聖杯の破壊は順調に進み、残り二つ。
近接無効の赤とステータスランダム反転の藍だ。
「回復アイテムもそこそこの数残せてる。誰も落ちてないし、このままいけば次のモンスター召喚パートも乗り越えられそうだ」
それ以降は完全に未知の世界。
自分が見たこともない世界に少しだけワクワクさせられつつも、杖弓に新たな魔法を適当に装填し聖杯が輝くのを待つ。
静寂。慣れによって増した集中力はココが貯めの時間だと告げているらしい。全員が動きを止めて、武器を握り時を待つ。
「「赤! 近接有効!」」
僕以外のプレイヤーも聖杯の色毎の効果を把握したらしく、数回前の聖杯からは指示の声が複数響くようになっている。
近接が有効になったことで久方振りに武器を振るえる前衛職達が我先にと振り下ろされた触手へと駆け寄り……クターニッドがニタリと笑った。
「待っ……!!!!」
触手のフェイント。クリーオー・クティーラで見慣れたその動きは、触手を破壊しようと駆け寄る前衛達を弾き飛ばすようにうねる。
ここまで素直な動きしかしてこなかった触手に僕達が慣れてしまったからこそ劇的に刺さる戦法。巨大モンスターの癖に小賢しいことするなよと悪態をつきつつ対応を!
「待機解除……!」
その風圧に軍帽が吹き飛ばされ、マントのようなコートがはためく中……一切の集中力を欠くことなく事前に待機させておいた【雷撃の狩り場】を装填、慣れた基礎動作で引いた勢いそのままに弦から指を離す。
威力が足りるかが問題だが、まだ至金の歯車・密を吐きたくはない。とっとと戦線に戻れと弾き飛ばされてスタンしている前衛職達に合図を出し、前へと走り出す。
放たれた雷龍は着弾と同時に消え、周囲に帯電したエリアを作り出す。バチバチと雷が音を立て、直撃されたクターニッドの触手が怯んだ。
「剣でも使えたらな……! 【詠唱短縮】!」
攻め時!
だが赤の聖杯を守るように藍色の聖杯を握った触手による薙ぎ払いが再度敢行され、残っていた僕以外の後衛が散り散りになった。
いやクソしゃーない出し惜しみはするべきじゃないよな!! 最終形態に間に合うようリキャスト急いでくれよ至金の歯車・密起動!!!
「【三叉の雷槍】!」
前へと走りながらの威力特化雷魔法の装填、さらに追加で【スローダウン・アロー】も起動!!
することは単純、藍色聖杯の触手を至金とスローで遅延させた状態で赤色聖杯の触手に接近、【異形術:魂魄撃】で破壊する!
どうせ次のモンスター召喚パートは僕一人の力ではどうしようもない。それよりもこのままスタンを喰らった前衛が触手の連撃を受けて死ぬことのほうが問題だ……!
放った【三叉の雷槍】は藍色聖杯に直撃、二度目の薙ぎ払い攻撃のキャンセルに成功したのを確認する暇もなく杖弓を投げ捨てた僕は跳び箱の要領で触手を超え、拳を握りしめる。いやこの突撃、【異形術】使ってからにすればもっと楽だったでしょポーション使用削りすぎた……!
「だが喰らえ、【異形術:こん………!!!」
僕の攻撃の直前、挿し込まれるように赤色の聖杯が輝いた。近接無効!!!! ゴミかよ!!!
ボシュン、と気の抜けたような音と共に魂魄撃が不発にされ、音だけでも後ろから僕を殺さんとする触手が迫っているのを感じる……!
「─────クッソ……、ナナさん!!!!!」
相棒の名を呼べば、手元に綺麗に深海の短杖が届けられる。いや流石すぎる。以心伝心……!
「肯定:お任せ下さい」
「【詠唱短縮】……!」
【ウォーター・ジェット】を全速力で詠唱しつつ、逆手で【爆水】起動! 上方へと弾き飛ばされることで藍色聖杯の触手による攻撃自体は回避、だが畳み掛けるように赤色聖杯による突き上げ攻撃が迫る……!
おいクターニッドの頭が良過ぎるぞコレ絶対攻撃しつつ僕を赤色聖杯の無効範囲である10メートル圏から逃さない折衷案だろ……!!
「だが、まだ! 【ウォーター・ジェット】!」
さらに上へと吹き飛ばされ、もはや触手を伸ばしても10メートル圏内まで届くような位置に僕はいない!
深海の短杖を投げ捨て、「追撃の矢筒」と「特殊エンチャント:火鳥」を起動!
征服人形専用アクセサリーである「回収者」が深海の短杖を回収し、代わりに僕の元へ共鳴の雷短杖を届ける。
「ナナさん、最高だッ!! 【果てまで貫く雷鳴】!!」
ダメージのない魔法。だが、この魔法を起動することで空砲が杖弓に装填され、雷の弦が出現する。
王国弓兵部隊の矢筒から雑に取り出した仕込み矢を杖弓の雷弦に番えた、さぁ喰らえ基礎練習と杖弓の研究の果ての速射術!
