──どこか面食らったような表情をしていた。
あるいは彼はとっくに気付いていたのだろう。自分が相手をしているのが本当に「海の化身」であれば自分はとっくにこの世にいないということに。
「……私はお前を監視している。人に手をかけようとした瞬間お前の命は失われるということを忘れるな」
そう吐き捨てたタツノオトシゴ男(結局名前は聞けなかった)は翡翠の剣を海へと変えた後、手品のように眼の前から消えた。
「はぁ……」
この世界にしっかりと向き合うと決めている影響もあってだろうか、自分の命はいくらでも替えがきくとわかっていてもなお、首元に剣を突きつけられている中で会話するのは心臓に悪すぎた。
「抗議:シュテルメア様!」
「? どうかした?」
怒ったような雰囲気のナナさん。いやそうだよ忘れてた、戦いを上手く手伝ってくれた上で怒りを抑えてくれた彼女への謝罪と感謝もせねば。
「ごめんね。あと戦闘中は色々助かった。ありがとう」
「肯定:否定:……複雑ですの」
「そうだねぇ」
リスポーン地点である家屋の屋根に二人で上がり、美しい深淵都市の宙を見上げる。
遠くでは巨大生物が方向を上げて雷を撒き散らし、氷が悲鳴を上げるように散らされているのが見えた。あれ絶対リベリオスだろ。アトランティス・レプノルカに好かれすぎじゃない?
「お」
ぴよ〜と気の抜ける様な音と共にどこかからメールを送る隼が飛んできた。
誰か僕に隼を送るような人……ミレィさんぐらいしか思いつかないな。おーよしよし、ありがとう。でも雀の羽はいらないかな。
ゲーム的にメールを送れる確立が三分の二って終わってるよね雀。金額でサービスが変わるのはよくある話だけどエグすぎる。
「やっぱミレィさんだったかー」
私の方に「哀しき深海へ贈る唄」というユニークシナリオが受注されましたよー。他のパーティーメンバーになんの異変もないことからシュテルメア君……というか「海の化身」関連かと考えたんですけど正解ですー?
もし正解ならお互いのユニークシナリオが終わり次第攻略と検証をしたく存じますよー。
お互いユニークモンスター討伐、頑張りましょ〜。
PS:占い師ミレィちゃんによると、明後日ぐらいのシュテルメア君には良いことが起こると出ましたよー、諸々気にせず行きましょう。
「文面にここまで個性が出るのすごいな」
後、全体的に気遣いみたいなモノを感じる。
もしかするとミレィさんにも「海の化身」についてなにかのアクションがあって、僕の身を案じてくれているのかもしれない。
とりあえず肯定の言葉と誘いへの了承を書いて……隼の脚に手紙をくくりつけていると、突然謎の寒気が背中に走った。
「え? ……どうかした?」
あーら不思議、振り向いた先には超ジト目のナナさんが。
「否定:なんでもございませんわっ」
「そっか……?」
いや気付かないフリしてるだけで分かってるんだけどね。勘違いしそうな所だけど多分これ相棒枠が奪われないかへの心配でしょ。
海の中を飛んでいく隼の後ろ姿も見えなくなり、深海に再び静けさが戻ってきた。
「さて」
そのまましばらく宙を眺めた後、取り出した深海の短杖を眺める。
……帰ったら改めて墓参りにでも行こうか。
「船長さん元気かなぁ」
「…………忠告:墓参り繋がりであることは当機にしか伝わりませんよ」
「ナナさんに伝わるからセーフでしょ」
ライブラリの人達のサポートもあってお母さんの墓参りはしっかりと出来たと聞いた。墓参り以降はなにをして生きていくのか決められていないと聞いたけれど……。
前回のルルイアス攻略は皆が、好き勝手する僕に合わせてくれていたのだなと思わされる一日だった。
今回は……僕以外は皆パーティーで来てることもあって、1人の時間が浮き彫りになっている。お世話になったライブラリの名前に泥を塗らないために失敗したくないという気負いのせいもありそうかな。
クルリと短杖を回せば、示しを合わせたかのように【暴虐の雷獣】で破壊された町並みが巻き戻されていく。
「…………クリオネちゃんのとこに行ってくる」
「了承:今回は見逃すとしましょう」
