「御二人には後できつく言って聞かせるとして……それよりも先ずは、三億円の保証金及び、利率3000%にも及ぶ利息に関して早急に対処をしなくてはなりません」
代表して会議を取り仕切るアヤネの言葉を受け、皆一様に気を引き締める。
……ホシノが犠牲になる事を未然に防ぐことが出来たのは良かったが、依然としてアビドスに降り掛かる問題は解決していない。
さて、どうしたものか……と皆が悩む中、真っ先に手を挙げるものが一人。
「──俺に、案がある」
カオナシ改め、リンに視線が集中する。会議を再開する前に、"これまで何をしてきたのか"を大まかにだが聞いていたユメたちは、彼がアビドスの問題を解決する為に色々と手を回していたということを知っていた。
"いったいこの先輩はどんな案を出すのだろうか"──未だ彼の事を詳しく知らないノノミ達が期待の籠った目を向ける中、リンは焦らすように後輩たちへと問いかける。
「案を伝える前に、皆の意志を確認しておきたい」
「……先に言っておくけど、自分がカイザーの所に行こうってのはなしだよ?」
「分かってる、俺が問いたいのは──」
──"カイザーに一泡吹かせる気はあるか"
「……って事だ。普通に借金を支払うことも出来なくはないけど、それでお前らは気が済むか?」
「散々好き勝手にアビドスを苦しめてきたカイザーに、仕返してやろうって俺は考えてるんだが……みんなは、どう思う?」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべながら訊ねてくる先輩。借金については差程問題ではないと言いたげな言葉に疑問を抱きながらも……それ以上に、"仕返し"という言葉が脳裏に渦巻く。
……本来であれば、そのような事を考える余裕などなかった。しかし、ホシノが一人で犠牲になろうということもなくなり、史実に比べ比較的余裕のある精神状態は、彼女たちにこれまでのカイザーの邪智暴虐な振舞いを思い返すだけの余裕を与えていた。
自分たちの愛するアビドスを弄び、傷付け、搾取し続けてきたカイザーに対する怒りがふつふつと湧き上がっていき……ある人物が発した言葉が、起爆剤となった。
「……リンくん、詳しく教えて」
──普段温厚で、誰よりも復讐などを嫌いそうなユメが真っ先に賛同の意を示した。
◇◇◇◇◇
「……良いのか?」
正直に言えば、ユメは反対すると思っていたし、反対された場合も無理強いをするつもりはなく……故にこそ、彼が思わず再度確認をしてしまうのも仕方がない事だった。
自分で問いかけておきながら困惑しているリンの姿に苦笑しながらも、ユメは首肯する。
「もちろんだよ。……確かに争いは今でも好きじゃないし、話し合いで解決出来るのに越したことはないと思ってるよ?」
「……でも、カイザーは話の通じる相手じゃない。よしんば一時的に解決したとしても、絶対にまたあの手この手でアビドスに害を成そうとする」
「私にとって一番大事なことは、皆が幸せに過ごせること。──皆の幸せを奪おうとする人は、絶対に許さない」
かつての、ただ優しいだけの彼女ではない。……きっと、自分がいなくなった分も、後輩を支えながらアビドスを守り続けた日々があっての決断。
幼馴染にそのような決断をさせるまでに、責任を押し付けてしまったことについて申し訳なく思いながらも……そんなユメのことを、今は頼もしくも思う。
「……分かった、ならもう"何故"とは問わない」
──"アビドスを守るために、力を貸してくれ"
「……うん!まかせてっ!」
互いに右手を差し伸べ、拳を打ち合せる。……唯一の懸念点であったユメが同意したことで、シロコたちが躊躇う理由はなくなった。
「ん、勿論私も協力する」
「協力するも何も、そもそも私たちの学校のことですから☆」
「ノノミ先輩の言う通りよ。……彼奴らに目に物見せてやるわ」
「そうですね……これ以上、カイザーに好き勝手させる訳にはいきませんから」
「私も、最後まで手伝うよ」
次々に立ち上がり、拳を前へと突き出していき……最後の一人へと、皆の視線が集まった。
◇◇◇◇◇
残された一人──ホシノは迷っていた。……本当なら、真っ先に賛同したかった。
しかし、カイザーと戦うとなれば少なからず皆に危険が及ぶ。負けるとは微塵も思っていないが……それでも、もし誰かが傷付いてしまったら、誰かがアビドスを去らないといけなくなってしまったらという恐れが、ホシノの決意を鈍らせていた。