足場すらない難度の高い射撃は綺麗に赤色の聖杯へと吸い込まれるように着弾して爆発した。
だが元々この爆発仕込み矢は少威力な上に今の僕は本職の弓使いではない。当然、起動したスキルを加味しても魚群すら一撃で仕留められないこの仕込み矢だけでは聖杯を破壊できないだろう。だから……!
「【代償詠唱】、【迸る雷律】……!」
弱々しい、しかし対人では凶悪な魔法の装填。火力のほとんどないこの雷律に、追加で【果てまで貫く雷鳴】と同じように矢筒から取り出した仕込み矢を番える……!
「砕けろ……!」
放った矢、スローモーションの触手、偏差も含めて確実に命中させたと言う確信。
だが……そのスローモーションの世界で、赤色の聖杯が砕ける映像よりも先に僕の目に入ってきたのは、ボロボロになりながらも触手の攻撃を掻い潜り、なんとか赤色の聖杯を破壊しようと剣を振り上げるリベリオスだった。
「いや、おい!!!」
赤色の聖杯が発動している以上、今は近接攻撃の完全無効が効いている。リベリオスの剣が聖杯を破壊することはない。だがそれはおかしい。彼からも当然聖杯が光る様子は確認できたはず。ではなぜ……、増した集中力はより僕の思考を空転させ、そして放った矢はリベリオスへと直撃した。
「な……ッ!!!」
赤色の聖杯は破壊できず、幻視したのはその状況に驚くようなリベリオスの表情。
「……………ごめんシュテルメア」
だが、実際に見えた彼の表情はどうしようもなく泣きそうに歪められたモノだった。
「なにを……!?」
謝罪の言葉に、その意図を測りかねる暇すらなく、リベリオスは更に理解不能な魔法名を絞り出すように宣言する。
「………………………………【朋友救助】。」
◆
【朋友救助】という魔法がある。
それは、プレイヤーキラーを行う者に遭遇したプレイヤーがフレンド交換をしている別のプレイヤーに助けを求める魔法。
本来であれば、プレイヤーネームが赤色に染まったプレイヤーが近くにいなければ発動できないのだが……
今回の場合、いつの間にかリベリオスがシュテルメアをパーティーメンバーから弾いていたことでシュテルメアの攻撃はリベリオスへの加害だと判定された。されてしまった。
これにより、ルルイアスにはユニークシナリオを経由しなければ侵入できないだろうという常識を破壊する。
そう、シャングリラ・フロンティアというゲームでも屈指の悪意を持つであろう彼女が。
◆
【朋友救助】の起動により、魔法陣が展開され、誰かが転送されてくる。
その異様な現実に、戦闘中にも関わらず場が静まり帰った。
ブゥ゙ン、と「救助」という言葉からは想像も出来ないほど重苦しい音が響いて、赤と黒を基調にした装備に身を包む彼女は表れた。
「やぁやぁ、クターニッドに挑んでいる皆さん、はじめまして!」
開口一番、魔法陣から表れた彼女は、君達を助けに来たと状況についていけないプレイヤー達に堂々と嘯く。
赤と紫を貴重とした装備、巨人殺しの槍、真紅のコート、黒い仮面。
トン、とヒールが軽い音を立てて魔法陣から一歩、彼女を外へ出した。
ビリ、と緊張感がルルイアスを攻略せんとしていたプレイヤー達に走る。フユネ=77がシュテルメアを守るようにが銃を構えて前に出た。
ユニークモンスターたるクターニッドの触手さえ、彼女の存在感の前に動きを止めて状況が代わるのを待っている。
「君達は、今外界で起こっていることを知っているかな?」
「…………どれのことだよ?」
振るえて立ち竦むリベリオスを無視し、彼のパーティーメンバーが彼女へと訝しむように聞く。
「私はずっと疑わしいと声を上げていたのだが……ついにライブラリが全プレイヤーを騙していたことを裏付ける証拠が公開された! 私は彼等の悪意を憂いて、ライブラリの隠し事の温床であるココに調査に来たのだよ!!」
よく通る声が、怪しげな説得力と当然信じるのだろう?という圧を同時に孕んで宣告する。
「ほら君! そこの君! ライブラリの懐刀君だね!?」
「え、あ、はい……?」
仮面に開けられた目の穴が怪しげに光り、ニンマリと口が歪められた。
リベリオスが言っていた指示を出していた人間とは確実に彼女のことだろうとシュテルメアは理解する。だが、彼女の狙いが結局わからない。シュテルメアのメンタルを崩した意味は……と、考え事が出来たのはそこまでだった。
「悪を赦すつもりはないんだけどね。だがやり直すチャンスは必要かもしれない。だから……情報を秘匿する悪徳クランであるライブラリを私達と共に叩き、英雄となるつもりはないかい?」
仮面の女がシュテルメアへと誘うように手を差し伸べ、深淵に光が入り込んだ。