地獄のような光景を眼前にして、心を幾度となく折られて、それでもなおシュテルメアはクターニッドを見据えて杖弓を握る。
振るえる手は雷弦を引き絞り、撃ち出された空砲と仕込み矢は今にも彼へ飛び掛かろうとしていたクターニッドの眷属を貫く。
『昏き世界に、輝く光……!』
クターニッドがなにやら呟き、さらに追加された魔法陣からは深海に生息するモンスター達が出現している。
「…………マジでこれを攻略したプレイヤーがいるのか……?」
誰もが攻略の失敗を予感した。
この地獄絵図、それこそジークヴルムを倒したときのような大人数のプレイヤーがいて初めて戦闘が成立するような規模だろうと。
「いや!!!」
まだ戦える、と叫んだのはシュテルメア。
杖弓を掲げ、先程まで自分達を責めていたプレイヤー達を見つめて、まだ道はあると彼は声を上げる。
「僕ならこの量と質相手でも意味ある攻撃ができる! 耐えてくれ!」
「…………!」
何を今更、と言う嫌疑の言葉は彼の一切逸らされない視線を受けて溶けて消え、彼等はまだ戦えるのかもしれないという希望を薪に身体に喝をいれる。
「ぐ……分かった、キャストタイムだな!? 何秒稼げば良い!」
黒狼のプレイヤー達がシュテルメアへの無視を決め込む中、シャンフロ世界に置いて有名でも無名でもない中堅プレイヤーの長はシュテルメアを信じることにして同調の声を上げた。
「実はリキャストもあるんだよね。……5分で!」
「ごッ………!? いや分かった、次の形態にまでは間に合わせてくれよ!?」
「当然だ!」
「皆! 聞いたな!? 彼を護る! やるぞ!!」
「「おう!!」」
その言葉にもう一つのクランのメンバーも同意し、彼等は無謀でしかない戦いを護るための戦いへと切り替える。
「どっちにしろここで削られれば削られるほど次の形態で手も足も出ないんだ、死ぬ気で守りつつ出費を抑えろ!」
眷属とモンスターの第一陣が押し寄せ、シュテルメアを囲うように布陣した開拓者達とぶつかる。
「ぐ……」
「流石に省エネじゃ無理だコレ!」
「【煉爆の流圧】!」
「よっしゃナイス倒す必要はないスタン、ノックバック中心にやるぞ!」
「まかせろ、【エンチャント:ヴォーパル】!」
名前も知らなかった、クリーオー・クティーラーにトドメを刺した彼等の奮闘に一瞬目を丸くしたシュテルメアは、頭を降ってその事実を頭の片隅に追いやった上で、状況をマシにするための最高火力の詠唱を始めた。
◆
自分ならなんとかできると言ってしまったのならば、なんとかせねばなるまい。
本当ならば深海の短杖の【海の化身ここにあり】で諸々吹き飛ばしてやりたい所だが、今は例のタツノオトシゴ男の矢が飛んでくるため使えない。
「いや〜〜〜〜〜デバフ多めだな」
「肯定:ですがシュテルメア様ならばこの程度切り抜けられますの」
ナナさんの信頼にもちろん。と力強く応え、【魔法待機】を起動、詠唱開始。
【加算詠唱】【ハイレートスペル】、【この一矢にありったけの勇気を】、【特殊エンチャント:火鳥撃】、【衝撃の一矢】、「追撃の矢筒」、「スローダウン・アロー」、「ダーティーショット」など、威力向上のスキルや魔法を片っ端から起動させ、
「────撃ち砕け雷霆、 其は喰らい付く飢えた狂犬、其は我が意に従い敵を滅ぼす忠実なる猟犬、【暴虐の雷獣】」
僕の使える最強の魔法を待機に入れた。
「事前準備完了……ここまで3分」
さていつもと違うのはここから。
使用する魔法は【雷撃の道筋】。全てとは言わずとも一撃で倒せそうなモンスターを出来るだけ多く道筋に入れるべく誘導線を引いていく。
「これで共鳴効果も発動可能と」
眼の前ではHPをすり減らしながら数多の攻撃からタンク達が僕を護り、少し離れた所では水龍達にブレスを撃たせないよう軽戦士達が派手な動きで視線を引き付けている。
