真紅の女の船とリミッティングファクターの面々を乗せた船が激突する数秒前のことだ。
クターニッドに挑まんとするプレイヤーを乗せた船の船長であるウォーロビーと言う名で呼ばれるNPC(何も知らない。可哀想)の前に、とあるウィンドウが表示されていた。
『宣戦布告』
YESかNO。
普通に考えれば誰もがNOを選択するタイミング。だがなにも知らないマフィアのボスである彼には、宣戦布告を受けないという選択肢はなかった。
『宣戦布告が受理されました』
『クライニングデリバリー号VS愛する人へ』
『これより海上戦を開始します!』
アナウンスを受けて、「は?」と虚をつかれたような声を真紅の女が上げた。バッと振り向けば、本船にてマフィア達が自分達を舐め腐っているとしか思えない海賊の登場にピリついていた。
『勝利条件1:敵船を完全に沈没させる』
『勝利条件2:敵船の船長格のプレイヤーが降参する』
『勝利条件3:敵船の全プレイヤーを撃破する』
『本船:クライニングデリバリー号、副船:赤鉛筆号』
『本船:愛する人へ』
『両船主と両船に乗船しているプレイヤーは相手勢力からのキルによる通常のPKペナルティが免除されます』
『いざ尋常に……勝負!!』
真紅の女がここ数日ライブラリの影が大きく薄くなっていた理由を察して、舌打ちしながら槍を構え直した。
■Side:水中部隊
メンバー
・シュテルメア
・アルジェント
・ミレィ
・フユネ=77
『───報告:両船の激突まで約20秒。宣戦布告と攻撃準備願いますわ。カウント……10』
クラン“リミッティングファクター”のメンバー全員が装備している征服人形関連のアクセサリーである通信機構「ヘッドセット」を通してフユネ=77の声が響き始めた。
現在水中にいるのはシュテルメアとアルジェント。ナナとミレィの二名はギリギリまで船の激突を見届けた上で水中に入り、水中からの攻撃に紛れて作戦の要の準備に入る予定だ。
ゆっくりと海上の動きにあわせてナナがカウントを行い、海を狩り場とするシュテルメアとアルジェントはそれぞれの弓を構えてその時を待つ。
『3、2、1……砲撃開始!!!』
ナナによって砲撃合図の数瞬前に行われた操作により、チカチカと水面の先から攻撃先誘導用の光源アイテムが輝く。どこでも狙えるよう構えられていた二対の弓はその狙いを光源へと流れるように定め……雷と矢が水を切り裂き海場へと飛び出した。
水面の反射で命中したかどうかは定かではない──『命中確認、プラン通りに!』──こともない。
すぐさま水面が荒れ、作戦通りミレィとナナが海中へ入った。
『戦闘開始ですの』
──激突の爆音が響く。
木屑と黒煙が舞い、3船が沈むまでのタイムリミットが動き出し、二射目の雷と矢が放たれ、槍が海を駆け始めた。
■Side:船上部隊
アルケーノ・コーレリウス
臥竜点睛
キリキリ舞い
シロミ魚
リベリオス
ミオン=031
激突の瞬間、仲間達から船長と呼ばれている青年は走馬灯を見かけていた。
あまりの衝撃、だが命を失ってはいないという事実がギリギリの所でアルケーノを現実へと引き戻す。
「ここで死ねればと思っていたのだが……ふふふ、私とて皆と共に再び戦えることは心躍る……!」
クターニッドの眷属に殺された母の形見であるカトラスを握りしめ、自分の役目である皆の戦いの足場の保持を続ける。
アルケーノが予想していたよりも全船の損害は少ない。クターニッドへ挑戦しようとしていた者達の船と自分達の船に挟まれることになった以上、赤い鉛筆が描かれた船は2分程度で沈むだろうが……おそらく火薬の爆発が上手くいかなかった。本来の想定なら既に赤い鉛筆……(今後は赤鉛筆号と呼称する)は沈没、もう一隻がそれこそ2分……と言った形になるはずだったのだ。
問題点は二つ。
一つが敵の人間が自船に乗り込んでくることで、開拓者ではない者が多いコチラにより人的被害が出る可能性が高いこと。
もう一つが、船から落ちた開拓者をコチラの水中部隊が蹂躙する予定だったが、それが上手く行かない可能性が高いことだ。通常通り船の上で戦えば数にも質にも劣るコチラが間違いなく負ける。
……ナナはプラン通りに進めるつもりのようだが、それでは……、とそこまで考えたアルケーノは通信装置を起動する。
「総員に通達する。プラン通りに進めるには船への損害が少ない! ミレィは水中と地上を行き来する形での奇襲へ、我らが首魁は敵船への攻撃を重点的に行う形へ変更してくれ!」
『『了解!』』
ミレィ、シュテルメアからの返答と共に槍を持った影が水中から飛び出し、赤鉛筆号からルルイアスへ挑戦するはずだった船に移り魔法攻撃を始めようとしていた敵部隊へ強襲を行っている。
(風と雨が予想より強い……火薬の不発はコレのせいか。敵船も自船もかなりのリソースが船を沈没させないことに取られている……勝つならココをどうにかしなくては……!)
