「はいりますよーっと」
そう言いながら、商談室の扉を開けて入ってきた……僕のシャングリラ・フロンティアに置ける原点とも呼ぶべき彼女は……なぜか画家っぽい格好をしていた。
「おっと、もしかしなくてもあなたが?」
少し芝居のかかった動きで指さされ、少し戸惑いながらも頷く。
「ぇ、あーうん、僕が」
「私のクリオネちゃんのイラストに一目惚れなさったとか〜?」
「そうですね、一目惚れ、と言うのが一番近い言い方だと思います」
正直驚いた。あれだけの衝撃を受けたのだから、あの絵の書き手たる彼女にも相応の反応をするのだろうと自分のことながら警戒していたのだけれど……まぁ普通だ。
同じことを眼の前の……あー、ミレィさん。も思ったのか、少し面食らったような顔をしている。
「あれま、も少し熱烈なアレをイメージしていましたが……噂と違って普通なんですねー」
「ふむ……お互い知ってはいるようだが、一応紹介しておこう。我がクランでも検証などを務めてくれている、ミレィ君だ」
「ミレィですー」
直前まで静観を決め込んでいたキョージュが軽い紹介をしてくれ、それに合わせてミレィさんがヒラヒラと手を振った。
「そしてコチラは、先程も話した君のイラストに一目惚れしたというプレイヤー、シュテルメア君だ」
合わせて、僕も紹介に預かる。
……うん、一応合わせておこうか。
「はじめまして」
ペコリと頭を下げてそういうと、また不思議そうな顔をされる。
「……?」
今度はキョージュまで含めて不思議そうな顔してるけど……なんで?
「あぁいや、気にしないでくれたまえ。我々が直に商談をする相手はそう多くないのだが……そういった特殊なユニークシナリオを持ってきてくれるようなプレイヤーは大抵、うん、誤解を恐れずに言えば、変わっているのだよ」
「あー、そこに案外普通なプレイヤーが来たから驚いている、と」
「加えて、君の行動原理が傍目には性欲に関するものに見えることも大きい。そんな人間がゲームの中で礼儀正しくできるのか、と言ったところだね」
「なーるほど」
「そうですねー、私も概ね同意見ですよー」
「まぁ、そういった者が我々には思いもよらぬような発想をするものだ。邪険にしたいとかそういうわけではないがね」
「それはありがたいことですね」
まぁ……僕とて社会人なわけで。それくらいの分別はあるつもりである。
行動原理が性欲に関する云々については全面的に同意である。クリオネちゃんに会いたい。
「……さて、では商談は終わりだね。ミレィ君、後は頼むよ」
部屋を出ていくキョージュが、最後に今後とも宜しく、という言葉と共に見た目にあったウィンクをパチリと決めた。
ふむ。
やはりあまりにもミスマッチ。渋いおじさんアバターのほうが人気出る気が……いやそこは好き好きかな。このギャップが良いって人も多そうだ。
「では改めまして〜」
「はい。」
「まず、なんですケド」
?
先程までのノンビリとした空気はどこへやら、突然考察者の顔になったミレィさんが口を開く。
「私、ミレィさん視点では今回貴方が受注したクエストは普通とは違うのではないか?と思うのですが〜、シュテルメアさんはどう思われます?」
「……まぁそうですね。シャンフロって神話関連の設定がしっかりしてるって聞いてたんで……偽りとはいえ神って称号を普通のモンスターに使うとは考えづらいな、と」
「おっと、そこまで理解されているなら話ははやいですねー。私もそこについては同意見ですよー」
おそらく、という形になるが……あのモンスターには曲がりなりにも“神”と呼ばれるだけの何かがあるのだろう。ユニークシナリオの受注と共に得たモノの名称が“朽ちた海の盃”と、何かを注ぐことを意図しているのも怪しい。
そのあたりの僕なりの考察をミレィさんに話すと、ミレィさんも満足げな顔でウンウンと頷く。
「ふっふっふっ、そこまで理解しているなら話ははやいです。我々はもしかすると……シャンフロという世界の深い部分にいち早く接触しようとしているのかもしれません! 他のジークヴルムを優先したメンバーが絶叫する様が目に浮かびますよぉ……」
「そこまでかは分かりませんけど……とりあえずこのユニークシナリオは手伝っていただけるということで……?」
「もちのろんです! お任せくださいって感じですよー」
「それは良かった」
