遅れた分、次話は今週の木曜日に投稿しようと思います
唐突に、なんの前触れもなく突然に……視界に映る景色がガラリと変わる。先程までは旧体育館の中にいたはずなのに、気づけば月明かりに照らされた校庭に立っているという不可解極まりない現象は、僅かな時間聖園ミカの思考をフリーズさせる。
──その隙を、百合園セイアは決して見逃さない。
「喧嘩をしようと行った手前こういう事を言うのは憚られるが……ミカ、君と正面切って戦っても、はっきり言って私が勝てる道理は無いだろう。……君の強さは、ナギサほどではないがよく知っているつもりだ」
「故に私は、私にできる全てを用いてこの喧嘩に挑ませてもらう。──道を踏み外しかけている友を、正道へと連れ戻すために」
「……っ!」
普段はイヤミばかりで、遠回しで迂遠な言い回しばかりする彼女の目とは思えないほど……夜闇の中で燦然と輝く金色の瞳は、真っ直ぐにミカを捉えて離さない。
セイアは令嬢がお辞儀をする際の所作のように、自身のスカートを摘み上げる。──"カラン、カラン"と音を立て、無数の排煙管が足元に散らばった。
ミカが気を取り直したときには既に排煙管は起動しており……月明かりをも遮る煙はセイアを中心として広がっていき、程なくして校庭一面を覆い尽くす。
◇◇◇◇◇
視界一面を煙が覆い尽くす。……不意打ち故に思わず吸ってしまったが、体が動かなくなると言った症状が一切ないことから毒の類では無いことは瞬時に理解したミカは、セイアの次の一手を警戒してか無闇矢鱈と動くことなくその場に留まり銃を構える。
──そんな彼女の背後から音もなく忍び寄る
ズガンッ!!!
「いっ!?」
唐突に訪れた背部を襲う衝撃に、聖園ミカは思わずたたらを踏む。立ち止まるとすぐに背後へと振り返るが……既にセイアの姿はどこにもない。……ダメージ自体はそこまであるわけではない、しかし、背後を取られたことに全く気づくことが出来なかったという事実が、彼女のセイアに対する警戒心を強制的に跳ね上げる。
(うそ、全然気づけなかった……!)
──同時に生じた驚愕による思考の隙を、百合園セイアは見逃さない。
「喧嘩の最中に考え事とは、随分と余裕じゃないか」
「ッ!!」
自身の背後から聞こえてきた声の出どころに向けて反射的に横殴りに拳を振るう。……しかし、まるでミカの行動を
「……相変わらずの馬鹿力だな、ミカ」
──そして再び、二対の牙がミカを襲う。
ズガガンッ!!!
「かハッ……!」
腹部を襲う衝撃に、肺の中の酸素が無理やり吐き出される。酸欠によりチカチカと歪む視界のその先で……百合園セイアは隙を晒したミカへと追撃を行うことなく後ろへと下がり、再び煙の中へと姿を眩ませる。……その様子を目にし、聖園ミカは内心で舌を打った。
(欲を出して攻めてきてくれたら楽だったんだけどなぁ……。徹底してヒット&アウェイに徹するつもりなんだね、セイアちゃん)
けほけほと咳き込みながら、ミカは乱れた呼吸を整える。……自身の視界を覆い尽くす煙は、今いる場所が屋外ということも相俟って、風で飛ばされ少しずつ月明かりが差し込み始めていた。
このまま行けばセイアの姿を捉えることができるようになるのも時間の問題かも知れない。……そう理解していながらも、ミカは自身の脳裏によぎる選択肢に
「ただ待つだけなんて──そんなのつまらないよね、セイアちゃん」
もしもこの場に事情を知らぬ第三者が居るのならば……その誰もが思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべながら、聖園ミカは両の手を組み──祈りを捧げる。
◇◇◇◇◇
──綺麗な歌声が、煙の向こうから聞こえてくる。
(……っ!早くも
煙の中に身を隠し、ミカ対策の特注の銃による腕への反動を少しでも癒そうといたセイアは、
距離を取ってしまった以上、ミカの思惑を阻止することは最早不可能である。……もし仮に阻止しようとしたとて、彼女は自身の攻撃など優に耐えて無理矢理にでも押し通してくるに違いない。
持ち得る火力にも差があり過ぎる為迎撃も当然不可能であり、故に百合園セイアに残された手段はただ一つ──どんな手を使ってでも直撃を免れ、凌ぎ、次の一手へと繋げることのみである。
「……君と喧嘩をすると決意したその時から、ずっと用意を整えてきた。……まだ見せていないものもある、まだ、君の本音も聞いていない」
「故に、私は──」
──この程度で終わるつもりはないぞ、ミカ
◇◇◇◇◇
──静謐な、しかして確かな覇気の込められた凛とした声が、煙の向こうから聞こえてきた。
(あーあ、折角煙の中に隠れてるのに、喋っちゃったら意味ないんじゃない?セイアちゃん)
一瞬、自身を撹乱するためにレコーダー等を用いているのかとミカは考えたが、即座に自身の抱いた疑念を脳裏から追い出す。……目に見えずとも感じ取れるのだ。
距離はある、しかし間違いなく──百合園セイアは、自分の真正面に立っているのだと
故に彼女は
「あなたの為に、祈るね」
聖園ミカの
「……死なないでね、セイアちゃん」
──百合園セイアの頭上に、一つの星を呼び寄せた。
◇◇◇◇◇
ドゴオオォォォォンッ!!!!!
