「……【迸る雷律】」
頭はボンヤリとしていて、目の焦点もあっていないのに今の戦況だけは妙に綺麗に把握出来ている。脳にというよりは魂に負荷がかかり過ぎて解決のためにゾーンに入ったような……そんな感覚だ。
触手が振り下ろされ、回避を失敗しかけた剣士を助けるために放った雷律が上手く決まった。触手の動きが止まり、近くで武器を構えていたタンクのプレイヤーがアシストに入る。
「第1段階は回復アイテムを使わないべき、と……」
「確認:シュテルメア様、本当に問題ないのですか?」
「大丈夫だよ」
杖弓に適当に詠唱時間の短い魔法を装填した状態で回避に集中する。クターニッドはダメージが意味を持つフェーズがあまり多くない。
遠距離職の仕事である聖杯破壊までは味方か自分が死にかけない限り魔力をケチっておくべきだ。
ここ最近ずっと不満気な雰囲気を纏っているナナさんに申し訳ないことをしている自覚はある。ルルイアスをでたらなにか埋め合わせをせねば。
「……分かりましたわ」
一足先に偉業を果たしたミレィさんの横で胸を張って歩くために、僕はクターニッドに勝つ。
そこだけしっかり分かっていれば、異形化した魔物達のことも、海の化身に殺された魚人族のことも、僕とクリーオー・クティーラは別の生物だってことも、今は忘れて良い。
「ふー、とはいえ前回と違ってガチ勢多めのフルメンバー。余裕あるな……」
パーティーごとに上手く連携して戦っている。一番貢献していないのは明らかに僕だが、その僕も火力さえ出していれば文句は言われないだろう。
また一本触手が攻撃を受けてクターニッドの元へと引き戻された。残り2本。
「シュテルメア、もう少し本気を出してもいいぞ!」
リベリオスが叫び、降りてきた2本の触手を剣で切り払う。基礎練習の成果だろう、その動きは明らかに前よりも滑らかで洗練されている。
「魔力温存だよ」
なるほど、と応えた彼は更に重ねてスキルを起動、本体へと引き戻されかけた触手へスローをかけることで更に連撃を叩き込み、回りにいた仲間の魔法使いの放つ炎が止めをさした。
「残り一本!」
その叫ぶような勝鬨におう、と皆が声を上げて気合を入れ直し、最後の触手に備える。僕もラストアタック狙いで杖弓に【迸る雷律】を……の前に、
「【魔法待機】、【加算詠唱】……」
第2形態に備えて準備しておきますは魔法【雷撃の狩り場】。割と最近会得したこの魔法は、エリア・サンダーと比べて詠唱時間や発動方式はそのままに威力やスタン効果が上がった。その上、杖弓で放つと雷で出来た竜頭として装填されるのだ。
エフェクトがあまりにも好みで使用機会が増えているのは良いのか悪いのか半々と言ったところだろう。
「はい待機完了、【詠唱短縮】起動」
流れるように詠唱を進めていく。コレ毎回思うけどリアルだったら翌日喉痛めると思う。
なんとなく反射で撃つ魔法が綺麗に通り、思い通りに状況が進んでいく。運と能力が連動しているのを感じて僅かな高揚と大きな落胆を繰り返し、より集中力は上がっていく。
詠唱完了、ハイ触手降りてきた、すでに杖弓は引き終わっている。
「【ライトニング】ドーン」
雷の矢が最後の触手を貫き、そこそこのダメージとスタンを受けて停滞、なんらかのスキルの光を纏ったリベリオスの剣が綺麗な弧を描いて振り下ろされ……
◆
『届かぬ高みはなく、されば至りて後に人は何処へ征く……』
クターニッドの独白。
届かぬ高みの存在を知っているリベリオスはギリ、と歯ぎしりしながら振り切った剣を一旦鞘にしまい、体力魔力の回復を行う。
『信ずる己を見出せ、世界が変わり果てようと根幹は揺るがず』
己の剣を信じる、ととっくの昔に心に決めた。己と凍てつく魔剣があれば元団長にもいつか届き得ると信じることにしている。必ずそうなのだと。必ず、そうなのだと。
……だが今の自分はどうだろうか?
幾何学的な平面図形は立体のソレへと変貌し、巨大な魔法陣が蛸らしき形を創り出した。
未だ彼女の指示は完遂出来ていない。
本当にするべきなのか? そもそも先程から凄まじい勢いで集中力を研ぎ澄ましていくシュテルメアに対して、実際に自分はその指示通りのことを通せるのか?
剣に誓った最強の座が揺らめく。
今の自分と理想の自分の差異が、少しずつリベリオスの世界を崩していく。
そしてクターニッドが8つの聖杯の中の二つ、青と緑の聖杯が強く深淵を照らすように輝いた。
「これは……!」
夜空が白い。
コロシアムが赤い。
深淵そのもののような暗さがあったクターニッドも白く輝いている。
何故か視界が低く、思ったように身体が動かない。
余りの異様な光景と状況にプレイヤー達が騒然としかけ、
「──反転!! 性別と色調!!」
シュテルメアの声が力強く耳に届いた。
瞬間、この展開を話としては知っていたリベリオス達も正気を取り戻してそれぞれの武器を握った。
「僕が効いている聖杯を把握して伝達する! それに従って戦ってくれ!」
「…………! い、いや……ッ!」
それは不味い。その判断は不味い。
リベリオスはなんとか思考を回してシュテルメアが買って出た役割を別の人間に回す案を探すが、当然見つかるわけもない。
何せシュテルメアは失敗したとはいえクターニッドとの戦闘を既に経験しているのだ。聖杯の効果確認など経験則に勝るものがあるわけもなかった。
何故か否定の声を上げて黙ってしまったリベリオスへの奇異の視線をパーティーメンバーが雑に追いのけ、面倒な効果を持つ聖杯が発動する前に少しでもクターニッドを削ろうと、クターニッド攻略を目指すプレイヤー達は戦闘を始めた。
「僕は……僕は……!!」
剣の柄を握り、降りてきた聖杯を掴んでいる触手へと走り出す。自分の剣でこの暗闇を切り開くと心に叫びながら。
それは決意ではなく、ヤケクソになったがゆえの行動であるとリベリオス自身も分かっていた。理想と現実の差異に自分の心が耐えられる時間はそう長くないことも。
◆
「報告:周囲にそれらしき存在やシュテルメア様を直接害す以外の手段となり得そうなものもございませんでしたわ。……例の魚人族はどこかに潜んでいると思われますが」
……まじかぁ。
「ありがとうナナさん。君はとりあえず僕の後ろにいてくれ。リベリオスの動きがキナ臭すぎる。」
リベリオスに指示を出しているというモノの狙いが僕である以上、このルルイアスのどこかにそれがいるのだろうと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「了承:当機は最悪ブースターで逃走可能ですの。シュテルメア様こそ、彼女以外に殺される姿をこれ以上当機に見せないで頂けると助かりますの」
「ごめんね」
「…………肯定:シュテルメア様が死ぬ姿は当機に良い影響を与えませんわ。ご留意をお願いしますの!」
コクリ、と頷き、クターニッドの反転効果を剣を振るうリベリオスの姿を視界に収めたまま確認しなおした。
既に第2形態に入ってから数分だ。人海戦術の甲斐もあって、ダメージ反転である紫の破壊に成功している。
このまま何事もなければいいのだけど……そうもいかないかな。
「【迸る雷律】……残り6つ。」
僕の放った雷の着弾と共に青色の聖杯が砕け、さらに聖杯は減る。
クターニッドが魔法陣に映えた目を細めてコチラをジッと見つめている気がした。