不倶戴天   作:雨傘なななな

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倶に天を戴けど 其の十

「私の手を取れば、明日から君は英雄だよ!」

 

 ニタリと不気味に笑う真紅を纏う女の言葉は、水中で発されたかのように籠もって鼓膜へと到達する。

 近づくなと威嚇射撃を行おうとするナナさんをなんとか抑えて、女の目を正面から見つめた。

 跪くような体勢の僕と、明らかに見下した様子の女の異様な光景に、誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「うん? 私の声は君に届いているかい?」

 

「…………僕は」

 

 黒く禍々しい三叉の槍を女が弄ぶ様に揺らし、分かりやすく僕に警告を送っている。

 思い出されるのはシロミ魚の「ライブラリを悪者にしようとする動きがある」という言葉。確実にそれを主導したのは眼の前にいるこの女だ。

 

 ……掴み所がない。殺そうにもフラリと指の隙間を抜けて消えてしまいそうな、しかし逃げようとすれば殺されてしまいそうな、奇妙な印象。

 

 だが負けるわけにはいかない。この女の誘いに乗るわけには行かない。

 

「僕は、友達の隣に胸を張って立つためここにいる……!」

 

 心が折れた時に、近くにいなくとも偉業を成して僕を励ましてくれた彼女を裏切るつもりなど微塵もない。

 

「へぇ……?」

 

 首を軽く傾げながらも深まるその笑顔。一挙一投足が人を殺せそうな威圧感に、反射的に杖弓をより強い力で握りしめて【魔法待機】も至金の歯車・密もないことを悔やむ。

 もっと上手く戦闘を運べていたら……!

 

 後悔は多い。本当に。心も何度も折られてきた。

 だが、この選択を後悔することはない。

 

「友達を討つつもりなんてない」

 

 目を逸らして、もう一度目を見て、一歩間合いを広げる。

 ナナさんも合図せずとも戦闘に以降してすぐ動けるように備えてくれている。

 

「そ」

 

 ニコリ、と、先程までの怪しげな笑顔から打って変わった満面の笑みが浮かべられる。仮面越しでも伝わるほどに魅惑的なその表情は一瞬とは言え僕等の警戒を綺麗に溶き、

 

「あ、あぁ……だから……」

 

「ライブラリの懐刀君は友達のために戦うんだね」

 

「……?」

 

 違和感。会話が噛み合っているようで噛み合っていない。僕の言葉の意味を理解できないような輩にこんなライブラリを潰すための大規模な計画を立てられるとは思えない。だから……そう、誘導尋問というか……僕になにかを言わせようとしていたような……?

 

「いや、違う、そもそもが違うんだ」

 

「仕方ない仕方ない。仕方ないよねぇ。じゃあ君達、私がココに来た理由、なんだっけ?」

 

 ギシリ、と最初から場を冷たく支配していた彼女の威圧感が更に増し、世界が軋んでいるような音を幻聴する。

 

「情報独占の……調査?」

 

「そうそう! 実はそれ、嘘なんだよねぇ!」

 

「は、いや、まさか……違う、この威圧感は……!!?」

 

「肯定:クターニッドに変化が見られます」

 

 ギシリ、とまだ威圧感は増す。世界は軋み、沈黙を貫いていたクターニッドの触手が重厚な音を響かせて肥大化した。

 まだ、威圧感は増していく。

 心臓が鼓動するように魔法陣で出来た蛸のような肉体が伸縮し、元より暗い深淵をさらに深く染める。

 

「私は既にクターニッドを攻略したプレイヤー!」

 

 深まる深淵の中で、それでも一切の輝きを損なわない真紅の女は高らかに叫ぶ。

 

 私こそが最も正しいと!

 私こそが最も美しいと!

 私こそが最も完璧だと!!

 

 私だけが利益を得るべきだと!!

 

「さぁ開拓者諸君!」

 

 その言葉と共にビッと勢いよく掲げられたサムズアップ。

 世界が揺れる。クターニッドの鼓動に合わせ、少しずつその揺れの勢いは増していく。

 ドン、と直前までの鼓動とは明らかにレベルの違う鼓動音が鳴り響き、世界が停滞する。

 

「せいぜい醜く足掻きたまえ」

 

 ニンマリと浮かべられる醜悪な性根をこれでもかと詰め込まれた笑み。掲げられたサムズアップはゆっくりと地へと向けられる。

 誰もがクターニッドの鼓動が病んだことで嵐の後の静寂が来たのだと錯覚し、直後に現実を突き付けられる。

 

『苦難を味わい、しかし再び我に挑む者よ!』

 

 クターニッドの歓喜の声。だが既に当の女の身体は色を失い始めている。

 

『天に至りて、されどより高きを目指す者よ!』

 

 ここルルイアスに来て以来最も重厚で増大で尊大な声。

 今までの反転はお遊びだったとでも言うようにルルイアスは再び海底に沈み、2秒後にはさらに天を懷く外界へと出現する……!

