昨日と変わらず、1年1組は騒がしい。
初めての男子を一目見るため、廊下に人だかりができ、黄色い声があちこちで上がる。
それに反して私の周りは静かだ。
最後列というのは、そういった話に興味がない者が好む席だ。チャイムと同時にPCを開く者、突っ伏して眠る者然り。
そういう私も例に漏れず、鞄から読みかけの本を取り出す。
電子化された社会では、持ち運びに不便と疎まれているが、トレーニングには丁度いい重さだ。
――読書は良い。紙に印刷されたインクを目で追うだけで、人は話しかけることを躊躇する。
自分と他人の境界線を示すのに最も手軽な手段だ。
それでも話しかけてくるのはよっぽどのお節介か、空気が読めない能天気。
前者の輩は大抵タイトルを伝えると黙り、退散していく。それが分厚く、専門書籍であれば成功率は上がる。外国語表記であれば尚いい。
後者は少し厄介。自分のペースでモノを考える。
だからこそ、拒絶を明確に示せば大人しく引き下がる。空気を読み慣れていないだけで、それをコンプレックスにしているケースは多い。はっきり言えば、理解できないわけではない。
(まぁ、そのあと怯えや、恐れ混じりの視線を向けられるのは鬱陶しいけど)
それも長くは続かない。元々根に持つ気性ではない。それまで意識を遮断していればいいだけの話。
――そうして、今日もまた
「緒方怜、だよな」
織斑一夏。公式男性操縦者第一号。IS学園1年1組在籍、出席番号12。――昨晩の夕食時に前に座った男。
「あんた、俺のひとつ前の出席番号だったんだな。一番前と後ろの席だったから気づかなかったぜ」
「……」
織斑一夏は後者のタイプのようだ。
どういうわけか、休み時間になる度にこうして来る。わざわざ最前列からご苦労なことだ。
だが――
《ねぇねぇ、あの子、織斑くんとどんな関係なわけ?》
《彼があんなに足しげく通ってるのに、不憫よね》
《きゃーきゃー》
目の前の男は当然ながら、周囲から好奇の視線も集まり、いい加減疎ましい。
「えーと、あのー…緒方さん?おーい」
「…………何か用?」
おおっ、と歓声が上がった。
よかったね織斑くん、粘り勝ちね、もう一押しよ、と後方から飛んでくる援護に織斑一夏は頷いた。
あくまでも現状を打開するために用件を聞く姿勢をとっただけであって、何を言われようと断る意志に変わりはない。
喜ぶには早すぎる。現金すぎる男だ。
「俺に勉強を教えてくれないか」
途端に、高い位置でポニーテールにしている女子の鋭い視線が飛んでくる。
篠ノ之箒だ。織斑一夏に剥かれたとかいう。
後頭部が焦げつかんばかりの熱視線に気づかないとは、この男は戦闘では命がいくつあっても足りない。
これだけの殺気を出せる彼女も只者ではないが。眼力はともかく、あちらは口を挟むつもりはないようだ。
「のほほんさんに教えるのが上手いって聞いてさ」
内心、舌打ちする。
授業で指され、答えに窮していた布仏のデスクに一度だけ答案範囲の情報を送信したことがあった。
集団の中のへにゃりとした笑みを浮かべる布仏本音を見る。友人の影からツインテールがはみ出ていた。
「俺、ただでさえ遅れているし、足引っ張らないように少しでも早く皆に追いつきたいんだ。出席番号前後のよしみで、頼む!この通り」
「なら、13番の人に頼んで」
前後であるなら、織斑一夏の後の人物も該当する。私一人が対象ではない。詰まった織斑一夏から返答はない。
話は終わったと判断し、私は手に取ったまま閉じられていた表紙に触れる。
ようやく、静かな空間が戻る。そんなとき――
「それは困りますわ!」
机を叩き割らんばかりの音と共に粉砕された。
その音の発生源はツカツカと踵を鳴らし、右隣で止まった。
「イギリス代表候補であるこのわたくし――セシリア・オルコットに押し付けるのはおよしになってくださる?山猿のしつけは同郷が行うのが道理ではなくて?」
「……勝手に割り込んできて、人をサル呼ばわりかよ。アンタには関係ないだろ」
長い金髪を撫で付けるセシリアに、織斑一夏が噛み付く。母国を侮辱されるのは彼にとってタブーのようだ。
「関係なくありませんわ!わたくしに頼めとそこの根暗女が言ったのを聞きましてよ」
