数多のゲームには“根性”や“気合い”というコマンド、あるいはスキルが設定されてきた。
プレイヤーは圧倒的な火力を持つ敵プレイヤーやモンスターに対してそのスキルを利用することで確実に1ターンを生み出し、攻撃を行う……そういった存在である。
シャングリラ・フロンティアにも当然そういったものが、例えば勇者武器のスキルのような形で存在している。
さて、ここまで読んだ皆さんであればなぜこんなクソどうでもいいことをタラルトスクズとの長い……本当に長い50回以上もの戦いに「恐らく」決着を付けたであろう【秘異の蜜蝋】を使用した直後に考えているのかが分かるだろう。
そう、つまりそういうことなのである。
「いや……うん……まぁ……3割削りきったのは優秀だよね【秘異の蜜蝋】」
装備一枠固定かつ当てる難度がクソほど高いかつそれでもなおタラルトスクズのHPを3割程度削れるか削れないか程度のダメージであることに目を瞑れば。うーん【魂魄撃】の方がゼロ距離の制約を加味してもなお使いやすい。
目の前には、身体をズタズタに引き千切られ、自爆により顔を爛れさせ、さらに2発の【魂魄撃】を急所に受けてなお未だその威容を誇るタラルトスクズが鎮座している。
コチラが杖を構えて改めて戦闘態勢を取れば、タラルトスクズも合わせるように獰猛な唸り声を上げた。
「これ……一回限りの“根性”……なんだよね? ……2回目もあるとか言われたら心折れるまであるけど?」
水揺れと毒の結界は過多のダメージを受けたことによってか消失している。もちろん散布され続けた毒は未だにその濃度を増し続けながらフィールドを埋めているのだが。
ここで、最速でなにもせずに次の攻撃を行わなかったことが、間違いだった。
その威容と傷だらけの肉体に敬意を表そうとしたのが、そう、間違いだったのだ。
「ゴァ、グ、グロロロロロロロロロロロロロロロロアァッ!!!!!!」
今までの微妙に機械的な咆哮とは違う、どこか魂の乗ったような叫び声がコチラのスタンを引き起こした。
一瞬呆けていた自分に喝を入れつつ、今まで通りならば爪と腕による引き裂き攻撃が来ると瞬時に巡った思考に反射で身体が【爆水】の起動を行う。
────しかし、タラルトスクズの行動はその予想から大きくズレる。
「ブモォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!!!!!」
闘牛に近い咆哮。苦しむようなその声に応じるように周囲にばら撒かれていた毒がタラルトスクズの元へと帰っていく。
僕が【毒酔】により毒を無効化できることを知っても、他の対策にはすぐに対応策を打ち出してくる奴がなんの変化もなく同じ行動を続けていたのは……!!!!!
タラルトスクズの筋肉が毒を吸い、膨らんでいく。
次いで、その骨格が明らかに変動を始め、前脚の少し下の脇腹部から左右に追加の腕が生えた。
後ろ足4本で身体を支え、タラルトスクズが立ち上がるような形で姿勢を変える。
ここまでの変質を経て尚、散布された毒の濃度は最高時の半分程度までしか減っていない。
さらに毒の濃度が下がり、タラルトスクズの肉体が二回り程巨大化……いや今三回り程に上がった。
明らかに想定されていないレベルの巨大化に封塔の天井が破壊され始め、残骸が頭上に降ってきている。残骸自体は「非流動性海水」でなんとでもなるが、まさか戦場がルルイアス全体にまで広がるのか……!?
「これは……魔法なしはキツイだろ……!!!!」
一歩下がる。まだ巨大化している。さすがに毒の濃度は1割程度まで下がって……まだ吸うのか……後はどこが変わる……?
最後の一吸いとでも言うような勢いで毒が完全に吸収された。毒が一滴残らず周囲から消え、封塔が崩壊する。
既にその体長は十二メートル程にまでなり、鎧のような甲羅の範囲も広がっている。元から硬度の高かった背中部には簡単に人を害せるであろう棘が生えそろっていた。
「くっ……【爆水】起動!!」
蛸の異形化を活かして崩壊する封塔から無理やり脱出しながらも、タラルトスクズのモーションから一切目を離さない。ここで目を離せば知らない攻撃が増えかねない。1ミリでも情報を拾い勝ちに繋げる……!
「ゴアアァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!!!!!」
咆哮がもはや残骸になった封塔と周囲の家屋を吹き飛ばした。
ポツンと取り残された空に浮かぶ聖杯を見つけたタラルトスクズがソレを掴み、胸元に押し付けた。
「いーーーーやっ、魔法無効切って強化しろや!!」
ここまで本当にクターニッドの想定通りか!? 本当に!?
なんか……今までは僕メタビルドの封将だったのに急に暴力の化身になったんですけど……!!!
形態変化に伴いHPを3割ほどまでに回復された。
ここで撤退してHP全回復+コチラの手札ラーニング状態であの怪物と戦うのは厳しい。鈍る思考を回し、コチラの手札及び封塔内部での戦いでなくなったからこそできる手について考える。
「もう使えない手札は切り札の【秘異の蜜蝋】ぐらい。ステータスは見るからに上がっているけど、的がデカくなった。それと……水揺れの結界もない。毒もない」
頭部は爛れたまま。恐らくビームも撃てない。
振り下ろされる腕を【異形術・蛸】を使用してなんとか回避、ポーションによる回復を試みつつ観察を続ける。
今まで使った異形化への対応の方は引き継ぎか……?
「なにか行動をする度する度ばら撒いてた毒攻撃がない。……多分溜め込んで自己強化に使う代償かな」
元から【毒酔】で無効化していた分毒が消えた所であんまり意味はない……なんてことはない!
さーてさてさて、【炎雷ノ鯱】が実質使用不能だったのは他の【異形術】と競合できない=毒への耐性を捨てることになるからだ! 【毒酔】の維持の必要がなくなれば、コチラはより強い異形術を使える!
多分【炎雷ノ鯱】みたいな一定以上に強い手札を封じるために毒散布の攻撃をクターニッドは持たせてたんだろうけれど、それを自ら捨てるとは愚かな!
「ゴ、ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙アアァ゙ァ゙!!!!!!」
寄ってきた無数のゾンビ達は攻撃する間もなくタラルトスクズが咆哮と共に敢行した一薙で吹き飛ばされた。すっごいなステータスの暴力。
ここからは怪獣バトルの時間だぜ!!!
「【異形術・炎雷ノ鯱】!!!!!!!」
海の王を身に宿す術が呼びかけに答えるように起動する。腕の形がより攻撃的に変質し、蛸、蛇などの特徴がその誇りのもとに排除される。
「ゴアアアアアア!!!!!!!」
青い雷と炎が噴き出し、頭部に生えた角がその命の輝きを証明する。
タラルトスクズを真似て咆哮を上げれば、奴もまたこちらに向けて上等とばかりに咆哮、強靭な腕を開いて見せた。
「その強者の余裕、粉々にしてやらぁ……!!!!!」
強い力を手に入れると調子に乗って強い言葉を使いがちなのはゲームの中とはいえ僕の悪い癖である。
後方へと炎を噴かせてタラルトスクズの眼前まで飛び上がり、握りしめた拳を振り上げる。
大きさは違えど誇りは同じ。自身こそが強者だと証明するための拳が交差した。
「いや体格差!! 僕人間大の大きさなんですけど!!!」
交差しただけ! 向こうの拳は直撃してガード込みでも僕のHP6割削り取ってんのにこっちの拳は掠ってもない!!
文句を言うが、この誇りある肉体はその大きさに応じた細々しい戦いを受け入れてはくれないらしい……!
「だがこっからはお前がビームに怯える番だ!タラルトスクズ!!」
角に魔力を溜めることで、炎と雷を溜める。チャージに必要なキャストタイムは十二秒、おぉい向こうは2秒だったぞなんだこの差!!!!
ビームのモーションに気づいたのか、焦るように咆哮を上げつつ4本の足を駆使した突進+巨大な口による噛み付きの攻撃を放電とギリギリストックの回復した【爆水】で回避し、この十……九……八秒を埋める手立てを引き出していく。
いや意外と少ないな魔術、異形術なしは!
