※本話は、更新停止中の番外編を読まずとも問題なく読めるお話となっております
アビドスでの一件の後、カオナシこと赤飛リンに弟子入したゲヘナ風紀委員会の銀鏡イオリ。彼女は今、気分転換としてミレニアムサイエンススクールに訪れ──
「うわーっ!?」
……落とし穴に、落っこちていた。
彼女が落とし穴、延いては罠にかかる姿は、ゲヘナではよく散見される半ば日常とも言える光景……なのだが、ここは先程も述べたようにゲヘナではなくミレニアムである。……にも関わらず、何故彼女が落とし穴に落ちているのか。
きっかけは、修行中に彼女が発したある一言に端を発する。
【私の弱点?……温泉開発部や美食研の仕掛けた罠にかかりやすいところとかか?】
【よし、なら今からミレニアムな】
【……ミレニ、アム?】
そうして彼女はあれよあれよという間にミレニアムに連れてこられ、理由もわからぬまま"とりあえず一旦あそこまで走ってみよっか"と言われるがままに走ったら……というわけである。……どういうわけなんだ?イオリには何もわからなかった。
余りの理不尽に苛立ちを覚えながら落とし穴から這い出てきたイオリの下へと、下手人であるリンが近づいてくる。
「……綺麗に落ちたな」
「……なあ、これいじめか?何も説明無しに落とし穴に落とすのは流石に酷くないか?」
「いじめじゃなくてちゃんとした特訓だ。……逆に聞くが、温泉開発部や美食研が懇切丁寧にトラップの位置を教えてくれると思うか?」
「……いや、思わないけどさ」
それとこれとは話が別だろと、不貞腐れた様子で座り込むイオリ。……しかしリンも、決して意地悪でこの様な事をしたわけではなかった。
「実はヒナやチナツに前もって聞いてたんだよ、イオリは実力はあるのによく罠に引っかかって無力化されるってな。実際どんなもんかと思って何も言わずに走ってもらったが、まさか一歩目で引っかかるとは……」
「うぐっ……」
自分の醜態を(これまでのものも含めて)思い出し視線をそらすイオリ。そんな彼女を慰め……たりなんてことは一切せず、リンは淡々と今回の修行内容について説明し始めた。
「自分の弱点を自覚できてない場合は自覚できるまで徹底的に落とし穴に嵌める予定だったが、イオリはしっかりと自覚出来ていたからな。だから、イオリには落とし穴に落ちてもらうことにした」
「いや、結局落とされてるじゃん」
どっちでもやること変わらなくないか?とジト目で見るがなんのその、リンはイオリの視線をスルーして説明を続ける。
「この施設は、エンジニア部に用意してもらった"激おち~る君"だ」
「何を言ってるんだ?」
「ここは、色んな種類の落とし穴が都度ランダムな位置に自動的に設定される施設になっててな」
「何を言ってるんだ???」
全く持って意味がわからない。ランダムに落とし穴を作る施設ってなんだ?一体何のために作ったんだ?と脳内の疑問符が段々と増えていくが、リンはそのまま説明を続ける。
「イオリ、お前は戦闘行動を取るときに相手に集中しすぎるクセが有る。敵対者に集中するのは周りを気にしなくていい戦いのときは利点になるが、乱戦や、それこそ周りにトラップが仕掛けられているようなゲリラ戦では視野が狭まり罠にかかりやすくなるデメリットにもなる」
「……」
「冷静に周りを見渡せるようになるのが理想的だが、それでも巧妙に隠された罠だと、戦闘が激化するほど気づくのが難しくなるからな……だからイオリには──」
自覚があるために黙って聞いていたイオリは、思いの外ちゃんと考えてくれていた上でのことだと気づく。自分でも自覚している弱点だ、委員長を支えるためにも克服すべきだと静かに耳を傾け──
「──落とし穴に落ちる前に、走り抜けれるように足腰を鍛えてもらう」
「本当に何を言ってるんだ!?!?」
まさかの脳筋戦法に声を荒げてしまう。
落とし穴によく落ちる?なら落ちる前に駆け抜けちゃえばいいよね!……それができれば苦労はしねぇ!という話である。
「できるぞ?」
「できるの!?嘘でしょ!?」
……あっさりできると言われてしまったイオリは驚愕に目を見開く。……忘れたのかイオリ、眼の前にいる男はあのゲヘナ最強よりも瞬間的な速さなら勝る男だぞ?落とし穴に落ちるよりも前に早く駆け抜けることくらいできるに決まってるだろう。
「空気の層が形を変える前に蹴るよりかは遥かに楽だぞ、なんせ崩れかけとはいえ足場がある状態だからな。落下中の瓦礫を足場に戦うのと似たようなもんだ」
「いや、まぁ……そう言われれば、そう……なのか?」
騙されるなイオリィ!普通人は空気の層なんて捉えて蹴ることなんて出来ないし、落ちる瓦礫を足場にするのも……大半のやつは出来ないぞ!
