「先輩たち、大変!これ見て!」
「アビドス自治区の関係書類を持ってきました!これを……」
「「……?」」
慌てた様子で部室に飛び込んできたアヤネとセリカは、先生や先輩達がカオナシに暖かい目を向けているという、異様な光景を視界にとらえ困惑する。
"何故こんな状況になっているのか"──思わず訊ねたくなってしまう気持ちをグッと抑え、二人はつい先程判明した衝撃の事実を伝える為に、全員に見えるように机の上にある物を広げる。
「ん〜、これって……地図?」
「はい。直近までの取引が記録されている、アビドス自治区の土地の台帳──"地籍図"と呼ばれるものです」
「土地の所有者を確認できる書類……という事ですか?」
首を傾げながら訊ねるノノミ。わざわざその様なものを見なくても、アビドスの土地はアビドス高校が所有している筈であるが故に、彼女が……対策委員会の少女達が疑問を抱くのも当然であった。
……そんな中で、一人だけ……カオナシだけが、何かに気づいた様子で開かれた地籍図へと近づくと、指を添わせて確認していく。
初めのうちは、"やっぱりか……"と何かを確かめるように呟くカオナシであったが……次第に顔を顰めていき──やがて、驚愕に目を見開いた。
『……何だ、これは…?』
『柴関ラーメンの周辺一帯だけじゃない、此処も…此処もか……!?』
「か、カオナシくん?どうしたの?……ねぇ、アヤネちゃん……地籍図にはいったい何が書かれてるの?」
状況が飲み込めずに困惑する先輩たちに、アヤネはアビドス自治区の現在の実情を告げる。
「……午前中にお見舞いに行った時に、大将から話を聞いたんです」
「柴関ラーメンが入っている建物はもちろんのこと、このアビドス自治区の殆どが………私たちの学校が所有していることに、なっていませんでした」
「そして、現在の所有者は……
「「「っ!?」」」
『カイザーコンストラクション……カイザーコーポレーションの系列企業か……っ』
──カイザーコーポレーションの狙いはアビドスの土地そのものではないかという予想はしていた。……けれども、既に侵食が始まっているどころか、既に本館として使っている校舎とその周辺の一部地域しか残されていないなんて予想だにしていなかった。
想定よりも遥かに絶望的な状況に、口を抑える者や、地籍図を穴があくほど隅々まで見る者など……誰しもが、目の前にある現実を受け入れられずに愕然とする。
……それも仕方の無いことだろう。……なんせ、これまで守ろうとしてきた場所の殆どが、既に失われていたのだから。
"何故、一体誰が学校の自治区の土地の取引なんてしたのか"……そんなノノミの言葉に反応した人物が──三人
「「『……アビドスの生徒会』」」
かつてアビドス生徒会に所属していたユメにホシノ……そして、カオナシが反応した。
「学校の資産の議決権は、生徒会にある。……それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」
「……はい、その通りです。取引の主体はアビドスの生徒会でした」
ホシノの言葉を肯定するように、アヤネは言葉を紡ぐ。
"生徒会"──その言葉を聞いたシロコたちは、ふと思い出したようにユメへと視線を向ける。
「……そういえば、ユメ先輩は確か元生徒会長だったはず」
「はい。……さらに言えば、ホシノ先輩も最後の生徒会のメンバーだったはずです」
嘗ての生徒会メンバー、更には元会長がこの場にいると分かった彼女たち。……全員がユメへと視線を向けはするものの……誰一人として、ユメを責めようとする者はいなかった。
……本来であれば、詰め寄られても仕方の無い場面であるにも関わらず、誰も詰め寄ってこない事に対して当のユメは困惑する。
「え、えっと……みんなどうしたの?その……何か知らないのか〜とか、何で何も言わなかったんだ〜とか言われると思ってたんだけど……」
