今回は書いては消しての繰り返しでした。特に重要かつ、書きたい場面だったからこそ大いに悩んで……満足頂けたなら、幸いです。
……理解が、追いつかない。
何故、いつから?目の前に居るのは先輩で……ならカオナシはどこへ?……違う、カオナシはリン先輩で……だったら──
ぐるぐると、ぐちゃぐちゃと思考が廻り、乱れてゆく。
呼吸は乱れ、視界はぼやけていく……未だ状況を飲み込めぬが、手の届く距離に再会を渇望していた先輩が居るということを理解した彼女は、その小さな手を──
「……っ」
……ホシノの動きが、ピタリと止まった。差し伸ばそうとした右手は僅かな時間、所在なさげに宙を泳ぎ──自らの左手で、強く握りしめて抑え込む。
"己にはもう、先輩に会う資格は無いのだ"と……
油断すれば、今にも溢れそうになる涙を必死に抑え……彼女は無理矢理作った笑みを貼り付ける。
「お久しぶりです、先輩。……いつからカオナシと入れ替わってたんですか?……それとも、初めからリン先輩だったり?」
──違う
「全然気付きませんでしたよ。……流石、ですね……見分けれるように、なってきたと思ってたんですけど……っ」
──違うっ
「……でも、先輩が戻ってきたなら安心ですね……わ、わたしはすぐ、居なく──」
……私が、本当に伝えたい事は──
……先輩から目を逸らし、只管に積み重ねられる言葉を遮って、リンはただ一言──"ホシノ"と、後輩の名前を呼ぶ。
不意に自分の名前を呼ばれた事で、ホシノは思わずといった様子で再び先輩へと目を向け──
「……ぁ」
……小さく、声を漏らした。
「ごめんな……俺があんなことをしなければ、二人を傷付けることはなかったのに」
恨まれて、憎まれて……嫌われて当然だと思っていた先輩の、己へと向けるその瞳は、只々優しくて……昔と何も変わらぬその眼差しに、ホシノは──
「──違う、違いますっ………なんで、先輩が謝るんですかっ」
「……悪いのは私じゃないですか!あの日、先輩はユメ先輩を傷付けてなんかいなかったのに……それなのに私はっ、黒服なんかと居ただけで、先輩を疑って……!」
「──先輩が裏切るはずがないことなんて、分かっていたはずなのにっ!!」
かつて一度だけ、ユメにのみ明かした胸の内を吐露する。彼女の胸中に渦巻くのは、先輩を信じきれなかったという深い後悔と──決して拭えぬ、罪悪の感情。
「……それはホシノの所為じゃない。裏切ったと思わせようとした俺が悪いんだ」
「違いますっ!わ、わたしがあの日、せんぱいを疑ったりしなければ……!」
「私がいけないんです!私が先輩を殺そうとしたからッ!!」
「私のせいでっ…先輩の、左腕は……!」
悔恨に顔を歪め、自らを罰するように己が腕を強く握り締める──たとえどれだけ痛みを感じようとも……その痛みすら、私は先輩から奪ってしまったのだからと。
自分が先輩を信じることが出来ていたなら、自分があの日、ずっと学校にいたなら……いや、そもそも
「私が、先輩たちと……」
"出会わなければ"──……その言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
僅かな衝撃とともに、視界に広がる黒色と──とくん、とくん……と規則正しく波打つ鼓動の音
「……大丈夫、俺はこうして生きている」
「それに、ホシノは俺たちの大好きなアビドスを守ろうとしてくれただけだから」
包み込む様な優しい温もり、頭を撫ぜるその手は懐かしく……だけど、自分の右側だけは冷たくて──
「ありがとう、俺がいない間もずっと、大切なものを守り続けてくれて」
「──ホシノと出会えて、ホシノが後輩になってくれて、俺たちは幸せだよ」
「あ、」
──ぽたりと、頬を伝い雫が落ちる。
一度零れ落ちたそれは、堰を切ったように止まることなく流れてゆき……やがて、大粒の涙となって溢れ出した。
「ごめん、なさい……っ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
声を震わせ、ホシノは"ごめんなさい、ごめんなさい"と謝り続ける。謝られたところで、左腕は戻りはしないというのに……それでも先輩は、変わらず自分の頭を撫でてくれる。
そんな先輩の優しさが温かくて……そんな事を思う資格なんてないはずなのに、嬉しいという感情が消えてくれない。
大好きだった先輩と再び会えた喜びと、そんな先輩の腕を奪ってしまったという罪悪感でぐちゃぐちゃとなった彼女の心は、胸の内に溜め込まれていた想いを吐き出していく。
──"また会えて嬉しい"
──"ひどいことをしてごめんなさい"
──"居なくなって寂しかった"
こんな私の事を、今もまだ後輩だと言ってくれて──
「──ありがとう、ございますっ……おかえりなさい、せんぱいっ!」
初めのうちは、途切れながらも言葉を紡ぐことのできていたホシノであったが……やがてそれすらもままならなくなり、わんわんと大きな声を上げて涙を流し続けていた。
……その様はまるで、小さな子供のようであった。
◇◇◇◇◇
「寝ちゃったね」
「……眠るなら、ユメの方がいいと思うんだけどな」
「少なくとも今は、リンくん以上にふさわしい人は居ないと思うよ?……それに、あの日からずっと気を張ってたから」
「……そう、だな。服も掴まれたままだし、たまには良いか」
二人の会話から察する事ができるように、泣き疲れてしまったホシノはリンの膝を枕にして眠っていた。
まだ日も昇らぬ時間から学校に来ていたのもあるが……今までずっと、先輩を傷付けてしまったという罪悪感を抱え続けてきたのだ。未だ全てを下ろすことは出来ずとも、幾分か心に余裕の出来た彼女は緊張の糸が切れ、泥のように眠ってしまった。
……その際、目を覚ました時にまた先輩が居なくなっていたら、もしこれが夢だったら──と、無意識のうちに恐れを抱いたホシノは、縋り付くようにリンの服を掴んだわけである。
「……良かったね、ホシノちゃん」
涙の後が残ってしまわないようにと、ユメは濡らしたハンカチでホシノの顔を優しく拭いていく。……むず痒そうにホシノは身動ぎするが、起きる事はなかった。
憑き物の落ちた様に安らかな表情で眠る後輩のことを、傍でずっと見守ってきたユメは優しく微笑みながら頭を撫でていたが……暫くするとちょうど一人分空いていたリンの隣に座り、肩に頭を乗せる。
「どうした?」
「んー……ちょっと、私も眠くなってきちゃって……」
「なら仮眠室の「ううん、ここが一番落ち着くから」……そうか」
──程なくして、自身の右側から"すぅすぅ"と寝息の音が聞こえて来て……そんな、早くも眠ってしまった幼馴染と、後輩に対してリンは静かに礼を告げる。
"ありがとう"──その言葉に込められた数多の思いは、彼だけが知っていた。
やっぱり、感想貰えるってすごく嬉しいですね。最近改めてそう思いました。
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