「いったぁ……」
(やられっぱなしなのは癪だから私ごとやり返したけど……流石に少し堪えるなぁ)
自ら引き起こした落星の衝撃に引き飛ばされたミカは、巻き起こる砂埃に顔を顰めながらも痛む身体にムチを打ち体を起こす。
……始めた当初は、まさかここまで一方的に攻撃されることになるとは思ってもみなかった。
ミカの知る百合園セイアは、迂遠な言い回しが多くて嫌味ったらしい、病弱な女の子だった。未来が視えるせいか何処か達観した様子で、自分とは反りが合わないのか良く口喧嘩したりもして……
……そんな彼女は今、自身と対等に戦える程に強くなっている。
──本当は、殺したくなんてなかったから
でも、彼女を傷つけようとした事実は決して消えないから……旧体育館で彼女が姿を現した時、私は罵詈雑言を浴びせられて、殴られて、絶好を突きつけられても仕方がないって思ってた。
(でもセイアちゃんは、"喧嘩しよう"って言ってくれた)
喧嘩なんて、兄弟姉妹、或いは友達のような親しい間柄でもなければしないようなもの。……決して、一方的に拳を振るうものではない
聖園ミカは夢見がちだがバカではない。……セイアの目的は、既に検討がついていた。
(……セイアちゃんはきっと、私の罪を軽くしようとしてくれてる)
百合園セイアが旧体育館に姿を現す前の彼女は、良くてアリウスをトリニティに招き入れたクーデターの主犯、酷く言えば人殺し。
実際に手にかけたのは自分ではないのだとしても、原因は自身にあると……セイアが死んだのは自分のせいだと考えていた。
けれどセイアは生きていた。彼女が現れたことで前提から崩れ、自身は人殺しから暗殺未遂犯になり……子供じみた口喧嘩の果てに、自身の行いはただの喧嘩の内の一幕に落とし込まれてしまった。
……無理があるのはセイア自身も理解しているだろう。だが、被害を受けたはずの張本人が"これは喧嘩だ"と大して気にした様子もなく大勢の前で言い張ってしまえば、暗殺未遂の現場を実際に見ていない者たちは強く出ることはできなくなる。
表舞台から姿を隠していたのも……自身の病弱さを療養する為だと言われてしまえばそれ迄だ。証拠は、ミカと戦える程に強くなっているのを見せられれば周りは黙ることしか出来ない。
唯一直接的に関わっていた白洲アズサも、セイアが一言"秘密にして欲しい"と言えば口を閉ざすだろう。……彼女は、優しい心の持ち主だから。
何故ここまでするのか、理由はもう分かりきっている。……百合園セイアは、今もまだ──聖園ミカの事を、友だと思っているからに他ならない。
……私は彼女を殺そうとしたのに、彼女は私を友達と呼んでくれている。
(……ともだち、かぁ)
私にそんな資格有るのかなぁ……なんて、喧嘩の最中に考えるような事じゃないと理解していても、思わず考えてしまう。
……けれど、嫌な気はしなかった。
"
自分は今、一度超えてしまった分水嶺に引き戻されている。……そのまま引き返すなら、これが最後のチャンスだろう。
そして彼女にはもう、差し伸べられた手を振り払うことは、出来なかった。……もし振り払ってしまえば、自分は
(……ちゃんと謝ろう。セイアちゃんだけじゃなくて、ナギちゃんにも)
喧嘩の後には"ごめんなさい"をして仲直り。子供でも知ってる当たり前のことをちゃんとしようと心に決めて──
「…………ぇ?」
──視線の先で、赤が滲む。
◇◇◇◇◇
「……セイア、ちゃん?」
……返事はない。……彼女の脳裏に、一抹の不安が過ぎる。
(まさか……そんなはずない。だってセイアちゃんは"まだ終わるつもりはない"って……きっと、あの状況から逃れる手が……っ)
一度抱いた不安は次第に大きくなっていき、呆然と立ち尽くす彼女の脳内をぐるぐると駆け巡る。……抱いた不安を振り払おうと無意識にふるふると首を振るうが、その程度で消えるはずもない。
肥大し、膨れ上がった不安は……彼女の脳裏に、一つの可能性を提示する。……自分は、今度こそ本当に──
「あ……」
──友達を、殺してしまったのだと
瞬間、彼女は膝から崩れ落ちる。両の手で顔を覆い、蹲り……慟哭する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「私、そんなつもりじゃなかったっ!セイアちゃんを殺そうだなんて……っそんなこと、思ってなかったの……っ!」
「あの日も、今日も……っ」
──セイアちゃんを殺したくなんか、なかったのに……っ!!