「……だって、ユメ先輩はそういう事を秘密にするような人じゃないじゃないですか☆」
「ん、ユメ先輩の反応からしてそもそも知らなかったっていうのは明白。……なら、先輩よりも前の人が取引をしていたって考えるのが妥当」
「……そうだねぇ、おじさんが入学した時にはユメ先輩とリン先輩の二人しか在籍してなかったし……入学したあとも、先輩達がそういった事をしてる素振りはなかったからね〜」
「……うぅう、みんなありがと〜!」
言葉の裏に隠された"先輩を信じている"という想いに、感極まったユメは嬉し涙を流しながら抱き締める。
ユメが元生徒会長だと知ってもなお誰も疑わなかったのは……これまでずっと、彼女が真摯に後輩と接し続けて来たという証左であった。
◇
何故ユメ先輩より以前の生徒会の人達がカイザーと取引をしてしまったのか……決して気にならない訳では無いが、今はそれよりもやるべき事がある。
『取り敢えず、アビドスの現状が思ってた以上に悪いってことは分かった訳だが……だからといって、全員諦めるつもりはないんだろ?』
全員が"もちろん!"と大きく頷いたのを確認すると、カオナシは先生に目配せをする。
『先生』
「うん、ここからは私が引き継ぐよ」
カオナシと入れ替わるように先生が前に立ち、先日の風紀委員襲撃の際にヒナから伝えられた情報を共有した。
──"カイザーが、アビドスの砂漠で何かを企んでいる"──その情報を伝えられたユメたちは、今すぐにでも直接この目で確かめに行こうと決意する。
「よーしっ!それじゃあ早速、しゅっぱーつ!」
ユメの音頭に合わせて、対策委員会のメンバーはアビドスの砂漠へと──
『逸る気持ちは分かるが……何があるか分からんから、ちゃんと準備しろよ?』
「い、言われなくても分かってるよ〜っ!」
──窘めるカオナシの言葉に、ユメは顔を赤らめながら踵を返すと、弾薬を補充し始めた。
◇
カオナシに指摘されたユメたちは、逸る気持ちを抑えながらもテキパキと準備を進めていた。
……その最中、視界の端にチラチラと映るカオナシの準備の様子に、思わずといったようにセリカが声を掛ける。
「ねぇ、カオナシ……それ全部持ってくつもり?」
そう問い掛ける彼女の視線の先には──自分達の倍以上の物資が詰め込まれた鞄が
中身は弾薬や食料、水やコンパスなど……砂漠を進む上で無駄なものは無いが、如何せん数が多い。
砂漠を舐めてかかってはいけないということくらい、アビドスに住まう彼女は十分に理解している……が、今回は目的地がはっきりしている上に、そもそも何日もかけるつもりも無い。
それ故に、食料についてはもう少し数を減らしてもいいんじゃないかというのがセリカの意見であったが、カオナシは否を唱える。
『確かに俺たちだけならいいが、今回は先生もいる。その分休息時間は増えるだろうし、そうなったら腹も減る。……なるべく戦闘は避ける様に行動するつもりだが、もし戦うってなった時に腹が減って戦闘に支障が出たらいけないしな』
「確かにそうだけど……それだけ多いと、却って疲労が溜まっちゃうんじゃないの?」
『食料の重量は、弾薬に比べたら微々たるものだ。休憩の度に重量は減っていくし……そもそも、この程度の重量は苦にならん』
セリカの疑問に答えながらも準備を続けるカオナシに、彼女は呆れつつも……"無駄なものを持っていこうとしている訳では無いし、別にいいか"と意識を改め、自分の準備に戻るのであった。
──十数分後
「……みんな、準備は出来た?」
先生の問い掛けに対し、皆準備万端と言いたげに意気揚々と頷き……全員に問題がないことを確認すると、カオナシを先頭にしてアビドス砂漠へと歩みを進める。
──全ては、アビドスに巣食うカイザーの企みを暴く為に
ついに、アビドス編も終盤に差し掛かりましたね。
……次回は遂に、奴とご対面です。