詠唱を続けながら、シュテルメアはその静けさに違和感を覚えていた。
何故この足を止めている隙に弓を打たないのか? 何故この隙に剣をとって斬り掛かってこないのか?
この魔法を確実に避ける、もしくは防ぐ算段があり、その上でガス欠のシュテルメアを狩るつもりなのか?
疑念は不安へと代わり、杖弓の先が少しだけブレる。
「…………詩人は謳う、其は神の威信と、僧侶は説く、其は神よりの天罰と」
詠唱に失敗判定が出ない時間ギリギリまで深呼吸をして弓先を落ち着けた後、詠唱を再開する。
こういう詠唱のファンブル判定が出ない範囲での空白時間作成と利用みたいな、小手先の魔法技術をディープスローターさんに聞けたのはデカかったな、などと必要のないことを考えることでより心を落ち着けていく。
心配せずともほぼ反射で口は詠唱文を読み上げられる、その威力もお墨付きだ。
照準さえミスしなければコチラが勝つ。
「撃ち砕け雷霆、 其は喰らい付く飢えた狂犬、其は我が意に従い敵を滅ぼす忠実なる猟犬」
だが、敵も見えていない状況でのソナー頼り射撃など賭けとも言えないような難度なのは事実。実際、ここまでの戦闘でもお互い姿を見られていない状態では攻撃を一度も当てられていない。
……となると、必要なのは分の悪すぎる賭けをきちんと読み合いに昇華するための策になってくるわけだ。
(集合、壁)
ナナさんと通信が繋がっているヘッドセットを軽く数回叩くことで彼女へと指示を出した。
詠唱時は会話不可能な以上ハンドサインやモールス信号の共有が必要だ、と言うナナさんの説得により取り入れたモノだが、こうして使ってみるとその重要性がよく分かる。
仕事の休み時間を縫ってわざわざ覚えた甲斐があるというものだ。
『…………了承:すぐに行動致しますわ』
さて。(感謝を伝えるモールス信号を送った)
つい最近のことなのだが……件のディープスローターさんと少し仲良くなったことで、輸送費のお釣りとしてとあるアクセサリーを貰った。
「魔法職をやる以上、敵の動きや考えまで予測するのは大前提だけどぉ、杖を失ったときの保険なんかも大事でござるよ?」とのことで、彼女もしくは彼もなんらかの対策を持っているらしい。
で、その貰ったアクセサリーっていうのがコレ。
・雷結びの耳飾り
雷を掴めるという伝説を持った大英雄が雷を結び作った耳飾り。
通常時よりも威力は下がるものの杖を持っていなくとも雷を使用する魔法を発動できる。
「よし……頼むぞナナさん、【暴虐の雷獣】」
雷の獣が共鳴の雷杖弓に装填された。同時に先程話していたソナー……は発動させられることなく、代わりにナナさんがブースターの起動による高速移動で僕と合流する。
タツノオトシゴ男め、とことん読み合いと行こうじゃんか……!
「準備万端!」
「合流完了:簡易特殊防壁を展開しますわッ!」
ナナさんが地に手を付けることで即席の壁が四方に展開された。これにより僕もタツノオトシゴ男も互いの状況を確認できない!
矢の強化スキルを次々に起動し、装填された【暴虐の雷獣】がバチバチとより強く唸る。
「てかこれ読み合いじゃなくて読み合いする余地を0にした早撃ち勝負じゃね?【加算詠唱】【代償詠唱】」
「否定:その手札をいつ切るか、どう切るかも読み合いの範疇ですわ」
まぁそれもそうか。
話はか〜なり戻って「雷結びの耳飾り」についてなのだが……そもそも僕のメイン武器である杖弓のバグっている所は、魔法をアクティブに待機状態にして置ける所である。
それこそ先程も名前を出したディープスローターさんであれば脳内で詠唱した魔法を発現させるとかいう僕のような凡庸魔法使い達から見るとバグにしか見えないことをやってのけると聞くが、当然大抵のプレイヤーにそんなことはできない訳で。
つまり杖弓なしでは、詠唱を始めた時点でどの魔法がどのタイミングで放たれるかがある程度決まってしまうのだ。
(もちろん名称だけで発動できる【迸る雷撃】や【果てまで貫く雷鳴】、【魔法待機】のような例外はいくつか存在する。とはいえ一時期の魔法使いの対人戦環境では【魔法待機】を何に使い、そしていつ使うかを中心にメタが回っていたと書くと理解しやすいだろうか)
ただ、杖弓だけでは魔法を撃つタイミングをズラすことこそできるが、他の魔法を先に撃ったりするようなことはできない。まぁタイミングずらせる上に魔術師とは別のルールの強化魔法を使えるとかぶっ壊れも良いところだと僕は思うけど。
……やっっっと結論に辿り着いた。そんな火力の代わりに対応力を失った魔術師職にも関わらず、「雷結びの耳飾り」と杖弓があれば、【暴虐の雷獣】を待機させてさらに【魔法待機】も残したままで、それとはまた別の魔法を撃てるという話だ。
さてさて改めまして……なんでこんなツラツラと長い思考をしたと思う?