とはいえ、手詰まりなのは否めない。
キョージュの小話によると、ユニークシナリオとはいえそこまで時間のかかるシナリオは今までに確認されていないらしい。理解さえしてしまえば数時間で終わるものばかりだったとか。
つまり、このシナリオがシャングリラ・フロンティアにとってどんな意味を為すのかを知ることさえできればシナリオクリアははやいということだ。
不穏調査の段階で得られる情報は大体集めた。
しかし、このシナリオが何をさせたいものなのか、あのモンスターや神殿の正体、“朽ちた海の盃”の意味、クリア条件など……何一つ分からないとしか言いようがない。
近いようで遠い現状に頭を振り……
「となればやることは一つですね〜」
ミレィさんのその一言に耳を疑った。
「……へ?」
「シュテルメアさん」
「え、はい」
「神様が暴走する理由ってなんだと思います?」
「…………危険を伝えるため?」
「それも多いでしょうが〜、今回は状況的に“器”をヒントにしましょうか」
「!」
「そうですそうです、つまり……神様特有のパワーを〜?」
「器を使って……継承する、もしくは……守る?」
「ですね〜。ついでに、器が朽ちているって部分を盛り込めば満点ですよー」
なるほど。さすがに考察を主軸にシャンフロをプレイしているだけはある。
口元につい手を当て、思考を発展させる。
朽ちていなかった器が元はあったはずだ。神様特有のパワーのあれこれのために。それが朽ちて、新たにこの世界にやってきたプレイヤーという存在の手に渡ったことから考えられることは……
「器の使用法か存在、それに付随する儀式の失伝……?」
「ピンポンです。ヒントありとはいえこのミレィちゃん直々に花丸を上げましょ〜」
「で、つまり、僕らが今からしないといけないのは……儀式や器に関する資料探しか……」
「ですね〜、どうします?」
街の図書館にあるだろうか? ゲーム内とは言え神様に関する書籍を片っ端からあたるのはそこそこ骨が折れそうだが……祭りまでに見つけられればなんとかなるはず。
「僕は図書館で調べ物かな……そんなつまらないことに巻き込むのは申し訳ないし、なにか進展があったら連絡しますよ」
「ん〜、私達はこのゲーム内の公開されている書籍の内容をほとんど知っていますが、今回の祭りに関する記載はいくつかあれど、海の神様の記述はないですね」
「えぇ……」
「それから、図書館で資料を漁るのも中々楽しいものですよー?」
「それは同意しかねるかな。それで? じゃあどうすれば?」
「そうですね……神様と言えば?」
「………………神殿?」
「だとミレィさんは思いますよ〜。次点で海の神様らしく灯台とかですかねぇ」
……………。
「じゃあまずは神殿に行きますか」
「同行しますよー」
そもそも新大陸へ行くための港町から僕が拠点にしていた街の神殿までかなりの距離がある。
ミレィさんに前衛を任せられるとは言え、道中のモンスターを倒しながらではそこそこの時間がかかるだろうということで、それぞれ一旦解散してリアルでの用事や装備の修理、消耗品の補充をすることになった。
……あ、そうだ。
「ところでミレィさん」
「はいはい、何でしょう?」
「話の結論を先延ばしにする癖があるって言われたことは?」
「…………………ありますねぇ」
「ですよね」
この人、話を聞いたときから結論は出てたように見える。
ライブラリのメンバーは皆そうだと聞いていたけれど、この人は多分トップクラスに頭の良い人なんだろう。……普通の人に見えるのがむしろ怖いくらいに。
「気分を害しました? なるべく気をつけてはいるんですケド……」
「僕? 全然ですよ」
「おぉ……なら良かったんですが〜」
「僕がクリオネちゃんに食べられるためにこのゲームをしてるって知ってもドン引きしないで会話してくれてる時点でおあいこでしょ」
「えっっ、それは知りませんでしたケド!? 食べられ、えぇ……??!?」
「なはは」
これで距離を開けるとかにならないあたり、まぁ良い人ではありそうだ。
「あ、そうだ。敬語いらないですよ」
「え? 分かりました。じゃあ私にも大丈夫ですよ」
「それ敬語だけど……まぁいいです。じゃあ後で」
「はいはーい」
……この後、お互いに特に装備の修理も消耗品の補充も必要もないことが分かり、苦笑いで出発した。