(もしまたあの時の先輩みたいに、誰かが居なくなってしまったら……私はもう、耐えられない……っ)
……そんな思いを知ってか知らずか、リンは一度手を下ろすとホシノと視線を合わせるように屈み込む。
「ホシノ」
「…先輩、私は……っ?」
早く答えなければと焦るホシノであったが……そんな彼女の心を落ち着かせるように、そっと、優しく頭を撫ぜる。
「ホシノ……さっきも言ったけど、真っ当に借金を返済する道もあるにはあるんだ。カイザーに目にもの見せてやりたいってのは、言ってしまえば俺の我儘でしかない」
「だから、嫌なら嫌って言ってくれればいい。……みんなが傷付くかもしれないのが嫌だっていうホシノの気持ちも、俺にはよく分かるから」
──荒立っていたホシノの心が、次第に凪いでいく。
リンとて、恐れがない訳では無い……何せ二年前には、目の前でユメの命が潰えかける光景を目にしていたのだから。
もしあの時、ほんの一秒でも遅れていたら……そんな恐怖心を抱きながらも……それすらも飲み込んで、全てを乗り越えより良い未来を掴み取ろうとする先輩の真っ直ぐな瞳を前にし──ホシノもまた、覚悟を決める。
「……ううん、大丈夫。いつかこういう日が来ても良いように、今までずっと準備をしてきたから」
「確かにリン先輩の言う通り、皆が傷ついてしまうことが……居なくなってしまうことが、堪らなく恐ろしいけど」
──"私が、皆を守ればいいだけだから"
にへらと笑いながら、なんてことの無いようにごく自然に告げられたその言葉。出来て当然だと言いたげな後輩の様子を目にしたリンもまた、その顔に笑みを浮かべる。
「自信満々だな、頼もしいよまったく。……なら、俺は皆を守るホシノのことを守るとしようかね」
「……それじゃあ私が守ってる意味なくないですか?」
「……互いに助け合おうって意味だって、分って言ってるだろ」
先程の優しい手つきから一転、わしゃわしゃと乱雑に頭を撫でてくる先輩に対して文句を言うホシノ。……しかし、その言葉とは裏腹に、浮かべる表情はとても嬉しそうであった。
◇◇◇◇◇
「さて、全員の賛同を得られた事だし、作戦についての話をしようと思う」
姿勢を正したリンは、部室に備え付けられたホワイトボードに作戦の要点を次々と書き殴っていく。
「まず初めに伝えておくこととしては、"カイザー相手の作戦の要はホシノであること"と、"カイザーはあくまでも通過点であること"の二点だ」
「……私ですか?」
いきなり名指しされたホシノは、首を傾げながら訊ね返す。"カイザーが通過点"というのも気はなるが……
リンは首肯すると、丁寧に噛み砕きながら説明していく。
「あぁ。……まず大前提として、対策委員会はまだ
「こういう言い方はあまりしたくはないが、現状の皆は委員会を名乗ってるだけの無所属っていう扱いになってしまってる。……そんな中でもただ一人だけ、正式に認められた組織に属しているのが──」
「……ホシノちゃん、って訳だね」
リンや先生の言う通り、アビドスの生徒の中で唯一ホシノだけが、連邦生徒会に正式に認められた組織──アビドス生徒会に属しており……カイザーがヘルメット団を雇って襲撃させたり等、態々回りくどい方法を取っていた理由もここにある。
「あいつらが直接アビドスに手を出さなかったのは、不利になるような証拠を残さない為ってのもあるが……一番の理由は、ホシノがいた事で、まだかろうじて生徒会が機能していたからだ」
「……!!」
「ではもし、ホシノ先輩がアビドスを去っていたら……」
「……アビドス自治区を管理する組織が事実上消滅したことになって、カイザーが武力行使をする大義名分を得ることになってたってこと?」
「そうだな。……だから、ホシノが思いとどまってくれて良かったよ」
良かれと思って選ぼうとした選択肢が、返って皆の首を絞める可能性があったという事実に息を飲む。……道を踏みはずす前に先輩たちが引き止めてくれて本当に良かったと、ホシノは安堵した。
「つまり、対策委員会の存在が正式に認められれば良いってことでしょうか?」
「いや、それは
「──ホシノには、俺と一緒に黒服のところに行ってほしい」
「…………へ?」
──先輩から告げられた言葉の意味が理解できなかったホシノの、間の抜けた声が部室に静かに響いた。
さて、何を考えてリンはあんな事を言ったのか……是非次回をお楽しみに!