先に言っておくと、作者は決して風紀委員アンチでは無いです。むしろ好きです。
「──ッ!前方、半径10km内にて爆発を検知!近いです!」
部室内に、アヤネの焦りを抱いた声が響き渡る。10km内にあるものといえば、市街地しかなく……まさか便利屋68とは別の襲撃犯が現れたのかと対策委員会に戦慄が走る。
「衝撃波の形状から、どうやら迫撃砲の砲撃によるもののようです。影響範囲からして、放たれたのは1発限りのようですが……」
「場所は!?」
「既に調べています!……確認できました!場所は市街地、正確な位置は──柴関ラーメンッ!?」
「はぁ!?どういうことッ!?何であの店が狙われなくちゃいけないのよ!」
アビドス生にとって馴染みのある店。……しかし、戦略拠点でもなければ、重要な交通網でもない柴関ラーメンがなぜ狙われたのか……理由は分からぬが、今は一刻も早く手を打たなければと行動を開始しようとし──
「……カオナシくん」
ボソリと呟かれたユメの言葉に、皆が動きを止めた。
「えっと、カオナシさんがどうされたんですか?……っま、まさか!?」
「カオナシくんが柴関ラーメンにいるの!便利屋68の娘たちと、襲撃の偽装についての打ち合わせをしに行くって──ッ!」
「待ってユメちゃん、一人で行っちゃ……!」
先生の静止も聞かず、ユメは盾を手に持ち部室から飛び出して行ってしまった。
入学して以降ただの一度も見せたことの無い先輩の慌てように、皆は驚愕に包まれ──唯一平常心を保っていた先生が喝を入れる。
「皆!困惑する気持ちも理解できるけど、先ずは一刻も早く柴関ラーメンに向かうよ!早く準備して!」
「「「「──っ了解!!」」」」
──いてもたってもいられず、一人で部室を飛び出したユメは全速力で駆けていく。
(お願い、どうか──)
「──無事でいて、リンくんっ」
◇
『……痛ってぇな、クソが』
ユメが一人部室を飛び出したのと同時刻、爆発に呑み込まれたカオナシは悪態をついていた。
"痛い"と言いつつ……彼は咄嗟に神秘操作で耐久力を底上げしたため、煤に塗れているものの見た目ほど目立った外傷はなかった。
……しかし、身につけているものはそうもいかない。
普段身につけているコートは、耐火、耐熱、耐衝撃etc...と、ミレニアムの技術をふんだんに盛り込んだ装備であったが、その下に着ているシャツやズボン等の衣類は市販のもので、耐久性はたかが知れており──肝心のコートは柴大将を守る為に被せてしまっていた。
その為、剥き出しとなった衣類は焦げ付きや破れが目立ち、ボロボロになっていた。
『無事ですか、大将』
「お、おう……カオナシくんが庇ってくれたおかげで、何とか──」
……衣類だけであれば、まだ良かったのだが
「──おい、その腕はどうした?」
柴大将の視線が自身の左腕に向けられていた為、カオナシもまた同様に左腕を見やり──舌を打つ。先程の爆発の際に飛んできた瓦礫がぶつかったのか……身に付けていた腕時計が破損してしまい、投射していたはずの立体映像が乱れ、義手が露になってしまっていた。
幸い、今はまだ爆煙によって遮られているため大将以外には見られていない。
……しかしそれも時間の問題、煙が晴れれば多くの者の目に晒されてしまうことになる。
『……すまん、大将。コートを返してもらってもいいか?』
「あぁ、元々カオナシくんの物だし、全然構わないが……」
カオナシは大将からコートを受け取ると、内ポケットから包帯を取り出し左腕全体を隠すように巻き始め──その間に、インカムを通してアルたちの無事を確認する。
『──アル、カヨコ、ムツキ、ハルカ。聞こえるか、無事なら返事をしろ』
呼び掛けに呼応するように、少し離れたところに積み上がった瓦礫がガラガラと崩れ落ちると、下からアル達が順番に這い出てくる。
「いったた……全く、一体何がどうなってるって言うのよ!」
「無事と言えば無事かな、咄嗟に隠れたからそこまで怪我はしてないし」
「うぇ、口の中ジャリジャリするぅ……」
全体的に汚れてしまっているものの、大怪我は誰一人としてしていなさそうだという事が確認できたカオナシは指示を出す。
『よし、先ずは──』
「……るさ…い」
……指示を出そうとしたが、ハルカのボソボソとした呟きに遮られた。
"まさかまた……"と柴大将以外の全員の脳裏に過ぎり──彼等の予想を肯定するように、ハルカの声が段々と大きくなっていった。
「許さない、許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない──ッ!!」
「アル様に、皆さんにこんな仕打ちをするなんて……!許せません……!!」
怒りに囚われたハルカは銃を構え、爆煙を突っ切って一人で襲撃犯の元へ特攻しようとする。
「……そうね、今回ばかりは私も止めはしないわ」