根暗発言の言明は控えるとして、彼女のような外国からの留学生は少なくない。
増してや、代表候補生と言われるエリート組みは率先して送り込まれてくる。
氏名表記が前後し、混乱を抑えるためIS学園では統一して苗字において順付けられている。
つまり、
「ってことは、アンタが俺の後ろの番号なのか。初めて知った」
「はじめて、ですって…!?この、セシリア・オルコットの前番という栄誉を受けながら、知らずに生活していたと!?」
「そうだけど?」
「~~~~っ、決闘ですわ!」
話の流れについていけず、間抜け顔を晒している織斑一夏に指を突きつけるセシリア・オルコット。
今まで成行きを傍観していた観客の盛上がりも最高潮となる。
(……どうでもいいけど、いつまでここにいる気なの、この2人)
蚊帳の外に追い出された展開となったため、放置していたが。
チャイムが鳴った今、彼らは私にとって視界妨害でしかない。
「――3日目にしてこの連帯感は結構だが、今は勉学の時間だ」
ほどなく、担任の一喝により教室内は緊張感漂う沈黙で統一された。
◆◆◆
頭が痛い。生徒名簿による粛清を受けた後遺症だ。
数えてみれば毎日受け続けている衝撃に、よく禿げないものだと髪の生命力に感服する。
俺が頭皮だったら一日で根を上げる。人間でよかった。
「さて、諸君。授業の前に、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。推薦は自他問わずに受付けるぞ」
「…先生、それは対抗戦に出場するだけなんですか?」
「いや、一年間このクラスの代表となり、委員会の会議などに出席してもらうことになる。クラス委員長のようなものだ」
その直近がクラス対抗戦の代表か。
だが、普通のクラス委員長はIS戦闘などしない。IS学園特有の仕事があると考えた方がよさそうだ。
だったら、ISの知識不足の今の俺は厳しいだろう。というか、今は何もする気になれない。
「はーい、織斑くんがいいと思いまーす」
「賛成ー」
次々と織斑票が集まり、書記をしている副担任が集計していく。
(なんか、異議唱える気も出てこねぇ……)
これは重傷だ。過去最高。
それも、せっかく上手くいきそうだった怜との交渉が有耶無耶になってしまったことも気が重くなる原因の一つだ。
もう一度交渉し直したとしても、彼女が喋ってくれるかどうか。
(いやでも、あのままだとなんか俺がイギリス人に頼む流れになってたし、助かったの、か?)
もう一人の千冬ねぇによる犠牲者。彼女は、痛む頭を抱えながらも立ち上がる。
「待ってくださいまし、っ!?…納得がいきませんわ」
急激なクレッシェンドから、デクレッシェンド。
今の状態での大声は致命傷になる。勢いのなくなったセシリアに少し同情する。
「大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわひゃ!わ、わたくしにそのような屈辱を一年間味わえとっ、おっしゃるのですか?」
だんだん弁に熱が入ってくるようで、ときどき不自然に小さい悲鳴が聞こえてくる。
教室の空気も変に生温くなっていく。
「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そして、それはわたくしですわ!」
「あー、もうそれでいいんじゃないか?」
だが、それを認めるほど我が姉は優しくない。
「推薦の取り下げは認めていない。候補は2名だな」
「本人同士が了承してるだし千冬ねぇ、っ――!!!??」
「織斑先生、だ」
「……イエス、サー」
気を抜いてしまったところに、もう一発。
「マムだ」
訂正された。
「というわけで、2人には周囲にも実力がわかる形での選出――IS操縦で勝負をしてもらう」
「望むところですわ」
自分の意見が通ったことでセシリアは元気一杯。俺は正直どっと疲れた。
只でさえ、座学で忙しいのに、IS訓練まで加わったら筋肉痛必須。ますます、誰かに教示してもらわないと身がもたない。
そんなとき、長々とした会話を途中から聞き流していた俺の耳がセシリアの高い声を拾い上げた。