嘆き悲しみ、泣き叫ぶ少女の懺悔は……誰もいない無人の校庭に、ただ虚しく木霊する。涙に濡れ、土汚れがつくのも厭わずにただただ後悔と罪悪感で泣きじゃくる彼女は
「……」
……自分以外にもう誰もいないはずの校庭に、
その者はミカへと真っ直ぐに歩みを進めると、彼女の真正面へと移動し……目線を合わせるように腰を下ろす。……それでも、ミカは気が付かない。
「………カ」
「……ミカ」
「……ミ…きこ……い…………」
全く反応が返ってこないことに痺れを切らしたのか、その人物はミカの両頬に手を添え……無理やりに自分の方へと視線を向けされ、彼女の名を叫ぶ。
──"聖園ミカ!!!"と
「……?……っ!」
「ようやく気がついたか……喧嘩中に急に泣き出すものだから流石に驚いてしまったぞ」
ミカは自身の目の前に人がいることをここにきてようやく認識し……その人物が、自分がつい先程殺してしまったはずの人物──百合園セイアであるという事実に驚きを露わにする。
自分は夢でも見ているのか、それとも頭がおかしくなってしまい幻覚でも見えているのか……混乱する彼女はそんな現実逃避気味な事を考えるが、それは違うと両頬を優しく包む人の温もりが彼女の考えを否定する。
体中至るところに生傷をつけ、果てには頭部から血を流してしまっているが……間違いない。
「あー……私が言うのもおかしな話だが、怪我はないか?どこか痛むところは……っと、ミカ?」
夢でも幻でもない、セイアちゃんは間違いなく、今私の目の前にいる。
後悔と罪悪感のみであった涙に安堵の色を交え……友の存在を確かめるように、ミカはセイアを抱きしめる。
「ごめんねっ……ごめんね、セイアちゃんっ。わたし、わたし……っ」
「ミカ……」
"これじゃ、喧嘩を続けることは出来なさそうだな"と、セイアは困ったように苦笑しながらも……
「……大丈夫、私はちゃんと生きているとも」
慈愛に満ちた眼差しを向けながら……泣きじゃくる彼女が落ち着きを取り戻すまで、優しく頭を撫でていたのだった。
◇◇◇◇◇
友の前ではばかることなく涙を流してしまったミカは、恥ずかしそうに頬を染め上げながらも、ずっと抱いていた疑問をセイアに問う。
「ねぇ、セイアちゃん……どうして、私と喧嘩をしようだなんて言い出したの?」
「……どうして、か」
万が一のためにと用意していた救急道具で応急処置を終えたセイアは、隣に座るミカをちらりと見た後……星空を見上げながら、ぽつりとつぶやく。
「私はただ──」
──ミカの本音を聞きたかっただけだよ
……と。
「……え、それだけ?」
「ああ、それだけだとも」
思わずきょとんとした表情を浮かべてしまう。……対するセイアは小さく笑みを浮かべるのみで……どうやら本当に、たったそれだけの理由のためだけに、死んでしまうかもしれないリスクを犯してまで自分と喧嘩をしようと言ってきたらしい。
「どうしてそこまで……」
「ふふ、異なことを言うな、君は。初めに言っただろう?──道を踏み外しかけている友を、正道へと連れ戻すためだと」
「君もナギサも、"こうだ"と思い込んだら盲目的に信じ込んで突き進んでしまうまるで猪みたいな性格をしているせいで間違った道に進みかけてしまったが……」
「ちょっと???」
ゴリラの次は猪?ナギちゃんはともかく、流石にちょっとそれはひどすぎない?と苦言を呈そうとしたが……
「──ミカもナギサも、本当は優しい心の持ち主だということを……私は、知っているからね」
"だから、連れ戻したかったんだ"……と、優しく微笑みながら告げられ、口を噤む。