落星の衝撃は大地を揺らし、轟音と共に辺り一面を覆い尽くしていた煙を一瞬にして吹き飛ばす。……放った張本人である聖園ミカは右腕で顔を覆い、襲い来る礫や衝撃をやり過ごしながらも──セイアが居たであろう場所から、目を離さない。
あれだけの啖呵を切ったのだ。つい先程まで良いようにしてくれた彼女ならばこの程度余裕で対処して再び自分に銃弾を浴びせてくるであろうと、ミカは周囲に警戒心を張り巡らせる。
(前後左右、それとも上空?……どこからでもかかってきなよ、セイアちゃん)
パテル分派の長として、ティーパーティーの、トリニティのお嬢様として過ごしてきた彼女は今……当初抱いていた罪悪感はそのままに、しかして同時に此度の
幼馴染である
……そして遂に、校庭を覆っていた煙は晴れる。
「……!」
校庭には、落星によるクレーターが出来ていた。……しかしそこに、百合園セイアの姿はない。
押し潰してしまっていなかったことに僅かな安堵を抱きながらも、聖園ミカは思考する。
煙は晴れた、身を隠す場所なんて何処にもない。……なら、一体何処に?
逃げ出したとは思わない、しかし、セイアちゃんがどこにいるか分からない。
ずっと正面だけ見据えて奇襲への対策は感覚に頼り切るだけなんていうことは、いくら正義実現委員会のツルギに匹敵する力を持つ彼女であっても不可能だ。……聖園ミカは確かに強い。……けれど、彼女は決して戦闘を主としている者ではなかった。
ちらりと、クレーターから視線を外し周囲に目を向ける。煙に覆われていたとはいえ、彼女は音もなく自分に近づき銃撃を食らわせてきた実績がある。
"もしかしたらもう既に近くに来ているかも"と、聖園ミカがそう考えるのも無理からぬことであった。
「…………」
ゆらり、と
空間が不自然な揺らぎを見せる。場所はミカの真正面、手を伸ばせば届くような至近距離。
時の流れが遅くなったと錯覚するほどにゆっくりと、聖園ミカの目が、視線だけが揺らぎの発生源へと滑っていく。
「…………」
──黄色の瞳と目が合った。
身体が動くよりも早く、視神経から脳へ情報が伝達されるよりも早く……景色という名のヴェールを脱ぐようにして現れた
ズガンッ!ガガガンッ!!!!!
──銃を握る手に二発、胴、そしてこめかみに向けて一発ずつ。一切の容赦のない衝撃がミカを襲う。
頭を狙われたことで彼女は仰け反り……重点的に狙われた手の痛みは計り知れず、ミカは思わず銃を手放してしまう。
……明確な隙だ。今ならもう二、三度銃撃を叩き込めるかもしれない。
「……ッ」
けれどセイアは追撃を仕掛けることなく距離を取ろうとする。……それは何故か
ヒット&アウェイに徹しているから?……否
「…………」
──金色の瞳と目が合った。
仰け反りながらも自らを捉えて離さないその瞳には、慈愛の色が込められていた。
百合園セイアが距離を取るよりも早く、姿を眩ませるよりも早く──柔らかな唇は言祝いだ。
(セイアちゃん、祈るのはね──)
「手を合わせなくても、出来るんだよ?」
──自らをも巻き込んだ二度目の落星が、百合園セイアへと襲いかかった。