ルルイアス攻略五日目。
昨日強制ログアウトされてすぐログインが出来なかったため、仕事に行って帰ってきてからのログインである。
それと今は関係ない話だが、一応決戦になると思われる最終日には有休をとってある。
「もう明後日にはココを出るのか」
昨日までの様子からは想像もできないような静かで暗い封塔の頂上からルルイアスの美しい景色を眺める。離れた所で魚群が集まってプレイヤーの誰かを攻撃していて、さらにその奥にはルルイアス城が聳え立っている。
「…………肯定:」
「いーよナナさん、気なんて使わなくても。人とモンスターが相容れないなんてことは最初からわかっていた訳だし」
「否定:全てがそうとは限らないと主張いたしますの」
「んん……そうかもね」
昨日までなら決戦に備えて弓や魔法の訓練をする所だが、その気力も沸かなかった。
「んー、ログアウトしてもなーんにも手がつかないんだよねぇ」
今日の仕事は酷かった。失敗続きで熱でもあるのかと心配されてしまったほどだ。動揺を分かりやすく表にだすなんてまだまだだなと自嘲して、ボンヤリと虚空を見つめる。
「まぁ無心でできるしポーション作成でもしてようかな」
悲しそうに僕を見るナナさんに大丈夫大丈夫と手を降って、深く帽子を被り直して、錬金道具を取り出した。
「例えばさ」
「?」
火にかけた鍋がガタガタと小さな音を立てて揺れ、静寂に包まれた空間に水滴を落とす。
「例えば僕がモンスターだったら」
「………………はい」
「もしそうなら……僕は僕の好きに生きられたのかな」
熱湯に魔力と魚とポーションの材料になる万能水を投入し、かき混ぜながら鍋の水面を見つめたまま言葉を紡いでいく。あー異形術の方のポーションはどうしようか。ルルイアスにいる間保てば後はなんとかなるのだが……
「否定:どう生まれようとも好きに生きる権利はありますの」
「……そりゃそうだ」
溜息、溜息、落胆。
ルルイアスに来た時点でどこかでクリオネちゃんを倒さないといけないことなど最初から分かっていたことだ。そこまで含めての想いだと思っていた。まさか自分がクリオネちゃんを眼の前で他人に殺されてここまで取り乱すとは思っていなかった……は言い過ぎかな。虚無感に襲われるとは思っていた。
「前回ちゃんと攻略できていたら話は変わったのか……?」
キリキリ舞いさんと、臥竜点睛さんと、シロミ魚さんと、ナナさんと、船長さん。皆……僕の選択を尊重してくれるような優しい人達だ。例えば彼等なら今の僕を見てどう声をかけるのだろうか?
「ふ……笑われそうだな」
それを見て僕もつい笑ってしまうのだろう。
もしくはいつまで落ち込んでるー?とか言いながらトランプを始める。舐めすぎでしょ。
なんとか立ち直ろうと今まで一緒に戦ってきた仲間達のことを思い出し、彼等の今にも想いを馳せる。
皆、それぞれの目標に向かって進んでいるのだ。僕だけ止まっているわけには……。
「無理かぁ……」
だがどうあっても心は奮い立たない。多分僕は不可能な目標に向かって進んでいたのだろう。クリオネちゃんと、モンスターとの共生という。
食われることが目標なんて言いながらその先の日常まで望んでしまっていた。あるいは日々の交流(食われる)の中で情が深まったのかも知れない。
「……………シュテルメア様」
「?」
ナナさんからの言葉を聞こうとそちらに顔を向けた、その時だった。ちょうどこの時だった。
『シャングリラ・フロンティアをプレイされている全てのプレイヤーの皆様にお知らせ致します。』
「!!!!!!」
立ち上がって、目を見開いて、急いで耳を済ました。
このアナウンスは……!
『現時刻を持ちまして、ユニークモンスター「冥響のオルケストラ」の討伐を確認いたしました。討伐者はプレイヤー名「ミレィ」の一名です。さらにユニークモンスターの討伐に伴い、ワールドクエスト「シャングリラ・フロンティア」の進行を報告させていただきます』
「ミレィって……?」
「確かライブラリの検証班じゃん?」
「まーた知らんユニークモンスターだよ」
「このゲーム情報高すぎんだよなー」
「いや単独攻略まじかよ!!」
「やるなぁ……ライブラリさんは。ウチも頑張らないとなー」
シャングリラ・フロンティア史上初のユニークモンスターの単独攻略の知らせだ。それもライブラリの余り名が知れてるとは言えないプレイヤー。
その突然のアナウンスに全プレイヤーが騒然とし、そして何より落胆するシュテルメアの魂に強い火を着けた。
「そうだ……そうだよ……! ミレィさんに続くんだった。約束したんだった!!!」
ミレィさんは約束通り世界にその名を世界に轟かせた。掲示板なんかはすぐに彼女の名前で埋まるだろう。既にクリアされたシナリオであるクターニッドの討伐は彼女ほどの偉業になり得ないが、それでも……!!!