「……はぁ~……調子狂うなぁ、もう。セイアちゃんってもっとこう、色々回りくどく物事を言うタイプじゃなかったっけ?」
「……そうだな、自覚しているとも。……だからこそ、真っ直ぐに自分の思いをぶつけ合うために喧嘩をしようと言ったんだ。……まぁ、これは隠居中に新しく出来た友人からの受け売りなのだがね」
「その割には煙幕とかズルいことしてたよね」
ミカがからかうようにそう言うと、セイアは拗ねたようにそっぽを向く。
「仕方がないだろう……悔しいが、ああでもしなければ私は君とまともにぶつかり合うことも出来ずに負けてしまうことは分かっていたからね」
そうなってしまえば、本来の目的である"本音を聞く"ということすらままならない。故に最低限喧嘩の土俵に上がれるように出来うる限りのことはしようという決断のもとのであったと、セイアは語る。
「……そっかぁ」
ミカはセイアの思いと抱いていた並々ならぬ覚悟を聞くと、両手を膝の上で組み顔を伏せて黙り込んでしまった。そんな彼女へとセイアは声をかけようとし……小さく震える彼女の様子を目にすると口を噤み、かわりに頭を優しく撫でる。
「……あとで一緒に、ナギサにも謝りに行こうか」
「うん……ごめん……ごめんね……っ」
傷つけてしまってごめんなさい。……私を止めてくれて──
「──ありがとう、セイアちゃん……っ」
◇◇◇◇◇
しばらくして気持ちを落ち着けたミカは、砂埃を払いながら立ち上がる。
「……私は今から、みんなのところに向かうよ。……アリウスの子たちを連れてきた責任を果たさないと」
できることならアリウスの生徒たちとも和解したい、けどそれが難しいことは、アリウスの生徒たちと関わりを持った自分がよくわかっている。
抱いた願いからは遠ざかるかも知れないけれど、それでも責任は果たさなければならない。クーデターの首謀者の一人として、自分には彼女らを止める義務があると、ミカは覚悟を決めて──
「──その必要はない」
冷水を浴びせるかのように突如として響いた第三者の声に、声の主から庇うようにセイアの前に立った。
(……強いね)
未だ全貌は見えないものの、はっきりと感じ取れる強者特有の風格に、ミカの背筋を冷や汗が伝う。……友達との喧嘩で疲弊した自分では勝てないかも知れない、それでもセイアちゃんだけでも守らないとと覚悟を決めるミカを余所に……守られているはずのセイアは一切気に留めた様子もなく、正体不明の人物へと声をかけた。
「必要ないということは、もう終わったのかい?」
──リンさん
「ああ、終わった。特にこれと言った苦戦もせず、先生たちの圧勝でな」
建物の陰から姿を現したのは、夜闇に溶け込むような黒いフード付きのコートを身に纏いながら、闇夜に浮かび上がるような真っ白な仮面で顔を隠した不審者然とした姿をした男。
もしこれがなんの前触れもなく真夜中に眼の前に現れれば、大半の者は驚き悲鳴を上げるだろう。……日常の一幕で現れたらまず間違いなく悲鳴を上げていた、ミカが悲鳴を上げずにすんだのは、偏にセイアを守らなければと思っていたからだった。……どうやら、その必要はないらしいが
「……随分とまた派手にやったみたいだが、ちゃんと喧嘩はできたか?」
「ああ、あの日から君が私を思う存分痛めつけてくれたお陰でね」
「人聞きの悪いことを言うなっての、単に俺は鍛えただけだろうが」
「ふふ……そうだね、君がミレニアムの生徒に掛け合って用意してくれた特注の銃や道具に、君が教えてくれた戦闘技術や
……なによりも驚いたのは、そんな不審者然とした姿の男と仮にもティーパーティーに属するお嬢様のセイアが親しげに話していることに、ミカは愕然としていた。