「わたくしの勝利は当然ですが、そのときはお勉強の教師役は根暗女にしてもらいますわ!」
根暗女っていうのは怜のことだよな。
怜の場合、根暗というより無口の方が適しているが、英国人から見れば同じなのかもしれない。
「俺が勝ったら、アンタが教えてくれるとでも言うのか?」
「そんなことは万に一つもありませんが、それでよろしくてよ?」
「いや、それはないわ。パス」
「…さすがに真面目な顔で言われると傷つきますわよ」
セシリアに教わるとか無理。精神的に。キーキー叱られて終わる気がする。
(セシリアの方がサルの鳴き声とか上手そうだな)
それはともかく、ここで怜を引き合いに出すのも彼女に悪い。というか、俺じゃなくてセシリアが既に引きずりこんでいるが。
だがここで引き下がっては、否応なく怜が教師役になる。それもそれでありかなと一瞬過ぎり、最後列を振り返る。
「余所見をするな」
既に授業に入っていた。この席は何をしても教師に筒抜けだ。
(終業したら、話に行かないとな)
またまた怒られそうだ。
それでも、彼女と話すのは楽しみだった。
◆◆◆
「怜!」
振り返らない。れい、なんてよくある名前。
どこか隣のれいさんが呼ばれているのだろう、私ではない。
「ちょ、待ってくれよ、緒方!」
息を切らせた織斑一夏に進路を阻まれた。仕方なく、足を止める。
「……」
「なんか話がこじれちまったけど、返事もらってないからさ」
確かにクラス代表を決めるだけだというのに、私の名前まで出る騒ぎ。景品代わりにされていい迷惑だ。
それに私の考えは伝えた。13番に頼め、と。
(……全く、ここまでくると筋金入りだわ)
能天気というよりパブロフの犬に近いのかもしれない。
セシリア・オルコットとの模擬戦を控えている彼は、こうした時間は惜しむべきなのだ。
「……あなたは、どうしてISに乗るの?」
「え?どうしてって言われてもな。俺自身よくわかってないんだよな」
「"乗れる"理由を聞いているんじゃない。"乗る"理由を聞いているの」
人の行動の裏には必ず事由が存在する。
ISを乗るという行動を選択している以上、意識的であろうと無意識であろうと織斑一夏は決断をしているのだ。
人に勧められたとしても強要されたにしても、乗るのは自分。そう決めたのは自身。
クラス代表がブリテンの高慢姫になろうと、日の丸を両頬に描いたようなマスコット男になろうと興味はない。
勝手にやればいい。
セシリア・オルコットが慢心ゆえの油断で怪我をしても、巻き込まれた織斑一夏がISにこの先国に利用されようとも。
ただ、彼が拒むことなく、受け入れていく姿が気になった。
だからその行動理由を確認する、ただそれだけ。それだけのはずだった。
「俺がISに乗れる史上初の男だからじゃないか?選択権ないだろ」
感情というものは突如決壊する。
津波と一緒でそれがいつ来るのか、予兆は感知できても制御はできない。
「……あなたは、男という理由だけで自分からISに乗るというの?」
「ああ。初めてなんだろ?何かわかれば、俺だけじゃなくて他の男性も乗れるようになるかもしれないしな」
「――そう。男性操縦者という理由だけでISに乗るなら、今すぐここから出て行って」
「え?」
喉が熱くなる。先ほどから警報のように頭の痛みが増していた。
「この学園はただ集団生活を学ぶためにあるわけじゃない。家族から離れ、祖国の期待を背負い、友人を蹴落とすことになっても、目指す入口がここなの。望まずに来たあなたには無縁な話であっても、あなたの言い訳で彼女たちの決意を汚すことは許されない」
唐突に地面が粘土のように歪んだ。
違う。記憶に引きずられて三半規管の感覚が狂っただけだ。大丈夫。私はゴムのように伸びきったこの男に言うことがある。
「……覚悟のないあなたと話すことは何もないわ。二度と私に話しかけないで」
骨が抜かれたようにぐにゃぐにゃする足を動かして、その場を離れる。
意識が飛びそうになっても、一刻も早く織斑一夏から遠ざかりたかった。
出席番号は独自設定です。
モブ設定や部屋割りも独自解釈で一応設定済。
ご要望があれば、活動報告にて開示します。