ありがとうと聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟いて、僕は道中の魚を焼きつつ封塔へと向かった。
◆
「キョージュ! ライブラリの方針についてなのですが!」
シュテルメアが海を眺めている時、新大陸にてオルケストラの攻略・検証を進めるキョージュやミレィに対して件のシロミ魚が抗議をしていた。
「ここでオルケストラをうまく進めたいのは分かります! ですが余りにも大衆の目から離れすぎている!」
「ふむ。それのなにが問題だと思うわけだね?」
ぐ、と言葉に詰まるシロミ魚をミレィが細い目を少しだけ開いて観察する。彼の言い分としては、悪評のあるライブラリが大衆の目を逃れるように見られることで、よりその悪評の信憑性を高めてしまうのではないかというモノだ。
だがそもそも、悪評の流布によりライブラリに悪い流れがあるのは全員承知の上。それが今まで情報を誠実に提供してきたライブラリの立場を揺らがすことなどないということも。
「君は少しこのクランについて勘違いしているようだ」
「……?」
その低音で優しげな言葉によりシロミ魚の気勢が削がれたことに、なんだかんだ身内に優しい子だと微笑みつつキョージュは続ける。
「我々は考察クランであって情報取り扱いクランではないのだよ。必要な情報は買うし、そのためのマーニを稼ぐ手段のために情報を売るが……」
ただの一介の考察者。そもそも今やこの世界で一番この世界に詳しいとも言い難い。
「ですが……ですが、向けられた悪意に対応しなくてはいつか我々は体の良い食い物にされてしまうのでは!?」
「うむ。だが我々はサンラク君の手伝いができる立場にいる。そして……切り札もいる」
「その切り札に目をつけられているから、話しているんだ! 自分は!」
「………………シュテルメア君にですかー? にわかには信じがたいですけどぉ?」
「えぇ、えぇ!」
でもどうやって、と言外に聞くミレィに鼻息を荒くしたシロミ魚は自分の意見も一理はあるはずだと主張する。
確かに自分達は考察者。だが同時に情報の売り買いもしていて、そちらの側面の方が強く見られがちだと。買うだけ買って溜め込んでいると見られたとき、大衆は自分達が買えていない情報を買っている者はなにか理由があって(もしくはなにか悪どいことをして)買っているのだと邪推するし、そう世論を仕向けることは簡単だと。
「その世論を押し止めきらなくなったとき、大衆は誰を疑う!? 我々ライブラリはその責任を誰に押し付ける!? 分かるでしょう!!」
「それは……論点が飛躍しすぎではないかね?」
「いいえ! キョージュ、貴方は彼を切り札だと言った! 恐らくそれは旅狼のサンラク氏に及ばずともある程度ユニークシナリオを見つけられるからでしょう! だが彼はサンラク氏にはなれない!」
当然だ、とキョージュは頷く。
強さも、持っている情報の重要性も、シュテルメアはサンラクに大きく劣る。サンラクの持つ情報の全てを知っている訳ではもちろんないが、今ライブラリから見えている氷山の一角だけで比較してもなお、その背中を見ることすら出来ていないだろう。
だが、交渉や隠遁に関しても一流かつライブラリとの大した縁もないサンラクよりはシュテルメアの方が……そう、御しやすいのだ。
「違う! キョージュはシュテルメアの能力しか見ていない! 見るべきは彼の精神面だ! 常にゲームをして、常に旅狼の中で争いを繰り広げている猛者と、ゲーム初心者の見えている世界は違うでしょう!」
「…………それも加味しているつもりだけどね」
「とりあえず私もう一回挑戦してきますよぉ」
「うむ」
明らかに不穏なユニークシナリオをシュテルメアが発注していたこともあり、確かに彼のことは心配なのだが、それよりも彼からの期待に応えたいミレィはつい先程まで相対していた巨大な人形の動きをシュミレーションし終え、もう一度劇場へと足を踏み入れた。
「…………今度こそ〜!」
「肯定:そろそろ疲れたからクリアしよ〜」
自分の名前が世界に轟くことが彼への追い風になると信じて。