戦闘開始前にリベリオスが言った「このパーティーの最大火力」の言葉が思い出される。彼は今も心折られて戦線に復帰出来ていないが、あんなことをしてまだ僕の友達だと言ったのならば是が非でも前線に帰って来てもらう。そう、
「この魔法の威力で目も頭も覚ませよな!」
【雷撃の道筋】を杖弓から撃ち出し、無数に襲い来るモンスターと眷属達を見て、魔法待機を解除する。
「待たせた!」
「むしろ速いぐらいだ。思いっきり頼むぞ!」
バチバチと激しいスパークをまき散らす雷の獣が装填され、その輝きに深淵の眷属達がより牙を剥いて勢いを増した。
「目標半分、それと最大火力の称号!【暴虐の雷獣】!!!」
────鼓膜を震わせる獣の咆哮と雷鳴。
全方向を粉々にするべく設定した軌道を寸分の狂いもなく雷獣が通り、その跡には無数のドロップアイテムが散らばる。
「まぁ流石に最大火力は取れないか」
プレイヤー最高峰の壁が高すぎる、と愚痴りつつ杖弓をクルリと回して周囲を見渡す。
まだ帯電している闘技場からはよほど体力の多いモンスターや何故か4体ほどもいるアトランティス・レプノルカ、そして水龍を除き完全壊滅。
「えっぐ」
「まじで言ってんのか」
「これでプレイヤー巻き込んでないの技巧派過ぎる」
「肯定:基礎練習の成果ですわ」
口々に上げられるお褒めの言葉にどうもどうもと手を上げて答えつつ、まだ残っているクターニッドと他のモンスターへと目を向ける。
「全員死ぬなよー。もう体力削りきれるような敵は残っていないから倒すとか考えず色々温存しとこう」
【暴虐の雷獣】の威力に驚いていたプレイヤー達も指示に素直に従い、アトランティス・レプノルカや水龍達のブレスを凌ごうとそれぞれに動き始めた。
あ、至金の歯車・密のリキャスト終了。威力の低めな魔法に使っておいて良かった。
暫し、という程の間もなく、クターニッドの魔法陣が変化を見せる。
有無を言わせない、とでも言うように勢いよく頭上に広がった魔法陣からは八本の巨大な触手が伸びて、産み落とした怪物達を絡め取って喰らっていく。
「最終形態か」
「プレイヤーコピー、一定ダメージ、聖杯破壊で攻略なはず」
「もう宛になんねぇよ」
「……それもそうだった。帰ったら文句言ってやろう」
プレイヤーと闘技場以外の全てを喰らい尽くしたクターニッドの魔法陣がその隙間を埋めるように深淵の黒に染まり……奥行きがあるのかも分からないようなその穴に巨大な手がかかった。
ズブリ、と不快な音を立ててその姿を表すのはクターニッド。
蛸頭に全身魔法陣のような入れ墨の入った筋骨隆々の人型の肉体。そしてその巨大な肉体の周囲を太陽の周りを公転する惑星のように8つの聖杯が囲っている。
……元々知っていたことではあるが、死と血と海の匂いを混ぜたような匂いを再現する技術に一周回って瞠目させられる。
うーんなんか聞いてた話と微妙に違うなやっぱり。既にクリアしたプレイヤーがいる(いない)ことによる強化の影響……?
『人よ、遍く生まれ広がる一つ目の奇跡よ。人よ、前へ進み暗闇を照らす二つ目の奇跡よ。』
『お前たちは何を成す、何を為した。示せ、示せ、示せ。』
『天より撒かれし種よ、お前たちは根を伸ばしたのか。』
『私は倶なる天を戴く者、私は深き淵より世界を見遣る者、偉大なる軌跡の残照を知る者。』
『示せ、命の価値を。彼らの、彼女の願いは果たして叶ったのかを。』
『闘争こそが命の本質故に、されば汝ら……証明せよ!』
「よっしゃお前ぶっ飛ばしてやるよ」
「同意:そろそろ決着の付け時ですの」
そもそもお前と顔を合わせるまでに何回の妨害にあってきたことか! 毎度毎度毎度変なやつ送り込みやがってどっかで誰かが僕の道中を邪魔してるとしか思えない覚えてろよまじで。
クターニッド最終形態「想像体」。
ミレィさんの元までアナウンスを響かせられないのは残念だが、それでも……ライブラリに注がれた汚名を綺麗にするぐらいの戦いをしなくては。