「【爆水】のストックが溜めたかったんだよな。……準備完了。【雷撃の狩り場】ッ!」
足元に雷のフィールドが形成される【エリア・サンダー】の上位互換魔法……!
「ナナさん!」
「肯定:ブースター起動!」
【爆水】起動。僕とナナさんは四方を囲む壁から射出されるように飛び上がり、打ち上げられながらもできるだけ早く杖弓を地面のある方向に狙いを定めて……番えていた【暴虐の雷獣】を放った。
雷鳴が轟いて、「共鳴」効果を始めとした数多の弓系の強化魔法の効果が乗った【暴虐の雷獣】が、タツノオトシゴ男だけでなく彼を隠す街並そのものを蹂躙する。
「これで更地での早撃ち勝負だ!」
杖弓は空へと投げ捨てた! 街は壊滅し、一瞬呆れたような表情をしたタツノオトシゴ男の居場所は割れた! 目があった時には既に彼も弓を構えている!
【爆水】のストックはすでになく、異形術が解けて竜頭は普通の右腕へと戻ってしまった。だが、だからこそ既にイベントリから取り出してある、最近になってようやく使い慣れてきた通常弓の弦を引く……ッ!!!
「【この一矢にありったけの勇気を込めて】!!!」
「クソッ」
向こうは落下する僕への偏差撃ちを、僕は落下しながらの狙撃を、雷撃による痺れも考慮すれば難度に大きな差はない……ならば!
「ナナさんがいる分こちらの有利なんだよッ!」
「肯定:忘れてもらっては困りますの」
ユニーク魔法という大きな力の込められた矢が放たれ、海を切り裂いて回転により少し右に逸らされていたその矛先が綺麗にタツノオトシゴ男へと飛び込む。
世界がスローになり、怒りに燃える彼の目が死への恐怖に見開かれたのを見た。
一瞬はやく向こうが撃っていた矢をナナさんによる弾幕が弾き、矢は追い風を受けてその頭部を貫き────。
「待っ……」
◆
「っていう夢を見たんだよねぇ〜」
「否定:最後の最後で相手が開拓者でないことを思い出して撃てなかったことは理解しますが、夢だったことにへなりませんの」
「なんないか……」
と言うわけで墜落して死んでリスポーンです。
虚無感に襲われてぼんやりしていると、ソナー系列の波動がリスポーン地点に設定した家屋を貫き、ドタドタと勢い良く走る音が聞こえてきた。
「これさぁ……」
「肯定:彼かと思われますの。撃退します?」
うんって言おうと思ったけどもうだめだ家の前まで来てるってかもはや家の扉を蹴り開けてる。
「おい、お前だな!!!」
「人違いです」
入ってきたのは当然タツノオトシゴ男。ぐっと軍帽を下げることで顔を隠して人違いを貫く……訳にもいかないか。そもそもソナー撃たれてるし。
「いーや、分かってるぞ海の化身! なぜ最後の最後で手を抜いた! なぜ私を殺さなかった!」
翡翠色の剣を僕の首に突きつけたタツノオトシゴ男が怒りに涙を流しながら叫ぶ。
「…………そもそも僕は君と違って負けてもこうして生き返ってしまいます。フェアじゃないでしょう」
「そういう問題ではない! 私は君を殺したいほど憎んでいる! それを情けをかけられて、私は、わたしはッ!」
彼に「海の化身」は既に僕とミレィさんが討伐したと伝えるのは簡単だ。憎んでいるという割に剣に殺意は乗っていないようだし。
だが……そうしてしまった場合彼は怒りを何に向ければ良いのだろうか?