こうなってしまっては止められないと……アルたちもまた舐めた真似をしてくれた相手に、恩人である大将の店を壊した相手に報復する為に立ち上がるが──そんな彼女たちに待ったをかける人物が一人。
『──待て、ハルカ』
いつの間にか傍に来ていたカオナシは、暴走するハルカの腕を掴み引き止める。……アビドスのことを大切に思ってる彼がまさか引き止める側に回るとは思わず、ハルカは驚きの声を上げる。
「か、カオナシさん!?……離してください!」
『駄目だ』
「ど、どうしてですか!?大将さんのお店がこんな目にあってしまったんですよ!?」
『……だからこそ、今は先ず大将を安全な場所に避難させることが先決だろうが』
大恩ある大将の店が壊されてもなお、冷静に優先すべき事を見据えているカオナシの言葉を受け、ほんの僅かに冷静さを取り戻したハルカは動きを止める。
『……ありがとう、ハルカ。……それじゃあ、誰かに大将の護衛を頼みたいんだが』
「それなら私がやるよ」
大将の護衛については、カヨコが立候補したことで直ぐに決まった。……何時追撃が来るか分からないため、一刻も早く避難してもらうために行動を始める。
「みんな、あまり無理はするんじゃないぞ」
「……安全な場所に送り届けたら、私も直ぐに戻って来るから」
二人の姿が見えなくなるまで見送ったカオナシたち。
"こんな状況になっても冷静さを失わないなんて、流石カオナシさんね!"と、感心した様子でアルは目を向け──"ピシリ"と固まる。
『よりにもよって大将を巻き込みやがった……、それだけじゃねぇ、あまつさえ大将がコツコツと積み重ねてようやく建てた店を台無しにしやがった……!何処のどいつか知らねぇが──』
──"絶対に許さねぇ……!!"
……先程までの冷静さは何処へやら、地の底から響くような途轍も無い怒気を孕んだカオナシの声に、自分達に向けられたものでないと分かっているにも関わらず、アルとムツキは竦み上がってしまう。
……いや、カオナシはそもそも初めから、全くもって冷静ではなかった。
大将の無事を確認している時も、アル達の無事を確認している時も、暴走するハルカを止めている時も──ずっと、胸に渦巻く激憤を表に出さぬよう押さえ込んでいただけであった。
唯一、カオナシと同様に大きな怒りを抱いていたハルカだけは気にした様子はなく……むしろ、カオナシの怒りに同調していた。
「や、やっぱりカオナシさんも許せないですよね!」
『あぁ、許せねぇ……許せる訳がねぇ……!!』
まさかのバーサーカーが二人になるという、思わず頭を抱えたくなってしまうような自体にアルは白目をむき、普段であれば慌てふためくアルを見て楽しむムツキですら頭を抱える。
(カヨコ、こうなるって分かってて逃げたわね──!)
(カヨコちゃん、分かってて逃げたね……)
◇
一方、柴関ラーメンを爆破した張本人たち──ゲヘナ風紀委員会に所属する彼女たちもまた、大いに焦っていた。
「ちょっと、何してるんですか!?威嚇砲撃準備の指示はありましたが、まだ砲撃許可は出てないですよ!?」
事前に決めた作戦にない無許可の砲撃に、現場指揮を務める風紀委員の一人──火宮チナツは驚きの声を上げる。
「す、すいませんっ!準備をしてたら間違えて発射装置を押してしまって……」
「間違えてって……もしそれで民間人に被害が出たらどうするんですか!私たちは風紀委員!風紀を守るものとしての自覚をちゃんと持って行動しないといけないんですよ!」
凄まじい剣幕で怒鳴るチナツを前にし、発射装置を押してしまった風紀委員は萎縮し縮こまってしまう。
その様子を見かねた前線指揮官──銀鏡イオリが近づき、尚も説教を続けるチナツを窘める。
「まぁまぁ、落ち着きなよチナツ。その子も悪気があった訳じゃないんだし……それにこの辺りは、
「……それはそうですが、いくら立退き命令が出ているからと言って、必ずしも民間人が残っていないとは言いきれないじゃないですか。その為にも、先ずは注意喚起を促すというのが作戦の第一段階だったはずです」
「うっ……確かにそうだけど……やっちゃったものはどうしようも無いよ、どうやったって過去には戻れないんだし。もしもの時のリカバリーは後で考えるとして、今は作戦を遂行する事を考えよう」
「……仕方ありません。イオリの言う通り、先ずは──」
不承不承ながらも、自身に与えられた役割を遂行しようと意識を切り替えようとしたその時──爆煙の奥に、ゆらりと人影が一つ
未だ全容は掴めないが、便利屋68の構成員かと身構える風紀委員たち。
しかし一人分の影しかない為、もしかしたらチナツの言う通り巻き込まれてしまった民間人がいて、こちらに向かって来ているだけの可能性もあると、イオリは銃を下ろすように指示を出そうとし──
(……あれ、何で手が震えて……ッ!?)