「杖弓!!!カモン!!!!!」
セラエラの断章と「深海の短杖」を放り投げ、チェストリアを操作して取り出した杖弓を握った。
異形化した手から雷を弦として走らせることで魔術なしで発射準備形態に!!
既に相手は方向転換を終えている。
杖弓を取り出した直後から既にアクセサリーの一つである始めていた操作が終わり、魔術書ホルダーだったアクセサリー欄に王国弓兵部隊の矢筒の文字列が表示された。
「面白いもん見せてやるよ!」
その言葉と共にウィンドウに指を叩きつけ、必要操作を終える。
慣れた動きで腰に現れた矢筒から五本の矢を取り出し番えた。
魔法は無効、だがこの共鳴の雷杖弓から放たれる通常の矢には魔法威力強化に関連した装備ボーナスやステータスを参照してダメージが叩き出される! さっきまでの物理弓と同じだと思うなよ……!!
「ゴオ゙アアアアァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙アア゙ア゙ッ!!!!!!!」
咆哮を伴った突進に対し、【迎撃の剛射】を始めとしたいくつかの強化スキルを重ねた五本の矢が放たれ、一瞬拮抗する。残り4秒。
杖弓の弦を生み出す雷の調整は同じく雷を操るはずの【雷電亜竜】の異形化ではできなかった。つまりそれは【炎雷ノ鯱】の方が精密な雷と炎の制御が行えるという証明!
制御された炎が噴き、強化された矢を跳ね除けた噛み付き攻撃からギリギリで逃げ出した、身体の向きをさらに炎を噴かせることでタラルトスクズの正面に向ける、ここまで余裕がなかったから確認できてなかったそのHPは残り2割!
1秒!!!
「お前もビームを喰らってくと良い!!」
光が瞬き、雷鳴が響き、その衝撃に少しだけ残っていた封塔が完全に崩れ落ちた。
貫かれたタラルトスクズはそのHPのほとんどを失いながら、未だ倒れずにその威容を保っている。
「グッドゲーム! まさか本当に攻略に5日かかるとは!」
勝利宣言と共に、全方位に雷と炎が吐き出され、街と共にタラルトスクズの肉体を呑み込んだ。
◆◆◆
18秒。【炎雷ノ鯱】の効果時間が終わり、元の姿に戻ったシュテルメアが地面に座り込む横に大量のタラルトスクズのドロップアイテムが四散する。
長い戦いの終わりに、今は非常に価値があるであろうそれらを拾う気力すらないと眺めながら、彼はタラルトスクズごと貫いた魔法無効の効果を持つ黄緑色の聖杯とその元の持ち主に想いを馳せる。
「これで示せた……のか?」
自分には倶に生きる覚悟があるということを。
最初からそこまで考えていた訳では無いが、余りにも自分を対策し尽くした封将が“彼女”の代わりに生み出されたということから、そういうこと……つまり、クターニッドが自身の覚悟や力を試しているのではないかと頭の隅に置きながら戦っていたのだ。
「いや、もし示せていなかったんだとしても……」
既に数日前となった、シュテルメアが今回この街に来た時、“彼女”が掴まえてくれた、信じてくれた、見ていてくれた……あるいは……。
「クリーオ・クティーラー……」
その名を口に出して呼び掛けてみるも、残念ながら答えは返ってこない。
戦闘を終えたことにクターニッドが気付いたのだろうか。世界が反転され、破壊された街並みと封塔が再生されていく。
「…………あ、装備戻しておいた方がいっか」
普段通りの軍服に着替え、手に握っていた杖弓を確認し、アクセサリーをいくつか元のものに戻し……ようやく重い腰を上げた彼は周囲のドロップアイテムと先程戦いの最中に投げ出した深海の短杖とセラエラの断章を回収した。
残り滞在期間は1日。
……決戦は近い。
・共鳴の雷杖弓
本来のライトニングワイバーンに弓の弦を発生されるようなレベルの雷の指向性操作能力は備わっておらず、それはつまり作成した鍛冶師が指向性を与えていたということである。
次回の更新日は未定ですが1週間後には出せてたらいいなと思っています。がんばります。