「それに、落とし穴に落ちるよりも早く駆け抜けるってことは、単純な走力も人並外れたものなるってことだ」
「火力は武器を変えればいい、耐久は防具を整えればいい、だが速度は容易には上げれない……が、早く動ければその分相手の狙いを外させることが出来て擬似的に耐久力を上げることができるし、速度は重さ理論で火力アップにも繋がる。……まぁ、火力方面は物理じゃないとほぼ意味ないが」
「イオリも体感しただろ?……攻撃が当たらないってのは強いぞ。なんせ素の耐久力なんて関係ないからな」
「……」
イオリはアビドスでの戦いを思い出す。……圧倒的な人数差があったにも関わらず、どれだけ狙っても攻撃を躱され、叩き落とされ、いいようにあしらわれた記憶を。……叩き落とされたのは今は関係ないか
「神秘操作は
「元々身軽なお前なら、他のやつよりも労せずにできるようになると俺は思ってる」
リンはイオリへ向けて手を伸ばす。
「どうする?落とし穴に落ち続けるのは恥ずかしいっていうんなら別の案を出してもやってもいいぞ?……考えうる中でイオリが一番早く強くなれる方法を取らずに、ゆっくり強くなりたいならな」
「はっ、冗談!恥なんてカオナシ……いや、
差し伸べられた手をガシッと掴み、立ち上がる。ヒナ委員長を支えるって決めたんだ、わざわざ遠回りしてられるか!と気炎を上げるイオリの姿に満足気に頷くと、リンは機械を操作していく。
「まずは十個からだ。位置は完全ランダム、俺にも把握できない」
「ああ!」
「それと、中には泥とかスライムとか色々あるらしいから、なるべく落ちないようにな」
「ああ!……ちょっと待ってくれそれは聞いてない!」
「……?俺はちゃんと伝えたはずだぞ?」
──"色んな種類の落とし穴が都度ランダムな位置に自動的に設定される"
「って」
「……あ」
「それじゃ、始めるぞー。……そうそう、ゆっくりしてると後ろから壁が迫ってくるからな~」
「待ってそれは本当に聞いてn「はいスタート」ちょっとぉ!?」
◇◇◇◇◇
「やぁリンさん、今日の特訓は……なんだいこれは」
リンの元へと近づいてくる人影が一つ。気さくに話しかけた彼女はモニターの先で落とし穴に落ちまくるイオリの様子に頬を引きつらせる。……あ、また落ちた
「ん?……ああ、もうきたのか、早かったな」
「……今の私は隠居中の身だからね、時間が有り余ってるんだ。……といっても、私の目的のためにはいくら時間があっても足りる気はしないんだがね」
「そこについては心配すんな、ちゃんとお前は強くなってる」
「……君やネルに一度も土をつけたことがないのにかい?」
「そこは年季の違いだな。今までまともに戦ったことないやつにあっさりやられるような柔な鍛え方はしてねぇ、こちとら仮想敵がビナーだったんだぞ」
「噂に聞く
リンの隣に腰掛けた彼女は差し出された紅茶で唇を潤しながら、モニターへと再び目を向ける。*1
「彼女は……確か、ゲヘナ風紀委員会の生徒だったか」
「ああ、ビナーを倒した後、アビドスの復興中に俺に弟子入してな」
「ふむ……となると彼女は私の妹弟子になるということかい?」
「まぁ、時期的にはそうなるんじゃないか?」
「なるほど……リンさん、私もあれやってみてもいいだろうか」
「お前さっき引いてなかった?……まあいいけど、この後別の特訓あるから無理すんなよ」
「分かっているとも。君は私をいじめ抜いて楽しむ鬼畜だからね、余力はしっかり残しておくとも」
「……語弊を生む言い方はやめろ、お前の要望を叶えるために鍛えてやってるだけだろうが」
「そうともいうね」「いうねじゃなくてそうなんだわ」
立ち上がった彼女はからかうような笑みを浮かべ、また逃げるようにしてイオリの元へ向かっていった。
◇◇◇◇◇
「やぁ、随分と派手に落ちたね」
「?……誰だ?」
通算15回目の落とし穴から這い出てきたイオリは、明らかにこの場に似つかわしくない、どこか気品のある立ち振舞を見せる女生徒に怪訝な表情を浮かべる。
「誰、か……そうだな、私を言い表す言葉は色々とあるが……今は、君の姉弟子と名乗っておこうか」
「姉弟子……?」
「ああ、姉弟子だ。私にはどうしても叶えたい……いや、成し遂げたい目的があってね。リンさんに鍛えてもらっているんだよ」
「……!」
瞳に宿る炎に、イオリは息を呑む。……自分と違って明らかに戦う者には見えない彼女から感じるのは、不釣り合いにも思える──"強くならねばならない"という強い使命感。
一体何が彼女をそうさせるのか……目的とは何なのか
「そうそう、私も一度試してみたいんだが、借りてもいいだろうか?」
「え?あ、うん……」
「感謝するよ。君がやっているのを見て、私もやってみたくなってね」
……出会って間もないイオリには、ついぞ訊ねることは出来なかった。
イオリ「どこかで見たことある気がするんだけどな……どこだっけ?」
■おまけ『???の落とし穴チャレンジ』
スタートの合図とともに駆け出した彼女は、するすると一切の淀みなく、躊躇いなく進んでいく。
一切落とし穴に落ちることなくゴール目前までたどり着いた彼女は、敢えて一歩だけ前に踏み出して落とし穴を起動させ
???「ふむ、どうやらここはスライムだったみたいだね」
結局一度も落ちることなく、あっさりとクリアするのだった。
???「よし、問題なくクリアできたね」
イオリ「凄い……まるで、どこに落とし穴があるか分かってるみたいだった」