IS―カスバの番人―   作:のんべんだらり

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第1話 悲運の男

IS。正式名称「インフィニット・ストラトス」。

宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。

開発当初は注目されなかったが、従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能が世界中に知れ渡ることとなり、女性にしか操縦することができないという制限がありながらも飛行パワード・スーツとして軍事転用が始まり、各国の抑止力の要がISに移っていった。

 

IS機が優秀であることは各国の共通認識となった。

限られたコアも出揃い、機体の性能の研究が一定のレベルに達した権力者が、次に格差をつける要素としたのがパイロットだ。

 

ISという未知なるモノが出現したならば、それを操るのも未知なる体験。

 

その不安要素を減らすため、アラスカ条約―通称IS条約―に基づいて日本に設置された、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校がIS学園。

操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。

 

ISは女性にしか動かせない。つまり、共学と称しながらも、実質は女子校となる。

 

 

――今までは。

 

ニュースでも騒がれていた世界初の男性操縦者『織斑一夏』。その話題の人物は教壇の前で萎縮している。

騒動が予想されるため、入学については情報規制されていたらしく、学校中の視線を浴び、入ってきたときの顔には疲労が張りついていた。

空いていた席につくなり、頭を垂れている。

授業は机にはめ込まれた液晶モニターを使用して行われる。そのため出席番号順に拘らず、座席は自由だ。

一番早くに教室に着いた私と違って、奇異の目に追われ、最後に来た彼の席は指定されていたようなものだが。

 

(…運は良くなさそうね)

 

できるだけ近づかないに越したことはない。面倒ごとに巻き込まれるのは避けたい。

私は、三年間IS学園(ここ)で過ごせればいい。それ以上もそれ以下も、望まない。

 

もっとも最前列と最後列では、話しかけられる回数も知れている。心配は杞憂に終わることだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

思えば、入学初日から不運の連続だった。

予想していたとは言え、どこを見ても女子。生徒全員が女子、教師も女性が9割。

動物園のパンダになった気分、なんて生易しいものではない。肉食獣の檻に、肉の塊を持って閉じ込められたような感覚だった。

 

 

部屋に戻ってようやく息がついた矢先、シャワー室から出てきたファースト幼馴染と再会。勿論、IS学園にいるということは女の子だ。タオルに隠された膨らみも証明していた。

 

(…にしても、箒もそそっかしいぜ)

 

全国剣道チャンプの木刀捌きを懸命にかわし、心身共に疲労困憊となった状態で、ようやく落ち着いた箒に事情を説明すると、箒はおもむろにハンガーにかけられた制服のポケットから紙を取り出した。

そして、ぷるぷると震えていたかと思うとタオル一枚で走り去ってしまった。

落としていった紙を拾い見る。1015。

箒が部屋を間違えたようだ。

 

そうして脱ぎ置かれた制服を持って箒の部屋に行けば、彼女のルームメイトから軽蔑の目を向けられる始末。

これから一年寝食を共にするルームメイトの箒が涙を浮かべてタオル一枚で駆け込んでくれば、何かあったことは明白だし、そこへ女子制服を持った男が訪問をすれば張り手の一つや二つ、覚悟しなければならない。

IS操縦者を目指す少女たちの腕はなかなかに鍛えてあるようだ。エルボーは予想できなかった。

 

(箒の説明で納得してはくれたけど、はぁ…)

 

入学初日から変態の看板を背負わされるのはなんとか避けられたが、疑いの目が消えたわけではない。

周囲の誤解を解くためにも夕食に箒を誘ったのだが、ルームメイトと約束をしているからと断られてしまった。

 

口では気にしていないと言ってくれているが、まだお風呂上りを目撃してしまったことを怒っているのだろう。

扉を閉められたときの箒の顔は赤かった。

 

(しょうがない、今日は一人で食おう)

 

注文した煮魚定食が乗ったトレイを受け取り、空いている席を探す。

全校生徒で賑わう食堂では、席取りも一苦労だ。だが、今日は一人分。

友達同士で食事をするグループが隣り合っていれば、案外一つは空いている。

女性グループに挟まれるのは肩身狭いが、ここではどこであれ大差はない。

真向かいの人に一言断れば、問題はないだろう。

 

(お、あったあった)

 

盛り上がるグループの隣。腰までの黒髪を緩く結った少女の向かい席。

背筋の伸びた姿勢で静かに箸を進めている。胸元に几帳面に結ばれた青いリボンが見える。

学年別にわかれているリボンの色。青は同級だ。

 

「ここ、いいか?」

 

規則的に動いていた箸が停止し、黒い瞳が向けられる。

眉目秀麗。意志の内在が感じられる眼光。背筋と同じく筋の通った鼻。

一言で表すと冷ややかな和風美人。その顔貌には見覚えがあった。

 

「……どうぞ」

「さんきゅ」

 

トレイを置き、席につく。今日の煮魚は鰈だ。

よく見ると目の前の彼女の食器にも、半分になったものが乗っている。

 

「やっぱ和食だよな。あんたも好きなのか?」

 