"ゾクリ"──と、全身を突き刺す様な尋常ならざるナニカを感じ取り、咄嗟に指示を出す。
「──ッ!総員、戦闘準備ッ!!」
「イオリ?一体何を……」
「下がってチナツ、何か来る……!」
チナツが横へと目を向けると──冷や汗を流し、顔を引き攣らせながら警戒心を露わにするイオリの姿が映る。
……普段、誰が相手であっても気丈に振る舞う同僚の姿を目にしたチナツもまた、"只事ではない"と今も尚爆煙の中に佇む人影へと視線をずらし──
直後──その人影を中心として炎が弾け、正体が露わとなった。
至る所が焦げ付き破れた衣服の上から黒いコートを身に纏い、左腕は怪我をしているのか一部の隙間も無く包帯を巻き付け──壊れた仮面で顔を覆い隠した者が、ゆらり、ゆらりと近づいてくる。
「まさか……カオナシ、さん?」
「えっ?……カオナシって、確か便利屋の……」
今この場にいる風紀委員の中で唯一、直接会ったことのあるチナツがいの一番に気付き、続けざまにイオリが反応する。
『チナツ?……なるほど、この砲撃はゲヘナ風紀委員会のものか……』
壊れ、露となった右の目元から覗く怒気を孕んだその瞳に、先程感じ取ったナニカの正体がカオナシである事を悟ったイオリは息を呑む。
「……あれがただの便利屋って?……鬼って言われた方がまだ納得出来るよ」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるイオリの横で、チナツは何とか説得を試みようとするも……カオナシの耳には届かない。
「無駄だよ、話の通じそうな相手じゃない」
「イオリ!?……ですがっ」
──イオリとて、巻き込んでしまった事に対して罪悪感を抱いていない訳では無い。……しかし、先程も話していた通り、彼女たちは与えられた作戦を遂行する義務がある。
「巻き込んじゃった事については申し訳ないと思ってる。……でも、私達も便利屋68を捕まえるっていう義務があるんだ」
「──もし邪魔をするってんなら、先ずはお前から倒す」
イオリが警告すると……先程まで一歩、また一歩とゆっくりと歩みを進めていたカオナシはピタリと動きを止めた。
『……義務?倒す?……は、ハハハハハッ!!』
心底可笑しそうに、声を大にして笑うカオナシを前にした風紀委員達は、"相手は所詮一人、圧倒的なまでの戦力差を前にして気でもふれたか"と嘲りの目を向ける。
──そんな中で唯一、イオリだけは警戒を解くことを辞めなかった。……それどころか、カオナシが笑えば笑うほど、肌を刺すような嫌な感覚が強くなっていく。
一頻り笑ったカオナシは……電池が切れたように俯くと、大きく溜息をついた。
『ハァ───……』
深く、深く、自分の内にあるもの全てを吐き出す様に息を吐き──猛禽類を思わせるような鋭い瞳で睨め付ける。
"やれるもんならやってみろよ"
──今此処に、便利屋と風紀委員の開戦の火蓋が切られた。
作者は風紀委員アンチでは無いです(二回目)
便利屋68が味方に着いた分の揺り戻しが風紀委員に行ってしまっただけです。リカバリーはちゃんとします。
……例え事故であったとしても、柴関ラーメンを爆破したことには変わりなく……カオナシの逆鱗に触れてしまった風紀委員との戦いはどうなるのか、一体どう収拾を付けるのか?
是非次回をお楽しみに!