アルケーノには戦闘はあまり分からない。
だが、コンビで戦うキリキリ舞いと臥竜点睛は真紅の女を始めとする敵主力との戦いを膠着させるので精一杯、水中部隊は想定より力を発揮できていない、レミィは船の維持の補助に奔走してくれている、シロミ魚は魔法攻撃の相殺にかかり切りと、どこを見てもこのままズルズルと戦って勝ちの目が見えるとは思えなかった。
『シュテルメア!』
『──────』
リベリオスによる首魁への呼びかけに、恐らく詠唱中で言葉を発せないシュテルメアによるトントンという合図が応えた。
『僕が斬り込む! 合わせろ!』
『────詩人は唄う、其は神の威信と』
詠唱の一文。アルケーノにその理由も意味も魔法の効果を伝わらなかったが、それが必要だとシュテルメアが考えたのならばとせめてレミィを戦闘支援として動かすため、どのタイミングでもう一度船を激突させるべきかへ思考を動かし始めた。
◆
『詩人は唄う、其は神の威信と』
鼓膜に響く詠唱のワンフレーズ。
船の上、臥竜点睛とキリキリ舞いよりも少し後ろに下がった場所でシロミ魚や船長へと近づく敵を排除していたリベリオスにも、戦場は良く言っても勝てるとは言い難い形で見えていた。
だからこそ、自分が動くことで状況を変えようとしての通信。
既にシュテルメアの声は切れ、ナナと船長が必死に各員へ指示を飛ばしている。
……恐らく詠唱のワンフレーズのみの通信だった理由はこの指示を妨害しないためだろう。
「ふふふ、ふっ、くっ、あっははは!!!」
思わず笑いが漏れた。周囲の敵も味方も困惑したような表情を向けてくるが、そんなことを気にしている場合ではない。
「友人からの信頼だ。応えなくては!」
指示役二人からリベリオスへの指示がぱったりなくなったことも好きにしろという意図、あるいは信頼なのだろうと考え、リベリオスはその心地良さにまた少し笑みを深めた。
いくつかのアクセサリーを変更し、戦闘を継続しながらもより深く思考の海へと巡る。
(詠唱のフレーズは確実に【暴虐の雷獣】。詩人ということは……2文目か。まだ猶予がある。勝手にあわせろという意味だろうけれど……詠唱ペースはいつもよりも遅かった。恐らくそれも意図的だな。ここからは感覚的な逆算……ピッタリ50秒に調整してくると見て良さそうだ。ここまでの時間も合わせれば残り30秒程度。急げば間に合うか……?)
「発生形式はいつもと変わらず矢状。船体を貫く形で打ってくるはず」
ならば……と、リベリオスは思考に終止符を打たないままに通信装置を起動、
「キリキリ舞い、臥竜点睛は一旦防御行動へ。ついでに二人を護ってくれ。」
敵に聞かれないように通信装置を通してだったが、上手く意図は伝わったらしい。
二人はギリギリ自然な程度の動きで自船へと押し込まれ、リベリオスの少し前ぐらいまで後退してきた。
「凍てつき迸れ、コキュートス!!!」
スキルを起動した愛剣を振るい、細かな激突を続けている赤鉛筆の船と自船を冷気で固定する。
「行けリベリオス!」
シロミ魚の叫びに背を押されるように走り出した。
後方から放たれた迫撃砲による攻撃が真紅の女の付近を爆発させ、こちらの動き出しを防ごうとした女の動きを止める。同時に、直前までなんとか相殺していた敵の魔法攻撃が自船へと向かい……
「さすが。優秀ですね」
「はぁ!?」
完全に直撃コースだった魔法は完璧なタイミングで海中から放たれた恐らくナナによる砲撃が相殺される。少し先にいる敵の魔法職があまりの理不尽に声を上げるのを笑って聞き流しながら、連続でスキルを起動していく。
残り14秒。
「吠えてみせろコキュートス……!」
魔力を籠める。
「ハン、堕ちた黒狼がなんのようだ!!」
振り下ろされる剣をパリィスキルで受け流し、一歩前へ出ることで間合いを潰す。
──だが剣は振らず、魔力をさらに籠める。
「お前のご自慢のユニーク武器は、冷気を纏うだけ! サンラクのユニーク武器と並べられるのかよ!?」
せめて自分の武器で粋がれよと思うが、怒りに振り回されるつもりはない。
敵を蹴り飛ばすことで間合いを作り直し、魔力を籠める。
自分の武器は、昏き氷河の魔剣は、こんな自分に残った数少ない誇れる唯一。例え黒狼がなくなったとして、それでも消えることはない……!