「まぁ、状況報告はこのくらいでいいだろ。……立てるか?」
「ふむ、そうだな……うん、丁重に運んでくれたまえ」
「…………仕方ねぇな」
リンが背を向けてしゃがみ込めば、セイアはすっくと立ち上がって寄りかかる。
「……立って歩けるなら歩けよ」
「おや、ボロボロになるまで頑張った私を歩かせるとは、君はとんだ鬼畜だな」
「うっ……ごめんね、セイアちゃん」
「あ、いや……別にミカを責める意図があったわけではないんだが」
「……帰っていいか?」
「何を言ってるんだ君は、逃がすわけないだろう」
わちゃわちゃとした、ある意味では日常の一幕にも見える光景。……けれど、今この場にはミカとセイアにとって、もう一人の友であるナギサはおらず……
「……あ、そうだ」
いずれまた三人で笑い会える日が来ることを願う二人を余所に、リンは徐に何かを思いついた様子で
「えっ?……きゃあっ!」
セイアを背負うリンと
補修授業部に捕らえられ隔離されていた彼女は、不意にのしかかる人1人分の重量に思わず体制を崩してしまう。背負われていたセイアもまた、自身を背負う相手の体格がいきなり変わったことでバランスを崩し……
「えっ?わわっ……!」
隣を歩いていたミカの方へと倒れ込む。……普段であれば支えられたかも知れない、しかし油断していた彼女は、二人を支えきれず……三人揃って地面へと
「い、一体何が起きたというのですか!?……って、ミカさん!?」
「な、ナギちゃん!?どうして急にナギちゃんが!?」
「私を忘れてもらっては困るよ、ナギサ」
「私にもさっぱり……って、え?……えっ!?せ、セイアさん!?生き……えっ!?!?」
リンの能力を知っているセイアは比較的落ち着いているが、他二人はそうもいかない。特にナギサに至ってはほんの少し前にクーデータの主犯である補修授業部*1に捕縛され軟禁されたかと思えば、前触れもなく外に放り出されて眼の前に死んでしまったと思っていたセイアがいるのだから。
……ナギサは混乱の果てに頬をつねるが、当然夢ではないのだから痛みはある。
「……って、お二人とも怪我をしているじゃないですか!一体何が……まさか、補修授業部のクーデーターに巻き込まれて!?」
「ふふっ……ううん、違うよナギちゃん」
「ああ、私たちのこれはただの喧嘩によるものだからね。……あと彼女たちの名誉のために言っておくが、補修授業部はクーデーターなど企ててはいないよ」
「けんか……?一体何故……というより、補修授業部はクーデーターを企てていないとはいったい……?」
滂沱のごとく流し込まれる情報に背景に宇宙を背負うナギサ。……状況は全く飲み込むことが出来ない。が、理解できないなら事情を知っているであろう二人に話を聞くのが早いとナギサは結論づける。
「えっ…と……状況を、教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、勿論構わないとも。……時間なら、たっぷりとあるからね」
「うん。……私も、二人には伝えなくちゃいけないことがあるから」
彼女たちは情報を共有するため、或いは、抱く想いを伝えるために。……すれ違い、絶たれかけた絆を再び紡ぐように、彼女たちは言葉を交わす。
夜も遅い校庭で……優しく見守るように、月明かりが少女たちを照らしていた。
エデン条約編二章はこれにてほぼ終了。今回のクーデーター未遂の後処理を終えたら、夏イベへと移行していきます。
補修授業部の活躍は三章にて
※次のお話は来週木曜に投稿する……かも?