「最近はやるせないシナリオに遭遇しがちだな……その、いや、そうだね。君は……なぜ僕を憎むんですか?」
「…………ッ!」
「静止:シュテルメア様の御心は理解いたしますが、当機の契約者をこれ以上傷つけるようであれば当機が直接排除いたしますの。……全戦力で」
思わずと言った様子で剣を振り上げかけたタツノオトシゴ男の喉元に、それよりも更に早くナナさんが今まで見たこともないような巨大なガトリング砲の銃口をつきつけた。
ゴクリと唾を飲む音が小さく響き、僕に突き付けられる剣先がブレた。なんだ、自分のことは一切顧みない暗殺者みたいな顔してたけど命が惜しいんじゃないか。
…………良かった。
「ナナさん。」
「否定:武器を降ろせという指示には従えませんの」
「いーや、降ろしてもらう。そもそもそのまま撃ったら僕も死ぬ」
「……………………………………肯定:」
恥ずかしそうに赤面して武器降ろすナナさんが可愛い。
「お前は! 海の化身は! 一族の者達を殺したッ!」
「それは聞いたよ。でも腑に落ちない。だって海の化身には理性があったんだ。その理性のために犠牲になった命もあるんだ」
あの冒険者の一団が「海の化身」を止めるために戦ったのは、かなり前の話だ。そしてその事件以降は獲得した理性によって僕以外の人間や街を襲った記録はないらしい。
裏では魚人を捕食していた説や、理性になった冒険者達には魚人族がモンスターに見えた説があるが……
「…………そんなこと知らない! だから何だよ! お前は父様と母様を殺しただろう!」
「今、返答までに間があった。なにか理由があるだろ」
「ッ!」
ジッとタツノオトシゴ男……いや、眼の前で狼狽える少年を見つめる。何歳かは知らない。彼の一族が失われたのがいつかも。だが、今目の前にいる彼は子供にしか見えなかった。
「なにがあった。何故君の一族は滅んだ?」
「……ッ、……ッ!!」
「自白:シュテルメア様」
「……何?」
銃口を降ろしたナナさん……いや、フユネ=77と言う名を持つ征服人形が訝しむタツノオトシゴ男を無視して僕に語りかけ始める。
「前提として……当機の型番は77ですの。その中で例の怪物、海の化身に破壊された個体は46機」
「……………」
思い出されるは僕が「異形術師」に就いたときに戦った青竜の魔菌と海の化身のエネルギーに汚染された個体達。
「当機は見ての通り誰の目に見ても人型です。前機体の死亡ログこそ知っていても、その知識を引き継いでいるわけではありません。ゆえにコレは推測となりますが……あの強大なエネルギーは人間1人の器に収まるものではなく……ある程度の思考の誘導、つまり……街だけは襲わない、という部分でしか意味を成していなかった可能性がありますの」
「……祭りの度に現れていたというのは?」
「推測:マナ粒子が悪さをしていたのではないかと。つまり……人々の神への憧憬が特定の日時に強まることで理性がより強いものになる、と」
「なるほどね〜」
「な、何の話だ!? 私にも分かるように話せ! 首を切られなければわからないか!?」
再び殺気を放つナナさんをジェスチャーで沈めつつ、一応、彼に両親が亡くなったときの経緯を聞くことにする。
「……私の一族は魚人族の街を護っていた。外的な脅威からな。それだけだ。魚人族の街に近付いてきた海の化身は街を滅ぼしかねないと判断され……戦闘になった」
「……先に襲ったって言う負い目から言葉に詰まったわけね」
「そして……帰ってきたのは肉塊……それも多くの魚型モンスターと歪に融合させられ、絶望した表情だけを残した肉塊だ。誰も息はなかった。あの日の絶望を、あの日の怨みを、あの日のエネルギー反応を、私は脳髄に刻み込んでいる……ッ! 海の化身……!!!」
タツノオトシゴ男が僕を睨み、剣を握る手の力を強めた。もはや血が出そうなほどの握力に翡翠の剣が悲鳴を上げる。
「異形と成る力、海の化身のエネルギー、扱う魔法の種類、その全てがお前を海の化身だと告げている……! さぁ!今こそ怨みを晴らす時ッ!」
「否定:シュテルメア様ッ! 貴方の罪では……!」
「いーや、僕が抱えていくと決めたものだ。仕方ない。いいよ」
……溜息をつくしかない。僕が抱えたと思っていたのはその力の一旦のつもりだったが、ついでに罪と怨みも抱えていたらしい。
だが僕が抱えねば彼を始めとして多くの人々は悲しみを抱えたまま怨みの矛先だけを失うことになるのだろう。なんて悪趣味なシナリオだろうか。
「海の化身のエネルギーを継いだのは僕だ。今は人間だけど海の化身の形態にもなれる。理性はちゃんとあるけど……これで良いかい?」
諦めた僕は肩を竦め、自分こそが次の海の化身だと伝える。
後になって考えると、それこそがトリガーだったのだろうと思わせられるような言葉だった。
『────ユニークシナリオ「哀しき深海へ贈る唄」を開始しますか? はい いいえ』
表情の代わるわけではないナナさんが悲しそうな雰囲気で首を振る中、僕は表れたウィンドウを軽く叩いた。