「まだ……!!!」
魔力を籠める。魔力を籠める。魔力を籠める。
パキパキと漏れ出した冷気は普段装備していない冷気対策のアクセサリーすら貫通してリベリオスを凍りつかせ始めた。
ほとんど全ての魔力を込めて、しかしまだ魔力の供給は止まらない。
『おもしろいことしてるな、助太刀するぞ!』
シロミ魚の声が聞こえ、後方から迫撃砲により飛来した錬金アイテムがリベリオスの魔力を瞬時に回復する。
「まだ!!!!!」
先程装備したアクセサリー、「魔力増幅呪骸」が効果を発揮する。
とある狂錬金術師が開発したこのアイテムは、自身の体力上限を魔力へと変換する代物だ。文字通り命懸けで火力を生み出すアクセサリー。ここで消費された体力上限はリスポーンしない限り回復せず、開拓者がいなかった開発当時は産廃として扱われていた。
「僕の体力、持ってけ8割……!」
前衛、なおかつタンクでないリベリオスの魔力・体力はお世辞にも多いとは言えない。だが非合法の手段を用いてまで底上げされ、供給された魔力は荒々しく周囲に冷気を振りまく。
「────どうだよシュテルメア、タイミングバッチリだろッ!!」
準備完了。後は魔剣を振るうだけ!
一撃でも喰らえば全損する体力は、凍傷によるプレイヤースキルの低下を加味してもなお3人がかりでの猛攻を受けてなお微塵も揺らがない。それはキリキリ舞いをも上回る技量による回避と受け流し!!
【暴虐の雷獣】。水中から撃ち出された雷の獣が船を貫き、リベリオスのいる場所へと届けられる!
「うっっっそでs「凍てつき迸れ……!! コキュートス!!!!!!」
凍てつく魔剣が振るわれた、昏き氷河は雷の獣という受け皿を得て狼を形取り、船へと襲いかかった。
◆
「胡散臭いとか思って悪かったな!!」
氷の狼により自分ごと船を砕いたリベリオスのリスポーン。
見上げた先、赤鉛筆の船は完全に狼の形をした巨大な氷によって蹂躙され、船に乗っているプレイヤーとともに沈んでいく。
真紅の女を始めとした主力と後方の船に残っていた魔法職のみ生き延びたようだが、その他のプレイヤーは全滅だろう。
もし生きていたとしてもしばらくは戦闘不可だ。……それ以前にリスポーンしていない時点で雷と矢に撃ち抜かれるだろうか。
「……氷って沈まないもんだと思ってた」
ライブラリとしては気になるとこだ……と4門の迫撃砲に在庫を全開放する勢いでアイテムを装填しながら呟いたシロミ魚は、明らかに変わった戦場の風向きにニヤリと笑いながら死んだリベリオスにサムズアップした。
『───副船沈没!』
『本船のプレイヤーにバフがかかります』
「………………はぁ!?」
追加アナウンス。シロミ魚はそのやばさを数秒かけて理解し、焦ったように残りのアイテム数を確認する。
だが彼が思考停止してしまっている間にも状況は止まらない。
真紅の女とその取り巻き、さらに後方の船にいた魔法職にバフが入り、キリキリ舞い達の白兵戦とシロミ魚による砲撃船が防戦一方へとより追い込まれ始める。
「あっはは! やるじゃないのライブラリ!!」
確かに裏は欠かれた。前回のクターニッド乱入以降からここまでの読み合いは負けていると言っても過言ではないだろう。
だが真紅の女は嗤う。
寄せ集めの魚ごときが自分という魔王を倒そうなどと、不遜なのだと。
「だけど、勝つのは私なんだよ!」
より苛烈になった槍裁きにキリキリ舞いの腕が飛び、魔法を受けて臥竜点睛の盾が破壊された。
「ほらほら、ほら!!」
船長の指示により水中部隊から陸上部隊へと移行したミレィが雷を纏う槍を振るい、シュテルメアとアルジェントによる無数矢が襲い、それら全てを跳ね除けた真紅の女の仮面が弾け飛んだ。
「勝つのは私達ですよぉ、ペンシルゴンちゃん!」
「あはは、無理無理!」
2本の槍が改めて交差し、アーサー・ペンシルゴン側の本船とリミッティングファクターの船が激突する。木屑が舞い、状況を見ていたマフィア達が“愛する人へ”へと乗り込み始める。
深海で蛸の触手が蠢いた。
ライブラリ、というかシロミ魚とミレィはシュテルメアへの迷惑料も兼ねてめちゃくちゃ働いていた。
今回の宣戦布告を通すために嵐の日に出立する船を一つに絞って、売られた喧嘩は買う主義のマフィア達(船内には◯薬が積んである)の船にユニークシナリオを発生させたりとか。
あとリベリオスの見せ場ってもっと後のはずだったんですけどね。いつのまにこんな爽やかな感じになったんだこの人。