日本人の味覚には和食が合っている。飽きない工夫が日本食の強みである。

箸が使いにくいとか、和食は食べ慣れてるからと、全世界のメニューを揃えるこの食堂では上位人気ではないらしいが。

だからか、日本食を食べている日本人を見ると、嬉しくなる。

少しでもランキングを上げたいという野望もあるが、純粋にヘルシーさや繊細な味付けなど和食の良さを知ってもらいたい。

 

「…すまん。俺ばかり喋っちまって。同じクラスだよな、まだ全員覚えてなくて名前を教えてもらえないか」

 

返事は、置かれた箸だった。

まだ残っている料理をそのままに、無言でトレイを持ち上げる少女。ここにはもう用はないとばかりに、視線は冷たい。

口に運ぼうとした箸から切り身がこぼれ落ちた。

 

「――確かに私はあなたのクラスメートであるけれど、あなたの友人になった覚えはないわ」

 

ほっそりとした背中が人ごみに消えていく。

威圧感は姉で慣れているかと思っていたが、思い過ごしだったようだ。味噌汁の中で浮かぶ切り身を見下ろす。

 

「きっついなー、緒方さん」

 

にしても美人は顔だけじゃなくて声も綺麗だわ、と背後から聞こえてきた声に振り返る。

教室で隣の席の少女と、糸目の少女。

たしか、名前は――

 

「谷本、さんと…のほほんさん」

「やっほ~、おりむー」

 

長い袖をパタつかせ、腕を振るのほほんさん。

本名は違うらしいのだが、彼女ののほほんオーラを含め、そう呼んでいる。我ながら言い得て妙だ。

 

「それにしてもこんなところで緒方さんの声を聞けるとは思わなかったわ」

「緒方って彼女のこと、だよな。え、声?」

「れいれいは~、まだ誰とも話したことないんだよ~。おりむーが第一号なのだ~」

 

ぱんぱかぱーんと薬玉(くすだま)が出てきそうな勢いで、のほほんさんに誉められた。

 

「……れいれい?」

「ああ、それはこの子がつけたあだ名。本名は緒方怜」

「なぁ~んと、私のお後ろさんなのだ~」

 

入学式の自己紹介以来、授業の受答え以外で緒方怜が話しているところを見たことがないという。

寮も一人部屋のようで、話しかけるタイミングも掴みづらい。

このまま続くようだったら賭けようかと話が持ち上がっていたところの出来事だと谷本さんが説明してくれた。

 

そこまでクラスで騒がれているのだったら、いくら勉強についていくのに必死だとはいえ、自分の耳にも入りそうなものだ。

 

「いや、だって織斑くん、別件で騒がれてたし」

 

変態疑惑。

谷本さんの気まずそうな表情に、申し訳なくなる。

 

「で、そっちは本当のところどうなのさ?」

「どうもなにも、俺は無実」

「お~!」

「もとはと言えば、部屋を間違えた箒が原因なんだ。注意不十分だったのは認めるが、ここまで来ると被害は俺の方が大きいんじゃないか」

 

この二日間だけで、大切なものを失った気がする。

よくよく考えれば、ここまで釈明が通らないとなると、箒の余所余所しい態度が皆の心証を悪くさせている。

 

「箒に責任を取ってもらうのが筋だと思うんだけど、どうだろう」

「うーん、それがいい――とは、思わないな。私は」

「――へ?」

「あーっと、明日の予習忘れてたー。ごめんね織斑くん、お先ー」

 

のほほんさんの袖を掴み、そそくさと返却口に向かう。

 

「勉強熱心だな、2人も」

 

テキストを事前に読んでいる彼女たちも努力している。

電話帳と間違えて捨ててしまった自分は、それ以上の努力をしなければ。他人事ではいられない。

そうと決まれば、中断してしまた食事を手早く済ませ、机でにらめっこだ。

 

「……あれ?」

 

意気込んで箸を持ったが、掴むものが皿に存在していなかった。

味噌汁の器に()のようになった一欠けらが残っているだけ。おかしい。

 

「食事は済んだようだな、一夏」

「ほう、き…?」

「食べ終えたのなら、すぐに片付けたらどうだ?待っている者に迷惑になる」

 

頬を膨らませた幼馴染が立っていた。その隣には苦笑を浮かべたエルボーの彼女。食事を終えて部屋に引き上げるところのようだ。

だが、よく見ると、箒の口元に米がついている。

本日のおススメ、煮魚定食。そのウリは、白米か玄米かを選べるところにある。

 

「箒、お前の今日の夕食は?」

「炒飯だ」

 

さわやかな笑顔で言い切られた。キラリと光る歯についたワカメが無性に悲しい。

せめて和食を食っていてくれたならば、という願いは1秒で潰える。

 

「なんだ、言いたいことがあるなら言え。私が()()()()()()聞いてやるぞ」

「ナンデモアリマセン」

 

今晩の勉強には夜食が必要になりそうだ。

ただ、彼女がいつもの調子に戻ったことだけが救いだった。

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