして何に当たるでもなく霧散する。
『グォォ…………』
困惑しているのが伝わってくる唸り声。
『なにか……戦闘以外の……なにかがあるんじゃないか……?』
もちろんコレが何故か街で祀られているだけの一般モンスターで、ただ戦うだけのシナリオという可能性もある。
しかし、そうでないならば、コレがユニークシナリオに繋がるのであれば、ココで攻撃しないことで得られるなにかがあるに違いない。
ゆっくりと振り上げた手をおろし、ついでに杖もインベントリへ収納する。
余計な刺激を与えないよう、慎重に。
『そもそも……ただの戦闘シナリオやレアアイテムに興味はないんだよな』
僕の興味の先はあのクリオネちゃんだけだ。
コイツを倒せばクリオネちゃんに近づけるならば死力を尽くしても戦うが、そうでないならば此処に来る意味すらない。
『グゥゥ゙ゥ゙……』
杖を仕舞ったことで、もはや【ウォーター・ジェット】で逃げることもできなくなった。
『頼むぞ……』
『グォオオオオオオオッ!!!!!』
しばらくの間グルリと神殿の最上階を囲むように泳いでいた「海の化身」が、突如咆哮を上げる。
そして、その巨体をうねらせて神殿内部へと入ってきた。
『ぐっ……』
やばいまじかよしぬどうするいやでも─────
『グァルァァァァァァッッ!!!!』
やはりただの強めのモンスターだったか?
今からでも杖を取り出すべきか?
【ライトニング】はまだ残しておくべきだったか。
というか、こんな閉所で所でコイツと戦えるかよ。コッチはコイツが身を捩らせただけで死ぬんだぞ。
一瞬の間。様々な疑問と後悔が吹き出てくる。
『っ! けどっ!』
それで終わっては、いつまで経ってもクリオネちゃんに近づけない。そうは行かない。そうなるわけには行かない。だから。
『………………………来いよッ』
『グルォ゙ォ゙ォォォォォォォォォォォォ』
疑問も後悔も一時忘れて、僕はあえて格好をつけるように手を広げる。
『聞いたよ。この世界はロールプレイを好むんだろ?』
この世界が冒険できるようになってから丸一年もの間倒されることがなく、負けイベントだとすら思われていた7種の最強種ことユニークモンスター。
そのうちの2体をたった2ヶ月で倒せてみせたプレイヤーがいる。
彼、もしくは彼女の名前は……“サンラク”。
チートだ情報を隠すだなんだと書かれていたが、クターニッドに挑むにあたって参考になりそうな要素は2つ。
曰く、彼はロールプレイを好み、その生き様でNPCを魅了する。
曰く、彼は凡百のプレイヤー達が知りすらない装備を持ち、凡百のプレイヤーが到達し得ない技術と発想を持つ。
『彼に追いつくためには……強く、そして誰よりもこの世界に真剣に生きる必要がある』
先程考えた、どうせコイツに襲われた時点で死ぬなんて思考は論外だ。
そして、この「海の化身」が一個人であると認めよう。コイツは確かになにかを考えて行動している。
『まぁその思考の結果が俺を食うってことかもしれないんだが』
だが、あえて笑う。
上等だと。
『──────────────』
?
『なにが………………?』
なにかを語りかけるような音が聞こえて顔を上げると、コチラへと向かってくる「海の化身」と目が合った。
その目には確かな理性が宿っているように見える。しかして、その突進の勢いが弱まる気配はない。
『えっ、アッッッッ』
僕の一瞬の戸惑いに気を遣うことなどあるはずもなく、襲い来る「海の化身」。
『グォオオオオオオッ!!』
過去一の力強さを感じさせられる咆哮。
意図的に荒れ狂わされた海の流れに、魔法職の矮小な身で抗えるはずもなく、
『おまえ、覚えてろよ………!!』
プレイヤー、シュテルメアは死亡した。
『────プレイヤー:シュテルメアが条件を満たして死亡したことが確認されました』
『ユニークシナリオ「偽りの神へ、ただ純粋な敬意を」を開始しますか?』
「…………………………………………へ?」
「海の化身」
エクゾーディナリーモンスターでもなければレイドモンスター、ましてやユニークモンスターでもない。
だが、単なるレアエネミーがそれら特別なモンスターに匹敵しないなどという道理はこのゲームには存在しない。
おや、どこかで聞いた話ですねどこかは知らないですけど。