 世界が丸ごと揺れるような感覚。クターニッドの鼓動に合わせて十種の聖杯が次々と輝き、多種多様の効果を発現させる。

 

「うふふ、クターニッドさん。喜んで頂けたならなにより!」

 

『人よ! 我にその力を魅せるが良い!!』

 

 僕たちが必死に砕いてきた聖杯が再生したと思ったら即座に砕け、ルルイアスにその光をばら撒いた。

 

「あでゅー!」

 

 【朋友救助】の効果時間が切れたことで妙に様になった決めポーズをした女は元いた場所に帰環し、何故か女がいた場所に残された黒いアイテムがリベリオスの足元に転がり、爆発する。

 

「……ゥ゙……」

 

「いやおい待てよ!!!!」

 

 無数の無機物たるルルイアスの建物が有機物へと反転され、肉を得てビルよりも巨大な無数の水龍が産まれ落ちた。

 

「なん……だったんだよ!?」

 

「いやいやいやいや」

 

「こんなの攻略情報になかったぞ!?」

 

「あの女は誰なんだよ!」

 

「……ライブラリがクターニッド強化のために派遣したとか?」

 

「おいクソッ、マジで情報隠してやがったのか!? ユニークシナリオをクリアさせないためにここまでするのか!?」

 

「な、まさか、そんなことまでするのかよ!!」

 

「クソッたれライブラリがよ!!」

 

 プレイヤー達が口々に悪態をつく。最初は困惑だったその声はいつのまにかライブラリへのソレに移り変わり……

 

「おいライブラリの懐刀だったか! お前はこれを知っていたのか!?」

 

「おいあの女を【朋友救助】で呼んだのはお前だな!? なにがトッププレイヤーだ! 結局情報独占が目的だったんだろ!?」

 

 そして僕やリベリオスへの罵倒へと変わる。

 

「い、いや……」

 

「信じられるかよ! クソがッ! どうするんだよ……!!」

 

 それでも各々が既に武器を構えているのは、開拓者の性だろうか。

 爆発ダメージを受けて死にかけているリベリオスと僕を護ろうとするナナさん以外の全てのプレイヤーが今にも僕等に襲いかかろうとしている水龍を睨みつけている。

 

「シュテルメア様」

 

「……? どうかした?」

 

「報告:ここにいる開拓者の中に明らかにあの女のサクラがいると思われますの」

 

「分かってるよ」

 

 多分リベリオスのパーティーメンバーだ。そもそも黒狼って組織自体があの女のシンパな可能性がある。

 僕とついでにリベリオスを責めたのは彼が切り捨てられたからだろうか? それともヘイト分散?

 ……どちらにせよ流石にあの流れで女ではなくライブラリを責める流れになるのはおかしい。声のデカさに流されて他のプレイヤーも僕やライブラリが悪さをしていると信じたらしい。

 

「疑問提起:いかがされますの?」

 

「…………PKになってこれ以上ライブラリの悪評の元になるわけには行かない」

 

 おそらく、という形にはなるが、ここであの女の登場によりクターニッドのレベルが上がることで僕達がルルイアス攻略に失敗することまであの女の策の中のはず。

 僕からなにか言わせようとしていたあたりこの中の誰かが動画でも撮っていて、それを上手く編集して世論に決着をつけるのだろう。

 

「強化されたクターニッドを倒して、どうにかライブラリの名誉を挽回する」

 

「gooonnnnnlllkkvk55oooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 水龍が吠え、プレイヤー達が吹き飛ばされる。

 既攻略プレイヤーの参加によりクターニッドの攻略難度は跳ね上がるらしいが、それにより攻略方式まで変化するとは考え辛い。恐らくここで湧いたモンスター達を取り込むことでクターニッドは次の形態へと移行する……!

 

「この形態では少しでも数を……減らせるのか?」

 

 見上げるのも難しいほどの巨体と数。

 ……そしてさらに、クターニッドは見覚えのある何十個もの魔法陣を展開する。

 

『遠く、遠く、遠くまで来た。私は彼女の故郷を知らない。私の故郷は星の海と同胞と彼女の笑みであった』

 

 言葉が紡がれ、魔法陣が拡大する。

 

『この世に在りて、されどこの世に在らざるもの。我が身に肉はなく、我が身に骨はなく、我が身に血は流れぬ』

 

 さらに魔法陣が拡大する。既に数多の魔法陣は一つのモノかと思うほどに重なり、巨大化し……違う、これ、魔法陣の融合だ。それはつまり……、

 

『であれば、私は妄想を事実とし、幻想として生じ、空想より出でて想像とならん。故にこそ、故にこそ仮想となりて我血肉を求む』

 

 展開されるは天が埋め尽くされるほどの巨大な唯一つの魔法陣。 

 

『命脈の波濤に抗え、闘争こそが命の本質故に』

 

 命が生まれ落ちる音が響き、赤ん坊が母胎を出て初めて地に落ちる時のように無数の黒いナニカが降ってくる。

 

 そして再度輝く聖杯の光。黒い物体だったそれらは牙を得て、四肢を得て、それぞれが人を殺すための武器を持つ。

 宙では建物でできていた水龍が叫び声を上げて一斉にブレスを吐き、地では黒き殺意の塊が人を殺さんと産声を上げる。

 

 世界を幾度も反転させた末、ルルイアスは地獄へと至った。









Q、本人が来る必要あった?
A、楽しいイベントには参加したいじゃん?あと今回は旅狼の助勢なしなので彼女が使える手駒は意外と多くない。
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