「次会う時、次共に戦うときに胸を張って並び立てる自分でいたい……!」
近くに置いていた杖弓を拾い上げ、埃を払った。
まだ心の整理はついていない。「海の化身」のこともある。けれど少なくとも、このルルイアスにいる間は戦えると思った。
◆
世界の真理書「冥響編」・偽典
その文字面を見て、先程アナウンスにて名前を轟かせたばかりのミレィが細い目をさらに細めた。
「ルート分岐しているのは理解していましたが……やはりコチラが偽典ですかぁ」
フルオーケストラの中表れた自分を模した巨大人魚との戦い。その途中に聞こえた歌を、記憶力の良い彼女は鮮明に思い出すことができる。
「1人で話して……自己満足。手痛いことをいってくれますねー」
盛大な皮肉だ。バシンと地に叩きつけた真理書は虚しい音を立てた。ついでにオルケストラの報酬であるアクセサリーも投げつける。
「荒れているようだね?」
「…………えぇ、えぇ。私の望む歌ではなかったもので。ただぁ〜」
シュテルメア君の援護にはなったでしょうか?口の中だけでそう呟いたミレィは部屋へと入ってきたキョージュの方へ向き直り、遠回しながら自分なりの結論を話す。
「サンラクさんの方の真理書を見る必要がありますねぇ」
「うむ。つまり攻略の補助だね。動き出す準備は出来ている。彼の帰還を待つだけだ」
幸い旅狼の長であるアーサー・ペンシルゴンから萎えて別ゲーに逃げただけである程度したら返ってくるという本人の証言を貰っている。
自分にとっては悔しいの一言に尽きるが、それでもまだライブラリが世界の情報をしゃぶり尽くす手段が完全に消えたわけではない。
「くっ……そういえば……シュテルメア君ならどうなんでしょうね。やはり正典の方を引くのでしょうか?」
「そうだね。最悪サンラク君が戻らなければ彼に頼む形になるかもしれない」
キョージュとミレィが深淵にて奮起している最中の彼に期待する中、ライブラリにとってそのどれよりも大きな問題が勢い良く扉を開けて部屋へ入ってきたシロミ魚により齎された。
「不味いです、不味いです、ウチがオルケストラを討伐したことで世論が傾ききりました……!!! 情報格差に不満を持つプレイヤーが殺到しますよ!!!!」
ライブラリが情報を隠していると責められることはある程度覚悟した上でオルケストラを倒した。だが余りにも早すぎる。そう、分かっていた事だが確実に、
「ペンシルゴン君だね」
「そうだと思いますよぉ〜」
彼女による情報操作が行われている。
ピュウと鳥の鳴き声が聞こえ……誰かからのメールを届ける隼がキョージュの足元に手紙を落として飛んでいった。
その手紙を読んだキョージュが、顔色を焦りの含まれたものに変えて言う。
「皆を集めてくれ。広報担当にはオルケストラに関する情報公開の準備を。このままでは不味い」
「はい!!」
シロミ魚がすぐに部屋を出ていき、同時にミレィが首を傾げて何があったのかを尋ねた。さすがの緊迫感に彼女ののんびりとした口調も消えている。
「なにが?」
「ライブラリのレイドモンスターの検証を行っていたプレイヤーがPKに襲われた。レイドモンスターについての情報を公開しろと。さらに……」
「まだあるんですかぁ!?」
息を呑む。
「ペンシルゴン君がライブラリに対して情報公開させると約束する声明を出したらしい。手始めにクターニッドだと」
アーサー・ペンシルゴンもクターニッドの攻略者だ。最近は真っ当な振りをしていた彼女らしくない大胆な手口だが、ライブラリを悪者にし過ぎないような声明内容も明らかに配慮ではなく追い込みの一手。サイガ-100が今回の件に関するプレイヤーからの質問にペンシルゴン側に立つような発言をしたという噂まである。
問題の数々を聞いたミレィが目を回し、そして思い至る。
「クターニッドって、まさか、シュテルメア君が! ……私のせいで!!!?」
追い風?まさかぁ。
少しずつ少しずつ、ライブラリがただ考察好きが集まったクランではなく情報を公正に広めるメディア系クランだと世論を動かされていた。
鉛筆騎士のやばさはどれだけ盛っても良い。
動物園の晒し上げも阿修羅会の売りとばしも黒狼の分離も視点によっては絶望感凄いでしょアレ。今回は調子にのったライブラリにお灸を据えようとしてるだけ。